囚われ

天田れおぽん

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 扉は音もなく開く。その先、だだっ広い食堂の中には無数の動物たちがいた。同じ場所で食事をとる姿は、滑稽に見える。様々な種類の動物たちが、一つ所に会して食べるのだ。捕食する側、される側。それが同じ場所に集って食べている。何を食べているのか、互いに考えてみたら分かるだろう。同じ場所で同じように食する滑稽さが。しかし、宇宙人たちは感じてはいないようだ。黙々と動物たちに食べ物を用意しては片付け、それを眺めている。保護者のように、とは、言い切れない。なぜなら、捕らえてきた獲物を意味なく生き長らえさせて、愉しんでいるようにも見えるからだ。彼らには彼らの目的があり、役目がある。それは分かるが、理解出来るかといえば、そうでもない。
「さぁ、あなたも。食事を摂ってください」
 私を先導してきた宇宙人が促す。大人しく、それに従う。逆らうという選択肢はない。私は神になりたいわけではない。選択肢がない、という理由だけで逆らうことはない。それだけだ。
 私は盗み見るように回りを見た。犬に猫、猿にキジ、牛に豚。様々な動物たちが一堂に会して食事を摂る。私以外の者が神になるということは、この中から神が現れるということだ。納得できることではない。人間以外が神となれば、故郷である地球の姿は変わるだろう。変わらぬ姿を保つことを私は望んでいる。地球の姿も、理も、変わらないことが、愛する人々のためだと考えるからだ。自分の命が自分の意思で動かせないのであれば、せめて愛する人たちはくらいは守りたい。そう考えてしまうことは、善だから、正しいから、というよりも、自己防衛に似ている。他の動物が神になり世の中の理が変わってしまえば、人間の立場も変わるのだ。犬のようになるのか、猫のようになるのか、豚のようになるのか、牛のようになるのか。鶏のような立場になってしまう可能性すらある。自分が思い通りに生きられないからといって、他の人々が獣に成り下がるのを喜べるほど、私は達観できない。私が耐えることで地球の姿を維持できるなら、そうありたいと願う。ただの小市民なのだ、私は。
 神になるには、生き残ることが必要だ。ならば、生き残らなければならない。そのためには、食べることだ。私は目の前に出されたものを見た。どのような材料が使われているのか分からない食べ物を見た。これを食べなければ、生き残ることはできない。義務的に、それを口に運ぶ。宇宙人たちが何やら囁き合いながら、私の方を指さす。その目に宿るのは、侮蔑。人間という種に対して上の立場にあるのだという絶対的な自信が、そう感じさせるだけかもしれない。だが、侮蔑だと感じてしまったからには、私にとっては正解なのだ。一口、また一口と食べ物を口に運ぶ。噛んで、飲み下す。何を食べているのか、さっぱり分からない。それでも、食べる必要があるから食べるのだ。また一口、食べ物を口に入れる。
 様々な動物たちが集められていたが、そこに雀の姿はない。雀は怯えて暴れて壁にぶつかって死んだそうだ。あちらに、こちらに、ぶつかりながら逃げ惑う雀の体は血で汚れ、飛び散る羽が舞い踊り、小さな体に似合わぬ汚れを残して命を落としたそうだ。運び込まれた初日に命を落としたのは雀が最初だよ、と、言って宇宙人は笑った。なぜ笑うことが適切だと宇宙人が思っているのか、私にはさっぱり分からない。命を落とすことは、痛ましい事であるはずなのに。宇宙人は、迷いなく自信を持って、自分たちが捕らえて閉じ込めた雀の死を笑いながら話すのだ。私は宇宙人に恐怖を感じた。捕らえられたことよりも、宇宙に居るということよりも、逃げ出す術がないということよりも、恐怖を感じた。だから、私は勝たなくてはならない。生き残らなければならない。神に、ならなければならない。
 宇宙船にはルールがある。自室以外の場所に行くには、宇宙人の付き添いが必要だ。食堂に来るのにも、帰るのにも、宇宙人が寄り添う。食堂からは、食事を終えた動物たちが、また一匹、また一羽と姿を消していく。当たり前の光景が異常であっても、それが日常となれば、当たり前の姿に化ける。
「ヘビの姿が見当たらない」
「探さないと」
「どこに行った?」
 異常が普通になれば、当たり前だと思っていたことが例外になる。ペットのヘビではないのだ。気まぐれに姿を消すほうが当たり前で、言うことを聞かせられるほうが異常だと私は思った。
「食事は、終わりましたか?」
 付き添いの宇宙人に言われて、私はコクンと頷いた。促されるように立ち上がると、扉を抜けて廊下に出た。銀色の煌きに質感と色を潜ませた宇宙船の内部は、廊下であっても賑やかだ。落ち着きなく色合いや質感を変える廊下を進みながら、何気なく窓の外を眺める。
「おや、ヘビはあんなところに居ましたね」
 宇宙人が事も無げに言う。さっきまでの【神】候補は、白い体で弧を作りながら窓の外側に引っ掛かっていた。
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