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第20話 初舞台①
しおりを挟む神楽座に入団してあっという間に半年が過ぎ、サクは忙しくも充実した日々を送っていた。
指導役の彩喜に朝から晩まで付いて回り、食事の世話から舞台袖での小間使いまで、何でも引き受け、彩喜のすべてを見て吸収しようと死に物狂いで食らいついていた。
見れば見るほど、彩喜は素晴らしい役者であった。神楽を舞えば、周りに花びらが舞っているかのように、天性の華やかさがある。優雅で、美しい。
舞台を降りれば、麗しい唇を引き締めて、熱心に稽古に励み自分にも妥協がない。舞台が捌けて、楽屋に戻ると、彩喜はすぐに稽古を始める。
彩喜が芸事に集中できるよう、サクは雑事に駆け回った。彩喜の稽古が終わると、サクも稽古をつけてもらえる。それが終わるころにはすっかり夜も更けているが、その後、サクは自主稽古をする。得意な舞でさえ、基礎のないサクは苦戦した。まずは筋力と体力を付けねばならなかった。
これまでやったこともない歌などといったら、その比ではない。遠くまで声が届くようにするためには、ただ大声を出せばいいわけではない。腹に力を入れて、身体に音を響かせる。
舞や歌が形になってきたとて、それだけでは何者でもないサク自身がただ歌ったり舞ったりしているだけになってしまう。サクがつかみたいのは、彩喜や凛音のように、役になり、役として息づくこと。
サクが必死に稽古に励んでいてある日、座長の紫苑に呼び出された。
入団以来、ほとんど口をきいたことのない紫苑は、サクにとっては雲の上の存在だ。緊張しながら急いで座長部屋へと向かった。
「座長、失礼します。お呼びと聞きました」
暖簾の外から声を掛けると、紫苑の声が答えた。サクはそっと暖簾を押し上げ中に足を踏み入れた。部屋の中には、紫苑の他にライがいた。
「そこに座んな」
「はい」
サクが座ると、紫苑は軽く一つ頷いた。
「随分と稽古を頑張っているねぇ。所作も見違えるほどきれいになった」
「ありがとうございます。ですが、まだまだ、彩喜姐さんの足元にも及びません」
「あっはは、そりゃそうでしょうよ。でも、あんたが入ってから、稽古場に塵一つ落ちてないし、まかないも美味しくなった。よくやってると思うわ」
サクは嬉しくて、ちょっぴり照れくさくて、頬を赤く染めた。
「ありがとうございます。もっと精進します」
「せいぜい頑張りなさいな。ライも頑張ってるね。もう横笛は形になったと聞いたよ」
「あんなもんはすぐに吹けただ」
ライは別に嬉しくもなさそうに言った。
「意外と難しいもんだけどねぇ。それにライ、あんた凛音の護衛も買って出てるんだって?つきまといのしつこい客がいたから、凛音が助かるって喜んでいたよ」
「姐さん、喜んでくれてただか?!うおー!!オラ、もう死んでもいいだ!」
「馬鹿言ってるんじゃないよ。あんたが死んだら凛音を誰が守るんだい」
「そうじゃ、オラは死ねん。姐さんに近づく奴がおったら、千切って投げねばいかん!」
「あっははは。やりすぎなさんなよ」
サクの知らないうちに、ライは凛音の身辺警護をしていたらしい。
舞姫の人気は絶大で、恋に身を焦がし、気が狂ってしまう客が時々いるそうだ。凛音は外に出歩くのが怖かったが、ライが来てから安心して過ごせるようになったとか。ライは凛音のために、日々腕を上げようと訓練もしていて、見るからに体も大きく、たくましくなった。たたらの里を出てから、確実に強くなっている。
「あんたたち二人を、次の公演でお披露目するよ」
紫苑の言葉に、サクは飛び上がりそうになった。
「お披露目!?そんな、私、ろくに踊れないしい、歌えません」
「そんなことは知ってるよ。何もいきなり舞台の真ん中に立てと言っているわけじゃない。群舞の端っこに入りな」
「は、はい!嬉しいです!ありがとうございます!」
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