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四章
64.手に入れた幸せとこれからの人生
しおりを挟むノルウィークの学院生活は楽しかった。
友人もできたし、多くのことを学べた。
それに私と同じくノルウィークに留学していた各国の王族とも親しくなって諸外国との繋がりも得られた。この縁はナフィタリアにとってとても重要なものとなるだろう。
ずっと気にしていた痣も、エラの献身のおかげでほとんど消えていた。
一番酷かった顔から肩にかけての痣は未だに薄く残っているが、化粧をすれば見えなくなる程度だし、エラ曰くこれも時間が経てば完全に消えるんだそう。
おかげで容姿を気にすることなく人と関わることができた。
充実した日々を過ごせたと思う。
それでもその二年間、私には足りないものがあった。
馬車から降りるとそこにはアシルが立っていた。
少し離れた場所にイヴォンとアルベリク卿もいる。
ナフィタリアに帰ってきたのだという実感がようやく沸いてきた。
「二年ぶりね。元気にしてたかしら?」
「はい。シャルロット様もお変わりないようで安心しました」
ずっと会いたかった彼は以前と変わらない優しい笑顔で出迎えてくれた。
あの後すぐにアシルはロバン侯爵の養子となった。
平民出身といえど侯爵のお気に入りでノルウィークの皇子と親しい彼は、今では貴族令息達の中でも一目置かれる存在になっているらしい。
魔術にしか興味のなかった彼がそんな立ち位置にいることが信じられないけれど、誰に聞いてもそう答えるから嘘ではないのだろう。
「明日の式典の準備はできております。今日はゆっくりとお休みください」
「ありがとう。全て貴方のおかげね」
「私は何もしていません」
恭しく頭を下げる彼に苦笑する。
アシルは皇子の計画通り、ナフィタリアの有力貴族の半分を私の派閥に引き入れた。
国王の権威は弱くなり、代わりに私は外交面でも軍事面でも欠かせない存在となれた。
そして私は明日王太女となる。
これまでは国内の有力貴族のみを招いた小さな式典だったけれど、今回は諸外国の王族を招き盛大な式典を催すこととなった。
これも全て皇子とアシルの二人が協力してくれたからだ。
「皇太子が貴方に会いたいと言っていたわ。忙しいからってずっとノルウィークに会いに来てくれなかったもの」
「それは…………落ち着い頃に会いに行きます」
「もう。貴方はいつもそうよね。私達が帰ってきた時も理由をつけて会ってくれなかったわ」
その理由はなんとなくわかる。
私達の仲を邪魔したくなかったのだろう。
アシルは私が皇子と両想いになればいいと思っていたようだ。
けれど私の想い人は変わることはなかった。ずっとアシルと再会出来る日を楽しみにしていたのだ。
「帰ってきたからには逃がすつもりはないから。貴方に話したいことがたくさんあるの」
友人のことも、ノルウィークで学んだ魔術のことも、友人たちと見た綺麗な夕陽のことも。
何より二年間ずっと会えなくて寂しい思いをしたことを伝えたかった。
「でもそうね。一番大切なことを先に伝えておくわ」
アシルに近寄って、昔彼が私にしてくれたようにアシルの手を取る。
「二年間ずっと貴方を想っていたわ。私の気持ちはあの日から少しも変わらない。もしアシルも同じ気持ちでいるのなら……私と結婚してください」
少しだけ声が震えた。
「も、もちろん、他に好きな人がいるのなら断ってくれて構わないわ。私はあの日貴方の手を取らなかったのだもの。いつまでも好きでいてもらえるなんて思ってないから。それにアシルには心から愛する人と幸せに」
言っている途中で手を引かれアシルに抱きしめられた。
「俺もアンナの事を想っていた。ずっと……」
アシルの声も僅かに震えていた。
「本当に……? 後からやっぱり嫌って言わない?」
「言わない。むしろアンナが言わないか心配だ」
「私は初めて会ったあの日からずっとアシルのこと好きだったのよ。今更他の人のことなんて好きになれないわ」
「じゃあ問題ない。俺にとってはアンナが全てで、アンナが笑っていればそれだけで幸せなんだ」
少しだけ期待はしていたけれど、思った以上に愛されているらしいと知って嬉しさと恥ずかしさに顔が熱くなる。
「それなら一緒にいるときに魔術以外の話をもっとしてくれる?」
「うん。この二年間頑張って色んなことを覚えたんだ。アンナともっと沢山のこと話したくて……」
「ふふ、私もアシルともっと話したくて沢山勉強したの。でもね、私が話したいのはそんなことじゃないの。貴方がいつもどんなことを考えているのか、何が好きなのか、どんなことをしたら喜ぶのか……アシルの全てを知りたいわ」
「その答え、全部アンナのことでもいいか?」
「……もしかして考えるのが面倒だから適当に答えてる?」
「まさか。いつもアンナのことばかり考えてるしアンナが一番好きだし、アンナが隣にいてくれるのが一番幸せだ。全部本心なんだ」
直球すぎて本当に恥ずかしい。
でもそれ以上に嬉しい。
「アンナは俺がどれだけ君のことを好きなのか知るべきだ」
「もう充分思い知らされたわ」
「まだ足りない。……でもそれは二人きりのときにしよう。ここでずっと立ち話してたらイヴォンに怒られるから」
アシルから少しだけ身体を離しイヴォンの方へ視線を向けると、確かに不機嫌そうな顔をしていた。
以前と変わらない様子に思わず吹き出してしまう。
「行こう。イヴォンもアルベリク先生もアンナの話を楽しみにしてる。それに遅くなると騎士団長に叱られる」
「モーリスに?」
「ずっと礼儀作法や貴族のしきたりを教えて貰ってたんだ。アルベリク先生より厳しくて怖いんだ……」
アシルは眉間に皺を寄せて嫌そうな顔をした。
それは初めて見る表情だ。
「ふふ、モーリスから習ったのなら間違いないわね」
アシルに差し出された手を取る。
彼にエスコートしてもらえる日がくるとは思わなかった。
夢のようだ。
ずっと誰かに愛されたくて、必要とされたくて努力してきた。
私はいつも間違って失敗してばかりだったけど、今はこうして好きな人が隣にいてくれる。
「あ、そういえばちゃんと答えてなかった気がする」
「何?」
「結婚のこと。……アンナ、愛してる。これからもずっと一緒にいよう」
少しだけ照れたようにそう言ってくれたアシルに笑顔で頷いた。
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