私の執事は王子様〜イケメン腹黒執事は用意周到にお嬢様の愛を乞う〜

玖保ひかる

文字の大きさ
上 下
36 / 58

第34話 お嬢様は迷子でございますか?~過去・出会い①~

しおりを挟む

 ルシアが6歳の誕生日を迎えたすぐ後のこと。

 父であるスチュワート伯爵ローガンが、用事があってサガンの町に行くと言うので、ルシアは付いて来ていた。

 父が仕事をしている間、手持ち無沙汰になったルシアは近隣の店を見てみたいと言って外に出たのだが、人通りの多いにぎやかな町中を歩いているうちに、ルシアはお付きの者とはぐれ、気が付けば見覚えのない裏通りに一人迷い込んでいた。

(ここはどこかしら?)

 ルシアは辺りをキョロキョロと見回した。

 表通りのにぎやかな様子とは違い、店もなければ人もいない。

 こっちかも、と思った方に駆けて行くが、一向に見覚えのある場所には出ない。

 建物の角を曲がっても、また同じようなさびれた裏道が続いている。

 ルシアは不安で胸がつぶれそうになった。

(どうしましょう・・・)

 その時だった。

 ニヤニヤと下品な笑いを浮かべた男が近づいてきて、ルシアの腕をつかんだ。

「嬢ちゃん、こんな所で何をしているんだ?一人で歩いていたら危ないじゃないか」

 ルシアはびっくりして、立ち竦んでしまう。

「おじさんがいい所に連れて行ってあげるよ。さぁおいで」

 男はそう言って男はルシアを荷物のように抱き上げ、連れ去ろうとした。

 ルシアは荷物のように担がれ、恐怖から声も出ず、ガクガクと全身が震えた。

(こ、怖い!だれか助けてっ)

「ぐふふふ。こんな上玉めったに手に入らねーぞ」

 男は機嫌よく独り言を言いながら、足早に立ち去ろうとした。

 しかし、突然地面の土がぐにゃりとぬかるみ、足を取られてルシアを落としてしまう。

「なんだこりゃ!」

 男がぬかるみから足を抜こうと、泥と格闘を始めた時、ぼわんという音がして男の顔の周りに水たまりが突如発生した。

 空中に浮かんだ水たまりは、男が手で振り払おうとしても消すことができず、男は次第に息苦しくなってみっともなく暴れ、そのうち意識を失って倒れた。

 男が倒れると、水たまりは音もなく消失した。

 ルシアは地面に落とされた衝撃でしばらく身動きもとれなかった。

 男に背を向けて倒れていたので、一体男の身に何が起きたのか、目撃せずに済んだのは幸いだった。

「大丈夫か?」

 背後から声を掛けられ、ルシアはなんとか身を起こし振り返った。

 そこにはあちこち擦り切れた古い服をまとった少年がいた。

 ボロをまとっているのに、不思議と清潔感を感じさせる。

 ルシアより何歳か年上であろう少年は、少し離れた場所で腕を組んでルシアを見ていた。

 リアムである。

 たまたま通りがかった裏道で、唇をかみしめ涙目でオロオロと歩き回るルシアを見かけ、声を掛けようかと思った矢先に、男に攫われそうになったため助けに入ったのだ。

 リアムは今や希少となった魔術の使い手で、しかも土と水の二属性を同時に発現させるという高度な技をいとも簡単に使って見せた。

 このような下町の裏道でお目にかかれるような技ではないのだが、ルシアは気が付かない。

「怖かった…」

 男に掴まれていた腕がじんじんと痛む。

 ルシアは涙目になりながら、腕をさする。

 それを見てリアムはルシアのそばまで歩み寄って来た。

「けがをしたのか?」

「ううん、大丈夫。あなたが助けてくれたの?」

「まぁ、そうかな」

「この人、死んでいるの…?」

 震えるようなか細い声でルシアが尋ねる。

 人の死を間近に感じたことは、これが初めてだった。

 自分をさらおうとした悪人なのだとしても、死んでしまうと思うと恐ろしかった。

「いや、気を失ってるだけだよ」

 それを聞いて、ルシアは肩に入っていた力を抜いた。

「お前、迷子?」

「お前って、わたくしのこと?」

「そうだけど。・・・失礼だった?」

 リアムはルシアの全身を見た。

 紺色のワンピースは色こそ目立たないが、肌触りの良さそうな天鵞絨びろうどで仕立てられていることが見て取れた。

 切り替え部分にはサテンのリボンが結ばれているのが品良くかわいらしい。

 どうみても平民ではない。

 ルシアは首を横に振った。

「お前って呼ばれたことがなかったから」

「ふーん。じゃあ何て呼ばれてるんだ?」

「みんなはお嬢様って呼ぶわ」

「名前じゃないの?」

「お父様とお母様だけはルシアって呼ぶの」

「ふーん。それで、お嬢様は迷子でございますか?」

 リアムが恭しく尋ねると、ルシアは頬を少し赤らめた。

「迷子って言わないで」

 さっきまで大きな目に零れ落ちそうなほど涙をためていたのに、今は恥ずかしさを表情に出さないように懸命にお嬢様の仮面をかぶろうとしているルシアが、リアムにはとてもかわいらしく見えた。

「だれかと一緒に来たんだろ?大通りに出て待ってれば見つけてもらえるんじゃないか」

「えーと…たぶん見つけてもらえるけど、大通りまで出られなくて…」

「あはは!じゃあ、俺が大通りまで送ってやるよ」

 ルシアはパッと顔いっぱいに笑顔を浮かべた。

「ありがとう!あなた、とても優しいのね」

「別に、普通だろ。立てるか?」

 ルシアは立ち上がろうとしたが、腰に力が入らず立ち上がれなかった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない

おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。 どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに! あれ、でも意外と悪くないかも! 断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。 ※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

処理中です...