復讐の螺旋 

桐谷 碧

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第二章

第十九話 執行②

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 バックミラーに映る二人の穏やかな寝顔を見ていると決心が揺らいだ、この二人には何の罪もない、しかし。
 葵にだって何の罪もなかったはずだ――。

 時計を見るとすでに二十一時を回っているが目的地まではあと少しだ、いつか訪れるであろうこの時の為だけに購入した別荘だ。
 なるべく隣の別荘まで距離があって人が寄り付かないような場所、沢山の候補の中から金額と条件が一致したのは群馬県草津の奥地にある築四十年の二階建ての別荘だった。

 睡眠薬を仕込んだお茶を飲んだ雅美はぐっすりと眠っている、チャイルドシートの娘も程よい揺れに眠気を誘われたのか全く起きることがなかった。県道を左に入り山道を登っていくと目当ての別荘にたどり着く。
 車を舗装されていない砂利道に止めると運転席から降りてスライドドアを開けた、チャイルドシートで眠る娘を起こさないよう抱っこすると玄関の鍵を開けて一階のリビングに入りソファに寝かせる。
 続いて玄関のドアを開けたまま再び車に戻ると雅美をお姫様だっこしてリビングまで運んだ。

 ダイニングテーブルに収まっている椅子を二脚持ってきて雅美と娘を座らせた、雅美は手を後ろに回して結束バンドで固定する、足は椅子の足に同じように結束バンドで固定した。
 娘はビニール紐で腰と椅子をぐるぐる巻にしただけだ。
 
 一息つく間もなく明は二階に上がった、八畳程のフローリングの部屋が三部屋ある。一番手前の扉を開くと「ギィィィ」と嫌な音が響き渡った。
 部屋には家具などは一切ない、部屋の中央でパイプ椅子に手足をガッチリ固定されて猿ぐつわを咬まされた坊主頭の男が座っている、男は明が入室すると、途端に暴れ出して何かを訴えているが何を言っているかは分からない。
 昨夜、伊東の動向を追いかけている時に一緒にいた坊主頭の男を明は帰ったフリをして尾行した、偶然を装って道で声を掛けた。避暑地で家具の移動のアルバイトをして欲しいと三十万円を手渡すと男は二つ返事で付いてきた。
 スーツのポケットから折りたたみのナイフを取り出すと男の首筋に当てる。男の動きがピタリと止まった。

「おまけが騒ぐな」
 冷たい感触に男は大人しくなると何かを目で訴えている。
「騒いだら殺す、喋っても殺す、おかしな行動を取っても殺す」
 男はうんうんと頷いている、どうやら自分の状況を理解してくれたようだ。

 明は男の後ろに回って猿ぐつわを外した、約束通り男は一言も言葉を発しない、部屋の隅に立てかけてあるパイプ椅子を広げて男の前に腰掛けた。

「なあ? お前らのような人間は生きている意味があるのか、勉強や部活に汗を流すわけでもなく、何の目標も持たずに毎日をダラダラと過ごす、それだけならまだしも他人にまで迷惑をかけて足を引っ張る」

 男は何も言葉にしないが目で何かを訴えている。
「そのくせ大人になると何事もなかったように社会に混ざる、なんなんだお前達は」

 手にしたナイフを持ったまま明は立ち上がった。
「教えてくれよ、お前達のような人間に娘を奪われた人間はどうしたら良いんだ?」
 男は首を横にブンブン振っている、自分じゃないと訴えているのだろうか。
「なんだ、言いたいことがあるなら言葉にしろ」
 男は訴えかけるように涙声を発した。
「勘違いです、僕は何もしていません、誤解です」
 昨夜の居酒屋での振る舞いとは随分と違う態度が滑稽だった。

「自分よりも力の弱い者たちを蹂躙しておいて、立場が変わるとヘコヘコする、お前らみたいな人間を見ていると反吐がでる」

「すみませんでした、先輩と一緒だったのでついイキがってしまいました、反省しています、すみませんでした、すいませんでした」
 パイプ椅子に両手を後ろで固定された男はその姿勢のまま何度も頭を下げた。
 明は後ろに回ると再び猿ぐつわを噛ませた、ゆっくりと男の前に回り込む。

「来世では真面目に生きるんだな」

「ん――――――――――!」

 ナイフを男の心臓に突き立てると少しの間だけ暴れていた男はぐったりと首を折って絶命した。


 階段を降りてリビングに戻ると二人は椅子に腰掛けたまま眠っていた、明は雅美のスマートフォンを取り出して指紋認証でロックを解除すると伊東陽一郎に電話する、すぐに通話口から声が聞こえた。

「雅美! どこにいるんだ?」
「嫁と娘は預かっている、返して欲しければ今から言う場所に一人で来るんだ」
「誰だお前は、なんで雅美の携帯を」

「おい馬鹿、すぐに理解しろ、今お前の家の前にタクシーが止まっている、はやく乗り込め」
 スマートフォンのアプリで伊東の家にタクシーを呼んでおいた、行き先も入力してあるので後は乗るだけだ。

「テレビ電話に切り替えろ」
 明はそう言うと椅子に固定された雅美と娘にスマートフォンのカメラを向けた。
「春華ー!」
「状況は理解したな、お前以外の人間が来たらその場で二人を殺す」
 電話を切ると娘を縛っていたビニール紐をハサミで切って椅子から下ろした、そのまま担いで二階に上がると坊主がいた部屋とは別の部屋に入る。
 この部屋には電動ノコギリやサバイバルナイフなどあらゆる拷問の道具が揃えてある。
 冷たいフローリングに娘を寝かせるとそっと首に手をかけた。

「ごめんな……」

 リビングに戻ると雅美が目を覚まして辺りをキョロキョロと見回していた。

「二之宮さんこれは一体」
「目が冷めましたか、騙すことになって申し訳ありません」
 雅美は賢明に椅子から立ち上がろうとしているが少し位置がズレるだけでびくともしない。
「あの、春華は?」
「意外ですね、娘も旦那もいらないんじゃなかったのですか?」
 先日の映像を思い出して雅美に問うた。
「いや、その、これはどういう事なんでしょうか、聖斗くんのお父さんと言うのは嘘だったんですか?」
 当然の疑問だろう。
「いえ、私は父親です、ただ本当の、と言われると難しいですね」
 彼女には伝わらなかったようだが明は話を続けた。
「私の娘は十六歳の時に強姦をされて自殺しました、強姦したのは伊東陽一郎、あなたの旦那です」 
 雅美はカッと細い目を見開いて明を凝視している。
「伊東は罪に問われていません、ですがそれで良いのです、娘を殺した男を裁くのは父親の私しかいませんから」

 生易しい日本の法律なんかじゃ葵は浮かばれない。

「そ、それなら私と春華は関係ないじゃありませんか」

「葵だって関係ないだろうがっ!!」

 明が怒鳴りつけると雅美はそれ以上何も言葉にしなかった。
「今、伊東はここに向かっています、あなた達を助けるために」

 明は自分のスマートフォンを雅美に向けた、タクシー乗車アプリには現在走行中の場所と大凡の到着時間が表示されている。
「親にとって子供と言うものは自分の命に変えても護る存在です、あなたにも分かるでしょう? まあ、妻に関しては家庭によるでしょうが」 

 明はそれだけ言うと、足の結束バンドを外して雅美を四つん這いにした、スカートを捲りあげてパンツを下ろすと抵抗する雅美を無理やり犯した。
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