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二章

23.爆発

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 魔術の訓練は塔の外でやることになった。
 外と言っても塔の目の前。扉を出てから5メートル程右側にずれた位置だ。
 こんな道の端で何をするというのか。

「魔術には向き不向きがありますが、大抵の人間は学べば魔術を使うことができます」

 アシルは楽しそうに話しだした。
 彼に頼んでよかった。これで私も楽しく魔術を学ぶことができる。

 一方、イヴォンは不貞腐れている。
 こんなに不機嫌さを露わにすることなんて最近はなかったから珍しい。
 十七になっても子どもみたいな態度をとるのは護衛騎士としてどうなんだろう。
 まあでも十七って本来はまだ子どもよね。
 ナフィタリアでは十六で成人だし結婚もできるしイヴォンは正式な騎士だし伯爵家の嫡男で、子どもだからといってその態度が許される訳ではないけれど。

 でも付き合いも長いし私は王女だから許してあげるの。

「人によって使う時のイメージが違うらしくて、俺は具体的に想像することで魔術を使えます。アルベリク先生は布のように魔力を編むと言ってました。他にも文字だったり絵だったり……だいたい好きな物を想像するといいらしい」
「好きなものを想像……」

 私の好きなものはなんだろう。
 王女になってからというものの好きなものなんて考えたことがなかった。
 王女としてやるべき事と約束を果たすためにやらなければならない事。私の人生はその二つしかなかった。

「そのイメージに魔力を入れると……ほら、こんなふうに形になる」

 アシルは私達に見せてくれるように手を出し、そこに小さな火の玉を浮かべてくれた。
 燃えるものが何も無いのに火があるなんて不思議だ。

「俺は祝福の痣が炎だから火の魔術が一番使いやすいんだ。シャルロット様は剣の祝福だから身体を強くしたり相手を弱くするような魔術が使いやすいかもしれない」
「お前また馴れ馴れしくなってるぞ」
「あっ……申し訳ありません」
「気にしなくていいわ。それよりイメージに魔力を入れるってどうするの?」
「…………え?」

 アシルは固まった。
 あれ、私何か変なことを聞いてしまったのだろうか。

「魔力は……えっと…………雰囲気でなんとなくできませんか?」
「雰囲気でなんとなく……」
「無理だろ。ちゃんと説明しろよ」

 アシルは困惑しているようだ。
 けれどその説明でできる人はどのくらいいるのだろうか。

「俺が教えてもらった時もそれしか言われなくて……。えっと、あ、そうだ。シャルロット様は魔力は感じられますか?」
「その魔力がなんなのかすらわからないわ」
「俺の右手を見てて」

 言われた通りアシルの右手に注目する。
 私より骨ばっていて大きな手だ。指も長いなぁ。

 …………見ていても何も出てこないし変化もない。

「見える?」
「何が?」
「…………」

 アシルは黙り込んだ。
 これ本格的にやばいやつかもしれない。
 隣にいるイヴォンに視線を送る。

「イヴォンは何か見える?」
「……白い……煙のようなものが見えます」

 イヴォンは少し気まずそうに答えてくれた。


 ………………。


 これ、私だけ才能ないやつだ!!
 嘘でしょ!?
 私これまで出来ないことなんて何も無かったのに!
 しかもさっき自信満々に魔術も極めるなんて宣言してしまった。


 恥ずかしさと情けなさでその場にくずおれる。
 慌ててイヴォンが支えてくれたけど、脚に力が入らなくて自力で立つことができない。

「わ、わ、わたしに魔術の才能が……な、ないなんて……っあんなこと言ったのに……」

 なんでもできると思っていたのに肝心なところで才能がないなんて。
 こんなこと初めてだ。

「シャルロット様は剣の祝福をお持ちです。魔術なんて使う必要はありません」
「さっきも言ったように魔術は使い方さえわかれば誰でも使えるんだ。シャルロット様もすぐに使えるようになるよ」

 二人が慰めてくれているけれどこの絶望は消えない。
 活路を見出したと思ったのに。






 私は失敗してばかりだ。
 何をしても上手くいかない。

 魔術師達を疑って勘違いして、騎士と魔術師の仲を取り持とうとして失敗して、アシルへの恩賞も用意出来ず、魔術の才能もない。

 王女なのに、祝福を授かっているのに何一つ満足にできていない。

 後悔することのないよう必死に努力してきたつもりだ。
 なのにそれらが結果に繋がることはなかった。


 どうしてこんなに駄目なんだろう。

 涙が零れ落ちた。
 こんなことで泣いてはいけない。
 まだ他に方法があるかもしれないのだから。まだ全力を尽くした訳ではないのだから。
 わかっていても涙が止められない。

 王女なのに人前で泣くなんて恥ずべきことだ。
 泣き顔を見られたくなくて両手で顔を覆う。
 早く泣き止まないと。

「シャルロット様、あちらへ移動しましょう。立てますか?」

 首を横に振る。
 脚に力が入らなくて立つことも歩くこともできない。

「失礼します」

 ふわりと身体が浮いてイヴォンが私を抱き上げたのだとわかった。
 そのままどこかへ移動するようだ。



 少ししてイヴォンは立ち止まった。

「ここなら誰も来ません」

 どこかに座らされた。
 涙で視界が滲んでよくわからない。
 こんな無駄な時間を過ごしている場合じゃないのに。

「落ち着いたらお部屋に戻りましょう。一日ゆっくり休めばすぐに元気になります」
「だ、だめよ……。そんなのんびりしている時間なんてっ……ないんだから」

 帝国元帥に手紙を送るように頼んだのだ。
 二日後にはノルウィークに届くだろう。早ければ六日後に援軍がやってくる。
 それまでにどうにかしなければならないのに。

 それだけじゃない。魔物が援軍を待ってくれる保証なんてない。
 いつどうなるかわからないのだ。
 今やらなければきっと後悔する。

「だからって焦ってもいい結果は得られません。休むことも大切な訓練のひとつです」
「でもっ……私は王女なんだからもっと頑張らないと! 祝福を授かった私が、私がやらないと……」
「……シャーリィ、人がやれることには限界がある。無理しても潰れるだけだ」
「だからって何もやらなかったら何にもできないじゃない!! 私は王女なんだから他の人より優秀じゃないといけないのに!」

 カッとなって叫んだ。
 イヴォンはいつも私のことを理解してくれない。
 私はもっと頑張らなければならないのにどうして止めるのだろう。

「そんなことはない。王女ができないことを代わりにやるために俺達がいるんだ。何度も言っただろう」
「駄目よ! それじゃ誰も私を認めてくれない!! 誰かに劣るような王女には誰もついてきてくれない!」

 誰もが私を見てため息をついた。
 ようやく剣の祝福を授かった子が生まれたというのに女だなんて期待はずれだとみんなが口にした。
 お父様は産まれたばかりの私を見て落胆したという。男だったら良かったのにと、女では意味が無いと何度も言われた。
 ノルウィークの皇帝は私を一瞥して何も言わず通り過ぎた。

 誰も私に期待なんてしない。何も望まない。



 それでも私は王女だから。
 剣の祝福を授かったただ一人の王族だから。

 期待されていないのなら成果を出して認めさせればいい。


 けれどそれは難しかった。
 アシルとの約束も、知識を得れば得るほどに不可能な絵空事に思えた。

 努力しても足りない。何をしても届かない。
 けれど諦めるわけにはいかなかった。

 諦めたその時に私の居場所はなくなってしまうから。


 叫び続けたせいか胸が苦しい。
 息をすることさえも辛い。

「俺はいつでも何があってもシャーリィの味方だ。……シャーリィは生まれた時から特別で、みんながシャーリィのことを認めている。無理する必要なんてない」

 言葉が出てこなくて首を横に振った。

 それじゃ駄目なのだ。
 私は王女だから。王女として、祝福を授かった人間として相応しくあらねばならない。

「シャルロット様ができないことは俺がやるよ。俺もシャルロット様と同じ祝福を授かった人間だから……。大丈夫。絶対になんとかする」

 アシルは優しく背中を撫でて手を握ってくれた。


 視線を上げると二人は悲しげな表情をしていた。

 王女なのに情けないと思われているのかもしれない。
 呆れられてるのかもしれない。
 かけてもらった優しい言葉は本心からのものではないのかもしれない。

 


 


 けれどアシルの手の温かさが、彼の優しさが嘘ではないのだと教えてくれた気がした。
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