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第44話 謝れば済む問題ではない

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「おまちください、ナリス様」

「なんでしょうか」

「この頃、我が国では幼子の行方不明が頻発しております。王女殿下が対応に当たっておられますが、オーウェルズ国でも人さらいの拠点が一つ見つかったと聞いておりますわ」

 ナリスは初めて聞く情報に眉をひそめた。


「なんですって?」

「あら、ご存じなかったかしら」

 ナリスはリアムの顔を見る。

 リアムは頷いて肯定しナリスのために説明を加えた。

「エジンバラ子爵家に家宅捜索を行ったところ、地下牢から攫われて来た幼子が数名見つかったそうです。スチュワート領でも行方不明になっている子供がいたのですが、どうやらエジンバラ領へ連れ去られていたようです。エジンバラ子爵は人身売買にかかわっていた罪で捕縛され、現在尋問を受けているところです」

「そうだったのか」

「ええ。その人身売買のルートですが、実はポルタに奴隷として売り払われていますの」

「ポルタ?しかし、オーウェルズはポルタとは国交がないのだが」

「国交は関係ありませんでしょう?オーウェルズから攫った子供をアンダレジア経由でポルタへ輸送するのです。ポルタでは愛玩道具として見目麗しい子供を欲しがる者がたくさんいるのです。商売として成り立つほどに」

 ナリスは少なからずショックを受けたようだった。

「アンダレジアはただ攫った子供の輸送を見逃しているわけではないのです。ここにわたくしが集めた証拠があります。アンダレジア王太子ニコラオがオーウェルズで攫った子供を王都に集め、ポルタに提供する見返りとしてポルタから多額の資金提供を受けているという証拠が」

「…それで?その証拠を私に提供してくださると?」

「ええ、差し上げるわ。ただし、有効に使っていただければ、の話ですが」

「いいでしょう。あなたの思惑に乗りますよ」

「うふふふ。思惑だなんて。ちょっと手を貸していただきたいだけよ」

 ナリスは、今度こそ席を立った。

 急いで証拠の精査をしたいのだろう。

 本国との連絡を何とか取りたいと考えているはずだ。

「では失礼する」

 ナリスが談話室を後にすると、残されたアデレードは、いつもの微笑みを消し真顔でリアムに詰め寄る。

「ちょっと、なんなのよ、あの男は!」

「は?何って…オーウェルズの第二王子だよ?」

「そういうことじゃなくて!このわたくしを無視して、あなたにばかり気を取られるなんて、どういう神経しているのかしらってことよ!」

「え?別に無視してないだろ?」

「無視してるわよ!わたくしに見惚れないなんてどういうこと?わたくしの美しさが目に入らない?」

「いやいや、美しい方だって褒めてただろ」

 アデレードは珍しく怒りを顕にした。

「あんなのちっとも心がこもってないじゃないの!ただの社交辞令よ!」

「そんなことないだろ。誰が見てもアデレードは美しいじゃないか」

「そんなことは知っています。だいたい、あなたもあなたよ!あんな簡単な挑発に乗って…。あれではルシア様に未練たっぷりですって自白しているようなものよ」

「…すまん」

「なんで謝るのかしら、そこで。本当にデリカシーがないわ」

 アデレードがなぜこんなに機嫌を損ねたのか、リアムにはわからなかったが、とりあえず謝れば済む問題ではないらしいと理解した。

 どう機嫌を取ろうかと思案していると、天の助けがやって来た。

 裏工作を頼んでいたマンフレットが、二人を探し当てて来たのだ。

「準備が整いました」

「ご苦労様」

 さっきまでの不機嫌を一切消し去り、アデレードはいつものようにほほ笑んだ。

「さあ、国盗りを始めるわよ」

 
◆◆◆


 それぞれの思惑を孕みつつ、アンダレジア国王主催の歓迎パーティーは始まった。

 アンダレジア国内の貴族も多数出席しており、これを機に外国と伝手を持ちたい貴族たちが社交に力を入れている。

 会場にはたくさんの生花が飾られ、ホールに反射するまばゆい光とともに、夢のように華やかな場を彩っている。

「マドラ国王弟ご息女アデレード・ゾフィー・フォン・ヴァルモーデン様ご入場!」

 呼び出し係が声を張り上げると、会場にいた多くの客がアデレードを一目見ようと視線を向ける。

 アンダレジア国内でアデレードの名を知らぬ者はいない。

 かつて第二王子を袖にし第一王子と婚約、側妃惨殺事件のきっかけを作った傾国の美女として名を馳せている。

 何の因果か、その第二王子の結婚宣誓式の来賓として再びこの地に足を運ぶことになった。

 人々は何かまた事件が起きるのではないかと好奇心を抑えられずにいた。

 アデレードが姿を現すとあちらこちらから感嘆のため息が漏れる。

 それはかつて第二王子との婚約のために訪れた12年前の再来のようであった。

「お、おい。ご一緒におられるのは…」

 誰かがつぶやくと皆の視線がリアムに集まる。


 リアムは仮面を着けず素顔をさらしていた。

「まさか…!」

「え?どなたなの?」

「あの髪色、そして瞳、間違いない」

「それにお母上にそっくりではないか…!」

 招待客に動揺が広がった。

 アデレードとリアムが進むと自然と人垣が二人を避けるので、まっすぐに正面奥へと進むことができた。

 上座付近で一人の壮年の男性に声を掛けられる。

 ワーノルド侯爵、コルティジアーナの父である。

「殿下‥‥」

 周囲の者たちは会話を聞き取ろうと皆が静まった。

「ワーノルド侯爵様、お久しぶりです。アデレード様、こちらはコルティジアーナ嬢の御父上、ワーノルド侯爵様です」

 リアムがアデレードにワーノルド侯爵を紹介する。

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