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第33話 こんな時に思い出す記憶は、特別に素敵な瞬間ばかり

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 メイドのステラが呼び鈴を聞いて慌てて駆け付けた。

「お嬢様!お目覚めになられたのですね!よかった!」

 ルシアの目覚めを、涙を流して喜んだ。

 よほどの心配をかけていたのだと、ルシアも理解した。

「ステラ…わたくしは…」

「半月の間ずっとお眠りになっていたのですよ。今すぐに旦那様を呼んでまいります!奥様もお喜びになるでしょう」

 ステラは涙を拭きながら、足早に部屋を出て行った。

 じきにスチュワート伯爵ローガンと妻クレアが部屋にやってきた。

「ルシア…!よく目覚めた。心配したよ」

「目覚めてよかったわ…!いまお医者様を呼びました。診てもらいましょうね」

「はい…」

 ルシアは頭が混乱しているうえ、体が怠くて話すのも辛く、そっと目を閉じた。

 ローガンはそんなルシアの頭を優しくなで、クレアは手を握ってくれた。

(お父様…お母様…)

 ルシアは両親の愛を感じながら、身を切られるような切なさを感じていた。

 先ほどのリアムの別れの言葉。

「さようなら、ルシア様」

 あれは現実に起きたことだったのだろうか?

 それとも眠りから覚める間際に見た夢?

 夢ならいいのに、胸の奥からにじみ出る痛みが、これは現実だと訴える。

 ルシアは大声で泣き出したいのを必死にこらえた。

 医師が到着し、一通りの診断を終えると、軽い食事の許可がおりた。

 体に負担の少ないスープとパン粥が用意された。

 ステラが甲斐甲斐しく世話をしてくれる。

 少し食事を摂ったあと、清拭し着替えると、ルシアはまた少し眠った。

 その後目覚めると、幾分体が楽になっていた。

「ステラ、お父様に話があるの。時間があるときに来て欲しいと声をかけてくれる?」

「かしこまりました」

 ローガンは執務の手を休めて、すぐに来てくれた。

「どうしたんだい、ルシア?」

「お父様、リアムは…」

 不安そうな表情を見せるルシアの手を、ローガンは優しく握った。

「リアムはお前の呪いを解ける人を探してスパニエル大陸へ渡ったよ。リアムが戻る前に自然に呪いは解けたけれども」

 ルシアはじわりと目に涙をためて、首を横に振った。

「違うの、お父様。リアムが帰って来て呪いを解いてくれたの」

「そうなのか?」

「ええ。マドラ国の王弟のご息女様を連れてこの部屋に来たの。アデレード様とおっしゃっていたわ」

「マドラの姫だと?解呪ができる心当たりがいると言っていたのは、マドラの姫だったのか」

「リアムはアデレード様と知り合いだったの?」

「わからない。マドラに何か伝手があったのか…」

「それでね、リアムはアデレード様に忠誠を誓って一緒に行ってしまったわ。わたくしを置いて行ってしまったの…」

 涙がはらはらと零れ落ちた。

 幼いころからルシアの側にはいつもリアムがいた。

 だれよりも近くに、どんな時も離れずに。

 それがずっと続くと信じていた。

 疑いもしなかった。

 こんなに簡単に、あっさりと別れを告げていなくなってしまうなんて、思いもしなかった。

「涙を拭きなさい。お前はリアムの何を見てきたのだ?リアムが一度でもルシアを悲しませたことがあったか?リアムはいつでもルシアのことしか考えていない。そのリアムがアデレード姫に付いて行ったのなら、その必要があったのだろう。お前がしなくてはいけないことは、リアムを信じてやることだけだ」

 ルシアは涙のこぼれるままの瞳をしっかり開いて父の言葉を聞いた。

 狂おしくリアムを求める心の中に、たしかに二人で歩んできた時間を思い出す。

「お父様、わたくし、リアムがずっと一緒にいてくれるのが当たり前と思っていました。今はそれが甘えだったとわかります。このままリアムが戻らないこともあるかもしれない。それはリアムが決めることだもの。でもわたくしは…リアムが戻るのを待ちたいと思います」

 ルシアの決意を聞いてローガンはルシアの頭を撫でた。

「ルシアは考えたことがあるかい?リアムが何者なのかと」

「…リアムは孤児だったのではありませんか?」

「ああ、そうだね。リアムはたしかに親はいないと言った。しかし、いつからどうして親がいないかは言わなかっただろう?」

「そう…だったのでしょうか?実はあまり覚えていないの」

「まだ幼かったからね」

「お父様は知っているの?リアムのご両親のこと」

「いや、リアムから聞いたことはないんだ。しかし、マドラの王族に伝手があることや、ここサガンに姿を見せるようになった時期を考えると、思い当たる人物がいる。聞きたいかい、ルシア?」

 ルシアは少し考えてから、ううん、と首を振った。

「リアムが自分で話してくれるまで、わたくし知らないままでいいわ。話さないというなら理由があるのでしょうし」

「そうだね。リアムから聞くのがいい」

「ええ…」

「まずはゆっくり体を休めることだ。回復することに専念するんだよ」

「はい」

 ローガンが部屋から出て行って、ルシアは再びゆっくり目を閉じた。

 リアムを待つ、そう決めても、悲しみや寂しさがすべて消えたわけではない。

 決心を打ち砕こうとしつこく湧き出て来てはルシアを苦しめようとする。

 ルシアは胸のあたりをぎゅっと押さえ、感情を押し殺す。

 脳裏には次々と、リアムとの思い出が浮かんでくる。

 どうしてこんな時に思い出す記憶は、特別に素敵な瞬間ばかりなのだろうか。

 リアムの笑顔、リアムのぬくもり、抱きしめられた腕の強さ。

 そして初めて出会った日のこと。

(そうだわ…。わたくし、あのときにもう…)

 ルシアはリアムとの出会いの記憶を、失いたくない一心でなぞるのだった。 

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