上 下
25 / 29
Saito>>>>Sei Side 5

  ④「千賀柊麻」

しおりを挟む
 外周のランニングを終えて紘都と第二体育館に戻ったら、館内の雰囲気はすっかり元通りに落ち着いていた。動揺していた一年生たちと紅太が和気藹々と談笑している。伊緒の姿がない。用事でもあって先に上がったのか。他部の奴らもそれぞれの部活動に集中を戻して、もうフェンシング部を気にしてない。
 しかも、出入り口を入ってすぐのところで、成が待っていた。

「成!」
「ああ、二人ともおかえり。お疲れ様。経緯は三渓君たちから聞いたよ」

 執行部の活動が終わったのでフリー練習日の俺と一緒に帰ろうと、迎えに寄ってくれたらしい。「ああ、制服で汗だくに……帰ったらクリーニングだな」と言いながら、俺のポケットからネクタイを取り出して結び直し、用意していたタオルで頭の汗を拭いてくれる。
 そんな成に、すれ違いざまに紘都が話しかける。

「佐久間、まだ先の話だけど、九月の休みに一日、彩人を借りてもいいか?」
「九月? え、いいけど」
「そうか。ありがとうな。変な用事じゃないから心配すんなよ」

 それだけ言うと紘都は俺たちの前からさっさと離れ、一直線に、奥にいる一団の元へ向かっていった。奏也先輩と徹平と柊麻が、ジャージの上半身だけユニフォームに変えた姿で剣を交えている。その中の柊麻の背後にすたすたと近づき、後ろから足元を軽く蹴る。

「おい、柊麻。さっきは悪かったな」
「イッタ! ……あ、帰ってきたな、口悪星人」
「柊麻。先輩への口の利き方」

 奏也先輩にたしなめられた柊麻が、渋々といった顔で紘都に頭を下げている。紘都の方が今度は奏也先輩と徹平に頭を下げる。徹平が恐縮したように手を振り、何か弁解している。「俺も副キャプテンなのに二人を止められなかったし」とか、そんなところか。

 その光景を見ながら成が、

「なんだか森嶋君、以前より雰囲気が柔らかくなったことない?」

と不思議そうに首を傾げる。それから俺の方を見下ろし、タオルに隠した耳元に口を寄せて、バツが悪そうに小さな声で

「ていうか彼、俺たちのこと知ってたんだな。何だよ、九月って?」

 と訊ねる。
 俺はニヤッと笑みを返し、少しだけ成の動揺を楽しむ。まさか一緒に出掛けると聞いて紘都に嫉妬したり勘繰ったりするようなことはないだろうが、常陸氏のことや文化祭のことは紘都の許可を貰ってから話すことにする。にやにやしながら黙ったままの俺に、成は少し不服そうな表情をよこした。

「あ、彩人センパーイ! おかえりなさい、コッチコッチー!」

 柊麻の無邪気な大声が呼んだ。振り返ると、手招きしている。成が「誰だっけ」と問うのに「一年の千賀柊麻」と答える。それで「ああ、初心者の」と返ってくるあたり、『分析・傾向・対策』なのか『堂谷彩人について』なのか、彼の研究ノートはその後も厚みと深みを増し、すべてを頭に入れているらしい。

 招かれるまま駆け寄った俺たちに、柊麻が小ぶりな体で精一杯大きく胸を張って、

「先輩たちが外周に行った後、おれはスーパーウルトラすごい特訓をしたんですよ! 見ててください、驚きますから」

 と言ってグローブを嵌めた手で剣を構え、腰を落とした。俺は紘都と顔を見合わせ、奏也先輩と徹平を見る。走りに出る前に先輩が「徹平は技術指導」と指示していたから、教えるのが巧い彼が見てやったのだろう。でもたかだか30分程度で、それほど大きくは。

 徹平がマスクを被り、相四つで剣を構える。奏也先輩が腕組みして静かに見守っているから、俺たちも黙って見る。間合いは、徹平の方が後から位置決めしてやったのだから十分なところ。普段通り柊麻はストレートに突きを伸ばす。まったく普段通り。早くも紘都がチッと舌を鳴らす。目測が長い。初速から強い。それではやはり相手に痛い思いをさせるだけ。

 でも今回は、柊麻の剣先が胸に届く前にそれを徹平が自分の剣で右上側シクストに弾き、そのまま前傾して反撃に出た。その流れの変化に先の展開を察し、お、と俺と紘都は身を乗り出す。柊麻は徹平の剣先が己の胸を掠めるより先に、身を捻って右腕を大きく振り、思い切り剣をしならせた。

 トッと微かな音を残し、柊麻の剣先は弧を描いて徹平の左の肩甲骨を射た。
 シクスト・バラードからのリポストに対する、振り込みジュタージュでのルミーズ。
 うまい。タイミングも加減も、ほとんど文句なし。
 柊麻は続けて、右から、左から、と、パレで突き位置を誘導する徹平に従って次々と背中側に振込みでのポイントを入れていった。

 十本ほど繰り返した後、柊麻は手を止めて意気揚々とこちらを振り返った。

「どうですか、彩人先輩!?」
「すごいね、とてもきれいな振り込み。全部うまく決まってる」
「よっしゃあ!!」

 飛び跳ねてガッツポーズする一年生を前に、奏也先輩もほっとした顔をしている。なるほど、レイピア使いに育てていた新人のスキルを、より適性の見える鞭使いに切り替えたということだ。柊麻の思わぬ隠れた才能と、それを見抜いてすぐに方向を転換させた奏也先輩、そして後輩のやる気を削がず意欲を保って練習を続けさせた徹平に、賞賛の拍手を送る。
 褒められた柊麻が、白い歯を見せてふふんと紘都に笑いかけた。

「聞きました? 俺はこれから、ジュタージュマスターとして彩人先輩のあとに続く!」
「おー、頑張れ。けど今の防御パレされた力を利用した振り込みな、つまり攻撃権を取られてるから反撃リポストを避けられなかったら全部相手のポイントだぞ」
「は? ……ハアッ!!」

 敢えて誰も指摘していなかったことを紘都が突き、気づいた柊麻が衝撃を喰らったように頭を抱える。
 どういうこと? と成が耳打ちしてきたから、俺は互いが剣を叩くごとに攻撃の有効権が移るフェンシングのルールを今のジュタージュ練習に当て嵌めてこそこそと解説する。へえ、なるほど、と頷いて聞いてくれる成と俺の間に、「また紘都先輩がいじめる! 助けて、彩人先輩!」と泣真似しながら柊麻が飛び込んで来た。

 柊麻の肩にトンっと押されて、とっさに少し、成がよろけた。助けようと伸ばした俺の腕に、しかし、成より先に柊麻が絡みついてくる。そのまま、柊麻は俺の半身にぴったりとくっつくように体を近づける。

 俺と紘都と、何故か徹平までもが成の顔を振り返ったのがほぼ同時だった。
 成は両眼を見開いて、隣で俺に取り付く後輩を見下ろしていた。
 柊麻はそのまま、コテンと頭を俺の肩に乗っけてくる。

「まあ紘都先輩のことはいいや、俺には大好きな彩人先輩がいるから」

柔軟剤なのか制汗剤なのか仄かな柑橘の香りまで感じる至近距離でそう言われて、俺はそこで初めて、千賀柊麻という男の『彩人先輩に憧れて入部した』というセリフの重大さを意識したのだった。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


*用語解説*


◆シクスト・バラードからのリポスト♦
 柊麻の突き攻撃を徹平が右上方向(シクスト)に弾いて防御(パレ)したあと、反撃(リポスト)に出た、ということです。

振り込みジュタージュ
 フェンシングにおいて剣を真っすぐに突き出すのではなく鞭のようにしならせて相手の後背を突く攻撃方法。

♦ルミーズ♦
 攻撃の有効権をとらずに二度突きすること。

◆「全部相手のポイントだぞ」◆
 まず柊麻が先制攻撃の突きを行う(攻撃権=柊麻) → それを徹平が弾いて(攻撃権が徹平に移る)反撃に出る → 徹平からの突きを柊麻が身を捻って(相手の剣を叩かずに)避けながら突き返す(攻撃権は徹平のまま) → 柊麻のみの突きが決まれば柊麻の得点だが、柊麻と徹平が相打ちになった場合、得点は攻撃権をもつ徹平に入る。
 ということだがそんな細かなことはどうでも良い。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

目が覚めたら、妹の彼氏とつきあうことになっていた件

水野七緒
BL
一見チャラそうだけど、根はマジメな男子高校生・星井夏樹。 そんな彼が、ある日、現代とよく似た「別の世界(パラレルワールド)」の夏樹と入れ替わることに。 この世界の夏樹は、浮気性な上に「妹の彼氏」とお付き合いしているようで…? ※終わり方が2種類あります。9話目から分岐します。※続編「目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件」連載中です(2022.8.14)

3人の弟に逆らえない

ポメ
BL
優秀な3つ子に調教される兄の話です。 主人公:高校2年生の瑠璃 長男の嵐は活発な性格で運動神経抜群のワイルド男子。 次男の健二は大人しい性格で勉学が得意の清楚系王子。 三男の翔斗は無口だが機械に強く、研究オタクっぽい。黒髪で少し地味だがメガネを取ると意外とかっこいい? 3人とも高身長でルックスが良いと学校ではモテまくっている。 しかし、同時に超がつくブラコンとも言われているとか? そんな3つ子に溺愛される瑠璃の話。 調教・お仕置き・近親相姦が苦手な方はご注意くださいm(_ _)m

【完結】私立秀麗学園高校ホスト科⭐︎

亜沙美多郎
BL
本編完結!番外編も無事完結しました♡ 「私立秀麗学園高校ホスト科」とは、通常の必須科目に加え、顔面偏差値やスタイルまでもが受験合格の要因となる。芸能界を目指す(もしくは既に芸能活動をしている)人が多く在籍している男子校。 そんな煌びやかな高校に、中学生まで虐められっ子だった僕が何故か合格! 更にいきなり生徒会に入るわ、両思いになるわ……一体何が起こってるんでしょう……。 これまでとは真逆の生活を送る事に戸惑いながらも、好きな人の為、自分の為に強くなろうと奮闘する毎日。 友達や恋人に守られながらも、無自覚に周りをキュンキュンさせる二階堂椿に周りもどんどん魅力されていき…… 椿の恋と友情の1年間を追ったストーリーです。 .₊̣̇.ෆ˟̑*̑˚̑*̑˟̑ෆ.₊̣̇.ෆ˟̑*̑˚̑*̑˟̑ෆ.₊̣̇.ෆ˟̑*̑˚̑*̑˟̑ෆ.₊̣̇.ෆ˟̑*̑˚̑*̑˟̑ෆ.₊̣̇ ※R-18バージョンはムーンライトノベルズさんに投稿しています。アルファポリスは全年齢対象となっております。 ※お気に入り登録、しおり、ありがとうございます!投稿の励みになります。 楽しんで頂けると幸いです(^^) 今後ともどうぞ宜しくお願いします♪ ※誤字脱字、見つけ次第コッソリ直しております。すみません(T ^ T)

愛され末っ子

西条ネア
BL
本サイトでの感想欄は感想のみでお願いします。全ての感想に返答します。 リクエストはTwitter(@NeaSaijou)にて受付中です。また、小説のストーリーに関するアンケートもTwitterにて行います。 (お知らせは本編で行います。) ******** 上園琉架(うえぞの るか)四男 理斗の双子の弟 虚弱 前髪は後々左に流し始めます。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い赤みたいなのアースアイ 後々髪の毛を肩口くらいまで伸ばしてゆるく結びます。アレルギー多め。その他の設定は各話で出てきます! 上園理斗(うえぞの りと)三男 琉架の双子の兄 琉架が心配 琉架第一&大好き 前髪は後々右に流します。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い緑みたいなアースアイ 髪型はずっと短いままです。 琉架の元気もお母さんのお腹の中で取っちゃった、、、 上園静矢 (うえぞの せいや)長男 普通にサラッとイケメン。なんでもできちゃうマン。でも弟(特に琉架)絡むと残念。弟達溺愛。深い青色の瞳。髪の毛の色はご想像にお任せします。 上園竜葵(うえぞの りゅうき)次男 ツンデレみたいな、考えと行動が一致しないマン。でも弟達大好きで奮闘して玉砕する。弟達傷つけられたら、、、 深い青色の瞳。兄貴(静矢)と一個差 ケンカ強い でも勉強できる。料理は壊滅的 上園理玖斗(うえぞの りくと)父 息子達大好き 藍羅(あいら・妻)も愛してる 家族傷つけるやつ許さんマジ 琉架の身体が弱すぎて心配 深い緑の瞳。普通にイケメン 上園藍羅(うえぞの あいら) 母 子供達、夫大好き 母は強し、の具現化版 美人さん 息子達(特に琉架)傷つけるやつ許さんマジ。 てか普通に上園家の皆さんは顔面偏差値馬鹿高いです。 (特に琉架)の部分は家族の中で順列ができているわけではなく、特に琉架になる場面が多いという意味です。 琉架の従者 遼(はる)琉架の10歳上 理斗の従者 蘭(らん)理斗の10歳上 その他の従者は後々出します。 虚弱体質な末っ子・琉架が家族からの寵愛、溺愛を受ける物語です。 前半、BL要素少なめです。 この作品は作者の前作と違い毎日更新(予定)です。 できないな、と悟ったらこの文は消します。 ※琉架はある一定の時期から体の成長(精神も若干)がなくなる設定です。詳しくはその時に補足します。 皆様にとって最高の作品になりますように。 ※作者の近況状況欄は要チェックです! 西条ネア

ハヤトロク

白崎ぼたん
BL
中条隼人、高校二年生。 ぽっちゃりで天然パーマな外見を、クラスの人気者一ノ瀬にからかわれ、孤立してしまっている。 「ようし、今年の俺は悪役令息だ!」 しかし隼人は持ち前の前向きさと、あふれ出る創作力で日々を乗り切っていた。自分を主役にして小説を書くと、気もちが明るくなり、いじめも跳ね返せる気がする。――だから友達がいなくても大丈夫、と。 そんなある日、隼人は同学年の龍堂太一にピンチを救われる。龍堂は、一ノ瀬達ですら一目置く、一匹狼と噂の生徒だ。 「すごい、かっこいいなあ……」 隼人は、龍堂と友達になりたいと思い、彼に近づくが……!? クーデレ一匹狼×マイペースいじめられっこの青春BL!

俺にはラブラブな超絶イケメンのスパダリ彼氏がいるので、王道学園とやらに無理やり巻き込まないでくださいっ!!

しおりんごん
BL
俺の名前は 笹島 小太郎 高校2年生のちょっと激しめの甘党 顔は可もなく不可もなく、、、と思いたい 身長は170、、、行ってる、、、し ウルセェ!本人が言ってるんだからほんとなんだよ! そんな比較的どこにでもいそうな人柄の俺だが少し周りと違うことがあって、、、 それは、、、 俺には超絶ラブラブなイケメン彼氏がいるのだ!!! 容姿端麗、文武両道 金髪碧眼(ロシアの血が多く入ってるかららしい) 一つ下の学年で、通ってる高校は違うけど、一週間に一度は放課後デートを欠かさないそんなスパダリ完璧彼氏! 名前を堂坂レオンくん! 俺はレオンが大好きだし、レオンも俺が大好きで (自己肯定感が高すぎるって? 実は付き合いたての時に、なんで俺なんか、、、って1人で考えて喧嘩して 結局レオンからわからせという名のおしお、(re 、、、ま、まぁレオンからわかりやすすぎる愛情を一思いに受けてたらそりゃ自身も出るわなっていうこと!) ちょうどこの春レオンが高校に上がって、それでも変わりないラブラブな生活を送っていたんだけど なんとある日空から人が降って来て! ※ファンタジーでもなんでもなく、物理的に降って来たんだ 信じられるか?いや、信じろ 腐ってる姉さんたちが言うには、そいつはみんな大好き王道転校生! 、、、ってなんだ? 兎にも角にも、そいつが現れてから俺の高校がおかしくなってる? いやなんだよ平凡巻き込まれ役って! あーもう!そんな睨むな!牽制するな! 俺には超絶ラブラブな彼氏がいるからそっちのいざこざに巻き込まないでくださいっ!!! ※主人公は固定カプ、、、というか、初っ端から2人でイチャイチャしてるし、ずっと変わりません ※同姓同士の婚姻が認められている世界線での話です ※王道学園とはなんぞや?という人のために一応説明を載せていますが、私には文才が圧倒的に足りないのでわからないままでしたら、他の方の作品を参照していただきたいです🙇‍♀️ ※シリアスは皆無です 終始ドタバタイチャイチャラブコメディでおとどけします

病んでる愛はゲームの世界で充分です!

書鈴 夏(ショベルカー)
BL
ヤンデレゲームが好きな平凡男子高校生、田山直也。 幼馴染の一条翔に呆れられながらも、今日もゲームに勤しんでいた。 席替えで隣になった大人しい目隠れ生徒との交流を始め、周りの生徒たちから重い愛を現実でも向けられるようになってしまう。 田山の明日はどっちだ!! ヤンデレ大好き普通の男子高校生、田山直也がなんやかんやあってヤンデレ男子たちに執着される話です。 BL大賞参加作品です。よろしくお願いします。

さよならをする前に一回ヤらせて

浅上秀
BL
息子×義理の父 中学生の頃に母が再婚して新しい父ができたショウ。 いつしか義理の父であるイツキに対して禁断の恋慕の情を抱くようになっていた。 しかしその思いは決して面に出してはいけないと秘している。 大学合格を機に家を出て一人暮らしを始める決意をしたショウ。 母が不在の日に最後の思い出としてイツキを抱きたいと願ってから二人の関係は変化した。 禁断の恋に溺れ始めた二人の運命とは。 … BL  なお作者には専門知識等はございません。全てフィクションです。

処理中です...