上 下
12 / 12

勘違いもすれ違いも山盛りだが緩やかに時は動きだす

しおりを挟む
 四十四歳と二十歳の夫婦は、未だ寝室が別々だ。そのことを別にすれば、まぁまぁ上手くやっているのではないかと使用人たちは微笑ましく見守っている。

「お幸せそうで何よりです。……ですが。まだ私の体が動くうちに、お子さまたちのお世話をしたいものですな」
「アルフレッド。それ言っちゃう?」

 執務室の机に向かっていたアスランは、書類を渡してくる執事を眉をしかめながらチロリと上目遣いで見た。

「そりゃ言いますよ。少し前までは奇跡でも起きなければ無理だと思っていましたが。その奇跡が起きたのですからね」
「ん……確かにね」
「はい、朝食前のお仕事はコレで終わりです」
「ん……」

 アルフレッドが慈愛に染まる灰色の瞳で主人を眺め、優しい微笑みを浮かべた口元を動かす。

「旦那さま」
「なんだ?」
「朝食室に来られる前に、鏡をご覧になってみるといいですよ」
「鏡?」

 不思議そうに問い返すアスランを残し、アルフレッドは機嫌よさげに執務室から出て行ってしまった。

(鏡を見ろ、とは。身だしなみに難があるのなら、直してくれればいいのに……)

 アスランは執務室にある鏡を覗き込んだ。ぱっと見、おかしなところはない。

「アルフレッドは何を……」

 言いたかったのか、と、続けたかった所を、何かに気付いて息をのむ。

「ヒゲが……伸びてる?」

 アスランは信じられない思いでアゴを触った。指先に感じるザラザラとした質感。まばらな上に弱々しくはあるけれど、産毛とは違う確かな感触が指先から伝わって来る。

「これは……」

(私の時間が動き始めた⁈)

「おはようございます、旦那さま。何か良い事がおありになったようですね」

 執務室の開け放たれた扉の向こう側に立つリネット・カルデリーニ公爵夫人が声をかける。

(白い結婚ではあるけれど。今朝も私の旦那さまは素敵ね)

 鏡を眺めて呆然と立っている夫に笑顔を向けながら、リネットは思う。

 自分の声に振り返り、宝石のように瞳をキラキラときらめかせて見つめてくるだけで、リネットの心の中には愛しさが弾け飛ぶ。甘いピンクに癒しのグリーン、少しの悲しみを隠した爽やかなブルー。キラキラと金色に輝きながら心に満ちる、毎日のように生まれてくるこの感情。目の前の人も、この人が湧き起こしてくれる感情も、全てが愛おしい。

(毎日、こんな風に感じながら生きていけるなんて奇跡みたい)

 リネットは思う。

 だが、人生において信じられないようなことは、しばしば起きる。

 その中心には自分自身がいて、割とガッツリしっかり行動しているのだということを、人は見逃しがちなだけである。

~ おわり ~
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(4件)

k
2024.08.01 k

暴走してるお嬢様と待望のご令嬢を落とすこと躍起になる王弟殿下、非常に楽しい二人です!
続きが読みたいです!

王太子の末路が見たいけど、いつ頃になりそうですか?

それに、中途半端に止まったモノが多すぎますねー
それぞれの作品の更新はもうしないのですか?

天田れおぽん
2024.08.02 天田れおぽん

執筆リズムが戻ってきたら、順次更新の予定です。

感想ありがとうございます。m(_ _)m 

解除
jolly
2023.08.23 jolly

今後の展開が楽しみな2人ですね!
続きを待ってます。

天田れおぽん
2023.08.23 天田れおぽん

ありがとうございます。♡

少し間が空くかもしませんが、続きは書きますのでよろしくお願い致します。

読んでいただいてありがとうございました。m(_ _)m

解除
dragon.9
2023.08.21 dragon.9

リネットちゃーん、、
斜め上すぎて
アスランが屍になっちゃうよー!
もう少し信じてあげてー(笑)
わちゃわちゃ\( ॑꒳ ॑ \三/ ॑꒳ ॑)/
微笑ましい( ◜ω◝ )

見てる分には楽しいからいーけどね(≧∇≦)
ってことで放置(笑)
by 私、他使用人一同

天田れおぽん
2023.08.21 天田れおぽん

感想ありがとうございます。

アスランには、ある意味、呪いがジャストミートしちゃってますよね。(笑)

わちゃわちゃを楽しんでいただけて嬉しいです。

感想ありがとうございました。m(_ _)m

解除

あなたにおすすめの小説

記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。

ゆらゆらぎ
恋愛
王国の筆頭公爵家であるヴェルガム家の長女であるティアルーナは食事に混ぜられていた遅延性の毒に苦しめられ、生死を彷徨い…そして目覚めた時には何もかもをキレイさっぱり忘れていた。 毒によって記憶を失った令嬢が使用人や両親、婚約者や兄を無自覚のうちにタラシ込むお話です。

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

時間が戻った令嬢は新しい婚約者が出来ました。

屋月 トム伽
恋愛
ifとして、時間が戻る前の半年間を時々入れます。(リディアとオズワルド以外はなかった事になっているのでifとしてます。) 私は、リディア・ウォード侯爵令嬢19歳だ。 婚約者のレオンハルト・グラディオ様はこの国の第2王子だ。 レオン様の誕生日パーティーで、私はエスコートなしで行くと、婚約者のレオン様はアリシア男爵令嬢と仲睦まじい姿を見せつけられた。 一人壁の花になっていると、レオン様の兄のアレク様のご友人オズワルド様と知り合う。 話が弾み、つい地がでそうになるが…。 そして、パーティーの控室で私は襲われ、倒れてしまった。 朦朧とする意識の中、最後に見えたのはオズワルド様が私の名前を叫びながら控室に飛び込んでくる姿だった…。 そして、目が覚めると、オズワルド様と半年前に時間が戻っていた。 レオン様との婚約を避ける為に、オズワルド様と婚約することになり、二人の日常が始まる。 ifとして、時間が戻る前の半年間を時々入れます。 第14回恋愛小説大賞にて奨励賞受賞

王様とお妃様は今日も蜜月中~一目惚れから始まる溺愛生活~

花乃 なたね
恋愛
貴族令嬢のエリーズは幼いうちに両親を亡くし、新たな家族からは使用人扱いを受け孤独に過ごしていた。 しかし彼女はとあるきっかけで、優れた政の手腕、更には人間離れした美貌を持つ若き国王ヴィオルの誕生日を祝う夜会に出席することになる。 エリーズは初めて見るヴィオルの姿に魅せられるが、叶わぬ恋として想いを胸に秘めたままにしておこうとした。 …が、エリーズのもとに舞い降りたのはヴィオルからのダンスの誘い、そしてまさかの求婚。なんとヴィオルも彼女に一目惚れをしたのだという。 とんとん拍子に話は進み、ヴィオルの元へ嫁ぎ晴れて王妃となったエリーズ。彼女を待っていたのは砂糖菓子よりも甘い溺愛生活だった。 可愛い妻をとにかくベタベタに可愛がりたい王様と、夫につり合う女性になりたいと頑張る健気な王妃様の、好感度最大から始まる物語。 ※1色々と都合の良いファンタジー世界が舞台です。 ※2直接的な性描写はありませんが、情事を匂わせる表現が多々出てきますためご注意ください。

完)嫁いだつもりでしたがメイドに間違われています

オリハルコン陸
恋愛
嫁いだはずなのに、格好のせいか本気でメイドと勘違いされた貧乏令嬢。そのままうっかりメイドとして馴染んで、その生活を楽しみ始めてしまいます。 ◇◇◇◇◇◇◇ 「オマケのようでオマケじゃない〜」では、本編の小話や後日談というかたちでまだ語られてない部分を補完しています。 14回恋愛大賞奨励賞受賞しました! これも読んでくださったり投票してくださった皆様のおかげです。 ありがとうございました! ざっくりと見直し終わりました。完璧じゃないけど、とりあえずこれで。 この後本格的に手直し予定。(多分時間がかかります)

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。