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1章
9.ヒロインの失態2
しおりを挟むとりあえず王太子の優しさを受け取ろう。
この失態を帳消しにすることはできないけれどこれ以上失点を増やすわけにもいかない。
「えっと……お願いします……」
こんな時の正しいお願いの仕方なんて知らないからただ頭をさげるしか出来なかったけど、サイラスは嫌な顔をすることなく手を差し伸べてくれた。
差し出された手を取り、思い切って飛び降りる。
地面に着地した後、急いで制服の汚れを払って何度も教えられた礼をする。
「お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ございません。助けていただきありがとうございます」
「気にしなくていい。僕が手を貸さなくとも君は自力で降りられただろう?」
「それは……そうかも、しれません……」
そんなふうに言われるとは思わなくて中途半端な言葉を返してしまった。
幸いにも王太子は怒ってはいないようだけど……。
ううん、わかんないな。
普通の顔してるように見えるけど、普通の顔してる時って何考えてるときなんだろう。
「どうして木に登ったんだい?」
「えっと、ハンカチが……風に飛ばされて木に引っかかってしまって……」
「そんなもののためにわざわざ木に登ったのか?」
王太子は驚いたように目を丸くした。
貴族からすれば価値のないものかもしれないけれど、私にとってはとても大切なものなのだ。
けれどそんなことを王太子に言ってはいけないことくらいわかる。
それに私は平民ではなく貴族としてここに居るのだ。ハンカチ一枚に拘るのは貴族らしくない。
別の理由を言わなきゃ。
「それは、その……わ、私でも取れそうな気がしたので……」
その答えがよほどおかしかったのか、王太子はお腹を抱えて笑いだした。
なんで????
「そのような理由で木に登る令嬢がいるとは……。いや、馬鹿にしているわけではないんだ。気を悪くしないでほしい」
「気を悪くするなんて……とんでもございません」
相手は王太子だ。そしてフローレンスの婚約者だ。
これ以上の粗相をしないうちに早くここから立ち去りたい。
「木に登るのは今回が初めてなのか?」
「そ、そういうわけでは……」
待ち合わせに遅れたら失礼だよね。私のためにフローレンスは時間を作ってくれたのに、その私が遅刻するなんて。
でも王太子との会話を私から切り上げるわけにもいかないし……。
物珍しげに話しかけてくる王太子に失礼にならないように答えていると、少し離れたところから澄んだ鈴のような声が聞こえた。
フローレンスだ。
「話し声が聞こえると思ったら……サイラス様が中庭にいらっしゃるなんて珍しいですわね」
「フローレンスか。君こそどうしたんだい?」
「私はそちらにいる友人との待ち合わせでここに……」
視線を向けられて心臓が跳ねる。
ど、どどどどうしよう。さっき木に登ったのバレないよね? しかも王太子に見られたなんて知られたらこれまでの比じゃないくらい怒られちゃう。
さり気なく視線を落としてスカートに汚れがついてないか確認する。
うん、たぶん大丈夫。きっとバレない。
「そうなると僕が彼女に話しかけてしまったせいで二人の予定を邪魔してしまったことになるな」
「約束の時間までまだ余裕がありますわ。邪魔だなんて大袈裟すぎます」
フローレンスは優しく微笑んだ。
彼女と出会ってまだ一ヶ月弱だけど、いつも見ていた表情と全然違って驚いた。
……相手は王太子だし、婚約者なんだからそりゃそうか。
あ、フローレンスに王太子と二人きりでいるところを見られたのはかなりマズイのでは。
だって婚約者が女の子と二人きりって……。しかも私は主人公で王太子は攻略対象キャラだ。
ヤバい。なんとか誤魔化さないと嫌われちゃう。
「そういえば最近二人でいるのをよく見るが、どうして仲良くなったんだ?」
「偶然出会って趣味の話で盛り上がったのです」
「そうか。友と過ごす時間はかけがえのないものだ。近いうちに君の友人として改めて彼女を紹介してくれないか」
ぎょっとする私をよそにフローレンスは二つ返事でそれを承諾してしまった。
その約束をどうにかしてなかったことにしたかったけれど、平民同然の私が二人の約束に口を挟むことなんてできない。
あわあわしてるうちに王太子はフローレンスとの会話を終えて帰って行ってしまった。
「さぁ行きましょう。約束の時間が迫っているわ。サイラス様との約束の件は改めて招待状を送るわね」
フローレンスに促され歩き始める。
王太子のことですっかり頭から抜け落ちていたけど、今から会わなければならない人がいるんだった。
この道を進んでいけばガゼボへ着くはずだ。そこに待ち合わせの人が居るのかな。
どんな人が待っているのだろう。
いやいや、それよりもまずは王太子と会う約束をどうにかなかったことに……は無理でも先延ばししたい。
「フローレンス様、私王太子殿下と話せるほど礼儀作法が……」
「先程二人で話していたじゃない」
フローレンスは不思議そうに首を傾げた。
その『二人で』という部分に心臓が跳ねる。
いつもと変わらない口調で表情だけど本当に何も思ってないのだろうか。
いや、そんなことはない。
だって王太子はフローレンスの婚約者なのだ。
そして私はこの世界の主人公。
悪役令嬢は私を虐める人。
今は仲良くしていてもいつ嫌われてしまうかわからない。
そんなの嫌だ。
「そっ、それは……っ、わっ、私は別にし、下心があったわけでは……」
「何を言っているの? それよりも待ち合わせのガゼボが見えてきたわよ。向こうはもう先に来ていたみたいね」
視線を上げるとガゼボの中央に栗色の髪の青年が立っていた。
「紹介するわ。エルドレッド伯爵家のアランよ。彼は私の幼馴染なの」
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