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渡り人は近衛隊長(笑)と飲みたい
しおりを挟む―そうしてアイシス国へ戻った仁亜は、すぐにアイザックと結ばれた―
…………とはいかなかった。
「……なんで魔獣を沢山倒した英雄が、謹慎処分なんですかねぇ………」
―ここはクリステル家本宅。
仁亜は部屋の一室で紅茶を飲んでいた。目の前にいるアイザックがそれに答える。
「仕方ない。俺が広場にいた多くの兵の前で、殿下に『斬る』と発言してしまったからな」
「分かってますよー、確かに言葉としては言っちゃってたけど…でもあの時の殿下は操られてたんだし、人質に取られた私も殺されそうだったし、仕方ないじゃないですか」
…そう、あの広場での戦闘時。アーバンに憑依されニアを殺そうとしたギリアムに、アイザックは斬りかかろうとしたのである。
ヒルダが止めてくれていたから良かったものの、その姿はその場にいた多くの兵に見られてしまっていた。
「…しかし国外追放になりそうだったんだ、謹慎処分で済んだだけ良かったさ」
―城に戻った後すぐ、この件は議会の審議にかけられた。勿論私達も参加した。
ギリアム殿下とヒルダ様は、事情を知っていたから周囲に説明してくれた。
しかし、一部の貴族達が「それでも王族に剣を向けるとは!近衛隊の恥!国外追放が妥当だ!」とおかんむりだったのだ。
……自分達は何もせず隠れていた癖に。
そこで、私は皆に向かってこう発言した。
「そうですか!それでは彼の婚約者である私も一緒について行きます!仲良く国外追放ですね!
どこへ行こうかなー。やっぱり温泉が多いマルロワかなー。でも肉料理が美味しいタナノフも捨てがたいなあー」
これには文句を言った貴族達も動揺した。
「なっ…!ヤツの婚約者だと?!渡り人様が?!」
「聞いてないぞ?!いつの間に?!」
「是非我が息子の嫁にと、シェパード家へ姿絵を送ったのに!!」
…最後のは初耳だぞ父よ。
仁亜は議会に参加していたシュルタイスを見やった。速攻で目を逸らされた、さては処分したな。
まあいいや、あんな性悪オヤジの義娘なんてゴメンだ。
と、ざわつき始めた議会場だったが、王の発言に沈黙した。
「ニアよ、それは困るのう。
今回の騒動で大活躍してくれたお主を追放したとあっては、ワシが他国に責められてしまうわい。
それにヤラシイ話、奇跡の力を持つお主をみすみす他国へ譲り渡す気はないのじゃ」
「え、王様。私の力は…」
…もうアマタ様がいなくなったので、力なんてない。そう言いかけた仁亜を手で制止し、ウインクして王は続けた。
「…どうじゃろ?近衛隊長アイザック=クリステル。お主はしばらくの間、自宅謹慎とする。
最近激務が続いて、ちょっとおかしくなったのじゃろ。少し実家で大人しくせい。
のう、シュルタイス。それでよいか?」
王の隣に控えていた男が頷いた。
「ええ。それにもし我が娘が国外追放となれば、父である私も責任を取って、辞職しましょう。
……誰か不服がある者はいるか?そうであれば宰相の職を担ってもらえるか?
このゴタゴタの後だ、仕事は山のようにある。働き甲斐があるぞ」
氷の宰相(笑)の表情で、周囲の貴族に問う。どこからか「ヒエッ」と悲鳴が聞こえた。
彼等は即「謹慎処分で、異議なし!」と口々に言った。
それを聞いた王はニッコリした。
「よし、ならこの話は終わりじゃ!解散!」
―そんなやり取りがあった。
なお後日談になるが、最初に文句を言っていた貴族達は、シュルタイスによってそれぞれの悪事が発覚し、皆降格したり没落した。パパ怖い。
・・・・・・・
「でも誰かもうちょっとアイザックさんを誉めてくれてもいいのに…ブツブツ」
その出来事を思い出し、文句を言いながらカップを持つ仁亜の反対の手を取り、アイザックは両手で包み込んだ。
「…いいんだニア。結果的には、こうして君と一緒にいられる時間が増えた。俺にはむしろ褒美だ」
「アイザックさん…」
キュンです。と、カップを置き、仁亜も彼を見つめ返す。
そのままお互いの顔が近づいて…
「オッホン!アンタ達、もうそろそろ話に入ってもいいかい?!あたしゃ立ちっぱなしで足が疲れたよ!!!!」
「!フーミン様!」
「あれ、女将さん。いつからいたんですか?やだなあ言ってくれればいいのに」
「ノックもしたし、呼びかけもしたさね!!ずーっと二人の世界になっちまって……本っ当に最近の若者達は、そういう恥ずかしい事を平気で…」
いつの間にかクリステル家に居候している、フーミンこと女将の富美江さんはお小言を始めようとして…すぐに終わった。
「……おや、アイザックにニア。二人共なんだか親密な雰囲気だな?これは邪魔しちゃいかんな!さあフーミン、俺達も仲良くあちらへ行こうか!」
「な!お前さんいつの間に?!用事で出かけたんじゃ…あっ、ちょっと!」
颯爽と現れたアイザックの伯父イーサンによって、富美江は軽々抱き上げられた。
そしてそのまま退室していった。
「大将ったら、こっちの世界に来てからより人目を気にしなくなったわ。メッチャ生き生きしてる…」
「あれが伯父上の素なのか…まあ昔から優しい人ではあったが…意外だった」
それからしばらく二人で話をした後、仁亜の元へ迎えの知らせが来た。
「そっかー。もう家に帰らないといけないんだ。また勉強と公務の日々が待ってるのかー」
そう。仁亜は渡り人として公務を行っている。といっても他国の使者と会ったり、アイシス国内の孤児院などを訪問したりするのが主だ。
それ以外の日は城の書庫で、シェパード家やクリステル家の歴史・領地などについて学んでいる。
「今度タナノフへ行くんだろう?息抜きだと思って楽しんでくるといい」
「あら?一応王族に会う大事な公務なんですけど?息抜きだなんて…アイザック、おぬし意外とワルよのうー」
「ハハハッ!なんだその言い方は…カイザー王のようだ」
「アハハ…!」
アイザックは笑った。仁亜も。
二人とも、心からの笑顔だった。
「あーん、でも寂しいなぁ。アイザックさんとまた会えなくなるのは」
「一泊してくれただけでも嬉しいよ。コハル様に謝っておいてくれ。きっとニアがいなくて寂しがっているだろうから」
仁亜は思った。そんな寂しがる母を見て、きっと父がジェラシーを感じているだろう、と。帰ったら一悶着ありそうだな。
「…次に会う時はお城で、かな」
「そうだな。謹慎が解けてから、さっそくギリアム殿下直々の命令で、護衛の仕事が入っているからな」
「殿下もよく依頼をしてきましたよね。アイザックさんに斬りかかられたのに…。
職場に復帰したら、『近衛隊長(笑)』さんって呼ばれたりして」
「軽口の殿下なら、なくはない話だな…」
彼の眉尻が下がり、焦る仁亜。
「ちょっ、冗談ですよ冗談。そんなに落ち込まないで!
…少しして、正式に私を迎えに来てくれるのを待ってますから。そしたら一緒に焼酎、飲みましょうね」
「ああ…迎えに行くよ。必ず」
二人はお互いにひしと抱き合った。
・・・・・・・
―この後、王都のとある場所に一軒の家が建てられた。
そこには新婚の夫婦が住まい、何年経っても仲睦まじかったらしい。
だがご近所さんの話では、住んだ初日に相当な量の祝い酒を飲んだらしく、妻が窓を開け大声で夫の好きな所を叫んでいたという…。
完
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