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戸惑う両親 

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「あの子の様子がおかしい」

「当たり前ですわ、アナタ。10歳の子供が無理矢理に家から連れ出されて……8年後に勝手な言い分で一方的に戻されたのですもの」

 ダナン侯爵夫妻は書斎でコソコソと娘のことを案じていた。高い天井の近くまである窓からは陽の光が入って明るく室内を照らしている。だが、彼らの心の内は暗い。

「それは私も腹が立っているが……当のアリシアがアレでは。向こうの言い分が勝ってしまう」

 執務机に肘を置いてうなだれ溜息混じりに言う夫に、傍らに立っていた妻は目を吊り上げた。

「あの子に非はありません。女性が一方的に破談を言い渡される理不尽に世間が慣れているとしても、当事者にとっては意味が違うのです。人生を賭けて挑んだ一度きりの勝負に負けてしまったようなもの。初めての敗北であったとしても、負った心の傷の深さは計り知れないのです。女性と言えども人間です。傷付けば思わぬ反応が出ることだってありますわ」

「分かっているが……あの子は18歳だ」

 力無く言う夫に、妻は声を荒らげる。

「18歳だからなんだというのですか⁈ 傷付くことに年齢が関係するとでも⁈」

「だが……」

「年齢など関係ありません。殴られたら痛いのと同じです。むしろ18歳だから。10歳から18歳という、人間にとって大切な時期を理不尽な形で過ごさなければならなかったアリシアが。今回のことで、より深く傷付いたとしても不思議ではありませんわ」

「だが……」

「今のあの子に大人としての立ち振る舞いや貴族女性としての嗜みを求める方が滑稽ですわっ!」

 モゴモゴとまだ何か言いたげな夫に妻はピシャリと言った。

「ん……」

 更に妻は言い募る。

「むしろ10歳から18歳まで甘えることを知らずに過ごさせてしまった分、あの子は弱いのです」

「そういう……ものか?」

「そういうものですっ!」

 パンッと言い切るとダナン侯爵夫人は黙り込んだ。ダナン侯爵は妻が何かを考えて眉根を寄せているのを不安げに見上げた。

 普段は貞淑で前に出ることを嫌う妻が、不意に大胆な提案をしてくることを知っているからだ。

 意見を押し通そうとするときの彼女は強い。

 アリシアを傷付けられた今、どんなことを言い出されるのかとダナン侯爵はヒヤヒヤした。

「……アナタ。私たちは、もう我慢する必要がないのではなくて?」

「ニア?」

 彼の貞淑な妻はニヤリと笑う。

「男爵令嬢がどんなご令嬢かは知りませんけれど。早々にシェリダン侯爵家の養女となったことを考えたら、仕組まれた可能性だってありますわ」

「ああ。そうだな」

「男爵令嬢と王太子殿下が結婚なされば、国内貴族の力関係も変わります。いえ、もう変わっているでしょう」

 妻の言う通りだとダナン侯爵は思った。

「ねぇ、アナタ。私たちはもう我慢する必要がないのよ」

 ダナン侯爵夫人は確信に満ちた目で夫を見る。

「あの方とアリシアを会わせることに何の問題もないのではなくて?」

 ダナン侯爵はハッとした顔をした。娘のあまりの変化に混乱していたが、言われてみれば単純な話である。

「そうだな。最初に裏切ったのは王家だ。もう遠慮はいらないな?」

「ええ、アナタ。そうですわ。アリシアには心底幸せになってもらいましょう」

 妻の言葉に促されたダナン侯爵はペンをとり、一通の手紙をしたためた。
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