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第22話 困ったときはお互い様
しおりを挟む護衛騎士は行ったり来たり、辺りを探し回ることになった。
そうとは知らず、一人で街歩きをしている気分のマリアベルは、軽快な足取りで道を進んでいた。
反対側の歩道を歩いている男性がふと見覚えがあるような気がして、パッと身をひるがえし後を追っていた。
年の頃は20歳くらいか。
成人男性としては小柄で、そばかすの青年だ。
身に着けている服はつぎはぎだらけ、しかもサイズが合っていないようでぶかっとしているため、だらしなく見える。
地味な目立たない色のハンチングをかぶり、足早に歩く男。
マリアベルは歩調を早め、後を追いかける。
男がすっと建物の影の裏路地へ入り込んだので、慌てて付いて行くと男の姿はなく、一瞬ののち、目の前にきらっと光る刃物が迫っていた。
男がマリアベルの口をふさぎ、首に刃物を突き付けたのだ。
マリアベルは驚いて息を止めた。
「何者だ」
凄みのある声で問われ、マリアベルは口をふさいでいる男の腕を手でパタパタと叩き、離すよう訴えた。
男も自分の後をつけていたのが、王立学園の制服を着た少女であったことに気が付き、手を緩めた。
「びっくりした~!ねえ、あなた、マルクでしょう?トーマ伯爵領の孤児院にいた…」
そう言われて男の方がびっくりする番であった。
少女の顔を見れば、忘れもしない、マルクの初恋の相手であった。
「マリアベルなのか?!」
「そうよ!マリアベルよ!まさかマルクに会えるなんて!」
二人は再会を喜び、しばし抱き合った。
「マルク、大きくなったわね。びっくりしたわ」
「それはこっちのセリフだよ。チビのマリアベルがこんなに大きくなって…。お前、生きてたんだな。突然孤児院に来なくなったから、心配してたんだぞ。よかったよ、本当によかったよ」
マルクはじんわりと目に涙を浮かべ、マリアベルの無事を喜んだ。
「ありがとう、マルク。いろいろあったのよ。でも、いまは幸せに暮らしてる」
「そうか。よかった」
「マルクは?いまは王都に住んでいるの?」
「ああ、王都の教会にイリス先生のお師匠様がいて、その方のもとで勉強をしながら助手みたいな仕事をさせてもらっているんだ。」
「イリス先生!先生はお元気なの?私、世話になったのにお礼も言わずにいなくなっちゃったから、ずっと気になっていたのよ」
「先生も元気だよ。こっちでの修業が終わったら、オレはまた伯爵領に戻って孤児院の子どもたちの面倒を見ることになっているんだ」
「そうなの?立派ね!いっぱい頑張っているのね」
「まぁ、でもご覧の通り、相変わらず貧しい暮らしをしているけどさ」
マルクは古びたジャケットの裾を持って苦笑して見せた。
「みんなが私のためにパンを分けてくれたこと、一生忘れないわ」
マリアベルの目にも涙が浮かんだ。
人の優しさがあれほど身に染みたことはなかった。
「困ったときはお互い様だろ」
照れて鼻をこするマルクに、もう一度ぎゅっと抱き着いた。
「先生にも、みんなにもよろしく伝えてね。マリアベルはご飯が食べられるようになったって伝えてね」
「ああ、かならず伝えるよ。でもさ、お前、こんな路地裏に入り込んだら危ないぞ。俺だったからよかったけど、もし人違いだったらどうするつもりだったんだよ。そんなきれいな格好して、攫われちまうぞ」
「マルクこそ、ナイフなんか持って歩いて、危ないわよ」
「下町に住んでると必要な時もあるんだよ。もうちょっと危機感持てよ」
「大丈夫よ、これでも護衛騎士が付いてきているのよ」
「護衛?お前お貴族様になったのか?」
「あ、あれ?大変!はぐれてるかも!」
「おいおい。これじゃ護衛も大変だ」
マリアベルはマルクに見送られて、大通りへと戻り、青い顔をして探し回っていた護衛騎士と無事合流することができたのだった。
「じゃあな!」
「ええ!イリス先生のお師匠様の教会にも、きっと顔を出すわ」
「ああ、来てくれ。またな!」
思いがけずマルクと再会し、心温まるひと時となった。
マリアベルはほくほくとした気持ちで侯爵家へと帰って行った。
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