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一章
2.出会
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どこにでもいるようなごく普通の女の子だった御縁杏奈は、高校の入学式の翌日に交通事故で十五年と五ヶ月の短い生涯を終えた。
そしてその御縁杏奈としての記憶を保持したままナフィタリアの第一王女であるシャルロット・アンナ・ド・オーランドとして生まれ変わった。
一応記憶としては地続きなんだけど、幼い頃はその前世の記憶を理解することができずもどかしい思いをすることもあった。
杏奈がシャルロットとは別人で別の世界に生きていたと思い至ったのは私が七歳の頃だった。
「私、お姫様になっちゃったんだわ……!」
少し前まで朧気だった前世の記憶ははっきりと浮かび上がり、それまでなんて事ないと思っていたものが突然素晴らしいもののように感じられた。
レースたっぷりの着心地のいいドレス、煌びやかなアクセサリー、豪奢な家具、そして何より大の大人たちがみなこぞって私に頭を下げるのだ。
教師も私には敬語だしお皿を割ってしまっても怒られたりしない。
それどころか謝られて怪我の心配までされる始末。
杏奈の人生ではそんなこと有り得なかった。
だって杏奈はごくごく普通のどこにでもいるような女の子だったのだから。
でも私は違う。
私はナフィタリアの第一王女。つまりこの国で一番偉い女の子として生まれた。
そして神の祝福を受けた証である金の瞳を持ち、ピンクブロンドの美少女で大抵の事は簡単にこなせる天才なのだ。
なんて素晴らしいのだろう。
惜しむらくはナフィタリアは隣のノルウィークに守ってもらわなければならない超がつくほどの弱小国だということか。
特に武力は皆無に近い。
騎士団も魔術師団も存在はしているものの質も規模も大陸一だ。もちろん悪い方で。
でも大丈夫。
この私が即位した暁にはきっとノルウィークとの立場を逆転……とまではいかなくても対等に外交ができるほどにナフィタリアを強くするんだから。
私の左手の甲には小さな剣がクロスしたような形の痣がある。
金の瞳とこの痣が神の祝福の証なのだという。
私が授かった祝福は『剣』。見たままだ。
授業では長ったらしい説明をされたけど、要するに私は剣の天才として生まれたらしい。
神の祝福は剣の才能以外にも効果を発揮し、私はありとあらゆる分野で優秀な結果を出した。
だからというかなんというか、前世を認識した瞬間、毎日クソ真面目に受けている授業が無駄なものに思えた。
頑張らなくてもちゃんと理解出来るし覚えられるのだ。
毎日勉強する必要なんてないじゃん。
そう思った私は授業と授業の合間の僅かな休み時間にこっそりと部屋を抜け出した。
外は快晴だ。こんな日に部屋に篭って勉強なんて勿体ない。
今の季節は秋で身体を動かすには最適な季節だ。
まあこの国は年がら年中秋みたいな少し肌寒い気候で季節関係なく動きやすいんだけど。
誰にもバレないように身を潜めつつ適当に進んでいく。
王宮は広くて知らない場所の方が多い。
授業をサボった罪悪感も合わさってちょっとした冒険みたいだ。
けれど大人に見つかっても怒られることはない。
だって私は王女だから。
意気揚々と王宮を歩く。
先程まではそこら中に人が居たのに今歩いている場所は人気がない。
自分が何処にいるのかさっぱりわからなかったけれど、それでもここは王宮の敷地内。つまり私の家の中なのだ。
迷子なんかでない。
帰りは来た道を引き返せばいいだけだからちゃんと部屋には戻れるし。
だから迷子では決してない。
道なりに進んでいくとこじんまりとした庭園にたどり着いた。
中央に古びた小さなガゼボがある。
そこに私と同じくらいの年頃の男の子がいた。
真っ黒な髪にシンプルなシャツとズボン。質素な格好をした少年だ。
なんでこんな場所にいるのだろう。
王宮にいるからどこかの貴族の子どもなんだろうけど。
もしかして迷子なのかもしれない。
それなら助けてあげないと。
だって私は王女なんだから。
「ねぇ、こんなところで何をしているの?」
私はその少年に背後から声をかけた。
ちょっと驚かせようなんて気持ちもあったんだけど、私のそんな悪戯心とは裏腹に少年はゆっくりと振り向いた。
濃い蜂蜜の色の瞳だった。
その色は神の祝福を受けた証だという。私の金の瞳よりもずっと濃く深い色の瞳。
「はじめまして。僕は今人を待っているんだ」
質問の答えより先に挨拶を返されて少し恥ずかしくなる。
人と話す時にはまず挨拶の言葉を述べるようにと口酸っぱく言われていたのを失念していた。
「えっと……はじめまして。あなた名前は? 私は杏奈よ」
マナー違反を犯してしまったことが恥ずかしくて自分が王女であると言い出せず、つい前世の名前を名乗ってしまった。
でもまあ、今の名前にもアンナとあるし嘘をついているわけではない。
みんなシャルロットの方でしか呼ばないけど……。
「僕はアシル。アンナはどうしてここにいるの?」
「私は…………散歩してたの。今日はいい天気でしょ? 気持ちいいから歩きたくなったのよ」
挨拶もしない上に授業をサボった悪い子だなんて思われたくなくて適当な事を言った。
だってアシルは私と同じ神の祝福を受けた子だ。
負けたくないという焦りにも似た気持ちがあった。
だって私は王女だから。
誰かの下になるなんてありえない。
そしてその御縁杏奈としての記憶を保持したままナフィタリアの第一王女であるシャルロット・アンナ・ド・オーランドとして生まれ変わった。
一応記憶としては地続きなんだけど、幼い頃はその前世の記憶を理解することができずもどかしい思いをすることもあった。
杏奈がシャルロットとは別人で別の世界に生きていたと思い至ったのは私が七歳の頃だった。
「私、お姫様になっちゃったんだわ……!」
少し前まで朧気だった前世の記憶ははっきりと浮かび上がり、それまでなんて事ないと思っていたものが突然素晴らしいもののように感じられた。
レースたっぷりの着心地のいいドレス、煌びやかなアクセサリー、豪奢な家具、そして何より大の大人たちがみなこぞって私に頭を下げるのだ。
教師も私には敬語だしお皿を割ってしまっても怒られたりしない。
それどころか謝られて怪我の心配までされる始末。
杏奈の人生ではそんなこと有り得なかった。
だって杏奈はごくごく普通のどこにでもいるような女の子だったのだから。
でも私は違う。
私はナフィタリアの第一王女。つまりこの国で一番偉い女の子として生まれた。
そして神の祝福を受けた証である金の瞳を持ち、ピンクブロンドの美少女で大抵の事は簡単にこなせる天才なのだ。
なんて素晴らしいのだろう。
惜しむらくはナフィタリアは隣のノルウィークに守ってもらわなければならない超がつくほどの弱小国だということか。
特に武力は皆無に近い。
騎士団も魔術師団も存在はしているものの質も規模も大陸一だ。もちろん悪い方で。
でも大丈夫。
この私が即位した暁にはきっとノルウィークとの立場を逆転……とまではいかなくても対等に外交ができるほどにナフィタリアを強くするんだから。
私の左手の甲には小さな剣がクロスしたような形の痣がある。
金の瞳とこの痣が神の祝福の証なのだという。
私が授かった祝福は『剣』。見たままだ。
授業では長ったらしい説明をされたけど、要するに私は剣の天才として生まれたらしい。
神の祝福は剣の才能以外にも効果を発揮し、私はありとあらゆる分野で優秀な結果を出した。
だからというかなんというか、前世を認識した瞬間、毎日クソ真面目に受けている授業が無駄なものに思えた。
頑張らなくてもちゃんと理解出来るし覚えられるのだ。
毎日勉強する必要なんてないじゃん。
そう思った私は授業と授業の合間の僅かな休み時間にこっそりと部屋を抜け出した。
外は快晴だ。こんな日に部屋に篭って勉強なんて勿体ない。
今の季節は秋で身体を動かすには最適な季節だ。
まあこの国は年がら年中秋みたいな少し肌寒い気候で季節関係なく動きやすいんだけど。
誰にもバレないように身を潜めつつ適当に進んでいく。
王宮は広くて知らない場所の方が多い。
授業をサボった罪悪感も合わさってちょっとした冒険みたいだ。
けれど大人に見つかっても怒られることはない。
だって私は王女だから。
意気揚々と王宮を歩く。
先程まではそこら中に人が居たのに今歩いている場所は人気がない。
自分が何処にいるのかさっぱりわからなかったけれど、それでもここは王宮の敷地内。つまり私の家の中なのだ。
迷子なんかでない。
帰りは来た道を引き返せばいいだけだからちゃんと部屋には戻れるし。
だから迷子では決してない。
道なりに進んでいくとこじんまりとした庭園にたどり着いた。
中央に古びた小さなガゼボがある。
そこに私と同じくらいの年頃の男の子がいた。
真っ黒な髪にシンプルなシャツとズボン。質素な格好をした少年だ。
なんでこんな場所にいるのだろう。
王宮にいるからどこかの貴族の子どもなんだろうけど。
もしかして迷子なのかもしれない。
それなら助けてあげないと。
だって私は王女なんだから。
「ねぇ、こんなところで何をしているの?」
私はその少年に背後から声をかけた。
ちょっと驚かせようなんて気持ちもあったんだけど、私のそんな悪戯心とは裏腹に少年はゆっくりと振り向いた。
濃い蜂蜜の色の瞳だった。
その色は神の祝福を受けた証だという。私の金の瞳よりもずっと濃く深い色の瞳。
「はじめまして。僕は今人を待っているんだ」
質問の答えより先に挨拶を返されて少し恥ずかしくなる。
人と話す時にはまず挨拶の言葉を述べるようにと口酸っぱく言われていたのを失念していた。
「えっと……はじめまして。あなた名前は? 私は杏奈よ」
マナー違反を犯してしまったことが恥ずかしくて自分が王女であると言い出せず、つい前世の名前を名乗ってしまった。
でもまあ、今の名前にもアンナとあるし嘘をついているわけではない。
みんなシャルロットの方でしか呼ばないけど……。
「僕はアシル。アンナはどうしてここにいるの?」
「私は…………散歩してたの。今日はいい天気でしょ? 気持ちいいから歩きたくなったのよ」
挨拶もしない上に授業をサボった悪い子だなんて思われたくなくて適当な事を言った。
だってアシルは私と同じ神の祝福を受けた子だ。
負けたくないという焦りにも似た気持ちがあった。
だって私は王女だから。
誰かの下になるなんてありえない。
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