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勘違いもすれ違いも山盛りだが緩やかに時は動きだす
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四十四歳と二十歳の夫婦は、未だ寝室が別々だ。そのことを別にすれば、まぁまぁ上手くやっているのではないかと使用人たちは微笑ましく見守っている。
「お幸せそうで何よりです。……ですが。まだ私の体が動くうちに、お子さまたちのお世話をしたいものですな」
「アルフレッド。それ言っちゃう?」
執務室の机に向かっていたアスランは、書類を渡してくる執事を眉をしかめながらチロリと上目遣いで見た。
「そりゃ言いますよ。少し前までは奇跡でも起きなければ無理だと思っていましたが。その奇跡が起きたのですからね」
「ん……確かにね」
「はい、朝食前のお仕事はコレで終わりです」
「ん……」
アルフレッドが慈愛に染まる灰色の瞳で主人を眺め、優しい微笑みを浮かべた口元を動かす。
「旦那さま」
「なんだ?」
「朝食室に来られる前に、鏡をご覧になってみるといいですよ」
「鏡?」
不思議そうに問い返すアスランを残し、アルフレッドは機嫌よさげに執務室から出て行ってしまった。
(鏡を見ろ、とは。身だしなみに難があるのなら、直してくれればいいのに……)
アスランは執務室にある鏡を覗き込んだ。ぱっと見、おかしなところはない。
「アルフレッドは何を……」
言いたかったのか、と、続けたかった所を、何かに気付いて息をのむ。
「ヒゲが……伸びてる?」
アスランは信じられない思いでアゴを触った。指先に感じるザラザラとした質感。まばらな上に弱々しくはあるけれど、産毛とは違う確かな感触が指先から伝わって来る。
「これは……」
(私の時間が動き始めた⁈)
「おはようございます、旦那さま。何か良い事がおありになったようですね」
執務室の開け放たれた扉の向こう側に立つリネット・カルデリーニ公爵夫人が声をかける。
(白い結婚ではあるけれど。今朝も私の旦那さまは素敵ね)
鏡を眺めて呆然と立っている夫に笑顔を向けながら、リネットは思う。
自分の声に振り返り、宝石のように瞳をキラキラときらめかせて見つめてくるだけで、リネットの心の中には愛しさが弾け飛ぶ。甘いピンクに癒しのグリーン、少しの悲しみを隠した爽やかなブルー。キラキラと金色に輝きながら心に満ちる、毎日のように生まれてくるこの感情。目の前の人も、この人が湧き起こしてくれる感情も、全てが愛おしい。
(毎日、こんな風に感じながら生きていけるなんて奇跡みたい)
リネットは思う。
だが、人生において信じられないようなことは、しばしば起きる。
その中心には自分自身がいて、割とガッツリしっかり行動しているのだということを、人は見逃しがちなだけである。
~ おわり ~
「お幸せそうで何よりです。……ですが。まだ私の体が動くうちに、お子さまたちのお世話をしたいものですな」
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「これは……」
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鏡を眺めて呆然と立っている夫に笑顔を向けながら、リネットは思う。
自分の声に振り返り、宝石のように瞳をキラキラときらめかせて見つめてくるだけで、リネットの心の中には愛しさが弾け飛ぶ。甘いピンクに癒しのグリーン、少しの悲しみを隠した爽やかなブルー。キラキラと金色に輝きながら心に満ちる、毎日のように生まれてくるこの感情。目の前の人も、この人が湧き起こしてくれる感情も、全てが愛おしい。
(毎日、こんな風に感じながら生きていけるなんて奇跡みたい)
リネットは思う。
だが、人生において信じられないようなことは、しばしば起きる。
その中心には自分自身がいて、割とガッツリしっかり行動しているのだということを、人は見逃しがちなだけである。
~ おわり ~
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