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第41話 もう腹をくくるしかない
しおりを挟む二人が最後に顔を合わせたのは、ミランダが亡くなる半年前だった。
祖父と孫という関係ではあるが、頻繁に会うことはなかった。
ミランダが王宮での権力を一切持っていなかったことも原因の一つだ。
男爵令嬢から側妃に上がる際も、高位貴族連中から散々反対されたものの、王自身が強く望んで召し上げるに至ったこともあり、王の寵愛以外の何をもミランダは持ち合わせていなかった。
下位貴族のマンフレットには、娘の状況を知っていても助けてやれる術はなかった。
娘が惨殺されたと知らされたとき、シモンズ夫妻は深く、二度と癒せない心の傷を受けた。
孫のアルフォンソだけでも救出したかったが、事件を知った時にはすでにアルフォンソの行方は分からなくなっていた。
娘と孫を失い、夫妻は生きる勇気も失った。
どれほど悔いても悔やみきれない。
シモンズ夫人はショックで寝込み、その後、命を絶ってしまった。
一人残されたマンフレットはただ義務感のみで小さな領地を守って生きてきた。
しかし、心の奥底には行方の知れなくなったアルフォンソがどこかで生きていてくれるのではないかと、淡い期待を捨てられなかったのだった。
いま、目の前にいる青年は、かつてこの王宮で会ったときよりも大人になっているが、孫のアルフォンソに違いなかった。
「まさか…!アルフォンソ…?アルフォンソなのか?」
リアムは戸惑いながらも、祖父に手を伸ばし歩み寄った。
「おじい様、お久しぶりです」
マンフレットはガシっとリアムの体を抱きしめた。
小さかったリアムが己より大きくなりそっと抱き返してきたことに、打ち震えるほどの喜びがわいて来た。
「そうか、無事だったか…!無事でいてくれたか」
「心配をかけてすみませんでした」
「いいんだ!無事でさえいてくれれば」
「おじい様…」
アデレードはほほ笑みを絶やさずその様子を黙って見ていたが、ひとしきり再会を喜び合い涙を拭いたところで、二人に席に着くよう促した。
メイドにお茶の準備をさせると再び人払いをし、3人と護衛騎士が入り口付近に立つのみとなる。
「シモンズ男爵に伺いたいのですが、王太子ニコラオがこのまま王位に就くことについて、よく思っていない貴族はどのくらいいるのかしら」
「率直に申し上げますが、ニコラオ殿下が王位に就くことに好意的な者などいませんよ。強いて言うのであれば王子妃となられるコルティジアーナ様のご実家である侯爵家くらいでしょう。その侯爵家だって、コルティジアーナ様の輿入れを強固に拒否していたのです。娘が幸せになれないと言って。王命を出されてしまって泣く泣く嫁がせるのですよ」
「まぁ、それはお気の毒ですわね。今からでも結婚をやめた方がいいですわよ、本当に。あんな男の妻になるなんて、嫌に決まっていますもの」
ニコラオとの婚約を拒否して同盟まで破棄に追いやった姫が言うと説得力があった。
それに付随して起きた事件を思い出し、マンフレットもリアムも気まずいような面持ちになる。
「しかし、現状ではニコラオ殿下しか王位継承者がいないのも事実です」
「ルクスはどうしたのです?」
リアムはかつてまだ幼子だった第三王子の名を口にする。
マンフレットはゆっくり首を振った。
「ルクス殿下は幼少の折に、北の塔から落ちて半身不随のケガをされた。自力で歩行することも難しく、王位には耐えられないとされている」
「待ってください。どういうことなのですか?北の塔から落ちたというのは?」
「城内を探検していて塔に上り、足を滑らせて落下したと発表があった。しかし、お小さいルクス殿下が一人で塔に上ったとも考えにくいため、だれかに連れて行かれ落とされたのではないかと憶測が広がったのだ。その日、ニコラオ殿下と共に庭を歩いている姿も目撃されていて、ニコラオ殿下がやったのではないかとの噂もたったのだが、同じ母から生まれたご兄弟で、ニコラオ殿下がルクス殿下を害する理由もない、ということでうやむやになった」
「しかし、なぜ半身不随などに?万能治療薬を使えば治せるでしょう」
リアムの疑問はもっともだ。
ルシアがナイフで刺されたときも、傷そのものはあっという間に塞ぐことができた。
神経を切っていたとしても、万能治療薬を使えば回復するはずである。
万能治療薬は効力が強いが、日持ちがしない。
そして非常に高価なため、貴族でも家に買い置きを置ける家は少ないだろうが、王家となれば別である。
「それが、発見されてからすぐに治療に当たったが、傷は癒えても麻痺が治らないそうなのだ」
リアムとアデレードは顔を見合わせた。
「どこかで聞いたような話ね」
「呪い、なのか」
「そうでなければ、治療に当たった医師が万能治療薬を使用していないか、ね」
「何のために?」
「理由はあるわよ。くずの第二王子より第三王子につきたいという勢力があるでしょう。でも第三王子が治らないケガを負っていたら?第二王子でも仕方ないかってなるでしょう?」
「まあそうだな」
二人の身もふたもない会話を、マンフレットは黙って聞いていたが、次のアデレードの言葉を聞いて、思わず立ち上がってしまう。
「そこで、あなたの登場よ。王位継承権を返上してもなお人気だった第一王子が、出てきたらどうなるかしら?」
「ま、待ってください。そんなことを、アルフォンソにさせるおつもりか」
「ええ、そうよ」
「そんなことをしたら、大混乱が起きてしまう。王位争いが起きて下手をしたら内戦だ!」
「一時的には混乱するでしょうけど。でも、第二王子にはご退場いただくから大丈夫よ」
「なんですと・・・っ!アルフォンソ、お前はわかっているのか」
「おじい様、ご心配をかけて申し訳ないのですが、自分はアデレード様の望み通りに動くつもりです」
「なんということだ…」
マンフレットは力なく椅子にへたり込んだ。
王位の簒奪などという大それた事件に、今まさに巻き込まれているのだ。
しばし放心したマンフレットだが、もう腹をくくるしかないと開き直った。
「わかりました。それで、私は何をすればいいのです?」
「まぁ、助かるわ。いろいろと動いていただきたいの」
アデレードの指示で、マンフレットは方々への裏工作にすぐさま取り掛かった。
リアムにも仕事があった。
コルティジアーナへの謁見である。
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