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10月25日
6.サンはルーナのことが知りたい
しおりを挟むルーナが用意してくれた昼食はとても美味しかった。
温かいスープは柔らかく煮込まれた野菜がたくさん入っていて、ベーコンまであった。
僕はこんな豪華なスープを飲んだことがない。
パンも柔らかくてハムはジューシーだった。
こんな食事、ここに来なければ味わうことはできなかっただろう。
とても幸せだと思った。
たとえあと数日の命だとしても――いや、ルーナは死ぬわけではないといっていたから花になるだけなんだけど――その数日をこんな幸せに過ごせるならば100年花として生かされることになったとしても構わない。
使った食器を洗い終わった僕は先ほどまで座っていた椅子にもどった。
なぜならその隣の椅子にルーナが座っているからだ。
「いつもルーナ様は何をして過ごしてるんですか?」
「そんなことが気になるのかい? 私は薬を作ったり魔法をかけた特別な花を作ったりしてるんだよ」
「どこかで作ったものを売るんですか?」
「ああ。他の魔女や魔力のある人間が買っていくよ」
その答えに僕は驚いた。
魔力のある人間なんているんだ。
魔力とは魔法を使う力の源。
そのままの意味だ。
「魔力のある人間ってことは、魔法の使える人間もいるのですか?」
「もちろんだ。多くはないが、確かに魔法の使える人間は存在する」
「あ、あの、頑張ったら僕にも魔法は使えるようになりますか?」
勇気を出して尋ねた僕をルーナは笑った。
しかもよほど面白かったのか、おなかを抱えて笑っている。
「サンは魔法が使いたかったんだね。残念だがお前の魔力では到底魔法を使えるようにはならない。せめてもう少し……いや、少しどころでは足りないな。もっともっと魔力がなければ魔法は使えない」
「そうですか……。残念です」
「いや、残念なものか。もしお前が魔法を使えるほどの魔力を持っていたならば、私はサンを拾ったその場でお前を食べてただろう」
ルーナはご機嫌でそういった。
「そうなればお前のその美しい目を見ることはできなかったし、こうやって一緒に会話をすることもなかった。だからサンは魔力がなくてよかったのさ」
彼女の言葉に僕は納得した。
この悪魔の目を持って生まれた僕に魔力がないのは少し残念だが、その結果こうやってここで過ごすことができているのだからいいのだろう。
「もし魔法が使いたいのなら私が作っている花や道具を使えばいい」
「!! それで僕にも魔法がつかえるのですか!?」
「簡単なものだけどね。ちょっと試してみようか」
ルーナは棚から干からびた花を取り出した。
その花は干からびているものの花としての美しさは残したままだ。
カサカサと乾いた音がする。
ルーナは取り出した花の中から一輪のバラを手渡してくれた。
赤いバラだ。
「どうせなら外で……いや、サンの靴を用意していなかったな。外は毒のある植物も生えているから裸足だと危ない。家の中で試してみよう」
「わかりました。僕はどうすればいいですか?」
「簡単だよ。その花に念じながら握りつぶすといい。入っている魔法は風の魔法だ。風をイメージするんだよ」
僕は言われたとおりに風を想像してみた。
柔らかく頬を撫でる暖かい風。
そして右手で花を握りつぶす。
その直後、柔らかな風が僕の頬を撫でた。
そして粉々になった花びらをまき散らしながらルーナの髪を揺らす。
「これが魔法……?」
「ああ。一番簡単で一番弱い魔法だよ。今のはお前のイメージが弱かったから弱い風が吹いたんだね」
じわじわと喜びが胸に満ちる。
ああ、あれが憧れ続けた魔法なんだ。
「ありがとうございます。僕は今日のことを絶対に忘れません」
薄らと涙が滲んだ。
悲しいときや辛いとき以外にも涙が出るのだと、僕は初めて知った。
「先程薬や魔法の花を作ると言っていましたが、僕に何かお手伝い出来ることはありませんか?」
「おや、そんなことまで手伝ってくれるのかい? じゃあ準備するからこっちにおいで」
そしてルーナは奥にある部屋へ入っていった。
その背中を追いかける。
村がなくなってから一人で生きてきた僕が最後に辿り着いた場所がここでよかった。
もう誰からも優しくしてもらえないと思っていた。
この目がある限り、僕は一人で惨めに死んでいくのだと思っていた。
だから今この時間が奇跡のように思えた。
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