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甘やかな恋人たち

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 アリシア・ダナン侯爵令嬢はレアン・スタイツ伯爵と馬車で向かい合って座っていた。

「綺麗に晴れてよかったわね」

「そうだね。公園に行くのに天気が悪いと困ってしまう。とはいえ、日差しが強すぎるのも困るけどね」

「ふふ。日差しが強すぎたら、わたしの日傘に入れてあげましょうか?」

「それはいいね。内緒でキスができる」

 にやりと笑った金髪金目の色男は、アリシアの頬にかすめるようなキスをした。

「もう、レアンってばっ」

 アリシアは頬を赤く染め、誤魔化すように窓の外を見て口笛を吹いているレアンを睨んだ。

 呆れたように大きな溜息をつくとアリシアも窓の外を見る。

 白いスノーフレークに色とりどりのフリージア、ゼラニウムやマーガレット、ブルーデイジーにヒヤシンスと春の庭は賑やかだ。

 大きくて立派なダナン侯爵邸が、彫刻のあしらわれた太い柱に支えられた門の向こうに消えていく。

 少しの高低差がある広い草原に、所々生えている木々。

 王宮から戻って来た時と景色は変わらないのに、今は時折聞こえる鳥のさえずりが恋の歌に聞こえる。

 更にふたつほどさらに門扉をくぐって、ようやくダナン侯爵家の敷地の外へ出た。

(わたしの戻るべき家はココ。だからこそ、お出掛けへのワクワク感が高まるのだわ。戻るべき場所があるのって素敵)

 アリシアは王宮から戻って来た時とは全く違う自分を感じていた。

「久しぶりの外出ね」

「ああ。しばらく寂しい思いをさせてしまったからね。そのお詫びだよ」

「ふふ。楽しみだわ」

 窓から差し込む光に金の髪と瞳が輝く。婚約者は生命力がみなぎり溌剌としていて美しい。

(でも、わたしは昔の自分とは違う……)

 アリシアは自分の心の中を覗いて思う。

「行き先は、いつもの公園だけど。今の時期は藤の花が綺麗なんだ」

「そうなのね」

 楽しげなレアンの声に調子を合わせることも出来るし、実際にアリシアも楽しんでいる。

「美味しいマカロンも楽しめるよ」

「あら、素敵」

 若いふたりは顔を見合わせてうふふと笑う。

(でも……何かが違う)

 アリシアは自然な口調で話し出す。

「ねぇ、レアン」

「なんだい?」

「わたし、やっぱり昔とは変わってしまったみたい」
 
「……え?」

「わたしね、心の一部に砂が詰まっているような気がすることがあるの」

 アリシアは笑顔だった。貴族特有の感情を見せない笑い顔。

 ハーフアップにした金髪に緑の瞳、白い肌。作り物めいた美しさにレアンは一瞬息をのむ。

「18歳の貴族令嬢なら、もっと瑞々しい感情や心を持っていても普通よね? わたしは、それをどこかに置いて来てしまったみたいだわ」

「アリシア……」

 レアンの金の瞳がアリシアの言わんとしている所を探ろうと必死に彼女を見る。

 美しく愛しい婚約者は柔らかな笑みを浮かべているけれど、光の中に溶け込んで儚く消えてしまいそうにも見えた。

「花を見れば綺麗だと感じるし、美味しい物を食べたら美味しいと感じているのだと思うのよ。でも、何か違うのよ。昔とは」

「あ……」

「子どもの頃はもっとキチンと色々……感じていたと思うの。でも今は……なんだか心の一部がパサパサに乾いて砂になってしまったような、妙な感じがしているの」

「……なら、その砂を使って、砂時計でも作ろうか?」

 レアンの瞳と声が揺れる。

「ねぇ、レアン」

 アリシアが手を伸ばした先を、レアンが流す涙がポロリと落ちていく。

「アリシア……守ってあげられなくてごめんね」

 レアンはアリシアの手をそっと握った。

「違うの、レアン。謝って欲しいわけでも、助けて欲しいわけでもないの。わたしのそのままを受け入れて欲しいだけなの。昔の無邪気なままのアリシアはもういないわ。知恵も付けたけれど傷つきもしたし、虚しさも抱えている。昔のわたしに戻ることはないの。こんなわたしでもよいかしら?」

「もちろん」

 アリシアの指先にレアンはそっと唇を寄せる。

 その温かな感触は指先からアリシアの全身に伝わっていく。甘くてくすぐったいような感覚にアリシアは笑みをこぼす。

「わたしは何度も泣くだろうし、アナタを泣かせることにもなると思うの。アナタはそのままのわたしを受け入れて、愛してくれるかしら?」

「あぁ、ああ、私はキミを受け入れる。キミは私を……キミを守れなかった後悔に涙するような男を、受け入れてくれるだろうか?」

「ええ、もちろん」

 アリシアはレアンの顔を両手ではさむと、その唇に優しいキスをした。
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