復讐の螺旋 

桐谷 碧

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第二章

第二十一話 過去の記憶

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『一昨日未明、群馬県草津町の別荘で殺害された男女の身元が明からになりました。男性は一之瀬明さん、相原勇人さん、女性は伊東雅美さん、娘の春華ちゃん、その場にいて通報した伊東陽一郎容疑者が事件の――』


 テレビから流れてくるニュースを見て蒲田敦は固まっていた、自分にはおおよそ縁のない殺人事件の報道に知っている名前と顔が二人も出てきたからだ。


「社長……?」


 画面に映し出された男の写真は間違いなく二之宮だったが下に振ってある文字には一之瀬明(四十六)となっている。 

 伊東陽一郎の写真は出ていないが自分が知っているあの伊東陽一郎だろうか、それとも年齢も同じ同姓同名か、蒲田は頭が混乱していた。


「一之瀬って……」 


 心臓の鼓動が早くなっていく、蒲田にとって一之瀬という名字は忘れることが出来ない過去の記憶だった。


『ドンドンドンッ!』


 突然玄関のドアが激しくノックされた、安っぽい木で出来た扉が軋んで壊れそうな勢いだ。


「敦くん、開けて」

 
 愛美の逼迫した声を聞いて急いで蒲田は扉を開けた。 


「どうした――」


 蒲田が言い終える前に愛美が玄関に滑り込んでくると後手で鍵を締める、旅行にでも行くのだろうか。大きな鞄を持っていた。


「急いで荷物をまとめて、早く」
 
「え?」

「いいから早くこの家を出るの、もう戻らないから必要な荷物だけまとめて、理由は後で説明する、今は時間がないの」 


 愛美はそう言うと蒲田の洋服を旅行用の鞄に詰め始めた、訳が分からずに荷物をまとめ終えると彼女が踏み込んでから十分もたたずに家をでた。


「ちょっ、どこ行くんだよ」

「なるべく遠くよ」


 愛美は大通りにでてタクシーを拾うと東京駅までと運転手に告げた、タクシーの中でも何も話そうとしないので蒲田は先程見たニュースの話を切り出した。



「さっきテレビに社長が――」


 すると愛美は唇に人差し指を当てて厳しい眼差しでコチラをみた、どうやら何も喋るなと言うことらしい。 

 東京駅のロータリーでタクシーを降りるとトランクから荷物を取り出して駅構内に足早に入っていく、愛美は新幹線乗り場で切符を購入すると蒲田に一枚渡した。


『東京ー新大阪』


 どうやら目的地は大阪のようだが観光って雰囲気ではない、愛美のタダごとでない行動に蒲田はもう何も口を出せずにいた。
 新幹線の中でも愛美は何も話そうとしないので蒲田はもう一度、先程のニュースを思い出してスマートフォンをポケットから取り出してネットに繋ぐとヤフーニュースのトップにその事件は取り上げられていた。

 記事の概要では一昨日の未明に長野原警察署に入電があった、伊東陽一郎と名乗る男から「人を殺しました」と通報があり地元警察官が駆けつけると、そこにはナイフで刺殺された男性二人と首を絞められて絞殺された女性、それに四肢がバラバラにされた幼児の傍らで呆然とする伊東陽一郎が座り込んでいたという。

 その場で伊東は逮捕、長野原警察署に連行されて事情聴取を受けているが「殺したのは一人だけ」と供述しているらしい、女性と幼児は伊東の妻と娘とみられ詳しい事情は調査中とのことだ。

 コチラのネット記事には伊東陽一郎の写真が掲載されていたがなぜか中学生の頃の写真だ、汚いニキビ跡に不気味なニヤケ顔は間違いなく蒲田が知っている伊東だった――。


『新大阪~新大阪~』

 
 三時間近くかかってやっと新大阪にたどり着いた、蒲田は車中いろいろと考えを巡らせてみたが皆目検討が付かなかった、いったい愛美はどこに連れて行こうとしているのだろうか。

 新大阪を降りるとまたすぐにタクシーに乗り込んだ、有名なビジネスホテルの名前を告げると陽気なタクシー運転手はあれこれと質問してきたが愛美は一切答えない、こんなに愛想の悪い彼女は初めてだった。

 無人のチェックインを済ませて部屋に入るとベットが二つと小さなデスクに椅子が一脚、狭い部屋の割にやたらと大きなテレビが壁に掛かっていた、二つ並んだベットをみてドキリとする。もしかして同じ部屋に泊まるのだろうか、付き合って三ヶ月になるがいまだにキスもしていない。

 やましい心根を見透かしたように愛美が口を開いた。


「ツインしか取れなかったの」

 
 そう言うとベットに腰掛けて足を組んだ、なんだか今日の愛美は態度がでかいというか、良く言えば男らしい振る舞いだった。


「そろそろ話してくれるんだろうね?」

 
 蒲田は椅子に腰掛けると愛美の方を向いて問いかける。


「ええ、話さなければならないわね、全てを……」  


 何から話そうか悩んでいるのか、愛美は部屋の中空を真っ直ぐ見つめたまま動かなかった。


「まず私の名前は藤堂杏奈、二之宮愛美は偽名よ」

「へ?」


 自分でもマヌケな声が出てしまった事に気づいた。


「質問は後にして、混乱するならメモして」  


 デスクの上にはメモ帳とボールペンが備え付けられていた、それを使えと言うことだろう、蒲田はメモを取る準備をすると愛美に先を促した。


「社長の本名は一之瀬明さん、そして十六歳で自殺した娘の名前が一之瀬葵、私の親友だった人」


「イチノセアオイ……」



「伊東陽一郎とあなたに殺された一之瀬葵よ」


 ペンを持つ手が震えて何も書くことが出来ない、忘れようとして心の奥底に閉まっておいた記憶が呼び戻される――。
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