殺し合う家族

桐谷 碧

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22,殺し合う家族

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 部屋でくつろいでいると、直也が戻ってきた。麻里奈の方を一瞥すると無言で頷いた。どうやら準備は整ったようだ、死のサウナの準備が。

 麻里奈は高揚する気分を抑えて、冷静を装う。宴にはまだ早い。さっさと理沙と果穂を棺桶に誘導しなければ。一呼吸してから席を立った。

 サウナがある浴室まで行く途中で、順平とすれ違う。軽く会釈して鼻を鳴らした。妻殺しで刑務所にぶち込まれる彼が可哀想だとも思わない、今住んでいる犬小屋のような一軒家と大して変わらないだろう。

 脱衣所の電気をつけてサウナ室の窓から中の様子を伺う、怪しい様子は微塵もない。麻里奈は満足するとサウナのスイッチを入れた、室温を低めに設定する。あまりに高温ですぐに出ようとされても困る、もっとも中からは開かないが。それでも暴れ回って誰かに気が付かれる可能性もある。なるべく大人しく、自然にあの世に行ってくれるのがベストだ。

 それにしても――。

 あっけない最後だな、ブサイクに生まれたせいで、あんな冴えない男としか結婚できず、十円安い卵を買いに自転車のペダルを汗だくで漕ぐ。貧相な服装で安い食事をせっせと作り続ける毎日。そんな生活は死人に等しい。私ならば耐えられない。

 だから感謝して欲しい。子供たちは私がちゃんと育ててあげるから、彼女たちもその方が数倍幸せだろう。安らかに死んでくれ。

 クックック、麻里奈の歪んだ口元から微かに笑い声が漏れた。すべてを手にする前の高揚感に興奮してアソコが濡れそぼつ。

「何笑ってんのよ、気持ち悪いわね」

 突然、後ろから声をかけられて心臓が跳ね上がる、急いで作り笑いを顔に貼り付けると、何事もないように振り返った。

「ああ、お姉ちゃん、いまスイッチ入れたからいつでも入れるよ、果穂は?」
 あのクソガキは必要ない、一緒にぶちこむのがベストだ。

「寝ちゃった」

 くそがっ、思わず喉から声が漏れそうになるが何とか耐えた。仕方がない、あいつはいつでも殺せるだろう。なんか知らないが、障害を持ってるみたいだから適当にタワマンから突き落としても事故で処理されるだろう。

「そうなんだ、じゃあ、お姉ちゃんだけでもどうぞ」

 ヘラヘラと愛想笑いを浮かべる麻里奈を横目に姉が服を脱ぎ出した。だらしない腹、二の腕、垂れた尻。これでは順平が些か気の毒に感じた。もう女として、いや、人間として終わっている。トドの方が種別としては近い。

「一応みんなには脱衣所に入らないよに言っておくけど、念のため中から鍵かけてね」

 貴様のだらしない裸を見たい人間などこの世にいないだろうがな。

「いや、この鍵、壊れてるみたいよ」

「は?」

 なぜそれを貴様が知っている。

「さっき旦那が閉じ込められてた」

 あんの、クソ馬鹿が。こんな簡単な仕事も満足にこなせないのか。なぜ人間はこんなに優秀な者と無能な者に二分されるのか。怒りが込み上げてきて血管が切れそうになる。

「麻里奈?」

「あ、ああ、そーなんだ、じゃあメンズには洗面所は使わないように言っとくね」

 危ない、なんとか冷静さを取り戻した。

「よろしく」

 それだけ言うと理沙はサウナ室に入って行った。

 大丈夫だろうか、麻里奈はその場で長考する。サウナが熱くなり出てくるのと、中毒で死に至る、どちらが先か。これでは五分五分の勝負だ。せっかく舞台は整い、あとは鍵を閉めるだけで決まるのに。麻里奈は歯噛みした。すると洗面台の上にコインのような物が置いてあるのが目に入った。

 手に取ると、どうやら子供のおもちゃ、偽のお金だった。中々精巧にできているが、よく見ると子供銀行と書かれている。

 じっと、そのコインを眺めた後にサウナ室に目を向けた。ちょうどコインがハマりそうなシリンダー部分を見つめる。理沙が入って何分経過しただろうか、もしかしたらすでに死んでいるかも知れない。

 期待を胸に小窓から中を除いた、でっぷりと太ったトドのような人間が、矢吹丈の最後のように下を向いて項垂れていた。

 死んだ? 麻里奈は扉を軽くノックした。すると、すぐに理沙は重そうな頭を持ち上げてコチラを見てきた。視線が交わる、すぐに愛想笑いを浮かべて手を振った。気だるそうにその合図に答えると再び首を折って下を向いた。

 辛そうにしているのが、暑さのせいなのか中毒のせいなのか判断できない。しかし、またまだ死にそうにはなかった。キョロキョロとあたりを見渡す、当然だれもいない。

 麻里奈はコインをシリンダーの窪みにはめると、ゆっくりと左に回した。静かな脱衣所に「カチャリ」、と、無機質な音が響き渡る。

「ガタガタっ」サウナ室で理沙が立ち上がる気配がする、小窓からなにか訴えているがよく聞こえない、さすが高級リゾートマンション、防音効果も抜群だ。

 麻里奈は理沙に向かってとびきりの笑顔をプレゼントすると、手をひらひらと振った。

「バイバイ、お姉ちゃん」

 踵を返して歩き出すと、麻里奈は脱衣所を出てすぐに、露天風呂に入ろうと思い付く。帰ってきた頃には事切れているだろう。やり遂げた達成感に満足しながらマンションの部屋を後にした。

 
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