9 / 40
戸惑う両親
しおりを挟む
「あの子の様子がおかしい」
「当たり前ですわ、アナタ。10歳の子供が無理矢理に家から連れ出されて……8年後に勝手な言い分で一方的に戻されたのですもの」
ダナン侯爵夫妻は書斎でコソコソと娘のことを案じていた。高い天井の近くまである窓からは陽の光が入って明るく室内を照らしている。だが、彼らの心の内は暗い。
「それは私も腹が立っているが……当のアリシアがアレでは。向こうの言い分が勝ってしまう」
執務机に肘を置いてうなだれ溜息混じりに言う夫に、傍らに立っていた妻は目を吊り上げた。
「あの子に非はありません。女性が一方的に破談を言い渡される理不尽に世間が慣れているとしても、当事者にとっては意味が違うのです。人生を賭けて挑んだ一度きりの勝負に負けてしまったようなもの。初めての敗北であったとしても、負った心の傷の深さは計り知れないのです。女性と言えども人間です。傷付けば思わぬ反応が出ることだってありますわ」
「分かっているが……あの子は18歳だ」
力無く言う夫に、妻は声を荒らげる。
「18歳だからなんだというのですか⁈ 傷付くことに年齢が関係するとでも⁈」
「だが……」
「年齢など関係ありません。殴られたら痛いのと同じです。むしろ18歳だから。10歳から18歳という、人間にとって大切な時期を理不尽な形で過ごさなければならなかったアリシアが。今回のことで、より深く傷付いたとしても不思議ではありませんわ」
「だが……」
「今のあの子に大人としての立ち振る舞いや貴族女性としての嗜みを求める方が滑稽ですわっ!」
モゴモゴとまだ何か言いたげな夫に妻はピシャリと言った。
「ん……」
更に妻は言い募る。
「むしろ10歳から18歳まで甘えることを知らずに過ごさせてしまった分、あの子は弱いのです」
「そういう……ものか?」
「そういうものですっ!」
パンッと言い切るとダナン侯爵夫人は黙り込んだ。ダナン侯爵は妻が何かを考えて眉根を寄せているのを不安げに見上げた。
普段は貞淑で前に出ることを嫌う妻が、不意に大胆な提案をしてくることを知っているからだ。
意見を押し通そうとするときの彼女は強い。
アリシアを傷付けられた今、どんなことを言い出されるのかとダナン侯爵はヒヤヒヤした。
「……アナタ。私たちは、もう我慢する必要がないのではなくて?」
「ニア?」
彼の貞淑な妻はニヤリと笑う。
「男爵令嬢がどんなご令嬢かは知りませんけれど。早々にシェリダン侯爵家の養女となったことを考えたら、仕組まれた可能性だってありますわ」
「ああ。そうだな」
「男爵令嬢と王太子殿下が結婚なされば、国内貴族の力関係も変わります。いえ、もう変わっているでしょう」
妻の言う通りだとダナン侯爵は思った。
「ねぇ、アナタ。私たちはもう我慢する必要がないのよ」
ダナン侯爵夫人は確信に満ちた目で夫を見る。
「あの方とアリシアを会わせることに何の問題もないのではなくて?」
ダナン侯爵はハッとした顔をした。娘のあまりの変化に混乱していたが、言われてみれば単純な話である。
「そうだな。最初に裏切ったのは王家だ。もう遠慮はいらないな?」
「ええ、アナタ。そうですわ。アリシアには心底幸せになってもらいましょう」
妻の言葉に促されたダナン侯爵はペンをとり、一通の手紙をしたためた。
「当たり前ですわ、アナタ。10歳の子供が無理矢理に家から連れ出されて……8年後に勝手な言い分で一方的に戻されたのですもの」
ダナン侯爵夫妻は書斎でコソコソと娘のことを案じていた。高い天井の近くまである窓からは陽の光が入って明るく室内を照らしている。だが、彼らの心の内は暗い。
「それは私も腹が立っているが……当のアリシアがアレでは。向こうの言い分が勝ってしまう」
執務机に肘を置いてうなだれ溜息混じりに言う夫に、傍らに立っていた妻は目を吊り上げた。
「あの子に非はありません。女性が一方的に破談を言い渡される理不尽に世間が慣れているとしても、当事者にとっては意味が違うのです。人生を賭けて挑んだ一度きりの勝負に負けてしまったようなもの。初めての敗北であったとしても、負った心の傷の深さは計り知れないのです。女性と言えども人間です。傷付けば思わぬ反応が出ることだってありますわ」
「分かっているが……あの子は18歳だ」
力無く言う夫に、妻は声を荒らげる。
「18歳だからなんだというのですか⁈ 傷付くことに年齢が関係するとでも⁈」
「だが……」
「年齢など関係ありません。殴られたら痛いのと同じです。むしろ18歳だから。10歳から18歳という、人間にとって大切な時期を理不尽な形で過ごさなければならなかったアリシアが。今回のことで、より深く傷付いたとしても不思議ではありませんわ」
「だが……」
「今のあの子に大人としての立ち振る舞いや貴族女性としての嗜みを求める方が滑稽ですわっ!」
モゴモゴとまだ何か言いたげな夫に妻はピシャリと言った。
「ん……」
更に妻は言い募る。
「むしろ10歳から18歳まで甘えることを知らずに過ごさせてしまった分、あの子は弱いのです」
「そういう……ものか?」
「そういうものですっ!」
パンッと言い切るとダナン侯爵夫人は黙り込んだ。ダナン侯爵は妻が何かを考えて眉根を寄せているのを不安げに見上げた。
普段は貞淑で前に出ることを嫌う妻が、不意に大胆な提案をしてくることを知っているからだ。
意見を押し通そうとするときの彼女は強い。
アリシアを傷付けられた今、どんなことを言い出されるのかとダナン侯爵はヒヤヒヤした。
「……アナタ。私たちは、もう我慢する必要がないのではなくて?」
「ニア?」
彼の貞淑な妻はニヤリと笑う。
「男爵令嬢がどんなご令嬢かは知りませんけれど。早々にシェリダン侯爵家の養女となったことを考えたら、仕組まれた可能性だってありますわ」
「ああ。そうだな」
「男爵令嬢と王太子殿下が結婚なされば、国内貴族の力関係も変わります。いえ、もう変わっているでしょう」
妻の言う通りだとダナン侯爵は思った。
「ねぇ、アナタ。私たちはもう我慢する必要がないのよ」
ダナン侯爵夫人は確信に満ちた目で夫を見る。
「あの方とアリシアを会わせることに何の問題もないのではなくて?」
ダナン侯爵はハッとした顔をした。娘のあまりの変化に混乱していたが、言われてみれば単純な話である。
「そうだな。最初に裏切ったのは王家だ。もう遠慮はいらないな?」
「ええ、アナタ。そうですわ。アリシアには心底幸せになってもらいましょう」
妻の言葉に促されたダナン侯爵はペンをとり、一通の手紙をしたためた。
120
お気に入りに追加
1,535
あなたにおすすめの小説
婚約「解消」ではなく「破棄」ですか? いいでしょう、お受けしますよ?
ピコっぴ
恋愛
7歳の時から婚姻契約にある我が婚約者は、どんな努力をしても私に全く関心を見せなかった。
13歳の時、寄り添った夫婦になる事を諦めた。夜会のエスコートすらしてくれなくなったから。
16歳の現在、シャンパンゴールドの人形のような可愛らしい令嬢を伴って夜会に現れ、婚約破棄すると宣う婚約者。
そちらが歩み寄ろうともせず、無視を決め込んだ挙句に、王命での婚姻契約を一方的に「破棄」ですか?
ただ素直に「解消」すればいいものを⋯⋯
婚約者との関係を諦めていた私はともかく、まわりが怒り心頭、許してはくれないようです。
恋愛らしい恋愛小説が上手く書けず、試行錯誤中なのですが、一話あたり短めにしてあるので、サクッと読めるはず? デス🙇
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
俺の婚約者は地味で陰気臭い女なはずだが、どうも違うらしい。
ミミリン
恋愛
ある世界の貴族である俺。婚約者のアリスはいつもボサボサの髪の毛とぶかぶかの制服を着ていて陰気な女だ。幼馴染のアンジェリカからは良くない話も聞いている。
俺と婚約していても話は続かないし、婚約者としての役目も担う気はないようだ。
そんな婚約者のアリスがある日、俺のメイドがふるまった紅茶を俺の目の前でわざとこぼし続けた。
こんな女とは婚約解消だ。
この日から俺とアリスの関係が少しずつ変わっていく。
うたた寝している間に運命が変わりました。
gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。
酒の席での戯言ですのよ。
ぽんぽこ狸
恋愛
成人前の令嬢であるリディアは、婚約者であるオーウェンの部屋から聞こえてくる自分の悪口にただ耳を澄ませていた。
何度もやめてほしいと言っていて、両親にも訴えているのに彼らは総じて酒の席での戯言だから流せばいいと口にする。
そんな彼らに、リディアは成人を迎えた日の晩餐会で、仕返しをするのだった。
殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね
さこの
恋愛
恋がしたい。
ウィルフレッド殿下が言った…
それではどうぞ、美しい恋をしてください。
婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました!
話の視点が回毎に変わることがあります。
緩い設定です。二十話程です。
本編+番外編の別視点
【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない
曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが──
「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」
戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。
そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……?
──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。
★小説家になろうさまでも公開中
前世のことも好きな人を想うことも諦めて、母を恋しがる王女の世話係となって、彼女を救いたかっただけなのに運命は皮肉ですね
珠宮さくら
恋愛
新しい試みで創られた世界で、何度も生まれているとは知らず、双子の片割れとして生まれた女性がいた。
自分だけが幸せになろうとした片割れによって、殺されそうになったが、それで死ぬことはなかったが、それによって記憶があやふやになってしまい、記憶が戻ることなく人生を終えたと思ったら、別の世界に転生していた。
伯爵家の長女に生まれ変わったファティマ・ルルーシュは、前世のことを覚えていて、毎年のように弟妹が増えていく中で、あてにできない両親の代わりをしていたが、それで上手くいっていたのも、1つ下の弟のおかげが大きかった。
子供たちの世話すらしないくせにある日、ファティマを養子に出すことに決めたと両親に言われてしまい……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる