収穫祭の夜に花束を

Y子

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10月27日

13.ルーナはサンに教えたい

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 サンはルーナの頭に花冠を乗せると、とても嬉しそうに笑った。
 ルーナは未だにサンのことがよくわからない。
 しかしこれがサンの望むことだというのなら付き合おうと思う。
 そうすればそのうちきっとわかるようになるかもしれない。
 ルーナは頭の上の花冠にそっと手をあてて、この花冠が壊れたり枯れたりしないように魔法をかけた。

 そうして花冠の代わりに差し出した本を見たサンは喜ぶと思っていたのに悲しそうな顔をした。
 ルーナは想定と異なるサンの反応に動揺した。

「……これは気に食わなかったかい?」
「ご、ごめんなさい! そういうわけではないのです。ただ……僕は字が読めないのです」

 慌てたようにサンは否定して、そして打ち明けてくれたなんてことのない事実にルーナは笑った。

「なんだ、そんなことかい。読めないのなら、私が読んであげよう。わからないことがあるのなら、私が全て教えてあげよう」

 ルーナはほっとした。
 この本が気に入らなかったわけでもルーナのプレゼントが不要だったわけでもない。

「そこまでしていただいていいのでしょうか……?」
「ああ、かまわないよ。私はサンを大切に育てると決めたからね」

 実際のところこの発芽する前の状態がどの程度花に影響するのかはわからない。
 サンが幸せなのは種にとってもいいことであるのは間違いないが、ここまでしてやる必要があるかといえば、ルーナにはわからない。
 だが、ルーナはこのサンを大切に育てることに楽しみを覚えていた。
 
 だから、これはサンのためではなくルーナのための行動だった。

「今日は昨日作った強壮剤を瓶に詰めなければならない。食事をしたら手伝ってくれ。本は瓶詰めしながら読んであげよう」











 一階の調合部屋で昨日作った強壮剤を濾したものを瓶に詰めていく。
 サンには漏斗と瓶を支えさせている。
 この程度なら魔法を使えば助けなどいらないのだが、サンはルーナを手伝いたがるためにあえてサンに任せていた。

 「魔法とは魔力を使って周囲にある物質の存在を動かす力のことだ」

 薬づくりに魔法を使わない分、ルーナはサンに与えた本を浮かせてページを捲ることに魔法を使っていた。
 サンに見えやすいように高さと角度を合わせてやる。

 子どもでも読めるように、と指定してあっただけに本の中身は半分程度が絵になっていた。絵本のようなものだ。
 当然その内容も簡単なことしか書いていない。
 それでもサンは初めて聞く内容に目を輝かせていた。

「私が今こうやって本を扱っているように、魔法で大抵のものを思い通りにすることができる」
「たまにルーナ様が何もないところから物を出しているときがあるのも魔法ですか?」
「ああ、そうだよ。よく見ていたね。あれは次元を操作してるんだよ。時の流れや法則が違う場所に入れてあったものを取り出しているのさ」

 サンはその説明に首を傾げた。
 難しかったらしい。ルーナは軽く笑って話を続けた。

「魔力の量によって操作できるものは変わってくる。私が次元を操作できるのは、私の魔力が多いからさ」
「ルーナ様はすごいんですね」

 サンは嬉しそうに笑った。

 強壮剤が漏斗を伝って瓶に流れていく。
 これで10個目の完成だ。この程度でいいだろう。

 ルーナは強壮剤で満たされた10個の瓶をまとめて籠に入れた。
 それを部屋にあるたった一つの窓から外にだす。

「あいつのところに持って行っておくれ」

 そうして窓の外から手を引っ込めたときにはルーナの手に合った籠がなくなっていた。

「外に誰かいるのですか?」
「ああ、今のは烏だよ。異界にいる魔女に届け物をさせるんだ」
「烏ってあの黒い鳥のことですか? 窓のそばにいたのですか?」

 不思議そうな顔をするサンにルーナは笑って答えた。

「ああ、異界のものの姿はサンには見えないかもしれないね。次に来た時には見えるようにしてあげよう」
「魔法はそんなこともできるんですね。すごい……」
「不思議かい?」
「はい! ここにあるものは今まで僕が生きていた世界とは全く違ってて、まるで別の世界に来たように感じます」

 サンはとても嬉しそうに答えた。
 そうしてすぐにその感情は抜け落ちる。

「僕の生きてきた世界は地獄のようでした」
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