上 下
32 / 39

第31話 様々な思いが心をよぎる

しおりを挟む

 クララベルの全身に衝撃が走り抜けた。
 体が固まって思うように息も吸えない。

(わたくしの体の中に、わたくしではない誰かが存在している?だから…なの?時々記憶がなくなるのも、知らぬ間に移動していたり、部屋に食事が用意されていたりしたのも、みんなマリアベルという、わたくしではない人がしていたことなの?)

 そう言われてみると、これまで訳も分からずに混乱していたけれど、腑に落ちることがいっぱいあった。
 クララベルの中には、マリアベルがいる。
 それが真実なのだ。

「待ってくれ…。それではマリアベルは、クララの辛い、負の部分だけを引き受けて生きて来たというのか?クララを守るために…?」

「まあ、おおむねそうだろうな」

 その言葉は、クララベルに雷が落ちたような衝撃をもたらした。

(マリアベルはわたくしの辛い、負の部分だけを引き受けて来た人生なの…?わたくしが逃げたばっかりに・・・?)

 クララベルは足の力が入らなくなってよろけた。
 そのままよろよろと自分の部屋へ帰って行く。
 一人になりたかった。
 部屋に入るとベッドまではたどり着けず、入ってすぐの床にへたりこんだ。
 頭の中が真っ白になっていた。

「お嬢様!どうされましたか!?」

 クララベルのために、温かい飲み物を作っていたアンリが、戻って来て驚く。
 慌ててトレーを置くと、クララベルの体を支えてベッドへと連れて行く。

「お嬢様、顔色があまりよろしくないですわ。少しお休みになられた方がよろしいかと思います。お飲み物はこちらに置いておきますので、お休みくださいませ」

「‥‥わかったわ、アンリ、ありがとう。少し一人になりたいの」

「かしこまりました。扉の向こうで控えておりますので、何かありましたらお呼びくださいませ」

 アンリはクララベルを気遣って、席をはずした。
 クララベルはベッドに横たわり、呆然と天井を、見つめるともなく見ていた。
 様々な思いが心をよぎるけれども、どれ一つとして思考レベルにまでまとまらず、モヤっと不安感を残して消えていく。
 唐突にクララベルは、消えたいと強く思った。

(もうなにもかもから逃げて、消えてなくなりたい。だれかを犠牲にして安穏と生きていたなんて、自分が許せない。なんて卑怯なの。わたくしなんて生きている価値がない)

 すとんと表情の無くなった能面のような顔で、むくりと起き上がり、鏡台の引き出しから白い紙に包まれた粉薬を取り出した。
 これは侯爵家の主治医が、時々不眠を訴え、寝起きのだるさがひどいクララベルのために用意した睡眠薬であった。
 ほんのひとさじ飲むだけで、朝まで目覚めることなく深く眠れる妙薬である。
 クララベルは、その薬を、あるだけすべて一気に水で飲み下した。
 そのとき、ぐらッと体がよろめいて、頭がズキズキと痛んだ。

「あぁ‥‥うっ…!」

 クララベルは床に手をついてうめいた。
 頭の中でバチンと音がして、クララベルは意識を手放した。
 一瞬の後、目覚めたのはマリアベルだった。
 この時初めて、マリアベルは自らの意思で表層に出て来たのだ。
 クララベルの意識を押しのけて。

「なんてことを…!クララのばかぁ!」

 マリアベルは慟哭した。
 その声を聞いて、控えていたアンリが飛び出してきた。

「お嬢様、いかがされましたか」

「アンリ、お願い。シャールお兄様を呼んできてちょうだい」

「かしこまりました、すぐに!」

 アンリが出て行くと、マリアベルはすぐに洗面台で口に手の指を突っ込み嘔吐した。
 飲んだばかりの薬が、水に溶けた状態で体外へ吐き出される。
 水差しの水をまた浴びるように飲んで、再び嘔吐する。
 それでもすでに吸収された薬が効き始めていた。
 視界がふわふわと揺れ、だんだんはっきりと物事が考えられなくなってきた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は婚約破棄したいのに王子から溺愛されています。

白雪みなと
恋愛
この世界は乙女ゲームであると気づいた悪役令嬢ポジションのクリスタル・フェアリィ。 筋書き通りにやらないとどうなるか分かったもんじゃない。それに、貴族社会で生きていける気もしない。 ということで、悪役令嬢として候補に嫌われ、国外追放されるよう頑張るのだったが……。 王子さま、なぜ私を溺愛してらっしゃるのですか?

追放令嬢、ルビイの小さな魔石店 〜婚約破棄され、身内にも見捨てられた元伯爵令嬢は王子に溺愛される〜

ごどめ
恋愛
 魔石師という特殊な力を持つ家系の伯爵令嬢であるルフィーリアは、デビュタントを数日後に控えたとある日、婚約者であるガウェイン第一王子殿下に婚約破棄を申し渡されてしまう。  その隣には義理の妹のカタリナが不敵な笑みを浮かべていた。そして身に覚えのない罪を突きつけられ、王宮から追い出されてしまう。  仕方なく家に戻ったルビイは、実の両親にも同じく見知らぬ理由で断罪され、勘当され、ついには家からも追放されてしまった。  行くあての無いルフィーリアを救ったのは一人の商会を営む貴族令息であるシルヴァ・オルブライト。彼はルフィーリアの不思議な力を見て「共にガウェインに目に物を見せてやらないか」と誘う。  シルヴァはルフィーリアの力を見抜き、彼女をオルブライト商会へと引き込んだ。     それから月日を重ね、ルフィーリアの噂が広まりだした頃。再びガウェイン第一王子はルフィーリアの元へ訪れる。ルフィーリアは毅然とした態度でガウェインからの誘いを断った。しかし今後のルフィーリアの身を案じたシルヴァは彼女を王都の舞踏会へと誘い、そこで彼女はオルブライトの正式な婚約者である事を謳い、妙なちょっかいを出されないように釘を刺すと言った。だが、その舞踏会には様々な思惑が交錯しており……。 ※この作品は小説家になろう様にも投稿しております。

美食家悪役令嬢は超御多忙につき

蔵崎とら
恋愛
自分が悪役令嬢だと気が付いているけれど、悪役令嬢というポジションを放棄して美味しい物を追い求めることにしました。 そんなヒロインも攻略対象キャラもそっちのけで珍しい食べ物に走る悪役令嬢のお話。 この作品は他サイトにも掲載しております。

平和的に婚約破棄したい悪役令嬢 vs 絶対に婚約破棄したくない攻略対象王子

深見アキ
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢・シェリルに転生した主人公は平和的に婚約破棄しようと目論むものの、何故かお相手の王子はすんなり婚約破棄してくれそうになくて……? タイトルそのままのお話。 (4/1おまけSS追加しました) ※小説家になろうにも掲載してます。 ※表紙素材お借りしてます。

【完結】異世界転生した先は断罪イベント五秒前!

春風悠里
恋愛
乙女ゲームの世界に転生したと思ったら、まさかの悪役令嬢で断罪イベント直前! さて、どうやって切り抜けようか? (全6話で完結) ※一般的なざまぁではありません ※他サイト様にも掲載中

【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい

三谷朱花
恋愛
アリス・デッセ侯爵令嬢と婚約者であるハース・マーヴィン侯爵令息の出会いは最悪だった。 そして、学園の食堂で、アリスは、「ハース様を解放して欲しい」というメルル・アーディン侯爵令嬢の言葉に、頷こうとした。

悪役令嬢ですが、どうやらずっと好きだったみたいです

朝顔
恋愛
リナリアは前世の記憶を思い出して、頭を悩ませた。 この世界が自分の遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気がついたのだ。 そして、自分はどうやら主人公をいじめて、嫉妬に狂って殺そうとまでする悪役令嬢に転生してしまった。 せっかく生まれ変わった人生で断罪されるなんて絶対嫌。 どうにかして攻略対象である王子から逃げたいけど、なぜだか懐つかれてしまって……。 悪役令嬢の王道?の話を書いてみたくてチャレンジしました。 ざまぁはなく、溺愛甘々なお話です。 なろうにも同時投稿

執着王子の唯一最愛~私を蹴落とそうとするヒロインは王子の異常性を知らない~

犬の下僕
恋愛
公爵令嬢であり第1王子の婚約者でもあるヒロインのジャンヌは学園主催の夜会で突如、婚約者の弟である第二王子に糾弾される。「兄上との婚約を破棄してもらおう」と言われたジャンヌはどうするのか…

処理中です...