上 下
65 / 67
四章

64.手に入れた幸せとこれからの人生

しおりを挟む



 ノルウィークの学院生活は楽しかった。

 友人もできたし、多くのことを学べた。
 それに私と同じくノルウィークに留学していた各国の王族とも親しくなって諸外国との繋がりも得られた。この縁はナフィタリアにとってとても重要なものとなるだろう。

 ずっと気にしていた痣も、エラの献身のおかげでほとんど消えていた。
 一番酷かった顔から肩にかけての痣は未だに薄く残っているが、化粧をすれば見えなくなる程度だし、エラ曰くこれも時間が経てば完全に消えるんだそう。
 おかげで容姿を気にすることなく人と関わることができた。
 充実した日々を過ごせたと思う。


 それでもその二年間、私には足りないものがあった。









 馬車から降りるとそこにはアシルが立っていた。

 少し離れた場所にイヴォンとアルベリク卿もいる。
 ナフィタリアに帰ってきたのだという実感がようやく沸いてきた。

「二年ぶりね。元気にしてたかしら?」
「はい。シャルロット様もお変わりないようで安心しました」

 ずっと会いたかった彼は以前と変わらない優しい笑顔で出迎えてくれた。

 あの後すぐにアシルはロバン侯爵の養子となった。
 平民出身といえど侯爵のお気に入りでノルウィークの皇子と親しい彼は、今では貴族令息達の中でも一目置かれる存在になっているらしい。
 魔術にしか興味のなかった彼がそんな立ち位置にいることが信じられないけれど、誰に聞いてもそう答えるから嘘ではないのだろう。

「明日の式典の準備はできております。今日はゆっくりとお休みください」
「ありがとう。全て貴方のおかげね」
「私は何もしていません」

 恭しく頭を下げる彼に苦笑する。
 アシルは皇子の計画通り、ナフィタリアの有力貴族の半分を私の派閥に引き入れた。
 国王の権威は弱くなり、代わりに私は外交面でも軍事面でも欠かせない存在となれた。

 そして私は明日王太女となる。
 これまでは国内の有力貴族のみを招いた小さな式典だったけれど、今回は諸外国の王族を招き盛大な式典を催すこととなった。
 これも全て皇子とアシルの二人が協力してくれたからだ。

「皇太子が貴方に会いたいと言っていたわ。忙しいからってずっとノルウィークに会いに来てくれなかったもの」
「それは…………落ち着い頃に会いに行きます」
「もう。貴方はいつもそうよね。私達が帰ってきた時も理由をつけて会ってくれなかったわ」

 その理由はなんとなくわかる。
 私達の仲を邪魔したくなかったのだろう。
 アシルは私が皇子と両想いになればいいと思っていたようだ。

 けれど私の想い人は変わることはなかった。ずっとアシルと再会出来る日を楽しみにしていたのだ。

「帰ってきたからには逃がすつもりはないから。貴方に話したいことがたくさんあるの」

 友人のことも、ノルウィークで学んだ魔術のことも、友人たちと見た綺麗な夕陽のことも。
 何より二年間ずっと会えなくて寂しい思いをしたことを伝えたかった。

「でもそうね。一番大切なことを先に伝えておくわ」

 アシルに近寄って、昔彼が私にしてくれたようにアシルの手を取る。

「二年間ずっと貴方を想っていたわ。私の気持ちはあの日から少しも変わらない。もしアシルも同じ気持ちでいるのなら……私と結婚してください」

 少しだけ声が震えた。

「も、もちろん、他に好きな人がいるのなら断ってくれて構わないわ。私はあの日貴方の手を取らなかったのだもの。いつまでも好きでいてもらえるなんて思ってないから。それにアシルには心から愛する人と幸せに」

 言っている途中で手を引かれアシルに抱きしめられた。

「俺もアンナの事を想っていた。ずっと……」

 アシルの声も僅かに震えていた。

「本当に……? 後からやっぱり嫌って言わない?」
「言わない。むしろアンナが言わないか心配だ」
「私は初めて会ったあの日からずっとアシルのこと好きだったのよ。今更他の人のことなんて好きになれないわ」
「じゃあ問題ない。俺にとってはアンナが全てで、アンナが笑っていればそれだけで幸せなんだ」

 少しだけ期待はしていたけれど、思った以上に愛されているらしいと知って嬉しさと恥ずかしさに顔が熱くなる。

「それなら一緒にいるときに魔術以外の話をもっとしてくれる?」
「うん。この二年間頑張って色んなことを覚えたんだ。アンナともっと沢山のこと話したくて……」
「ふふ、私もアシルともっと話したくて沢山勉強したの。でもね、私が話したいのはそんなことじゃないの。貴方がいつもどんなことを考えているのか、何が好きなのか、どんなことをしたら喜ぶのか……アシルの全てを知りたいわ」
「その答え、全部アンナのことでもいいか?」
「……もしかして考えるのが面倒だから適当に答えてる?」
「まさか。いつもアンナのことばかり考えてるしアンナが一番好きだし、アンナが隣にいてくれるのが一番幸せだ。全部本心なんだ」

 直球すぎて本当に恥ずかしい。
 でもそれ以上に嬉しい。

「アンナは俺がどれだけ君のことを好きなのか知るべきだ」
「もう充分思い知らされたわ」
「まだ足りない。……でもそれは二人きりのときにしよう。ここでずっと立ち話してたらイヴォンに怒られるから」

 アシルから少しだけ身体を離しイヴォンの方へ視線を向けると、確かに不機嫌そうな顔をしていた。
 以前と変わらない様子に思わず吹き出してしまう。

「行こう。イヴォンもアルベリク先生もアンナの話を楽しみにしてる。それに遅くなると騎士団長に叱られる」
「モーリスに?」
「ずっと礼儀作法や貴族のしきたりを教えて貰ってたんだ。アルベリク先生より厳しくて怖いんだ……」

 アシルは眉間に皺を寄せて嫌そうな顔をした。
 それは初めて見る表情だ。

「ふふ、モーリスから習ったのなら間違いないわね」

 アシルに差し出された手を取る。
 彼にエスコートしてもらえる日がくるとは思わなかった。
 夢のようだ。


 ずっと誰かに愛されたくて、必要とされたくて努力してきた。
 私はいつも間違って失敗してばかりだったけど、今はこうして好きな人が隣にいてくれる。

「あ、そういえばちゃんと答えてなかった気がする」
「何?」
「結婚のこと。……アンナ、愛してる。これからもずっと一緒にいよう」

 少しだけ照れたようにそう言ってくれたアシルに笑顔で頷いた。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?

あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」 結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。 それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。 不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました) ※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。 ※小説家になろうにも掲載しております

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

あなたが望んだ、ただそれだけ

cyaru
恋愛
いつものように王城に妃教育に行ったカーメリアは王太子が侯爵令嬢と茶会をしているのを目にする。日に日に大きくなる次の教育が始まらない事に対する焦り。 国王夫妻に呼ばれ両親と共に登城すると婚約の解消を言い渡される。 カーメリアの両親はそれまでの所業が腹に据えかねていた事もあり、領地も売り払い夫人の実家のある隣国へ移住を決めた。 王太子イデオットの悪意なき本音はカーメリアの心を粉々に打ち砕いてしまった。 失意から寝込みがちになったカーメリアに追い打ちをかけるように見舞いに来た王太子イデオットとエンヴィー侯爵令嬢は更に悪意のない本音をカーメリアに浴びせた。 公爵はイデオットの態度に激昂し、処刑を覚悟で2人を叩きだしてしまった。 逃げるように移り住んだリアーノ国で静かに静養をしていたが、そこに1人の男性が現れた。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※胸糞展開ありますが、クールダウンお願いします。  心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。イラっとしたら現実に戻ってください。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...