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四章

63.求婚3

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「僕が居るのに二人でいい雰囲気にならないでくれる?」

 苛立ったような皇子の声に慌ててアシルから距離をとる。

「まさかプロポーズした直後にこんなの見せつけられるなんてね。君達に優しさや思いやりはないのかい?」
「ご、ごめんなさい……」
「もういいよ。少なくとも今の君はアシルしか目に入らないことはよくわかった。…………癪だけどアシルに協力するよ。ただしドラゴンも魔道具も必要ない。これは僕のためでもあるから」
「っ、でも国王陛下が決めたことに逆らうのは……」
「逆らったりはしない。僕ができるのは婚姻の先延ばしだけだ」
「先延ばし……?」
「シャーリィにはノルウィークに二年間留学してもらう。その間に今の状況を変えるんだ」

 皇子の言うその先延ばしになんの意味があるのかがわからない。
 確かにそうすればすぐに結婚しなければならないなんてことはないだろう。
 けれど先延ばしにしたところで結果は変わらない。

「今のこの状況はナフィタリアにおける君の影響力の低さが原因だ。もともと社交が苦手だったことに加え、ドラゴン討伐の後は国内の貴族と関わってなかったんだろう?」
「それは……」

 多少隠せるとはいえ顔や身体に醜い痣がある状態で、親しくもない人と会いたくなかったからだ。
 どうしても断れない他国の王族との会談は別として、国内の貴族達とは忙しさを理由にできるだけ顔を合わせないようにしていた。

「君は国の英雄なんだ。こんな状況になっていることがそもそもおかしい。けれどこれは長くは続かない。他国から君の噂は入ってくるだろうからね。交易をすればするほど君の影響力は大きくなるだろう。そうなれば国王も君を蔑ろにできなくなる。だからこそ国王は早く事を進めようとしていたんだ。婚約が成立してしまえばナフィタリア側から破棄することは難しいからね」

 もちろん僕が手を回せば不可能ではないけれど、と皇子は付け足した。

 彼は国王陛下がなぜこんな事をしようとしているのかを理解しているのだろう。
 申し訳なさで胸が苦しくなる。

「そしてノルウィークの未来の皇帝はオズワルドだ。留学中に彼と親しくなればこれ以上の後ろ盾はない」
「それじゃアルとシャルロット様が結婚する事にかわりはないだろ。意味ないじゃないか」
「あるよ。今回の事は内々の話に留めなければならないんだ。……シャーリィには以前話したことがあるよね。ノルウィークでは祝福持ちは教育機関の成績によって伴侶を決めると」
「ええ」
「だから本来なら僕の結婚相手に君を選べないんだ」
「じゃあさっきのプロポーズは……」
「いや、ちゃんと算段はついてるんだよ。僕は皇太子候補といっても条件を満たしただけで才能を認められているわけではないんだ。ノルウィークの皇帝は僕を厄介者だと思っているだろうからね」

 皇子は自嘲気味に笑った。

「今回のドラゴン討伐で僕の扱いも少し変わった。そしてノルウィークでのシャーリィの評価も大きく向上した。……継承権を放棄すれば君との結婚は許されるはずなんだ」

 そして皇子はため息をついた。

「話が少し逸れたね。現時点でノルウィークの皇帝はこの件に一切関与していない。テイラー子爵との婚約もまだ正式に届出は出されていないはずだ。だから国王の思惑通り僕は君に求婚した。けれど皇族の婚姻において皇帝の意向を無視することはできない。勝手に事を進めようとしたことがバレれば……ナフィタリアの国王は大変な思いをすることになる」

 王族の婚姻は政治的な意味合いが大きい。
 他国のそれに口を挟むことは、例え大国の皇子でも非難される。
 間接的とはいえ干渉しようと目論んでいたことが知られたら、国王陛下は今の立場のままではいられないだろう。

 そしてその責めを負うのは国王陛下一人だけとは限らない。

「だから皇帝に認めてもらうため、という名目をつけてシャーリィを留学させる。表向きはノルウィークの剣術を習うための留学になるだろう。まあその理由はいくらでもでっち上げられるから問題ない。何にしても僕達の表向きの関係は友人のまま、二年間を過ごすことになる。その間にアシルにはナフィタリア側でシャーリィの味方を増やしてほしい」
「俺が……?」
「ああ。ナフィタリアの有力貴族の半数が必要だ」
「そんなの無理よ。だってアシルは平民なのよ。貴族相手に立ち回ることなんて……」
「出来ない、なんて答えは要らない。僕はあくまで協力者だ。シャーリィのために現状を変えたいならアシル自身が動くべきなんだよ」
「わかっている。必要があるのなら何でもやるよ」
「もちろんシャーリィにも頑張ってもらうよ。君が二年間留学したところで僕の結婚相手が別の人に決まってしまったら、君の伴侶はテイラー子爵になってしまうだろう。それを避けるために、君はノルウィークで誰よりも強い女性にならなければならない」
「そうすると結局シャルロット様の結婚相手がアルになるじゃないか」

 不満そうなアシルに皇子は笑った。

「ならないよ。だってシャーリィはナフィタリアの第一王女だ。そして僕は一応皇太子候補の皇子だ。僕達が結婚するためにはどちらかが継承権を放棄しなければならない。だから君が僕の婚約者になる権利を手に入れてもすぐには決められない。そしてそこまでいけばテイラー子爵との婚約は完全に消滅するだろう」
「……時間がかかっている間に俺が貴族に根回ししてシャルロット様の立場を良くすれば、シャルロット様は望まない結婚をしなくて済むんだな?」
「可能性が高い、と言っておくよ。今回の話が流れても別の縁談が舞い込んでくるかもしれない。各国の情勢も変わるかもしれない」

 結局王族の婚姻はお互いの好意だけでどうにかできるものではないのだ。

「これが僕の提示出来る最後の選択肢だ。上手くいく保証は無い。けれど両国の関係や僕たちの立場を大きく変えること無くシャーリィの不本意な婚姻をなかったことにできる。…………どうかな?」
「充分よ。でも……どうして私のためにここまでしてくれるの?」

 皇子が私のことを本当に好きなのなら、アシルに協力せず国王陛下の思惑通り動けばいい。
 皇太子の座に未練があるわけではなさそうなのに、そうしないのは何か別の理由があるのだろうか。

「僕の母は皇帝が唯一愛した人だったんだ。けれど母は皇帝のことを愛していなかった……。彼女は幸せになれないまま三年前に亡くなったよ。僕は愛する人を不幸にしたくないんだ」

 皇子は寂しげに笑った。




◇◇◇◇◇



 三人で話した日から一週間後、私は皇子と共にノルウィークへ向かうことになった。
 馬車に揺られながらため息を着く。

 私の留学の件を国王陛下は二つ返事で了承したという。
 準備は迅速に進められた。
 王女が二年間も他国に行くというのに準備期間がたった一週間なんて前代未聞だ。有り得ない。
 そう思ったものの、本当に一週間で全てが整ってしまったので何も言うことができなかった。

 ナフィタリアの方はともかく、受け入れ側もこんな短期間で対応出来るなんておかしいと思ったら、こっちに来る前に皇子が手配していたんだそう。
 私の婚姻の話がなくても皇子は留学を勧めるつもりだったらしい。
 向こうで共に過ごして親密になってから告白したかった、とため息ながらに話してくれた。


 窓の外の王宮がどんどん小さくなっていく。

「二年間の留学といっても何度かナフィタリアに帰ることはできるよ。だからそんなに悲しまないで」
「悲しくなんてないわ。少し寂しい……かもしれないと思っただけ」

 皇子は苦笑して私の手を握ってくれた。

 この広い馬車の中で会話しやすいように向かい合わせになるのではなく隣に座る意味がよくわからなかったけれど、こうやって手を握ってくれるためだったのだろう。

「困ったことがあれば僕を頼って。僕は何があっても君の味方だ」
「ありがとう」

 カーテンはあけられているけれど馬車の中には二人きり。
 これは未婚の女性としてあるまじきことだ。しかし私と皇子は恋仲にあるふりをしなければならないため仕方ない。



 これからの日々に不安はあったけれどきっと大丈夫。
 向こうに着いたらアシルとモーリスに手紙を書こう。心配性のイヴォンとシリルにもたまには手紙を出さないと帰ったときにうるさいだろうな。
 学院で友人を作って、誰よりも強くなって、そしてナフィタリアの王女として相応しい人になろう。

 窓から空を見上げると雲ひとつない気持ちの良い青空が広がっていた。
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