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三章

41.試合

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 翌日の朝にノルウィークとナフィタリアの合同調査隊はコボルトやオーガのいた国境沿いへ向けて出発した。
 私達が王宮を発つのはもう少し後になる。
 それまでにノルウィーク式の戦い方を学ばなければならない。







 訓練場の中央で皇子と相対する。
 少し離れたところにアシルが立っていた。イヴォンは今日はついてきていない。

 これは皇子の指示だった。
 彼はイヴォンどころか訓練場の周囲に誰も立ち入らないように命じた。
 模擬戦とはいえ皇子に怪我をさせないとは限らない。私に対する配慮なのだろう。

 魔術が絡まなければ彼は思慮深くて優しくて素敵な人だと思う。

「昨日はアシルの魔術を見せてもらったから今日はシャーリィの動きを見せてもらうよ。いつもは三本勝負をしているんだろう? 今日もそうしよう」

 皇子は訓練用の剣を手にした。
 私もゆっくりと剣を構える。

 皇子は魔の祝福を授かった魔術師だ。
 学習型で剣を使えるといっても毎日訓練を積んでいる私に敵うわけがない。


 目の前に立つ皇子を見据える。
 彼は私よりずっと背が高い。イヴォンと同じくらいだ。
 当然手足も長いから普通にやれば私の方が不利だ。

 けれど私がこれまで剣を交えてきた相手は皆そうだった。




 腰を落として地面を強く蹴り、皇子との距離を詰める。

 まずは剣の届くところまで近付かなければ始まらない。
 皇子は剣を横に薙いだ。
 ギリギリまで身を屈めてそれを避け、踏み込みながら切り上げる。
 皇子が半歩ほど後退したために私の剣は空を切った。
 その勢いを殺すことなく身体を回転させながら更に踏み込んで剣を振る。
 皇子はまた下がって私の剣を避けた。

 動きを見るとはそういうことか。
 それならばもう少し攻めよう。

 大きく踏み込んで斬りかかる。
 皇子は先程と同じように避けた。間髪入れず彼の体勢を崩すために剣を振る。
 彼の体勢が僅かに崩れた。
 チャンスだ。そう思って剣を握る手に力を込め、勝つための最後の一太刀を振ろうとした。

 けれどそれは叶わなかった。
 私の剣は皇子の剣にはじかれ、後方に飛ばされた。

「うん、なるほど……。もう一度やろう」

 皇子は喜ぶでもなく、一人で納得したように頷いてまた剣を構えた。

 悔しい。
 私は剣の祝福を授かった王女なのだ。
 いくらノルウィークの皇子であろうとも、魔術師相手に負けるなんて許されない。
 次こそは絶対に勝たなければ。






 けれどそのやる気も虚しく、私は次も、また次も皇子に勝つことは出来なかった。


 右手から剣が滑り落ちた。
 私の祝福は剣なのに魔術師にすら勝つことが出来ないなんて。

 涙が滲む。
 顔をあげることができない。

 泣いてはいけない。私は王女なのだから。
 こんな挫折は今までだって沢山あった。これまで乗り越えてきたのだから今回だって努力すればいい。


 今度は何を間違ったのだろう。いつから間違っていたのだろう。
 間違えても終わりではないのだ。
 挽回すればいい。やり直せばいい。

 落ち込む時間は勿体ない。時間は有限なのだ。






 いつもならそう思えたのに今回は駄目だった。


「…………ごめんね。わかってはいたんだけど一応確認するべきだと思ったから。君は僕と同じ学習型だ。昨日説明した通り僕たちは先達に習うことで上達する。その結果は指導者によって大きく変わるんだ」

 皇子の言葉は聞こえるけれど、その言葉の意味を理解することができない。
 いや、理解したくない。

「君は確かに剣の祝福を授かった人間だ。けれど君がここで訓練している相手は普通の騎士なんだ。だから君の実力は祝福持ちの騎士としては……弱い。そして僕の相手は……オズワルドだった。唯一の三本の剣を持つ天才相手に僕は剣を習った」

 『弱い』という言葉が心を刺す。

「シャーリィ、今回の討伐に君を連れていくことはできない。祝福持ちと一緒に戦うには君は弱すぎるんだ。けれどナフィタリアの兵士達にその事実を突きつけるわけにはいかない。士気に関わるし、何よりこの国における君の立場が悪くなってしまう。……理解してくれるね」

 頷くしかない。
 今回の調査討伐におけるリーダーは私ではなく皇子だ。
 私は彼に自分の価値を示すことができなかった。
 だから……。

「待ってください。俺からもひとついいですか?」

 口を挟んできたのは離れたところにいたはずのアシルだった。
 いつの間にかこんなに近くに来ていたのか。

 アシルは私と目が合うと優しく微笑んで先程落とした剣を拾ってくれた。

「昨日も話したようにシャルロット様は魔術も使えます。剣の腕だけではなく魔術も見た上で評価していただけませんか」

 アシルは皇子に向かって力強く言った。
 確かに私は魔術を使うことが出来る。けれどそれは魔術師である皇子やアシルには決して敵わない。
 それに戦いながら使うのはまだ難しいのだ。
 魔術を使ったからといって評価が変わるとは思えない。

「アシル……。でも私の魔術は……」
「大丈夫です。シャルロット様は弱くありません。俺を信じて」

 アシルは私の手を力強く握ってくれた。

 本当に自分でもどうかと思うんだけど、アシルにこうやって手を握って慰めてもらうだけで沈んでいた気持ちが前向きになる。
 好きな人だから、なんだろうな。
 我ながら単純過ぎる性格だと思うけれど、こんな自分は嫌いじゃない。

「……わかった。一度試してみよう。シャーリィが魔術を使うのなら僕も魔術を使って応戦するよ。念の為にお互いの身体を強化しておこう」

 皇子は自分自身に、そして私はアシルに魔術をかけてもらった。
 アシル曰く、身体全体に魔力を通しにくくなる魔術をかけたから多少被弾しても怪我をすることはない、とのこと。
 そう言われても当たったら痛いだろうからなるべく当たりたくない。避けるか剣で受け止めるようにしなければ。

「じゃあ準備が出来たらかかってきて」

 皇子は笑顔で剣を構えた。
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