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第49話 最初から最後までがっつり
しおりを挟むお茶菓子をつまみながら、ベンジャミンが聞く。
「ねえルシア、リアムはいないの?いつもルシアにべったりで僕の邪魔をするのに、今日はどうしたの?全然いなくてもいいんだけどさ」
「…リアムは、いなくなってしまったの」
ルシアは寂し気な微笑みを浮かべて答えた。
「「いなくなった?」」
「私に掛けられた呪いを解くために、リアムはマドラ国へ行ったの。そこで呪いを解くことのできるお知り合いの方にお願いをして、わたくしの呪いを解いてもらったの。リアムとその方の間にどういったやり取りがあったのかはわからないのだけど、きっとリアムはわたくしを助ける見返りとして、何か条件をのんだのだと思うわ。わたくしが意識を取り戻すのを見届けてから、リアムはマドラに行ってしまったの」
「そんな…リアムのやつ…!ルシアはそれでいいの?!」
ベンジャミンは怒っているのか悲しんでいるのかわからない表情で、リアムを責める言葉を口にした。
「いいの、仕方ないわ。わたくしのためにマドラまで行ってくれたのだもの。感謝しているわ」
「ルシアの馬鹿!!」
ベンジャミンが激しくルシアを非難した。
「いいわけないよ!ルシアとリアムは、ずっと二人で寄り添って生きて来たんじゃないか。僕がイヤになるくらいにさ!本当にリアムがいなくなっても、ルシアはいいの?大丈夫なの?」
ルシアは俯いて唇をかむ。
「だって、リアムが決めたことだもの。仕方ないわ。きっといつか戻って来てくれると思うの。わたくしはリアムが戻って来るのを待つわ」
「ルシア様、わたくしからも言わせてください。本当に欲しいものは待っていては手に入りませんのよ。自分から取りにいかなくては。ただ幸運を待っているだけの人のもとには幸運は訪れないのです」
「アリサ様…」
「二度とリアムさんに会えなくても、ルシア様は後悔しませんか?戻って来てほしいと言えば戻って来るかもしれないのに、何も言わずに待っていたら永遠に失ってしまうかもしれませんのよ」
「でも、戻って来てほしいと言っても戻って来ないかもしれないでしょう?」
「そうですね。そういうこともあるかもしれません。戻って来ない、という結果が同じだとして、戻って来てほしいと気持ちを伝えるためにあがいた自分と、初めから何もせずに諦めた自分、どちらの自分が好きなのかという問題ですわ」
「どちらの自分が好きか…」
さようなら、とあっけなく去って行ったリアムの後姿を思い出すと、ルシアは怖かった。
戻って来てほしいと言っても、応じてもらえないのではないかと思う。
もうリアムとつながっていた道は完全に断たれてしまったのではないかと。
でも、とルシアは顔をあげた。
「このままリアムに会えなかったら、後悔すると思うわ。ダメかもしれないけど、あがいてみたい。何もせずにリアムを失いたくない。わたくし、リアムに会いに行くわ」
「それでこそルシアだ!」
「ええ、きっとうまくいきますわ」
ベンジャミンとアリサが温かくルシアをはげましてくれる。
ルシアは久しぶりに晴れやかな気持ちになった。
「そうと決まればさっそく準備だわ。お父様にもお許しをいただかなくては。ステラ、付いて行ってくれる?」
「もちろんです!」
ルシアが不安そうに聞くと、ステラはにっこりと笑顔で答えた。
「あ、いいなぁ!ぼくも一緒に行こうか?一度行ってみたかったんだよね、スパニエル大陸に」
「行けませんわよ?結婚式の準備がありますでしょ?」
物事を深く考えないベンジャミンらしく軽薄に提案をするが、アリサに笑顔のまま止められる。
「結婚式の準備はアリサにまかせるよ?ぼくはなんでも大丈夫だから」
「寝言は寝て言えですわよ?わたくし一人に大量の招待状の手配や披露宴の手配をせよとおっしゃるの?それでしたらお義母様に言って、ベンジャミン様のお衣装はカボチャパンツと白タイツに決めちゃいますからね!」
「カボチャパンツ!?」
「ええ、そうですわよ。それに頭にはクジャクの羽を着けてもらいます!わたくしにまかせるのでしょう?どうなっても文句は言わせませんわよ」
「う、う、うわーん。アリサがひどいよ、ルシア~」
ルシアは困ったように笑った。
「ベンジャミンがひどいと思うわ。二人の大切な結婚式なのになんでもいいなんて。アリサ様に失礼よ。わたくしなら、ベンジャミンと結婚したくないわ」
ベンジャミンは頭を鈍器で殴られたような顔をして、しばし呆然自失となった。
そんな彼を無視してルシアとアリサは真剣に話し合う。
「アリサ様、わたくしは大丈夫だからしっかりベンジャミンにも準備をやらせてね」
「ありがとうございます。必ずやしっかり仕事をさせますわ」
「最初が肝心といいますものね」
「ええ。最初から最後までがっつりの人生を送らせます」
「アリサ様に任せておけばベンジャミンは安心ね」
ベンジャミンは空気が抜けた風船のように、しょぼくれてソファーに沈むのだった。
◆◆◆
それから幾日も経たないうちに、サガンの商家が所有する大商船に同乗させてもらい、ルシアは船上の人となった。
敬愛する領主ローガンからの頼みとあって船員たちは張り切ってルシアを迎えた。
かつてアリサとのお茶会用にあつらえたセーラーカラーのドレスを着て、ルシアはデッキに佇んでいる。
船が白い波を切って前進する様を、飽きもせずに眺めていた。
「おーい、お嬢様方。こっちに来てごらん!」
気のいい船乗りが反対サイドからルシアとステラに声を掛ける。
二人は素直に呼ばれた方へ移る。
すると船からほんの十数メートルの所をイルカが飛び跳ねて泳いでいた。
「「わぁ!」」
港町を領地に持ち暮らしているとは言え、大海を越えるのはこれが初めての経験であった。
「こんなに近くでイルカを見たのは初めてよ。ステラは?」
「私も初めてです!かわいいですね!」
「ええ、本当に。おじさま!ありがとう」
「おじさま?!」
おじさまと呼ばれて照れる船乗りに、仲間から笑いが起きた。
嬉しそうにはしゃぐ二人を、他の乗組員たちも微笑ましく見守った。
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