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10月27日
14.サンはルーナに話したい
しおりを挟む「僕は親の顔を知りません。生まれてすぐ捨てられたんだそうです」
その理由なんてわかりきっている。
この僕の悪魔の目が恐ろしかったからだ。
「人間は僕のような赤い目を悪魔の目といって恐れるんです。だから僕を人間として扱ってくれる人はいませんでした」
「……」
ルーナは黙って僕の話を聞いてくれている。
本当に聞いているのかどうかは僕にはわからないけれど、話を止められないのはありがたかった。
僕は、この不幸な僕の人生を誰かに聞いてほしかったのだ。
「生まれたばかりの僕を拾ってくれたのは村のはずれに住むおばあちゃんでした。その人は信心深い人で、悪魔の目を持った僕を死なせたら村が呪いで滅んでしまうと思ったようです。彼女は僕以外の人間にとてもやさしい人でした」
今でもあのおばあちゃんの恐怖の表情を思い出す。
僕には何もできないのに、おばあちゃんはいつも怯えていた。
それでも彼女には感謝している。僕を引き取って育ててくれた恩人なのだ。
人として育ててはくれなかったが、食べ物と寝る場所と最低限の知識を与えてくれた。
彼女のおかげで僕はここにいることができる。
「村の人を怖がらせるからと、外に出ることは禁止されていました。でも時々こっそり抜け出して森で遊ぶのは楽しかったです。そこでたまに村の子どもと会ったりして……すぐに僕のことを知られて逃げられてしまうようになったんですけどね」
なんてことのないように笑おうとしたが、顔が上手く動いてくれない。
僕は小さく頬を引きつらせて笑った。
「僕の暮らしが大きく変わったのはおばあちゃんが死んでからでした。村の人は僕に関わろうとしてこなかったので、僕もおばあちゃんの言いつけ通りに隠れて暮らしていたのですが……」
今思い出してもつらい出来事だった。
目を閉じればあの日の光景が目に浮かぶ。
自分の育った村が焼ける臭い。人の血の臭い。人が焼ける臭い。死んでいく臭い。
「誰かが教会に僕のことをばらしたのでしょう。村は焼かれ、そこに住んでいた村人たちは皆殺しにされました。僕はたまたま……本当に偶然だったんですが、森に行っていたんです。だから死なずにすみました。そのあと何日も森の中を逃げ回って、村に戻った時には……もう何も残っていませんでした」
人も建物もすべてが無くなっていた。
あの日の絶望を、僕はきっと忘れられないだろう。
たとえ花になったとしてもこの記憶だけは残る。そう確信している。
「それから僕はとにかく逃げました。この目を隠し、教会に見つからないように……それも長くはもちませんでしたが。あの日ルーナ様が僕を見つけてくれなければ、僕は全てに絶望したまま死んでいたでしょう」
話してみると大したことない人生だと思った。
辛かったといえば辛かった。
愛されることのない人生だったからだ。
でも僕は誰かに殺されることなくここに生きている。
何度も僕は不幸だと思ったし、惨めで悲しい人生だと思った。
でも僕がそう思い込んでいただけで、実はそうでもないのではないだろうか。
僕は僕のこれまでの人生が不幸なのかそうではないのかを判断できない。
僕は僕の人生しかしらないからだ。
だからきっと誰かに聞いてほしかったのかもしれない。
その人がこれまでの人生を不幸なのかそうでないのかを教えてくれるだろうから。
僕はルーナが答えてくれるのを静かに待った。
「……そうか。サン、そっちの瓶をとってくれるかい? 残りを終わらせてしまおう」
ルーナは何もなかったかのように作業を再開しようとした。
想像していた返答のどれとも違うその行動に一瞬反応が遅れるが僕はなんとか瓶をルーナに渡して先ほどと同じ作業に戻る。
びっくりした。
きっとルーナは優しく同情するような言葉をかけてくれるんじゃないかと思っていた。
例えば、可哀そう、だとか辛かったね、だとか、そういう言葉だ。
しかし、思い返せばルーナはそういう類の言葉を僕にかけたことはなかった。
誤って毒草を触って苦しんでたときにも彼女は淡々と僕の手当てをしていた。
僕はとても痛かったのだが、それに対してルーナは慰めることもしなかった。
薬が漏斗を伝い瓶に落ちていくのを眺めながら僕は考える。
ルーナにその期待していたような憐みの言葉をかけられたとして、僕はどう感じるだろうか。
きっとそれはそれで納得したんだろうな。
僕の人生は可哀そうで辛く不幸な人生だったのだと。
けれどルーナがそう答えなかったことで僕のこれまでの人生は不幸なものだったのかわからなくなった。
そして、きっと僕はわからないまま人生を終える。
でもそれでいいと思った。
少なくとも今の僕は幸せだったからだ。
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