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一章

12.理由3

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 魔術師の塔から離れ王宮への道を歩く。
 部屋へ帰るには目の前の分かれ道を左に進まなければならない。

 私は迷うことなく右の道を選んだ。

「シャルロット様、何処へ行かれるのですか?」
「さあ。私が普段行かない場所よ」

 周囲を見回しながら可能な限り早く歩いていく。

「何故そのような場所へ?」
「アシルに会うためよ。アルベリク卿がアシルは今王宮を見て回ってると言っていたでしょう」
「まさかどこにいるかもわからないあいつを探しに王宮内を回るおつもりですか!?」
「イヴも協力してね。ちゃんとお礼はするわよ」
「シャルロット様……」

 不満気な表情をしつつもイヴォンは何も言わない。

 後からイヴォンの好きなお菓子をプレゼントしようかな。
 いや、もう正式な騎士になったのだから剣をプレゼントするべきかも。
 それともネクタイとか装飾品の方がいいかな。

 幼馴染で付き合いは長いのに、騎士になってからというもののことある事に大人だとアピールしてくるので何をあげたら喜ぶのかさっぱりわからない。

 まあそれは後から考えよう。
 今はアシルを探すのが先決だ。

「私が塔へ来るタイミングで外出してるなんて、絶対に私に会わせないためにやってると思うの。そんなことするんだから私が絶対に行かない場所に居ると思わない?」
「そうですね」

 イヴォンの返事はかなり投げやりだ。
 やっぱり王女である私が平民の魔術師に拘っているのが気に食わないのだろうか。

「このまま進むと使用人が使っている棟につくのよね」
「そうですね」

 魔術師の塔へ続く道だからなのか人通りはまったくない。
 しばらくは注意深く見て歩く必要はなさそうだ。

「もしアシルを見つけたら魔術師達に虐められてないか確かめるつもりよ」
「そうですね」
「もし本当に虐められていたとしたら魔物の調査は騎士団も随伴させてアシルが不当に扱われるのを防がないと」
「そうですね」

 先程からイヴォンはどうでもよさそうな相槌しかうってくれない。
 同じくらい真剣になってほしいなんてことは思ってないけれど、長い付き合いの中でこんなに雑に対応されたことなんてなかったから少しだけ気になる。

「もしかして怒ってるの?」
「そうですね」

 そこは否定すると思ったからびっくりした。
 イヴォンの表情は変わらない。

 これはちゃんと話した方がよさそうだ。足を止めてイヴォンの方を向く。

「本当に? アシルを探すのが嫌なら先に戻っていていいわよ。王宮の中で護衛なんて必要ないから」
「そうではありません。……シャルロット様があの平民魔術師にここまでする必要はないでしょう。話したいことがあるのなら呼び出せばいいじゃないですか。ロバン侯爵にもあんな風に気を使う必要なんてありません。貴女はこの国の王女なのですから」
「…………イヴォンはその“王女“の行動に対して意見するの?」

 ムッとして言い返すとイヴォンは苦々しげに頭を下げた。

「……申し訳ありません」
「冗談よ。誰もいないんだから昔みたいに話していいわ。……いい機会だから言っておくわね。私は確かに王女だけれど、それを理由にして尊大に振る舞うことはしたくないの。私は正しい行いをして民に敬われる王女になりたいのよ」

 魔物に襲われる人がいない世界にしたいと言ったアシルに釣り合うように。
 王女という身分に胡座をかいて臣下をぞんざいに扱うような人間は彼には相応しくない。



 それにイヴォンの言うような振る舞いをすれば貴族たちの反発が大きくなってしまう。
 ノルウィークと違ってナフィタリアは王家の力が弱いのだ。
 平民の魔術師を特別扱いすれば、有力貴族のロバン侯爵をぞんざいに扱えば、私の王女としての立場は危うくなるだろう。
 そうなれば気の弱い妹の方を王太女に、という動きが出てくる。

 貴族たちにとっては扱いやすい王の方が都合がいいのだから。



 だからイヴォンに言った言葉は半分は本当だけど半分は嘘だ。
 有能な臣下を身分が低いからとぞんざいに扱いたくはない。けれど好き勝手に振舞って臣下から見捨てられては困る。

 私にはナフィタリアをどこよりもいい国にするというアシルとの約束を叶える義務があるのだから。


 イヴォンは大きく息を吐き出した。

「………………どうしてシャーリィはあんなやつのこと気にかけるんだ。魔術師のうえに平民なんだぞ」
「アシルは私と同じく神の祝福を授かっているのよ。気にかけるのは当然でしょ。それに平民だという理由で不当な扱いを受けているのなら正す必要があるわ」
「シャーリィにはもっと他にやるべき事がある。王女なんだからあんな平民のことなんて気にかけるべきじゃない」
「王女だから気にかけるの。神の祝福を授かったアシルは国の宝なのよ」
「国の宝なのはあいつじゃなくてシャーリィの方だ。あいつのお守りは魔術師のやつらにやらせておけばいい。シャーリィは王女で平民のあいつとは違うんだ」
「同じよ。爵位も王位も人間が勝手に定めたもの。神の前ではなんの意味も持たないわ」
「同じじゃない。シャーリィの周りにいるのは神じゃなくて人間なんだ。ナフィタリアの民にとってシャーリィは特別だ。平民のためにこんなことするべきじゃない」
「アシルだって特別な人間よ。アルベリク卿だって何度もそう言ってたじゃない」

 平民というだけでこんなふうに言われるなんて。
 アシルは確かに神の祝福を授かった特別な人間なのにどうしてわかってもらえないのだろう。

 イヴォンはいつもは絶対にしないような嫌そうな顔をした。

「口ではな。だけど魔術師達はそう思ってないからシャーリィと会わせようとしないんだ。祝福を授かっていたとしても所詮は平民。シャーリィの前に出すべきじゃないと思っている」
「アシルを物みたいな言い方しないで。魔術師達が会わせないようにしてるのはアシルに嫉妬して虐げてるからよ。それが明るみに出るのを恐れているだけに決まっているわ。昨日イヴォンだってそう言ってたじゃない」
「あれはシャーリィに合わせただけだ。昨日会った時あいつはロバン侯爵に怯えていなかった。大方魔術師達にシャーリィと会わないよう強く言われていたんだろう」
「でも…………」

 昨日のアシルの様子を思い出す。
 確かに動揺してはいたけれど、怯えた様子ではなかった……気がしなくもない。

 イヴォンに言われるとそうかもしれないという迷いが生まれる。
 だってアシルが虐げられているという証拠は何一つないのだ。
 だからこそ今こうやってアシルを探している。

「わかったわ。イヴがそこまで言うのなら……アシルを探し出して直接確認しましょう」
「そこは諦めてくれよ」
「嫌よ。自分の目で確かめるまでは諦めないわ。だってそうじゃないと一生後悔するじゃない」

 これは杏奈の人生から得た教訓だ。
 他人は私の人生に責任をもってくれない。

 だから自分で考えて自分で決めるのだ。

「シャーリィはいつもそうだよな。俺の話なんて聞いてくれない……」
「聞いてるわよ。聞いた上で自分で考えて決めたの」
「……………王女殿下の仰せのままに」

 イヴォンは大きくため息をついた。

 理解してもらえなかったのは仕方ない。
 イヴォンは生まれた時からずっと貴族として生きてきた。

 杏奈の記憶を持つ私とは価値観が違う。


 幼馴染で仲の良い彼に否定されるのは少し辛いけれど、だからといって諦めるわけにはいかない。
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