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第47話 惨劇の真相

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「お前はだれだ!」

 ニコラオが体面も忘れてしょっぱなからナリスに怒鳴る。

「おや、私は本日招待されてここにいるというのに、新郎殿には認知されていなかったようですね」

 ナリスが大げさに肩をすくめる。

 ホスト側が招待客を覚えていないなど、恥をさらしたも同然である。

 これにはさすがにコルティジアーナが耐えられず、ナリスに向かってお辞儀をした。

「申し訳ございません。オーウェルズ国第二王子ナリス様とお見受け致します」

「コルティジアーナ嬢、ありがとう。結婚を祝いに来たつもりだったのですが、事情が変わりました。つい先ほど、国より緊急の知らせがありましてね。ここアンダレジアの王都に巣食う人身売買組織が、我が国で攫ってきた幼子をポルタに奴隷として売りさばいていることが発覚しました。人身売買組織で得た多額の資金がニコラオ王太子のもとに流れています。このことを説明していただきましょう」

「何だと!それは真か…」

 ドミニクはやや青ざめて言った。

「で、でたらめだ!」

「往生際が悪いようですが、証拠は揃っています」

「うそだ!」

「あなたと違って、嘘はつきませんよ?ふふふ」

 ナリスが魅惑的な笑顔を浮かべると、緊迫した場面にもかかわらず、ぽうっと頬を染める婦人方が続出した。

 そんな中、王族と共に並び立っていたコルティジアーナが、壇上より降りて王に向き直る。

 一挙手一投足が注目される中、コルティジアーナは優雅にほほ笑んだ。

「陛下。どうやらニコラオ殿下は次期国王にふさわしくないようでございますわね。国王となるニコラオ様をお支えするようにと承っておりましたが、その必要はなくなったと思います。わたくしは婚約を辞退させていただきますわ」

 これには大広間に集まった貴族たちがざわついた。

「待ってくれ!私が王位を継がなくては、誰が継ぐというのだ!この国には私しかいないのだ」

 ニコラオがみっともなく騒いでいる。

 コルティジアーナは持っていた扇子を広げて口元を隠すと、鼻で笑った。

「あら、何をおっしゃるのかしら。アルフォンソ殿下がいらっしゃるではありませんか。もしアルフォンソ殿下が王太子になられるのであれば、わたくしがあらためてお支えする心づもりはありますわ」

 するとすかさずアデレードが口をはさむ。

「お待ちになって。いくら親友のあなたと言えども、彼を渡すわけにはいかないわ、アーナ。アルフォンソはわたくしのものよ」

 時と場合を考えずにふざけ合っている二人に、リアムは軽く苦笑をもらす。

 王妃はすでに挽回できないことを悟り、力なくその場にへたり込んでいる。

「ニコラオ…何という愚かなことをしてくれたのです。わたくしの計画が台無しではないか…」

 王妃が小さくつぶやいた声を、リアムは聞き逃さなかった。

「正妃様、まるでニコラオだけが悪事を働いたように仰いますが、私は忘れたわけではありませんよ。あなたに母を殺されたことを」

 会場にいた多くの者がヒュッと息を吸い込んだ。

「わ、わたくしじゃないわ!あれは夜盗が…」

「母が喉を切られて死んだあと、賊どもは『ガキはどこだ』と私を探していました。私は窓から逃げ出して見つからずに済みましたが、ただの夜盗なら、なぜ子どもだった私を探しますか?私を殺すよう命じられていたのでしょう」

「だからと言って、わたくしが命じた証拠などないでしょう!」

「どうして証拠がないと言い切れるのですか?母に付いていた女官や侍女を全員処分したから大丈夫だと?」

「女官や侍女は側妃を守れなかったのですから、責任を取って処分を言い渡したまで」

「不思議ですね。なぜ護衛騎士は処分されなかったのでしょう?」

「あの者は守れなかったことを自ら悔いて自害したのです」

「ああ!それで証拠がないと勘違いして…」

「勘違い?どういうことです」

「お目に掛けた方が早いですね」

 リアムが再び衛兵に合図を送ると、今度は中年のガタイの良い男が現れた。

「お前は!!!」

 王妃の顔に驚きと焦りが見える。

「私はアルベルトと申します。側妃ミランダ様の護衛騎士をしておりました」

「自害したのではなかったか!」

「申し訳ありません。王妃様より自害するよう命じられておりましたが、父が自害したことにして市井にくだるよう手配してくれたのです」

 身分の低いミランダに付けられた護衛騎士は男爵家の三男だった。

 身を隠して平民となり今は幸せな家庭を築いていた。

「国王陛下、恐れながら申し上げます。ミランダ様殺害の夜、私は正妃様より呼び出されておりミランダ様のお側を離れてしまいました。ミランダ様が寝付いたら正妃様の私室へ来るようにと、正妃様の侍女より申しつかりました。そのような夜更けに正妃様の私室になど伺うわけにはいかないと断ったのですが、これは命令であると強く言われ、仕方なく訪れました。しかし、お部屋に伺うと、お前など呼んでいないと一掃され、首をひねりながらミランダ様の離宮に戻ったのです。そのときに侵入者を告げる鐘の音が聞こえてきました。性急に鳴らされる鐘の音を聞いて、私は駆け足で離宮へ向かいました。離宮の入り口が見えた辺りで、ミランダ様のメイドに出会いそこで事件を知りました。私はすぐに正妃様に諮られたと思い、取って返して正妃様の侍女に真相を正そうとしました。すると正妃様がお部屋より出てきて、こうおっしゃったのです。主を死なせるとはふがいない奴め、自害して詫びろ、と」

 いまや大広間は静まり返っていた。

 だれもがミランダ側妃の惨劇の真相が知りたく、息をのんで聞き入った。

「あの時は気が動転して深く考えることなどできませんでした。しかし、幾度となく私は考えました。正妃様の私室よりミランダ様の離宮へ向かう通路は一本道。私が正妃様の私室から離宮へ行って帰って来るまで、誰一人としてすれ違った者はいなかった。なのになぜ正妃様はミランダ様が襲われて亡くなられたことを知っていたのでしょう。答えは簡単です。襲われることを知っていたからとしか思えません。私はこのことを国王陛下にお話しするまでは死ねないと思い、こうして恥を忍んで参った次第です」

 アルベルトは、床に膝をつき、王に深く頭を垂れた。


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