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三章

46.遠出

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 翌日、アシルと皇子は騎士五人と共に王宮を発った。
 私はダルタ国の王子を出迎えるための準備で二人を見送ることができなかった。
 というか皇子に見送りを断られた。外交は大事だからそちらに注力しろ、とのこと。
 それはその通りなんだけど悲しい。
 せめてアシルの顔を見れたら少しは頑張れたのに。



 国賓を迎えるため、いつもと違うドレスを身に纏う。
 繊細なレースをあしらったそれは私の悩みの種である肩や背中の筋肉を隠し、女性らしく華やかに見せてくれる。

 ドレスルームから出て待機していたイヴォンにドレスを見せた。
 イヴォンはいつものように笑顔を返してくれる。

「お綺麗ですよ」
「ありがとう。…………ねぇ、本当に綺麗だと思ってる?」

 いつも通りのお世辞を言ってくるイヴォンに問い返してみた。
 ドレス姿に関しては本気で悩んでいるのだ。
 流行のドレスを着ることなんてできないし、同じくらいの身長の子と並ぶと若干腕が太いし肩幅も広い……気がする。

 幸いにも私はまだ小柄な方だから異性に対して威圧感を与えることはないだろう。
 けれど比べてしまうとわかるのだ。私の身体のゴツさが。だから他の令嬢と同じようなドレスを人前で着るのはちょっと苦手だ。

「ええ。世界中の誰よりも美しいと思っております」

 いつもと変わらない笑顔だ。
 絶対にそんなこと思ってないだろうに。まあ王女に聞かれたらそう答えるしかないわよね。

「…………まあいいわ。この会談が終わり次第すぐに私達も出発するからそのつもりでいてね」
「本当によろしいのですか? 午後出発すると向こうに着くまでに野宿しなければなりません」
「問題ないわ。そんなことより早く合流したいもの」

 野宿くらいどうってことない。騎士の訓練で近場で野宿したことあるんだから。
 まあ確かに王都から離れた場所での野宿の経験はないけれど……。
 でも外で寝るだけだ。遙か遠く離れた気候の違う場所でならまだしも、国内であればそこまで大差ないだろう。

「わかりました。手配しておきます」

 若干呆れたようなイヴォンは一礼して部屋から出て行った。
 




 ダルタ国の王子の目的はやはり魔道具に関することだったようだ。
 しかし今回は核心部分にはほとんど触れず、時間の殆どを雑談やダルタとの交易についての話に使った。
 恐らく私がどの程度魔道具について知っているかを探りたかったのだろう。
 私の知っていることなんて世間一般的な常識に毛が生えた程度のものだ。
 それでもダルタの王子は満足したようだった。

 ドレスから騎士服へと着替え、出立のために門へと向かった。
 それぞれの馬にそれなりの大きさの荷物が乗せられている。夜を越すためなのか想像していたよりずっと多い。遠出するときはこんなに増えるのか。
 ドレスも装飾品も化粧品もないのに何が入っているのだろう。

 私達には護衛として騎士三人と魔術師二人が随従する。
 例の国境沿いの街道付近以外は本来危険の少ない道程だ。私達に付いてくる人が多ければ王都を守る人が減る。
 魔術師一人でいいと指示したのにイヴォンに却下されてしまった。
 彼は私の部下なのにどうして提案が通らないのか。納得いかない。
 私の護衛のためと言っても危険はないし私だって戦えるのに。
 けれどここで駄々を捏ねてもどうにもならない。
 この件に関する決定権を持っているのはイヴォンだ。そしてそれを決めたのは他ならぬ私なのだ。


 でもやっぱり不満だからこっそりイヴォンを睨むと、彼も偶然私の方を見ていて目が合った。
 あ、ちょっと気まずい。
 
「本当にいいのですか?」
「な、なんの事?」
「ダルタの王子の接待を第二王女殿下に任せてしまって……」
「問題ないわよ。彼は貿易経路の確認と関税のための協議を目的としてナフィタリアに来たのよ。それは私の管理外の事だもの」

 私が関わるべきはまだ軍事のみ。
 もちろん今後のことを考えると可能な限り国外の友人を増やしておいた方がいいだろう。
 それらの縁はこれからの私を助けてくれる。



 けれど今は目の前のことを考えるべきだ。
 ここで失敗すれば未来は無いのだから。

「そんなことより早く出発しましょう。時間が勿体ないわ」








◇◇◇◇◇



 キラムという小さな村に着いたのは王都を出発して四時間が経った頃だった。

「今日はここに泊まります」
「え!? 野宿するんじゃないの?」
「しませんよ。王女を野宿させるわけがないでしょう」
「だってイヴォンがそう言ってたじゃない」
「そう言えばシャルロット様が諦めると思ったのです。全く効果はありませんでしたが……」

 拗ねたようにイヴォンはそっぽを向いた。
 十七歳にもなってそんな可愛らしいことしなくても……。だからイヴって名前が似合う可愛い男の子のままなのよ。

「村長には話を通してあります。行きましょう」

 村の奥の建物が村長の家なのだという。
 村長は白髪の優しそうな老爺だった。滞在させてもらうことへのお礼を言うと彼は嬉しそうに笑った。

「何も無い村ですがゆっくりお過ごしください。ここは国境に最も近い村です。ノルウィークからの交易品も多く、ナフィタリアでは珍しいものもございます。ささやかではありますがおもてなしさせていただきます」
「気にしなくていいわ。ここへは観光に来たわけではないもの。……でも少し村を見て回ってもいいかしら?」
「勿論ですとも。娘に案内させますので」
「必要ないわ。一人で見て回りたいの」

 申し出を断り、村長宅を後にした。

 キラム村は本当に小さな村で、家屋も少ない。端から端まで歩いても二十分も掛からないだろう。

「そこに段差があるので足元にお気をつけください」
「……一人で見て回りたいって言ったのにどうして付いてくるの?」
「俺はシャルロット様の護衛ですから」
「こんな平和な村で何かが起こるわけないわ」
「それでも護衛が傍を離れるわけにはいきません」

 本当にイヴォンは真面目というか融通がきかないというか……。
 仕方ないか。
 イヴォンは私がどれだけ失敗しても、どれだけ泣いてもずっと隣に居てくれたのだ。だからこんな時も隣にいてくれようとしてくれるのだろう。

「もし私達が討伐に失敗したら……この村が真っ先に犠牲になるのよね」
「…………そうさせないためにこれまで手を尽くしてきたのです」
「ええ。そうね……」

 村には穏やかな時間が流れていた。
 西日が家屋を照らし、道の先に影を落とす。
 もうすぐ日が暮れて辺りは暗くなる。この村は家屋が少ないから夜には何も見えないほど暗くなるだろう。

「全てが終わったらアシルと三人でここに来ましょう。珍しいものがあると聞いたわ。モーリスやアルベリク卿へのお土産になるものがあるといいのだけど」

 そう言った後に彼らの好みを知らないことに気付く。
 私の話を聞いてもらうことは何度もあったけれど、彼らのことについて私は何も聞いてこなかった。

 こんなところにも後悔があるとは。

 それでもこのことに気付けたのが最期の瞬間でなくてよかったと思う。
 まだ大切な人と過ごす時間は残っているのだから。

「ねぇ、イヴォン、貴方の今の好きな物って何? 教えてくれるかしら」

 善は急げという。
 だから隣にいる大切な幼馴染に尋ねてみることにした。
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