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第34話 売ってさしあげてもよろしくてよ
しおりを挟むその暗がりに息をひそめ、マノンの様子を観察している者がいることに、マノンとヤスミンは気が付かない。
アルフレッドである。
指定された薔薇園で待つ人物を特定しようと、足音を忍ばせてやって来たのだ。
暗がりの中に浮かび上がるような真っ白なドレスをまとったマノンを見て、アルフレッドは首をかしげた。
(やはり…。差出人はジラール侯爵令嬢か。しかし…なぜあのように目立つ場所に?何かの罠か?)
アルフレッドの常識では、怪文書を送りつけて人を呼び出すような後ろ暗い人間は、暗がりで悪事を働くものと決まっていた。
かなり注意深く辺りの気配を探って、安全を確認したが、マノンたち以外の人間がひそんでいる気配は感じられない。
意を決して、アルフレッドはマノンに近づいた。
「ジラール侯爵令嬢、エルネスト殿下を呼び出したのはあなたか」
「きゃっ」
突然声を掛けられて、マノンは驚いて飛び上がった。
「驚きましたわ。あなたは、アルフレッド様ではありませんか。どうしてここに?エルネスト様はどこです?」
「殿下は来ませんよ」
「なんですって?エルネスト様に、あの女の正体を教えて差し上げなくてはいけないのに!」
「あの女とは、私の妹のことのようですね」
マノンはそのことに今気が付いたような顔をして、ポンと手を打った。
「ええ、そうですわ」
「我がシモン侯爵家の恥をさらすわけにはいきませんから、殿下のお耳には入れず、こうして私が参ったのです」
「そうでしたのね。わかりますわ。クララベルさんは、侯爵家にはふさわしくないお方。アルフレッド様も苦労されているのでしょうね」
アルフレッドは思わず顔をしかめそうになって、なんとか自制心で堪えた。
「クララベルが侯爵家にふさわしくないという証拠があるとか…。それを見せてはもらえませんか」
「ええ、お見せします。ヤスミン、あれを」
「はい」
ヤスミンは例の記録石を取り出し、映像を再生した。
そこにはマリアベルが映っていた。
(なるほど…。これは確かにあの青年が言う通り、まるでしぐさが別人だ。どうして私はこれまで気が付かずにいたのだろう)
「ご覧の通り、この女は身分の低い男と抱き合っていますわ。エルネスト様の寵愛を受けながらこのような裏切り行為をするとは、絶対に許されませんわ!」
「ジラール侯爵令嬢、この者は私の妹ではありません」
アルフレッドの言葉に、マノンとヤスミンは一瞬時が止まったように唖然としてから、猛然と言い返してきた。
「そんなわけがないでしょう!どこからどう見ても、クララベルじゃありませんか」
「ですが、残念ながら、別人です。その者はかつて伯爵家が用意した妹の侍女です。体の弱い妹の影武者として、よく似た者を雇ったのでしょう」
「そんな言い訳が通用するわけがありませんでしょう?いいでしょう、ではあなたがこれはクララベルじゃないと言ったとして、それを世間が信じるとお思いですの?」
「…わかりました。では、この記録石を買い取りましょう。あなたの言う通り、信じない者もいるでしょうから。どうしてもスキャンダルは避けたい」
アルフレッドがいかにも残念そうに、両手を広げて肩をすくめた。
マノンはふふふん、と機嫌良さそうに笑った。
「この記録石をアルフレッド様にお譲りするには、条件があります。その条件を呑むなら、売ってさしあげてもよろしくてよ?」
「条件とは、なんでしょう」
「ふふふふ、アルフレッド様がわたくしと結婚することですわ」
「・・・なんと」
アルフレッドは本能的にあとずさりしそうになって、なんとか堪えたが、わずかに半歩足が下がってしまった。
「あなたは、エルネスト殿下の婚約者を狙っているのではなかったのですか」
「なぜですの?」
「なぜって、そうでなければ逆になぜこのようなことを?」
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