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第四章:崩壊する特別地区、43
+++第三十八話:セシル・ハルガダナ、休日
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六月十四日。
王国の北西部にある王都『エヴミナ』でも、街中に半袖の恰好を見かけることが多くなった。
それもそのはずで、ここ最近については日によって汗ばむ熱さを感じる日もある。
セシル・ハルガダナにとっては初めての”夏”が、始まろうとしていた。
「・・・・・だから、まだ休んでろって言ったのに」
「んん⁉
いや、全然大丈夫だよっ‼」
隣を歩きながら、突然の指摘にエルシア・フェーラルスは視線を移した。
(大丈夫、には見えないが)
セシルが・・・休日である今日にわざわざ買い出しに向かう姿を見ると、フェルスはそれについて行くことを決めたようだ。
しかし、怪我明けの彼女はまだ本調子と言えないだろう。
呼吸はいつもより速く、痛みからか荷物を持つ位置を頻繁に変えている。
「はいはい・・・無理すんな~」
「あ、ちょ・・・ちょっとぉ・・・・」
セシルが彼女の荷物を奪うと、彼女は情けないとも感じられるような声を出した。
「まだ痛むんだろ?見てりゃわかるって」
「・・・・でも、それじゃまたセシル君に負担かけちゃうでしょ?
あなただって、あんなに大けがしたのに」
「やっぱり気にしてたのか」
昔から、傷の治りは速い方だった。
彼女は喫茶店再開店後も、自分だけ思うように動けていない。
そんな現状を嘆いているのだろう。
と言っても、先の作戦で彼女が行った功績は大きい。
それを考えれば、逆に誇らしく休息を取ったところで誰も文句を言わないんだろう。
まあ、しかしそこはフェルスか。
そんな彼女だからこそ、地区のなかでも多様な人物に尊敬されているのだろう。
「・・・・・・お互い様だろ。
俺はすでにお前にたくさん助けられてきた・・・・・て、言っても無駄なんだろうが・・・・・」
「うう、そう言ってくれるのはありがたいけどさあ・・・・。
セシル君だって、せっかくの休みなんだし・・・・やりたいこともあったでしょう?」
「・・・・!
ん~?そうだなあ・・・・・・」
(ああ、そう来るか)
唐突に振られた想定外の質問に、セシルは言葉を詰まらせた。
「別に・・・趣味があるわけじゃないからな」
「へ、へえ。
そうなんだねえ・・・・・?」
彼女は発言際して、履いてきたズボンのポケットに意識を置いた。
「じゃあ逆に・・・・こういうときは、結構困ったりするの?」
「あ~。まあ確かにな。行くとすれば本屋とかか?結局茜莊で過ごすことが多いな」
(・・・・・!)
セシルの言葉の折々に触れて、彼女のだんだんと鼓動が早まっていくのが分かった。
きっと赤くなってしまっただろう顔をうまく隠しながら、彼女は両手をもじもじと動かす。
そう、そこに握られているのは・・・・・間違いない、王都中心街にある遊戯施設の入場チケット!
~~~~~~~~~
「―――――――なにしてんだ?コラ」
「う、うわあッ‼」
尾行中、思わぬタイミングで発見されることになった。
だからこそ、ロッカ・ノセアダはカーターショーの接近に不覚にも声を上げてしまったのだ。
「な、なんだ・・・カーターね」
(ていうか、この子が一人でいるの初めて見るかも)
「オイオイ、なんだってなんだコラ」
「はは、なんでもないって。
いまはね、うちの子たちが不審な動きを見せてたから、こっそりついてきてみたんだよねぇ~」
そう言うと、彼女はニタッと表情を緩めた。
「・・・・?って、あオイ!セシルじゃねえかッ!
・・・・お~~~い゛い゛゛⁉⁇」
「だ~か~らあ。話聞いてたかな?
いまいい感じのところなんだから、邪魔しないの」
完全にフライングしそうなカーターショーを引っ張り戻し、物陰から様子をうかがうように促す。
「・・・・なんだってんだヨ」
「ほら、見て見て」
「―――――‼
オイコラ、これってまさか―――――――」
お互いに親しげな様子の二人を改めて眺め、ようやくカーターにも現状が理解でき始めたらしい。
(そうそう・・・・前から私は、この二人は怪しいと思ってたんだよねえ)
正直、セシル君は置いといても・・・フェルスにその気がありそうなのはなんとなく感じてたからねえ。
二人で元老院に行った辺りからかな?わかりやすく行動が変わったんだよなあ。
うんうん、青春だねえ。
がんばれフェルス!
(・・・・・・。)
「―――でも、お前はいいのかよコラ」
「あへえ?」
おもむろに―――冷静になったカーターショーは、一転ノセアダに鋭い指摘を浴びせた。
「わ、私ッ‼⁉
え、いや、なんで⁉」
「いや、単純に聞いてみただけだけどよ・・・その可能性もあるんじゃねえかってな、コラ」
「・・・・・・・・・・。」
ま、はたから見て勘違いされちゃうのも無理はないかあ。
セシル君は頼りにしてるし、実際、一緒にいて楽しいからさ。
でも――――。
「あはは、それはないって。
だって私だよ?歳だって四つも離れてるしさ・・・・」
(・・・・・はは)
おそらく彼は何気なく言ったんだろうけど、それは私の心にとって少し痛いものだったらしい。
気づかないようにしていた部分を、容赦なく突いて刺激する・・・・その言葉を隠すように必死で自分を卑下し続ける。
もちろん自分で言っていて、気持ちが悪くなる。
まるで言い訳を探してるみたいに、そのたび胸が少し痛んだ。
「・・・・・・・!
ほ、ほら‼余計な話はしなくていいじゃんっ!
いいところだよ、きっとこのまま二人の距離が縮まって―――」
心をお姉ちゃんに切り替え、視線を無理やりにでも彼らの方に向けなおした。
そうだ、みんないつも頑張ってる。
私はただ、このどうしようもなく心地のいい空間が終わってほしくないだけなんだ。
それ以上は―――望まないって決めてある。
「お、オイコラ!フェルス、なんか言ってるぞ⁉」
「え‼まじまじ⁉」
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二人の存在などつゆ知らず、フェルスは覚悟をつけて話を始めた。
彼女もまた、いまの関係はもちろん心地いいのだろう。
きわめて自然に―――そして悟られないよう慎重に―――切り出す。
「じゃ、じゃあさあ・・・・。私は結構王都長いでしょ?
よかったら、今日一緒に出掛けない?案内できるんじゃないかな」
「お、たしかに・・・・俺はまだ43地区以外の場所を全然知らないな」
好意的な反応が返り・・・しかしフェルスはさらにくさびを打つ。
「実は・・・たまたまチケットも手に入ったんだよね・・・・・に、まいだけ、なんだけど・・・・・」
(――――!)
そう。セシルであればその後に、セイヤッタでも誘って行こう、とでも続けるのが濃厚だった。
そこを的確にカバーする。
仲のいい集団で二人だけをピックアップするのはなかなか難しいが・・・・よくやった、フェルス!
小さくガッツポーズをしながら、ノセアダは続いてセシルの反応を待つ。
・・・・・私としても、セシル君は結構フェルスとは相性がいいと思ってるからね。
堅物っぽく気取ってるけど、案外甘えたがりだし。
きっと・・・・・・。
・
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「ど、どうかな⁇」
「ん~・・・・・」
バクバクと音を立てる心臓と、いままでになくどうしようもない感情。
彼女の状況に気づく様子もなく、セシルはいつも通り思考を回した。
そして・・・・続けて彼から発せられた言葉は・・・・それら周りの期待を裏切るものだったと言わざるを得ない。
「すまんが今日は予定があるんだ。
また今度、ノセアダたちも連れて行くか」
「・・・・・・・・。
そ、そっかあ。わかった、急にこんな話して・・・・ごめん・・・・」
「ん、あ、ああ。
まあまた今度、絶対行こうな?」
セシルの動揺した様子など関係なく、彼女の残念そうな表情にカーターショーたちも思わず頭を抱える。
そこからの帰路は普段と違い、二人の間に会話が弾むことがなかった。
考えればわかるほどの変化だったが、セシルはきっとそれには気づいていないのだろう。
*
そして―――――――舞台は王都北東部:第18地区に移った。
この場所は位置的に中心から離れてはいるが、歴史ある街並みと近代的な建物が融合するこの開発地区は、近年若者を中心に人気を伸ばしている。
「お待たせ・・・」
そのとき、待ち合わせ場所として有名な旧カリフ神殿に到着すると、セシル・ハルガダナは申し訳なさそうに声を出した。
「ほんと、普通に遅刻じゃない」
「ああ。本当に――――」
「―――まあいいわ」
「え?」
いつもの勢いで小言を言われるかと思えば、そうではないらしい。
ガノーシャはわざわざ屈み、俺のスーツのしわをなおしてくれた。
「こういう服、着るんだ?」
「お前の印象通りだよ。着替えにかなり戸惑った。さすがに制服で来るわけにもいかないだろ?」
「そうね。
ていうか、どうせ遅刻の話も・・・あんたのことだから”店の手伝いをしてくれてた”とかなんでしょ?」
(!)
「よく、わかったな」
「まあね。半年近く一緒にいるとさすがに覚えるわ」
「・・・そうか」
彼女はそう言うと、表情を緩めにこやかに笑った。
「さ、行きましょ?
早くしないと、門限までに回り切れないでしょ―――――?」
~~~~~~~~~~~
「―――――――う、うそでしょ?」
まさか、というかもはや間違いなく・・・・セシル君の予定って・・・・。
いやいや、まさか・・・・・。
二人に限ってそんな関係ってことはない、よね?
少なくとも、いままでの彼らにそんな兆候はなかったように思える。
むしろ・・・・ガノーシャはセシル君をどこかライバル視していたような?
「・・・・・おいコラ。どうなってんだよ・・・・・??」
「ちょっと、だまってて」
43地区。狭いコミュニティのなかでは、恋愛ごとや色恋の"い"の字にも敏感に反応が起こる。
ノセアダは真顔で固まるカーターショーを軽くいなした。
(私だって混乱してるんだよ)
そう考えながら、おもむろに彼女らの方に注意を戻す。
もし、もし仮にだよ?
ふたりとも、セシル君のことが気になっているとして・・・・・。
いや、ちょっとちょっと‼
私は、どっちの味方をしたらいいの~~~~‼⁉
ノセアダは本気で困惑しながら、しかしなぜか少しだけ笑みも見える。
(・・・・)
いやいや、そうは言っても二人のことだし・・・・きっとなにかの用事があるんだよね?
「それはどうだろうか、なッ!」
「!!
シュ、シュナイダー⁉」
カーターショーの声が響いた。
さっそうと現れた人物は、キラキラと雰囲気を纏う。
(次から次へと・・・)
「で、どういうことかな?」
「ふむ。
これを聞きたまえ、仔羊たちよッ」
ーーーーーーーーーー
!!?
ーーーーーーーーーーーーーーーー
突如として、ノセアダたちの耳にセシルとガノーシャの会話が届いた。
「え、これは?!」
「ハハッ、我が雷魔法:テンシーマッ!!
この魔法は特定の音波を吸収し、この僕まで届けることができるのさッ!!」
「へえ、便利・・・・・!
って、まさかシュナイダー君、それフェルスに使ったりしてないよね?」
「・・・・・・ふは⁉
・・・!ふ、フハはッ。そ、そんなわけが・・・・なかろうゥッ⁉」
(これは)
(・・・・やってんな)
「そんなことより、だッ!
いまはセシルたちだろう⁇」
「あ!ちょっと逃げないの――――」
(――――!)
ここでふたたび・・・シュナイダーの疑惑を隠すようにして、セシルたちの会話が飛び込む。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「つまり、オクテマラス恒星のエネルギーが魔法の根源だっていう説もあって・・・・・」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(?
なんの話――――⁇)
セシルはそれからもよくわからない数式のようなものを、つらつらと述べ続けた。
「は、はあ・・・・」
心配して損したなあ。
率直に、ノセアダはそう思った。
セシル君はこの通り、いつものままだ。
デートでこんな雰囲気にはならないだろう・・・もし仮になったとしたら、きっとうんざりしちゃうし・・・。
と、思ったのだが。
ガノーシャはセシルの意見を聞いて少し考えこむと、充実した可愛らしい笑顔を浮かべた。
ーーーーーーーーーーーー
「そっか、そういう意見もあるね」
「ああ」
「やっぱり、セシル君はいつも新鮮な意見を持ってて・・・素敵だわ」
ーーーーーーーーーーーー
彼女らの雰囲気はもはや、茜莊でのそれとはまったく違ったものにさえ見える。
(そっか、この子も結構変わった子だった――――――――ッ)
思い返してみれば、セシル君とガノーシャの二人は波長が合っていたのかもしれない。
もしかしたら、彼女が私たちに見せていたのは仮面の姿で・・・セシル君とは本音で語り合えるいい関係だったのだろうか?
ズキン。
また、心が痛んだ。
きっと、仲の良い友達になったんだ。
辺りがすっかり暗くなり、彼らが笑顔で本屋から出てくる。
しかし、私はまだそう信じて疑わなかった。
「―――さて、私はそろそろお暇するとしようか」
「え?」
突然の表明に、ノセアダは思わず監視の目をそらした。
ちょうどセシルたちが、少し洒落た喫茶店に立ち寄ろうとしたところだ。
「で、あれば・・・彼らにこれ以上干渉するのは野暮ってものだろう?」
「・・・・・そうかなあ。私はそうは思わないけど」
「フフハッ、まあきみの心までを縛らんとするほど、私も傲慢じゃないさ。
きみ自身がそうしたい、と思うのならそうすればいいんじゃないかな」
(・・・・!)
彼の言葉はいちいち的を得る。
返す言葉も見つからず、渋い顔を浮かべている自分をようやく俯瞰する。
見透かされたような感覚で、ノセアダはしばらくその場に立ち尽くした。
・
・
・
(・・・・・。)
やっと感じる自由な感覚は、それだけでため息を誘導するほどだ。
外にあった三人の気配が消えていった。
いくら43部隊が反感を買う存在であるといっても、街中を常に警戒していたわけではない。
セシルが彼女らに気がついたのは、偶然にカーターショーの影を打見したからに違いない。
実際、ガノーシャは気づいていない様子だったしな・・・・。
あいつらは、いったいなんの目的であんなことを?
「・・・・おまたせ」
「おう」
そうこうと考えているうちに、前の席に同僚がついた。
「今日は楽しかった」
「あ、ああ」
コーヒー片手に彼女が楽しそうに語り始めたその話は、正直俺の頭に入ってこない。
あいつら、変な勘違いをしてないだろうな?
さすがに会ってからまだ半年の同僚だ。そうでなくても、俺たちにはほかにやるべきことがたくさんある。
「どうしたの?なんか変だけど」
「いや・・・そうだな・・・」
本当におかしい。
俺も、あいつらもなにを考えてる?
浮ついたことを考えられるような立場か?
「・・・・?」
不思議そうなガノーシャの顔が、いっそう考えを加速させる。
いや、そもそもの話だろ?
なんで俺は今日、ここにいるんだ?
なんでガノーシャと一緒、なんだ?
・・・・ああ、クソ頭がこんがらがるだろッ!
「―――――好きだ」
喉に詰まっていたものを吐き出すと、そのときには俺はすっかり楽になっていた。
と、同時に・・・・初めて感じる類のとてつもない緊張感に襲われる。
1秒が1時間にさえ感じられる心情のなか、セシルはただ一点を見つめていた。
「・・・・・・はえ?」
しかし、当の本人はいきなりのカミングアウトに困惑して状況が掴めないのだろう。
普段はないような情けない声を絞り出す。
いや、だってーーーーー!!
「ど、ど、ど・・・どういうこと⁉」
「勘弁してくれ、俺も結構キツいんだって。
わかるだろ?昔から、俺はお前のことがだな――――」
「ちょ、ちょっと待って!」
ここで、頭を抱えた彼女は必死に思考を回して考える。
(いや、気づいてないんじゃなかったの⁉)
「い、いつから・・・・?」
「セントレーネでの戦いがあった、その後くらいだ」
「――――いや、しかも結構前ッ!!」
(・・・・・)
興奮した感覚は、思考をそのまま表現してしまう。
ガノーシャは深呼吸すると、それを落ち着かせるようにだけ努める。
だってちょっと、私はずっと気づいてないと思ってて―――――。
私、ちゃんとやってたっけ!?
茜荘での振る舞いは、あの頃から結構変わったって思われてもしょうがない。
幻滅されてないかな?いや、それはないか。
どうなんだろう。でも、告白・・・・だよね?じゃあ、そういうことなの??
「ああもうッ!
いつも急すぎるのよ!!」
(来るときもそうだったでしょ?)
と思えば、私のことなんてすっかり忘れちゃってたしさ。
でも。
(―――――!)
すると、なにかに気づいたようにセシルはうつむきながら身を引いた。
「あ。ああ、そうだよな。
ちょっと、いきなり過ぎた。
俺は、なにを考えていたんだろうな・・・」
「あ!
ちょ、ちょっと!!だからッ!!」
(引かないで!)
思わず伸ばした手は、セシル・ハルガダナの胸元を掴んだ。
思わぬ出来事に、二人を包んだのはなんとも言えない貴重な雰囲気だった。
それでも居心地悪くはないのだろう。
どうあれ、やっと本音を話し合える場ができた。
それこそがきっと、二人が待ち望んでいたことだからだ。
「う。お゛、い・・・??」
「黙りなさいってば」
「は、はい?」
「「・・・・・」」
お互い、しばらく沈黙に触れ・・・・そのうちガノーシャが最後に口を開いた。
「私も、あなたが好き。ハルガダナくん・・・・・・!」
(!)
少し前に頼んだ香り良いコーヒーは、いまだにその温かさを保つ。
・・・・・*第三十九話に続く
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