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第二十九話 生々流転
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「ハッシー、私明日からしばらく海外だからさ、お仕事頑張ってね」
最近は仕事を覚えるために毎日、海斗くんの家に入り浸っていた、すっかり元気になったハッシーは思いのほか物覚えが早いようで海斗くんも見直していたが決して褒めるような発言はしない。
「え、どういう事ですかお嬢、海外って」
今日は八月三十一日、明日からまた一年間のお別れになる、と言ってもそれは海斗くんだけで美波は何も変わらずに明日になると来年の七月二十日になっている。
「パパとママが海外にいるから、日本には夏休みだけ遊びに来てるんだ」
海斗くんとは兄弟という事にしてある。
「そうなんですか、寂しいっすね」
ハッシーは仲良くなるとひょうきんで明るい性格の持ち主だった、きっとたまたま以前の職場が合わなかっただけなのだろう、ほんの僅かなボタンの掛け違いで人生はどんどんとレールを外れていってしまうのかも知れない、そんな時に諦めながら突き進むよりも一度引き返す勇気も必要なんだと思った。
「お嬢がいないと兄貴怖いなあ……」
「大丈夫だよ、ハッシーは意外と使えそうだって褒めてたもん」
「まじっすか?」
嘘は付いていない、来年になってハッシーがいなくなっていたら美波も悲しい。
「ユーチューブはどうするんですか、せっかくすごい登録者数になったのに」
登録者数も再生回数もすごいがまったくお金にはならない、海斗くんは始めから収益設定をしていなかった、こんなにアクセス数があがるとも思っていなかったのも理由だが、一番は面倒くさい、だそうだ。この世にいない美波の口座に振り込むわけにはいかない、すると海斗くんの口座を登録する事になる、収益が上がれば申告しなければならない、その手間が面倒なようだ。
「また来年くるからさ、そしたら再開するよ、それと海斗くんのご飯よろしくね」
意外な才能でハッシーは料理が上手だった、今ではお昼当番は交代でやっている。
「ええ、それは全然、兄貴はまったくキッチン使わないですからね、しかし寂しいなあ」
お昼を食べた所でハッシーは帰っていった、最終日は海斗くんと二人でいたいから。
「また、一年お別れか……」
コーヒーを飲みながら海斗くんが呟いた。
「そんな寂しそうな顔しないで」
「ああ、そうだな」
毎年こうやって八月の最終日を迎えて過ごすのだろうか、美波はいい、だって大好きな海斗くんといつも一緒にいられるから。
でも海斗くんは――。
一人ぼっちになっちゃう三百二十五日間、どんな気持ちで過ごしているのだろう。美波に出来ることは夏休みの四十日間を一緒に過ごすだけ。海斗くんのお嫁さんになる事も、子供を産む事も、キスする事さえできない。
私が海斗くんの足枷になっている――。
美波がいなければ素敵な人と結婚して、子供を作って、幸せな家庭を築いていける。
美波がいなければ――。
いつからだろう、自分が消える選択肢を考え出したのは、海斗くんを好きになればなるほど、自分の存在を恨んだ。海斗くんの足を引っ張る自分の存在が許せなかった。
せめてあと一回、甘い誘惑が心を支配しようとする、即断しなければずっと現状に甘んじてしまう気がしていた。三日前にしたためた手紙にポケットの中で触れると、天秤のように揺れていた考えに答えを出した。
「ではまた来年と言う事で、カンパーイ」
夜は海斗くんの好物を全部作った、もう作ることはない愛する人への手料理、触れる事が出来ない手、見る事も叶わない優しい笑顔。
「来年になったら髪は元通りなのか」
「そうだと思うよ、こっちのが良い?」
「ああ、似合ってる」
たっぷりと時間をかけて最後の食事を摂る、いつもよりお酒のピッチが早い海斗くんはやっぱり少し寂しそう。
「美波以外に好きな人に出会えたら遠慮しなくても良いからね」
ちょっと悔しいけど、海斗くんが幸せならそれでいい。
「そんな奴は現れないよ」
「わからないじゃーん」
「わかるよ」
そんな目で見つめないで、決心が鈍っちゃうよ。
「でも、美波がいきなり成仏しちゃったらどうするの」
「そしたらずっと一人だな、美波以外を愛することはない」
ありがとう、その言葉だけで十分。
「海斗くんマッサージしてあげるから寝て」
「え、いいよ」
強引にベッドにうつ伏せにすると腰に股がりマッサージした。
「あーめっちゃ気持ちいい」
そのまま体を密着させる。
「海斗くん、好きだよ」
耳元で囁いた。
「美波……?」
「海斗くん、腕枕して」
「あ、うん」
仰向けになった海斗くんの腕の中にすっぽりと収まると、反対側の腕を取って手の平をマッサージした。海斗くんは手の平をマッサージすると子供の様にスヤスヤと眠りについてしまう。
「美波、ちゃんと戻ってこいよ……」
「うん……」
五分ほどで海斗くんの寝息が聞こえてきた、呼吸をするたびに美波の頭が上下する、壁にかかった時計を確認すると十二時まであと十分を切っていた。
もう会えない悲しみは校舎の屋上から飛び降りた時の比ではなかった、しかし、神様がくれた延長戦は美波に何よりも素敵な時間を与えてくれた、悔いはない。もう溢れ出す涙を止めようともしなかった。海斗くんの顔にポツポツと雫が落ちる。
「海斗くん、ありがとう、サヨウナラ」
そっと唇を重ねた、初めてのキス、そして最後のキス。
最近は仕事を覚えるために毎日、海斗くんの家に入り浸っていた、すっかり元気になったハッシーは思いのほか物覚えが早いようで海斗くんも見直していたが決して褒めるような発言はしない。
「え、どういう事ですかお嬢、海外って」
今日は八月三十一日、明日からまた一年間のお別れになる、と言ってもそれは海斗くんだけで美波は何も変わらずに明日になると来年の七月二十日になっている。
「パパとママが海外にいるから、日本には夏休みだけ遊びに来てるんだ」
海斗くんとは兄弟という事にしてある。
「そうなんですか、寂しいっすね」
ハッシーは仲良くなるとひょうきんで明るい性格の持ち主だった、きっとたまたま以前の職場が合わなかっただけなのだろう、ほんの僅かなボタンの掛け違いで人生はどんどんとレールを外れていってしまうのかも知れない、そんな時に諦めながら突き進むよりも一度引き返す勇気も必要なんだと思った。
「お嬢がいないと兄貴怖いなあ……」
「大丈夫だよ、ハッシーは意外と使えそうだって褒めてたもん」
「まじっすか?」
嘘は付いていない、来年になってハッシーがいなくなっていたら美波も悲しい。
「ユーチューブはどうするんですか、せっかくすごい登録者数になったのに」
登録者数も再生回数もすごいがまったくお金にはならない、海斗くんは始めから収益設定をしていなかった、こんなにアクセス数があがるとも思っていなかったのも理由だが、一番は面倒くさい、だそうだ。この世にいない美波の口座に振り込むわけにはいかない、すると海斗くんの口座を登録する事になる、収益が上がれば申告しなければならない、その手間が面倒なようだ。
「また来年くるからさ、そしたら再開するよ、それと海斗くんのご飯よろしくね」
意外な才能でハッシーは料理が上手だった、今ではお昼当番は交代でやっている。
「ええ、それは全然、兄貴はまったくキッチン使わないですからね、しかし寂しいなあ」
お昼を食べた所でハッシーは帰っていった、最終日は海斗くんと二人でいたいから。
「また、一年お別れか……」
コーヒーを飲みながら海斗くんが呟いた。
「そんな寂しそうな顔しないで」
「ああ、そうだな」
毎年こうやって八月の最終日を迎えて過ごすのだろうか、美波はいい、だって大好きな海斗くんといつも一緒にいられるから。
でも海斗くんは――。
一人ぼっちになっちゃう三百二十五日間、どんな気持ちで過ごしているのだろう。美波に出来ることは夏休みの四十日間を一緒に過ごすだけ。海斗くんのお嫁さんになる事も、子供を産む事も、キスする事さえできない。
私が海斗くんの足枷になっている――。
美波がいなければ素敵な人と結婚して、子供を作って、幸せな家庭を築いていける。
美波がいなければ――。
いつからだろう、自分が消える選択肢を考え出したのは、海斗くんを好きになればなるほど、自分の存在を恨んだ。海斗くんの足を引っ張る自分の存在が許せなかった。
せめてあと一回、甘い誘惑が心を支配しようとする、即断しなければずっと現状に甘んじてしまう気がしていた。三日前にしたためた手紙にポケットの中で触れると、天秤のように揺れていた考えに答えを出した。
「ではまた来年と言う事で、カンパーイ」
夜は海斗くんの好物を全部作った、もう作ることはない愛する人への手料理、触れる事が出来ない手、見る事も叶わない優しい笑顔。
「来年になったら髪は元通りなのか」
「そうだと思うよ、こっちのが良い?」
「ああ、似合ってる」
たっぷりと時間をかけて最後の食事を摂る、いつもよりお酒のピッチが早い海斗くんはやっぱり少し寂しそう。
「美波以外に好きな人に出会えたら遠慮しなくても良いからね」
ちょっと悔しいけど、海斗くんが幸せならそれでいい。
「そんな奴は現れないよ」
「わからないじゃーん」
「わかるよ」
そんな目で見つめないで、決心が鈍っちゃうよ。
「でも、美波がいきなり成仏しちゃったらどうするの」
「そしたらずっと一人だな、美波以外を愛することはない」
ありがとう、その言葉だけで十分。
「海斗くんマッサージしてあげるから寝て」
「え、いいよ」
強引にベッドにうつ伏せにすると腰に股がりマッサージした。
「あーめっちゃ気持ちいい」
そのまま体を密着させる。
「海斗くん、好きだよ」
耳元で囁いた。
「美波……?」
「海斗くん、腕枕して」
「あ、うん」
仰向けになった海斗くんの腕の中にすっぽりと収まると、反対側の腕を取って手の平をマッサージした。海斗くんは手の平をマッサージすると子供の様にスヤスヤと眠りについてしまう。
「美波、ちゃんと戻ってこいよ……」
「うん……」
五分ほどで海斗くんの寝息が聞こえてきた、呼吸をするたびに美波の頭が上下する、壁にかかった時計を確認すると十二時まであと十分を切っていた。
もう会えない悲しみは校舎の屋上から飛び降りた時の比ではなかった、しかし、神様がくれた延長戦は美波に何よりも素敵な時間を与えてくれた、悔いはない。もう溢れ出す涙を止めようともしなかった。海斗くんの顔にポツポツと雫が落ちる。
「海斗くん、ありがとう、サヨウナラ」
そっと唇を重ねた、初めてのキス、そして最後のキス。
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