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ぶん殴った時の話 ②

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 ローマン達の席へ行けば、私に気付いたローマンは、令嬢の肩に回していた手を慌てて外し、令嬢と人一人分の距離を取った。
 ニッコリ笑顔で挨拶をした。

「こんにちは、ローマン様」
「ア、アデル……」
「あら? アデルって……ローマン様の婚約者の?」

 ローマンは、狼狽うろたえているのがわかる。
 一緒にいる令嬢は、私を知っているらしい。
 私と違い、見た目も華奢で可愛らしい人だった。

「本当に男みたいな方なのね。やだわぁ」

 クスクスと笑われたけれど、これでも騎士の端くれだ。敵意を向けられればわかる。
 どうやら敵だと認定されてしまったようだ。
 私はこの人を知らない。

「こんにちは、お嬢さん。誰だかわからないのだけれど、街の方ですか?」
「ま、まぁ。私は、セロエ男爵令嬢のアンネマリーよ」

 貴族ならば、初対面の相手にはもっと礼儀を尽くすべきだ。
 そんなこともわからない令嬢が好きだとはローマンに少しガッカリだ。
 こちらもそのつもりで対応する事にした。

「お嬢さん、ローマン様とは恋人ですか?」
「もちろんよ! あなたより、ふかぁーい仲よ」

 決定的証言だ。チラリとギル達を見れば、頷いていた。
 もしも、揉めるような事があっても、これでギル達も証言してくれるだろう。

「お前! ちょっと黙ってろ!」
「まぁ!」

 ローマンは、アンネマリーを黙らせようと口を塞ごうとしていたけれど、どう見ても仲が良い。

「それで、ローマン様は、この(礼儀知らずの)お嬢さんとは、どういった関係なんだ?」
「えっと……い、妹?」

 さすがに笑った。

「妹とキスするなんて知らなかった。私は兄とキスはしない」

 キスしていたし、妹は苦しい言い訳だろう。
 それに、王子の妹と言ったら王女だ。男爵令嬢だと名乗っていたのに。

 見守っているギルの殺気は頂点だし、レオは笑顔なのに黒い。
 さっさと話を終わりにしたい。

「充分だ。婚約は解消しよう」
「ち、違う! 待ってくれ!」

 歩き出せば、ローマンは立ち上がって目の前に来て進路を塞いだ。
 必死で何か言おうとしている。
 一応言い訳をする気があるらしい。

「お、お前だって! そこの男どもはどうしたんだ!?」

 言い訳かと思ったけれど、違ったらしい……。
 ローマンはレオとギルを指差して、レオに気付くと顔を歪めた。

「レオフィルドじゃないか!」
「やぁ、兄上。こんな所で偶然ですね」
「お前がアデルと浮気だと!?」
「浮気? どこからどう見たらそうなるんですか」

 呆れたようなレオの言い方にローマンは怒りでプルプルと震えている。

「俺よりも弟の方がいいだと!? こんな裏切りは初めてだ! 婚約は破棄させてもらうからな!」
「破棄? 解消ではなくて?」

 なぜ浮気されている私が破棄されるんだ……。

「男が浮気するのと女が浮気するのは違うだろう! 恥さらしだ! しかも、もう一人いるじゃないか!」

 浮気の何が違うと言うのか。

「二人とも私の友人です」
「そんな訳あるか! 女なら誰でも良いとこいつらの顔に書いてあるぞ!」

 レオとギルの顔に……そんなの書いてあるわけないだろう。

「ローマン様……それ以上の友人への侮辱はやめてもらおうか」
「そうでなければ、アデルみたいな男みたいなやつに付き合う奴なんているわけないだろう! 俺はもっと女らしいのがタイプだ!」

 その言葉で、ギルが剣に手をかけて一歩前へ進みでた。

「やっぱり殺す……」

 ボソリと呟いた。
 まずい。ギルがキレた。
 ギルの瞳がギラギラとローマンを見ている。

「俺は王子だぞ! やれるもんならやってみろ!」

 ふんぞり返っているが、ギルはどうでもいいようで剣を引き抜いてローマンに突きつけてしまう。
 非常にまずい。

「ひっ! お、お前、騎士だろう!? その称号も剥奪だぞ! わかっているのか!?」
「……アデルの名誉のためならば構わない……」

 相手は第二王子だ。
 ギルが手を出せば、ギルが処罰されてしまう。

 もう私にはこの婚約を続ける理由がない。
 それに、破棄されるなら何をしても良いだろう。
 その結論に至る。

 拳を握り、勢いよく振りかぶって──バキッ!

「「アデル!?」」

 ギルが剣で切ってしまう前にローマンの頰をグーで殴ってやった。
 ギルが手を出してしまうよりは私の方がましだ。
 それに、殴りたかったのが一番の理由だ。ああ、スッキリした。

 手加減はしたけれど、ローマンは後ろに倒れて尻餅をついた。
 ローマンの目の前に片膝をついてしゃがみ、呆然としていたローマンの胸ぐらを掴んでやれば、ひっ!と怯えた。

「では、これからは他人という事でよろしく」

 笑顔で言えば、ローマンは何も言えないのか殴られた頰を押さえながら、コクコクと頷いていた。
 次は、レオとギルに顔を向けた。

「レオとギルもそういう訳だから、いいよな?」

 レオは頷いたし、ギルは剣を納めてくれた。

 ローマンを突き放し、ニッコリ笑ったままローマンの横を通って歩き出す。

 少しして、ローマンに駆け寄ったであろうアンネマリーから背中越しに声が掛けられた。

「なんて野蛮な女なの! ローマン様に相応しいのは、私のような女らしい令嬢よ!」

 ──とても納得してしまった。

 アンネマリーはドレスではないが、女性らしい綺麗なワンピースを着ていて、化粧をして髪を結いあげていた。
 可愛らしい見た目は、男として守ってあげたいと思うものがありそうだ。
 私みたいな男装の令嬢より、彼女のような女性を求める男性が普通なんだろう。

 自分が今、どんな顔をしているのかわからない。後ろを向いていて良かった。
 騎士を目指した事に後悔はない。けれど、私は女を捨てたわけでもない。自分が女であると良くわかっている。
 少し悲しいようなそんな気持ちになってしまった。

「お、俺と婚約を解消したら、相手なんか見つからない!」

 そんな事も重々わかっているつもりだ。
 結婚しなくても私は平気だ。
 それも聞き流して、店主に迷惑をかけたと謝って外に出た。

 王子を殴った事は……まぁどうにかなるかな……。

     ◆◇◆

「──という経緯です」

 父は、面白そうに笑う。

「そうか、それで婚約破棄か。やはり良くやったな」
「はぁ……」

 そもそもローマンとの婚約を取り付けて来たのは父なんだが……。

「そういえばな、城への登城の日にちが決まった。用意をしておくように」
「はい……」

 王子を殴った人っていないらしい。どんな処罰になるんだろう……。

「そうだ。お披露目の舞踏会の時は、ローマン殿下とそのアンネマリー嬢も呼んでやろうか。楽しみだな!」

 この父は、笑いながらとんでもない事を言う。

「非常に嫌なのですが……」

 ガッハッハッと笑う父に何度目かのため息をついた。
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