35 / 58
第33話 こんな時に思い出す記憶は、特別に素敵な瞬間ばかり
しおりを挟むメイドのステラが呼び鈴を聞いて慌てて駆け付けた。
「お嬢様!お目覚めになられたのですね!よかった!」
ルシアの目覚めを、涙を流して喜んだ。
よほどの心配をかけていたのだと、ルシアも理解した。
「ステラ…わたくしは…」
「半月の間ずっとお眠りになっていたのですよ。今すぐに旦那様を呼んでまいります!奥様もお喜びになるでしょう」
ステラは涙を拭きながら、足早に部屋を出て行った。
じきにスチュワート伯爵ローガンと妻クレアが部屋にやってきた。
「ルシア…!よく目覚めた。心配したよ」
「目覚めてよかったわ…!いまお医者様を呼びました。診てもらいましょうね」
「はい…」
ルシアは頭が混乱しているうえ、体が怠くて話すのも辛く、そっと目を閉じた。
ローガンはそんなルシアの頭を優しくなで、クレアは手を握ってくれた。
(お父様…お母様…)
ルシアは両親の愛を感じながら、身を切られるような切なさを感じていた。
先ほどのリアムの別れの言葉。
「さようなら、ルシア様」
あれは現実に起きたことだったのだろうか?
それとも眠りから覚める間際に見た夢?
夢ならいいのに、胸の奥からにじみ出る痛みが、これは現実だと訴える。
ルシアは大声で泣き出したいのを必死にこらえた。
医師が到着し、一通りの診断を終えると、軽い食事の許可がおりた。
体に負担の少ないスープとパン粥が用意された。
ステラが甲斐甲斐しく世話をしてくれる。
少し食事を摂ったあと、清拭し着替えると、ルシアはまた少し眠った。
その後目覚めると、幾分体が楽になっていた。
「ステラ、お父様に話があるの。時間があるときに来て欲しいと声をかけてくれる?」
「かしこまりました」
ローガンは執務の手を休めて、すぐに来てくれた。
「どうしたんだい、ルシア?」
「お父様、リアムは…」
不安そうな表情を見せるルシアの手を、ローガンは優しく握った。
「リアムはお前の呪いを解ける人を探してスパニエル大陸へ渡ったよ。リアムが戻る前に自然に呪いは解けたけれども」
ルシアはじわりと目に涙をためて、首を横に振った。
「違うの、お父様。リアムが帰って来て呪いを解いてくれたの」
「そうなのか?」
「ええ。マドラ国の王弟のご息女様を連れてこの部屋に来たの。アデレード様とおっしゃっていたわ」
「マドラの姫だと?解呪ができる心当たりがいると言っていたのは、マドラの姫だったのか」
「リアムはアデレード様と知り合いだったの?」
「わからない。マドラに何か伝手があったのか…」
「それでね、リアムはアデレード様に忠誠を誓って一緒に行ってしまったわ。わたくしを置いて行ってしまったの…」
涙がはらはらと零れ落ちた。
幼いころからルシアの側にはいつもリアムがいた。
だれよりも近くに、どんな時も離れずに。
それがずっと続くと信じていた。
疑いもしなかった。
こんなに簡単に、あっさりと別れを告げていなくなってしまうなんて、思いもしなかった。
「涙を拭きなさい。お前はリアムの何を見てきたのだ?リアムが一度でもルシアを悲しませたことがあったか?リアムはいつでもルシアのことしか考えていない。そのリアムがアデレード姫に付いて行ったのなら、その必要があったのだろう。お前がしなくてはいけないことは、リアムを信じてやることだけだ」
ルシアは涙のこぼれるままの瞳をしっかり開いて父の言葉を聞いた。
狂おしくリアムを求める心の中に、たしかに二人で歩んできた時間を思い出す。
「お父様、わたくし、リアムがずっと一緒にいてくれるのが当たり前と思っていました。今はそれが甘えだったとわかります。このままリアムが戻らないこともあるかもしれない。それはリアムが決めることだもの。でもわたくしは…リアムが戻るのを待ちたいと思います」
ルシアの決意を聞いてローガンはルシアの頭を撫でた。
「ルシアは考えたことがあるかい?リアムが何者なのかと」
「…リアムは孤児だったのではありませんか?」
「ああ、そうだね。リアムはたしかに親はいないと言った。しかし、いつからどうして親がいないかは言わなかっただろう?」
「そう…だったのでしょうか?実はあまり覚えていないの」
「まだ幼かったからね」
「お父様は知っているの?リアムのご両親のこと」
「いや、リアムから聞いたことはないんだ。しかし、マドラの王族に伝手があることや、ここサガンに姿を見せるようになった時期を考えると、思い当たる人物がいる。聞きたいかい、ルシア?」
ルシアは少し考えてから、ううん、と首を振った。
「リアムが自分で話してくれるまで、わたくし知らないままでいいわ。話さないというなら理由があるのでしょうし」
「そうだね。リアムから聞くのがいい」
「ええ…」
「まずはゆっくり体を休めることだ。回復することに専念するんだよ」
「はい」
ローガンが部屋から出て行って、ルシアは再びゆっくり目を閉じた。
リアムを待つ、そう決めても、悲しみや寂しさがすべて消えたわけではない。
決心を打ち砕こうとしつこく湧き出て来てはルシアを苦しめようとする。
ルシアは胸のあたりをぎゅっと押さえ、感情を押し殺す。
脳裏には次々と、リアムとの思い出が浮かんでくる。
どうしてこんな時に思い出す記憶は、特別に素敵な瞬間ばかりなのだろうか。
リアムの笑顔、リアムのぬくもり、抱きしめられた腕の強さ。
そして初めて出会った日のこと。
(そうだわ…。わたくし、あのときにもう…)
ルシアはリアムとの出会いの記憶を、失いたくない一心でなぞるのだった。
0
お気に入りに追加
51
あなたにおすすめの小説
駄作ラノベのヒロインに転生したようです
きゃる
恋愛
真面目な私がふしだらに――!?
『白銀の聖女』と呼ばれるシルヴィエラは、修道院の庭を掃除しながら何げなく呟いた。「はあ~。温かいお茶といちご大福がセットで欲しい」。その途端、彼女は前世の記憶を思い出す……だけでは済まず、ショックを受けて青ざめてしまう。
なぜならここは『聖女はロマンスがお好き』という、ライトノベルの世界だったから。絵だけが素晴らしく内容は駄作で、自分はその、最低ヒロインに生まれ変わっている!
それは、ヒロインのシルヴィエラが気絶と嘘泣きを駆使して、男性を次々取り替えのし上がっていくストーリーだ。まったく面白くなかったため、主人公や作者への評価は最悪だった。
『腹黒女、節操なし、まれに見る駄作、聖女と言うより性女』ああ、思い出すのも嫌。
ラノベのような生き方はしたくないと、修道院を逃げ出したシルヴィエラは……?
一生懸命に生きるヒロインの、ドタバタコメディ。ゆる~く更新する予定です。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます
久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。
その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。
1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。
しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか?
自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと!
自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ?
ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ!
他サイトにて別名義で掲載していた作品です。
【完結】悪役令嬢のトゥルーロマンスは断罪から☆
白雨 音
恋愛
『生まれ変る順番を待つか、断罪直前の悪役令嬢の人生を代わって生きるか』
女神に選択を迫られた時、迷わずに悪役令嬢の人生を選んだ。
それは、その世界が、前世のお気に入り乙女ゲームの世界観にあり、
愛すべき推し…ヒロインの義兄、イレールが居たからだ!
彼に会いたい一心で、途中転生させて貰った人生、あなたへの愛に生きます!
異世界に途中転生した悪役令嬢ヴィオレットがハッピーエンドを目指します☆
《完結しました》
婚約破棄寸前の悪役令嬢に転生したはずなのに!?
もふきゅな
恋愛
現代日本の普通一般人だった主人公は、突然異世界の豪華なベッドで目を覚ます。鏡に映るのは見たこともない美しい少女、アリシア・フォン・ルーベンス。悪役令嬢として知られるアリシアは、王子レオンハルトとの婚約破棄寸前にあるという。彼女は、王子の恋人に嫌がらせをしたとされていた。
王子との初対面で冷たく婚約破棄を告げられるが、美咲はアリシアとして無実を訴える。彼女の誠実な態度に次第に心を開くレオンハルト
悪役令嬢としてのレッテルを払拭し、彼と共に幸せな日々を歩もうと試みるアリシア。
私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。
「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?
【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる