私の執事は王子様〜イケメン腹黒執事は用意周到にお嬢様の愛を乞う〜

玖保ひかる

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第50話 大混乱の真っただ中

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 十日も船に揺られているとようやく目的のスパニエル大陸が見えて来た。

 波の向こうにぼんやりと大陸が見えてくると、ルシアとステラは手を取り合って喜んだ。

 それなりに長く、なかなかに辛い旅であった。

 若い娘がよく耐えたものだと、船乗りたちは二人を讃えた。

 アンダレジアの港町カスティヤに着港し、船から降りた二人は意外な人物に再会し驚く。

 ナリスである。

 ニコラオの結婚宣誓式に出席するためアンダレジアを訪れていたナリスが、帰国のためにカスティヤに滞在していたのだ。

 本来ならとっくにオーウェルズに帰国している時期だったのだが、アンダレジア王宮での王太子交代劇と人身売買に関する賠償問題の決着がつくまで帰国を延期していた。

 ようやくめどが付き、このカスティヤへやって来たところである。

 ルシアが乗って来た商船に乗ってオーウェルズへ帰るそうだ。

「ルシア嬢!無事に目覚めたと聞いてはいたのだが、こうしてまた会えて嬉しいよ」

「ご心配をおかけしてしまい申し訳ございませんでした。倒れた時、ナリス殿下が救護院へ運んでくださったと伺いました。ありがとうございました。おかげさまでこうして回復いたしましたわ」

「いえ、そもそも私があなたを守れなかったのです。あなたの執事に怒られましたよ」

「え!リアムがそんな失礼を?申し訳ありません!」

「いやいや、いいんだよ。怒られても当然だ。ああ、あなたの執事ではなくなったんだね?アンダレジア王宮で会ったよ」

「…!アンダレジア王宮で?マドラではなく?」

 ルシアは驚いて目を丸くした。

 ナリスは小首をかしげてルシアに告げる。

「マドラ?ああ、アデレード様とは一緒にいるけど、彼はアンダレジアの第一王子アルフォンソだと名乗りを挙げて、アンダレジア王宮に戻ったんだよ」

「なんですって!」

 ルシアは絶句した。

 後ろで聞いていたステラも仰天してのけぞった。

「…ルシア嬢は、彼の事情をどのくらい知っているのだろうか?あなたがここにいるのは、アルフォンソ王子と関係があるのですよね?よかったら少し話をしませんか?」

 そう言ってお茶に誘われたルシアはナリスの誘いに応じ、ナリスが滞在している大店の船宿へ付いて行った。

 無鉄砲にアンダレジアまで来てしまったが、あまりに情報を持っていなさ過ぎることに、今さらながら気が付いた。

 リアムが隠していることは直接彼の口からききたいと意地を張って、父から何の情報も得なかった。

 少し軽率だったかもしれない。

 ルシアは事情をナリスに話し、ナリスもアンダレジア王宮で起きた事件をルシアに語った。

「では、本当にリアムがアンダレジアの第一王子アルフォンソ様だったのですね」

「それは間違いないですよ。国王が認めています。それに、彼は魔術が使えるでしょう?それもかなり高度な魔術を使っているのを見たことがあります。あれは相当な魔力を持っていなければ実現できないのです。あの時に気が付いてもおかしくなかった。どこかの王族なんじゃないかって」

「そうなのですね…。わたくし、魔術にはあまり詳しくなくて。リアムがいつも簡単に使っているから、魔力のある人ならだれでも使えるものだと思っていました」

「アハハハ、簡単に使っているという時点で普通じゃないよ。そういうわけで、リアムはアルフォンソ王子として正式に復権したので、アンダレジア王宮に住まいを移し、新しく王太子となった第三王子を助けながら公務に当たっていますよ」

「そうですか…。王宮へ行けばリアムに会えるでしょうか」

 ナリスは腕を組んで難しい顔をした。

「どうでしょう…。今、王宮は大混乱の真っただ中なのです。王位を継ぐはずだったニコラオ王子が犯罪者として捉えられ、王宮内のパワーバランスがひっくり返ってしまった。今まで生死不明だった第一王子が突然戻って来たと思えば、幼く体の弱い第三王子が立太子された。それも各国から来賓を招いていた夜会で起きた事件ですからね。それはもう、王族がやるべきことは山積みで、寝る間も惜しんで仕事をしていると思いますよ。あなたが来たとわかれば、無理矢理にでも時間を作ると思いますけどね」

「どうでしょうか。リアムはもうわたくしに会うつもりがないかもしれません。最後に別れを告げられた時、とても冷たい顔をしていて、アデレード様と共に行くと」

 しゅんとして目線を伏せるルシアに、ナリスは優しくほほ笑んだ。

「大丈夫ですよ、ルシア嬢。彼の気持ちは何も変わっていない。今でもあなたを大切に思っていますよ。私が紹介状を書いてあげましょう。あなたがたしかにアルフォンソ王子の知己だと証明できるように。それを持って王宮へ行ってごらんなさい」

「あ…ありがとうございます!お手を煩わせてすみません」

「いいんだよ。じゃあ少し待っていて」

 ナリスが別室で書状を用意してくると、ルシアは心からの感謝を込めて礼をした。

 大切そうに書状を持ってはにかんでいるルシアに、ナリスは手を振って別れを告げた。

「それじゃ、私は国に帰るから。気を付けてね」

「はい!ありがとうございました。ナリス殿下もお気をつけて」

 ルシアが部屋を出て行くと、ナリスの側近のアンソニーが横で大きなため息をついた。

「あ~あ、よかったんですか?気に入っていたのでしょう?」

 ナリスは珍しくぶすっとした顔で答える。

「いいんだよ。他の男に夢中な子なんて、別に欲しくないからね」

「強がっちゃって。いくらでも囲い込む手段はあったでしょうに」

「そんなことをしても幸せになれないだろ?私は私を見て愛してくれる人と結ばれたい」

「そういう純粋なところ、好きですよ」

「そうか、ありがとう」

「さ、お茶を入れ直しましたよ。どうぞ」

 主思いのアンソニーは、熱いお茶をナリスに勧めるのであった。

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