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第二章
第二十五話 蒲田 総一朗②
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「久しぶりのシャバはどう?」
水割りを総一朗の前に置くと笑顔でママが問いかけてきた。
「とりあえず女を抱きたいね」
刑務所の中では自慰もロクに出来ない。
「あたしで良ければいつでも良いわよ」
胸の谷間を強調したポーズをとる気味の悪いババアを見て性欲は一気に急降下した。
「息子はどうしてるのよ?」
結局、息子の敦は一度も面会に来ることはなかった。親戚の家を飛び出してからは行方がわからずじまいだが、さして興味もなかった。どちらかと言えば咲の娘がどのように育っているかの方が総一朗にとっては大事なことだ、彼女に似た美人になっていれば良いのだが――。
咲と一度目の行為をした後、もう一度彼女に逢えることはなかった。迂闊にも連絡先を聞くのを忘れてしまったのだ。
スナック『納言』に行って、咲と連絡を取りたいとママにお願いするも「本人の許可がないとダメよ」と断られてしまう。それでも諦めきれない総一朗は赤羽を自力で捜索した、住んでいる場所が赤羽とは限らないが他に探す場所がなかった。
スーパーや駅前、商店街など時間が許す限り歩き回ったが咲を発見する事は出来なかった。
やがて他の女を作り咲の事も次第に忘れていったがあの時の快楽を超える性交を経験する事もなかった。完全に彼女の事など頭から消えかかっていた頃、再び二人は再開する。
再開と言うには語弊があるだろう、いつものように池袋のサンシャイン通りで昼飯を食べて女の元に向かう途中で偶然発見したのだ、彼女は六年前と変わらず美しい姿で、街を歩く男性の視線を奪っていたが誰も声をかける男はいない。
それもそうだろう、傍らには小さな男の子が咲に手を引かれて歩いているからだ。小さな男の子は咲と楽しそうに話ながらサンシャイン通りを奥に進んでいった、この先には映画館や水族館がある。
総一朗は急激に上がった心拍数を落ち着かせようと深呼吸をすると親子の後を追った、休日のサンシャイン通りは人で溢れかえっている、総一朗の素人丸出しの尾行でもバレる心配はなかった。
二人はやはりサンシャイン60の水族館に入っていった、一人で水族館に入ることを躊躇った総一朗は出口で待つことにした、一つしかない出口なので見逃すこともないだろうと確信するとサングラスを買いに同ビルの下の階に移動する。
一時間は出てこないと踏んだのでその間に変装する道具を揃えておこうと考えたのだ、一番安い真っ黒のサングラスを購入すると同じ階の服屋でキャップを購入して被った。
帽子にサングラスの中年男は傍目にも怪しかったがこれで総一朗とばれる心配はないだろう。
再び水族館の入口に戻ると出口付近を注視した、程なくして咲と男の子が姿を現す、先程と違い正面からみた少年を見て違和感を感じた。
違和感と言うよりは親近感と言ったほうがしっくりくるだろう、その男の子は総一朗が小さな頃にそっくりだった。
男の子の年齢は見た感じ四歳~六歳くらいだろうか、六年前に性交したから計算は合うが、果たして行きずりの男の子供をわざわざ生む女がいるのか。
混乱する総一朗の横を親子は通り過ぎていった、咲の肌は相変わらず陶器のように透き通っている。甘い匂いに吸い寄せられる虫のように総一朗は後を付いていった。
親子は喫茶店でパフェを食べ終えると池袋駅に入っていった、埼京線のホームで待つと赤羽方面の電車が滑り込んでくる。適度に混雑したその電車に乗り込むとやはり赤羽駅で降りていった。怪しい風情の総一朗を他の乗客は二度見していたが気にせず後を追った。
咲はスーパーで買物を済ませると駐輪場に向かい自転車の後ろに子供を乗せた、咲もサドルに股がるとスムーズにペダルを漕ぎ始める。
しまった――。
そう思った時にはすでに自転車は遥か先を進んでいる、タクシーを拾おうと辺りを見渡したが都合よく通りかかる車両はなかった。総一朗はサングラスを外すと走って親子を追いかけた、中学生の頃に学年で十番になったことがあるマラソン大会を思い出し懸命に後を追った。
自転車は電動なのか信じられないスピードで走行していく、それでも信号待ちで立ち止まる自転車に追いついては離されを繰り返して何とか付いていった。
心臓が限界に達しようとした時にやっと自転車はマンションの敷地内に入っていく、十分以上は走り続けたかも知れない。
その場で座り込んだ総一朗は呼吸を整えるのに必死だった、住んでいるマンションを突き止めた安心感から油断していたのかも知れない。
「おじさん大丈夫?」
顔を上げると総一朗の小さい頃の顔がそこにあった、もはや疑いようがない。この子は自分の子だ。
「どうされましたか?」
続いて咲が自転車置き場から駆け寄ってきた、キャップを取って顔を上げると咲の表情が一瞬で曇った。
「どうして……」
どうしてこんな所にあなたがいるの、と続けたかったに違いない。
「蓮くん、先にお家入っててね」
息子に鍵を渡すと素直にオートロックの玄関に向かって歩いていった。
「久しぶり、随分探したよ」
「……」
咲は沈黙したままだった。
「あの男の子」
肩が小刻みに震えているが構わずに続けた。
「俺の子か?」
「違います!」
歯を食いしばってコチラを睨みつける目つきは明らかな敵意が含まれている、女性にモテる総一朗はこんな風に睨まれた事など今までになかった。
同時にこの女を落とすのは不可能だと諦めた、しかし今だ衰えないこの美しい女をミスミス逃すのも勿体ない、六年前にした咲とのセックスを思い出して興奮してきた。
「家族には秘密って訳か?」
沈黙する咲をみてイエスと受け取った、このネタがあればこの女は一生自分の性奴隷だ。最もババアには興味がないので賞味期限はあと五年といった所だろう。
「取引をしよう、十回だ、十回やらせてくれたらこの事は墓の中まで持っていく」
咲は何も言わずにコチラを睨みつけている。
「俺は子供になんて興味がない、咲とセックスがしたいだけだ」
「嫌です」
蚊の鳴くような声で言葉を発したが決意は揺らいでいるようだ。
「じゃあ息子の事は、蓮って言ったな、然るべき対応を取らせて貰う、俺が本当の父親と証明する手段は幾らでもある筈だ」
先程までの威勢はすでに消えかかっていた、後は罪悪感を取り払う作業だ。
「良く考えてみて、たったの十回だよ、それに知らない相手でもないんだからさ、家庭を護るために犠牲になれないかな」
こういった交渉をする場合、ある程度相手にも選択権を与えた方がスムーズに行く場合が多いが、今回は家族を護るという大義名分を与える事で自分を犠牲にする一択を咲に突きつけた。
「本当ですか……?」
「勿論だよ、俺は咲が大好きなんだ、不幸になって欲しい訳じゃない、それよりこんな場所であんまり長くいると……」
その場で連絡先を交換すると総一朗はマンションの敷地内を後にした、これから咲とするプレイを想像していると腰を屈めずには歩くことが出来なかった。
「どんな女だったのよ?」
ママは自分の分の瓶ビールを冷蔵庫から取り出すと縁の薄いグラスに注ぎだした、まさか俺の金で飲んでるわけじゃあるまいなと思ったが口には出さなかった。
「考えられないくらい良い女だったよ」
やたらと濃い水割りを煽ると若い客が一人で入って来た、笑顔で「一人なんだけど」とママに言うとカウンターの端に腰掛けた、どこかで見た事があるような気がしたが気のせいだろう。
「あらぁいらっしゃい」
質問しておきながらさっさと若い男の元に向かうママを見て腹も立たない、男はジーンズのポケットから取り出した封筒をママに手渡すと親指を立てて礼を言った。
はじめて来た客ではないのだろうか、妙なやり取りだと思ったがたいして気に留める事もなかった。
総一朗は結局、咲との約束を守らなかった。
「これで最後にしてください……」
「だめだ、咲くらいの良い女は中々いないんだから」
「約束がちがうじゃない」
「だったらココに来なければ良い、その代わり蓮の事は分かってるよな?」
総一朗としては十回の性交の間に咲を調伏出来ると予想していたがダメだった、歯を食いしばって行為が終わるのを待ち続けるマグロ女は男としては何の面白みもない。
しかしそれを補って余りある肉体と美貌が咲にはあった。
時間をたっぷりかけて、いずれは自らこの部屋に訪れ腰を振るようにする事が総一朗の今の生きる目標になった。
しかし咲の態度は変わらない、呼べば部屋に訪れるが変わらず何の声も発せずに死んだ魚の様な目で天井を見つめているだけだ。
総一朗は以前付き合いのあったチンピラに覚醒剤を進められた事を思い出して連絡を取った、男はすぐに白い粉を持ってやって来ると「程々にな」と一声かけて去っていった。
こんな物に頼らずともセックスに絶大なる自信があった総一朗だが今回ばかりは強敵だ、ドーピングに頼らざるを得ない、最も使用したことがないのでその効果は眉唾物だったが。
何時ものように咲を呼び出すと何も喋らずに淡々と服を脱いで全裸になる、自ら布団の上に仰向けになると天井をジッと見つめている、美しいだけに余計に不気味なマネキン人形のようだった。
丁寧に愛撫するが反応はない、仕方ないのでローションに溶かした覚醒剤を咲の陰部に塗り込みながら指を入れて動かしたが反応はいつもと変わらなかった。
こんなもんか――。
落胆を隠さずにゴムを装着した、また子供が出来ては敵わないので必ずコンドームを着用するようにしている、マネキン人形に挿入すると「んっ」と声が漏れた。
咲の顔を見ると頬は上気して薄っすらと赤くなり目は潤んでいた、総一朗が腰を動かすと声が漏れる、次第に喘ぎ声が大きくなると膣の中がビクビクッとして総一朗の陰部を締め付けた。
あまりの快楽にあっという間に果てた総一朗の陰部を咲が必死に咥えている、すぐに復活すると再び挿入する。
三時間以上かけて五回も射精した総一朗は布団の上でぐったりとしていた、咲は眠っているのだろうか、裸のまま壁の方を向いて横たわっている。
程なくして咲は立ち上がると素っ裸のまま台所に向かった、スムーズな動きで流しの下から包丁を取り出してコチラに向かって歩いてくる、うつ向いた顔に長い髪がかかり表情が見えない、しかしただならぬ雰囲気が漂っていた。
「おい、どうしたんだ?」
咲は両手で持っている包丁を振り上げると寝ている総一朗めがけて振り下ろした。
「うわっ」
体を捻って間一髪回避すると急いで立ち上がった。
「咲! どうしたんだ、やめろって」
その言葉には何の反応も示さず今度は立っている総一朗の腹に包丁を突き刺そうと咲が突っ込んでくる、咄嗟に咲の手首を両手で掴んで動きを止めた。
しかし細い体のどこにこんな力があるのか物凄い勢いで総一朗を押し返してきた、壁際まで押し込まれて包丁の切先が腹に当たる、目の前に迫る咲の顔があらわになった。
目は充血して食いしばった口からは血が流れている、鬼の形相で総一朗を睨みつけていた。
「うわーーーーーーーーー」
渾身の力を込めて押し返すと少し後退した、後ろ体重になった所で咲に足をかけて布団の上に転ばせると互いに重なるように布団の上に倒れ込んだ。
慌てて起き上がり玄関に向かって走った、急いで鍵を開けて扉を開くと外にでるが追ってくる気配は無かった。
少し時間をおいてから玄関の扉を開いた。
「咲ーー」
呼んだが返事がない、部屋を見渡すが寝室までは見ることが出来なかった。いつでも逃げることが出来るように玄関の扉を開けたまま体重は常に出口に傾けて少しづつ寝室に近づいた。
「咲ーー?」
もう一度名前を呼んで寝室に近づくと咲の足が見えた、まさかあのまま眠ってしまったのだろうか。身の安全を確信するとそのまま寝室に入った。
そこには素っ裸のまま仰向けに横たわる咲がいた、充血した目はカッと見開いて虚空を仰いでいる、乱れたロングヘアーと相まってホラー映画にでも出てきそうな塩梅だ、そして豊満なバストの中央付近には包丁が突き刺さっていて、おびただしい量の真っ赤な鮮血が布団を染めていた。
総一朗は声がでない、人間本当に恐怖を感じると声を出すことも出来ないようだ。開け放たれたドアから逃げるように出ていった、とにかくあの死体から少しでも遠ざかりたかった――。
「お会計」
若い男にべったりになったママにそう告げるとコチラを一瞥して「今日はサービス」と言って笑った、礼を言って店を後にするがこの後の予定もないのでコンビニで酒を買って、公園のベンチで飲み始めた。
若い頃のように女に食わせて貰うのは厳しいかも知れないな、総一朗はこれからの人生を考えると夢も希望も無いように感じたが酒が進んでいくとどうでも良くなった、もともと深く考えて生きてきた訳でもない。
そろそろ帰ろうかと立ち上がり公衆トイレに入った、立って用を済ましていると背中に熱い感触を感じた、それはすぐに激しい痛みに変わり膝から崩れ落ちた。
なんとか後ろを振り返ると先程スナックに居合わせた若い男が立っている。
「お前は……」
背中のあたりを探るとナイフの柄のような物が突き出ていた。
「初めましてお父さん、そしてサヨウナラ」
無表情でそう言い放った男の顔は若い頃の総一朗そのものだったが、自分の息子と認識する前に意識はなくなった。
水割りを総一朗の前に置くと笑顔でママが問いかけてきた。
「とりあえず女を抱きたいね」
刑務所の中では自慰もロクに出来ない。
「あたしで良ければいつでも良いわよ」
胸の谷間を強調したポーズをとる気味の悪いババアを見て性欲は一気に急降下した。
「息子はどうしてるのよ?」
結局、息子の敦は一度も面会に来ることはなかった。親戚の家を飛び出してからは行方がわからずじまいだが、さして興味もなかった。どちらかと言えば咲の娘がどのように育っているかの方が総一朗にとっては大事なことだ、彼女に似た美人になっていれば良いのだが――。
咲と一度目の行為をした後、もう一度彼女に逢えることはなかった。迂闊にも連絡先を聞くのを忘れてしまったのだ。
スナック『納言』に行って、咲と連絡を取りたいとママにお願いするも「本人の許可がないとダメよ」と断られてしまう。それでも諦めきれない総一朗は赤羽を自力で捜索した、住んでいる場所が赤羽とは限らないが他に探す場所がなかった。
スーパーや駅前、商店街など時間が許す限り歩き回ったが咲を発見する事は出来なかった。
やがて他の女を作り咲の事も次第に忘れていったがあの時の快楽を超える性交を経験する事もなかった。完全に彼女の事など頭から消えかかっていた頃、再び二人は再開する。
再開と言うには語弊があるだろう、いつものように池袋のサンシャイン通りで昼飯を食べて女の元に向かう途中で偶然発見したのだ、彼女は六年前と変わらず美しい姿で、街を歩く男性の視線を奪っていたが誰も声をかける男はいない。
それもそうだろう、傍らには小さな男の子が咲に手を引かれて歩いているからだ。小さな男の子は咲と楽しそうに話ながらサンシャイン通りを奥に進んでいった、この先には映画館や水族館がある。
総一朗は急激に上がった心拍数を落ち着かせようと深呼吸をすると親子の後を追った、休日のサンシャイン通りは人で溢れかえっている、総一朗の素人丸出しの尾行でもバレる心配はなかった。
二人はやはりサンシャイン60の水族館に入っていった、一人で水族館に入ることを躊躇った総一朗は出口で待つことにした、一つしかない出口なので見逃すこともないだろうと確信するとサングラスを買いに同ビルの下の階に移動する。
一時間は出てこないと踏んだのでその間に変装する道具を揃えておこうと考えたのだ、一番安い真っ黒のサングラスを購入すると同じ階の服屋でキャップを購入して被った。
帽子にサングラスの中年男は傍目にも怪しかったがこれで総一朗とばれる心配はないだろう。
再び水族館の入口に戻ると出口付近を注視した、程なくして咲と男の子が姿を現す、先程と違い正面からみた少年を見て違和感を感じた。
違和感と言うよりは親近感と言ったほうがしっくりくるだろう、その男の子は総一朗が小さな頃にそっくりだった。
男の子の年齢は見た感じ四歳~六歳くらいだろうか、六年前に性交したから計算は合うが、果たして行きずりの男の子供をわざわざ生む女がいるのか。
混乱する総一朗の横を親子は通り過ぎていった、咲の肌は相変わらず陶器のように透き通っている。甘い匂いに吸い寄せられる虫のように総一朗は後を付いていった。
親子は喫茶店でパフェを食べ終えると池袋駅に入っていった、埼京線のホームで待つと赤羽方面の電車が滑り込んでくる。適度に混雑したその電車に乗り込むとやはり赤羽駅で降りていった。怪しい風情の総一朗を他の乗客は二度見していたが気にせず後を追った。
咲はスーパーで買物を済ませると駐輪場に向かい自転車の後ろに子供を乗せた、咲もサドルに股がるとスムーズにペダルを漕ぎ始める。
しまった――。
そう思った時にはすでに自転車は遥か先を進んでいる、タクシーを拾おうと辺りを見渡したが都合よく通りかかる車両はなかった。総一朗はサングラスを外すと走って親子を追いかけた、中学生の頃に学年で十番になったことがあるマラソン大会を思い出し懸命に後を追った。
自転車は電動なのか信じられないスピードで走行していく、それでも信号待ちで立ち止まる自転車に追いついては離されを繰り返して何とか付いていった。
心臓が限界に達しようとした時にやっと自転車はマンションの敷地内に入っていく、十分以上は走り続けたかも知れない。
その場で座り込んだ総一朗は呼吸を整えるのに必死だった、住んでいるマンションを突き止めた安心感から油断していたのかも知れない。
「おじさん大丈夫?」
顔を上げると総一朗の小さい頃の顔がそこにあった、もはや疑いようがない。この子は自分の子だ。
「どうされましたか?」
続いて咲が自転車置き場から駆け寄ってきた、キャップを取って顔を上げると咲の表情が一瞬で曇った。
「どうして……」
どうしてこんな所にあなたがいるの、と続けたかったに違いない。
「蓮くん、先にお家入っててね」
息子に鍵を渡すと素直にオートロックの玄関に向かって歩いていった。
「久しぶり、随分探したよ」
「……」
咲は沈黙したままだった。
「あの男の子」
肩が小刻みに震えているが構わずに続けた。
「俺の子か?」
「違います!」
歯を食いしばってコチラを睨みつける目つきは明らかな敵意が含まれている、女性にモテる総一朗はこんな風に睨まれた事など今までになかった。
同時にこの女を落とすのは不可能だと諦めた、しかし今だ衰えないこの美しい女をミスミス逃すのも勿体ない、六年前にした咲とのセックスを思い出して興奮してきた。
「家族には秘密って訳か?」
沈黙する咲をみてイエスと受け取った、このネタがあればこの女は一生自分の性奴隷だ。最もババアには興味がないので賞味期限はあと五年といった所だろう。
「取引をしよう、十回だ、十回やらせてくれたらこの事は墓の中まで持っていく」
咲は何も言わずにコチラを睨みつけている。
「俺は子供になんて興味がない、咲とセックスがしたいだけだ」
「嫌です」
蚊の鳴くような声で言葉を発したが決意は揺らいでいるようだ。
「じゃあ息子の事は、蓮って言ったな、然るべき対応を取らせて貰う、俺が本当の父親と証明する手段は幾らでもある筈だ」
先程までの威勢はすでに消えかかっていた、後は罪悪感を取り払う作業だ。
「良く考えてみて、たったの十回だよ、それに知らない相手でもないんだからさ、家庭を護るために犠牲になれないかな」
こういった交渉をする場合、ある程度相手にも選択権を与えた方がスムーズに行く場合が多いが、今回は家族を護るという大義名分を与える事で自分を犠牲にする一択を咲に突きつけた。
「本当ですか……?」
「勿論だよ、俺は咲が大好きなんだ、不幸になって欲しい訳じゃない、それよりこんな場所であんまり長くいると……」
その場で連絡先を交換すると総一朗はマンションの敷地内を後にした、これから咲とするプレイを想像していると腰を屈めずには歩くことが出来なかった。
「どんな女だったのよ?」
ママは自分の分の瓶ビールを冷蔵庫から取り出すと縁の薄いグラスに注ぎだした、まさか俺の金で飲んでるわけじゃあるまいなと思ったが口には出さなかった。
「考えられないくらい良い女だったよ」
やたらと濃い水割りを煽ると若い客が一人で入って来た、笑顔で「一人なんだけど」とママに言うとカウンターの端に腰掛けた、どこかで見た事があるような気がしたが気のせいだろう。
「あらぁいらっしゃい」
質問しておきながらさっさと若い男の元に向かうママを見て腹も立たない、男はジーンズのポケットから取り出した封筒をママに手渡すと親指を立てて礼を言った。
はじめて来た客ではないのだろうか、妙なやり取りだと思ったがたいして気に留める事もなかった。
総一朗は結局、咲との約束を守らなかった。
「これで最後にしてください……」
「だめだ、咲くらいの良い女は中々いないんだから」
「約束がちがうじゃない」
「だったらココに来なければ良い、その代わり蓮の事は分かってるよな?」
総一朗としては十回の性交の間に咲を調伏出来ると予想していたがダメだった、歯を食いしばって行為が終わるのを待ち続けるマグロ女は男としては何の面白みもない。
しかしそれを補って余りある肉体と美貌が咲にはあった。
時間をたっぷりかけて、いずれは自らこの部屋に訪れ腰を振るようにする事が総一朗の今の生きる目標になった。
しかし咲の態度は変わらない、呼べば部屋に訪れるが変わらず何の声も発せずに死んだ魚の様な目で天井を見つめているだけだ。
総一朗は以前付き合いのあったチンピラに覚醒剤を進められた事を思い出して連絡を取った、男はすぐに白い粉を持ってやって来ると「程々にな」と一声かけて去っていった。
こんな物に頼らずともセックスに絶大なる自信があった総一朗だが今回ばかりは強敵だ、ドーピングに頼らざるを得ない、最も使用したことがないのでその効果は眉唾物だったが。
何時ものように咲を呼び出すと何も喋らずに淡々と服を脱いで全裸になる、自ら布団の上に仰向けになると天井をジッと見つめている、美しいだけに余計に不気味なマネキン人形のようだった。
丁寧に愛撫するが反応はない、仕方ないのでローションに溶かした覚醒剤を咲の陰部に塗り込みながら指を入れて動かしたが反応はいつもと変わらなかった。
こんなもんか――。
落胆を隠さずにゴムを装着した、また子供が出来ては敵わないので必ずコンドームを着用するようにしている、マネキン人形に挿入すると「んっ」と声が漏れた。
咲の顔を見ると頬は上気して薄っすらと赤くなり目は潤んでいた、総一朗が腰を動かすと声が漏れる、次第に喘ぎ声が大きくなると膣の中がビクビクッとして総一朗の陰部を締め付けた。
あまりの快楽にあっという間に果てた総一朗の陰部を咲が必死に咥えている、すぐに復活すると再び挿入する。
三時間以上かけて五回も射精した総一朗は布団の上でぐったりとしていた、咲は眠っているのだろうか、裸のまま壁の方を向いて横たわっている。
程なくして咲は立ち上がると素っ裸のまま台所に向かった、スムーズな動きで流しの下から包丁を取り出してコチラに向かって歩いてくる、うつ向いた顔に長い髪がかかり表情が見えない、しかしただならぬ雰囲気が漂っていた。
「おい、どうしたんだ?」
咲は両手で持っている包丁を振り上げると寝ている総一朗めがけて振り下ろした。
「うわっ」
体を捻って間一髪回避すると急いで立ち上がった。
「咲! どうしたんだ、やめろって」
その言葉には何の反応も示さず今度は立っている総一朗の腹に包丁を突き刺そうと咲が突っ込んでくる、咄嗟に咲の手首を両手で掴んで動きを止めた。
しかし細い体のどこにこんな力があるのか物凄い勢いで総一朗を押し返してきた、壁際まで押し込まれて包丁の切先が腹に当たる、目の前に迫る咲の顔があらわになった。
目は充血して食いしばった口からは血が流れている、鬼の形相で総一朗を睨みつけていた。
「うわーーーーーーーーー」
渾身の力を込めて押し返すと少し後退した、後ろ体重になった所で咲に足をかけて布団の上に転ばせると互いに重なるように布団の上に倒れ込んだ。
慌てて起き上がり玄関に向かって走った、急いで鍵を開けて扉を開くと外にでるが追ってくる気配は無かった。
少し時間をおいてから玄関の扉を開いた。
「咲ーー」
呼んだが返事がない、部屋を見渡すが寝室までは見ることが出来なかった。いつでも逃げることが出来るように玄関の扉を開けたまま体重は常に出口に傾けて少しづつ寝室に近づいた。
「咲ーー?」
もう一度名前を呼んで寝室に近づくと咲の足が見えた、まさかあのまま眠ってしまったのだろうか。身の安全を確信するとそのまま寝室に入った。
そこには素っ裸のまま仰向けに横たわる咲がいた、充血した目はカッと見開いて虚空を仰いでいる、乱れたロングヘアーと相まってホラー映画にでも出てきそうな塩梅だ、そして豊満なバストの中央付近には包丁が突き刺さっていて、おびただしい量の真っ赤な鮮血が布団を染めていた。
総一朗は声がでない、人間本当に恐怖を感じると声を出すことも出来ないようだ。開け放たれたドアから逃げるように出ていった、とにかくあの死体から少しでも遠ざかりたかった――。
「お会計」
若い男にべったりになったママにそう告げるとコチラを一瞥して「今日はサービス」と言って笑った、礼を言って店を後にするがこの後の予定もないのでコンビニで酒を買って、公園のベンチで飲み始めた。
若い頃のように女に食わせて貰うのは厳しいかも知れないな、総一朗はこれからの人生を考えると夢も希望も無いように感じたが酒が進んでいくとどうでも良くなった、もともと深く考えて生きてきた訳でもない。
そろそろ帰ろうかと立ち上がり公衆トイレに入った、立って用を済ましていると背中に熱い感触を感じた、それはすぐに激しい痛みに変わり膝から崩れ落ちた。
なんとか後ろを振り返ると先程スナックに居合わせた若い男が立っている。
「お前は……」
背中のあたりを探るとナイフの柄のような物が突き出ていた。
「初めましてお父さん、そしてサヨウナラ」
無表情でそう言い放った男の顔は若い頃の総一朗そのものだったが、自分の息子と認識する前に意識はなくなった。
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