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第31話 様々な思いが心をよぎる
しおりを挟むクララベルの全身に衝撃が走り抜けた。
体が固まって思うように息も吸えない。
(わたくしの体の中に、わたくしではない誰かが存在している?だから…なの?時々記憶がなくなるのも、知らぬ間に移動していたり、部屋に食事が用意されていたりしたのも、みんなマリアベルという、わたくしではない人がしていたことなの?)
そう言われてみると、これまで訳も分からずに混乱していたけれど、腑に落ちることがいっぱいあった。
クララベルの中には、マリアベルがいる。
それが真実なのだ。
「待ってくれ…。それではマリアベルは、クララの辛い、負の部分だけを引き受けて生きて来たというのか?クララを守るために…?」
「まあ、おおむねそうだろうな」
その言葉は、クララベルに雷が落ちたような衝撃をもたらした。
(マリアベルはわたくしの辛い、負の部分だけを引き受けて来た人生なの…?わたくしが逃げたばっかりに・・・?)
クララベルは足の力が入らなくなってよろけた。
そのままよろよろと自分の部屋へ帰って行く。
一人になりたかった。
部屋に入るとベッドまではたどり着けず、入ってすぐの床にへたりこんだ。
頭の中が真っ白になっていた。
「お嬢様!どうされましたか!?」
クララベルのために、温かい飲み物を作っていたアンリが、戻って来て驚く。
慌ててトレーを置くと、クララベルの体を支えてベッドへと連れて行く。
「お嬢様、顔色があまりよろしくないですわ。少しお休みになられた方がよろしいかと思います。お飲み物はこちらに置いておきますので、お休みくださいませ」
「‥‥わかったわ、アンリ、ありがとう。少し一人になりたいの」
「かしこまりました。扉の向こうで控えておりますので、何かありましたらお呼びくださいませ」
アンリはクララベルを気遣って、席をはずした。
クララベルはベッドに横たわり、呆然と天井を、見つめるともなく見ていた。
様々な思いが心をよぎるけれども、どれ一つとして思考レベルにまでまとまらず、モヤっと不安感を残して消えていく。
唐突にクララベルは、消えたいと強く思った。
(もうなにもかもから逃げて、消えてなくなりたい。だれかを犠牲にして安穏と生きていたなんて、自分が許せない。なんて卑怯なの。わたくしなんて生きている価値がない)
すとんと表情の無くなった能面のような顔で、むくりと起き上がり、鏡台の引き出しから白い紙に包まれた粉薬を取り出した。
これは侯爵家の主治医が、時々不眠を訴え、寝起きのだるさがひどいクララベルのために用意した睡眠薬であった。
ほんのひとさじ飲むだけで、朝まで目覚めることなく深く眠れる妙薬である。
クララベルは、その薬を、あるだけすべて一気に水で飲み下した。
そのとき、ぐらッと体がよろめいて、頭がズキズキと痛んだ。
「あぁ‥‥うっ…!」
クララベルは床に手をついてうめいた。
頭の中でバチンと音がして、クララベルは意識を手放した。
一瞬の後、目覚めたのはマリアベルだった。
この時初めて、マリアベルは自らの意思で表層に出て来たのだ。
クララベルの意識を押しのけて。
「なんてことを…!クララのばかぁ!」
マリアベルは慟哭した。
その声を聞いて、控えていたアンリが飛び出してきた。
「お嬢様、いかがされましたか」
「アンリ、お願い。シャールお兄様を呼んできてちょうだい」
「かしこまりました、すぐに!」
アンリが出て行くと、マリアベルはすぐに洗面台で口に手の指を突っ込み嘔吐した。
飲んだばかりの薬が、水に溶けた状態で体外へ吐き出される。
水差しの水をまた浴びるように飲んで、再び嘔吐する。
それでもすでに吸収された薬が効き始めていた。
視界がふわふわと揺れ、だんだんはっきりと物事が考えられなくなってきた。
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