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カラムの話

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 カラムに初めて会った時、ウル兄さんの友人として紹介された。
 私が十四歳で、カラムが二十一歳だったと思う。
 しばらくこちらで仕事をするので、シドラスの屋敷に滞在するという事だった。

 頭に布を巻いて、裾が膝まである長い服を着ていた。シンプルな刺繍が上品に見えた。
 向こうの民族衣装らしいのだが、頭に巻いた布に髪を隠していたそうで、その時は短髪だと思っていた。

 屋敷に滞在していても、あまり関わり合いがなかった。
 そのうちに、シドラス公爵家主催の舞踏会が屋敷で開かれた。
 客人としてカラムも出席していたが、イザドアの王侯貴族は髪を伸ばすという習慣を知っている出席者の貴族は、髪が短く見えるカラムに興味がないらしい。
 しばらく様子を見ていたが、誰も声を掛けないようなので気になって声を掛けた。

「ウル兄さんはどちらへ行きましたか?」

 本当なら、ウル兄さんがカラムの側にいるべきなんだが……。

「たくさんの令嬢に囲まれてしまって、あそこですよ」

 カラムが指差した方向を見れば、確かにウル兄さんはたくさんの令嬢に囲まれて身動きが取れなそうだった。
 兄さんは、公爵家の跡取りだからか大人気だ。
 それに比べてカラムは、遠巻きにチラチラと令嬢が気にしている程度だ。
 カラムの顔は男前だ。でも、貴族でもない国外の客人に声を掛ける気もないという所か。

「舞踏会はつまらないですか?」

 カラム自身もあまり興味がなさそうに見えたので問いかけてみる。
 キョトンとした後に微笑まれる。

「そんな事はありませんよ」
「女性を誘って踊るといいですよ。誘われた令嬢は嬉しいと思います」

 鷹は強い動物で好きだ。そんな瞳を持つカラムがとてもかっこいいと私は思う。
 カラムが貴族ではないからと言っても、チラチラとこちらを見ている令嬢も誘われたら嬉しいはずだ。

「──ならば、私と踊ってくれますか?」

 とても驚いてしまった。
 なぜなら私は今、男装していてドレスを着ているわけではないからだ。
 それなのに、ダンスに誘われた。
 女だとわかっていても、男装の女を誘う人なんていなかった。

「ふふっ。面白い顔だ」

 初めての経験に返事を迷っていれば、楽しそうに笑って腕を掴まれて歩き出される。

「あの、ちょっと待って……」
「会場で踊るのがはばかれるのならば、バルコニーへ出ましょう」

 ズンズンと歩かれて、バルコニーへ出される。
 そのまま腰を抱かれて、手を合わされた。
 もちろん女性パートも踊れるので、カラムと踊るのは問題ない。けれど、カラムが何を考えているのか理解不能だった。
 流されるまま、曲に合わせてスッテップを踏んだ。
 空は晴れているのか月明かりで表情まで見えた。
 少しして「ドレスは着ないのですか?」と問いかけられた。

「着ません。男装が気軽で好きなんです」
「とても似合うと思いますよ」
「ははっ。お世辞でも嬉しいですよ」

 当たり障りのない会話をしながら踊る。
 ふと無言になったと思ったら、私をジッと見ているようだった。
 何ですかと聞こうと思った瞬間に、私の腰にあった手を上へと持ってきた。

「髪──解きます」
「あっ」

 何か言う前に、髪を縛っていたリボンを解かれてしまった。
 縛られていた髪がパサリと背中に広がった。
 踊るたびに髪が揺れて邪魔くさい。
 そのまま無言で一曲踊り終えれば、カラムはとても満足そうに笑った。
 それに対して私は不機嫌だ。

「リボンを返していただきたい」
「縛って差し上げます。後ろを向いて」

 睨んでみても、カラムはニコニコとしていて拍子抜けだ。
 返せともう一度言ってみたが、背中を向けたら返すと言われた。
 仕方なく庭の方を向いて、夜の暗闇を見つめた。

「綺麗な髪です」

 ゆっくりと髪を梳かれる感触がする。
 そんな風に触れられたのは初めてでくすぐったい。
 早く髪を縛ってほしい。

「なぜ私をダンスに誘ったのですか?」
「ふふっ。誘われたら嬉しいのでしょう?」
 
 ふと『誘われた令嬢は嬉しいと思います』と言った自分の言葉を思い出す。
 確かに言ったな。まさか私を令嬢だと思う人がいるとは……。
 もしかしたら、私は嬉しいと返答しないといけないのでは?
 カラムもそれを期待しているようだった。

「……嬉しかったですよ……」

 仕方なく言葉にしてから恥ずかしくなった。
 背中越しにクスクスと笑っているのがわかるので、揶揄われたんだろう。
 言わされた……大人の男性とはみんなこんななのか……?

「さぁ、できましたよ。こちらを向いて」

 クルッと後ろを向かされたが、まだ羞恥心があって上手く顔が見れなかった。
 
「ありがとう……ございます……」

 お礼を言ってから、そもそも髪を解いたのはカラムだったと気付く。
 少し文句でもと思いチラリと見上げれば、獲物を狙う鷹のような瞳と目が合った。
 その瞬間に力強く抱きしめられて苦しい。

「申し訳ないが、離して欲しいのですが……」

 驚きはしたが、突き飛ばすわけにもいかずに迷う。
 カラムの行動は、意味不明だ。
 抱擁とは、感動した時や嬉しい時、辛い時などに親しい間柄でするものだと思っていた。
 家族や友人とするはずなのに、カラムはそこまで親しいとは言えない。

「──決めた」

 何か呟いたと思ったら、パッと離れてニッコリと笑う。
 さっき見た瞳は勘違いだったのかと思うほど嬉しそうな笑顔だった。

「アデル、改めてよろしく」
「……はい」

 不思議な一夜だった。

 それからというもの、カラムは私の後を付いて回るようになる。
 朝、時間だと起こしに来たのは侍女ではなくカラムだったり、食事も一緒に食べて何が好きかと聞かれたり、鍛錬にすら見学したいと言い出した。
 遠目でこちらを見ながら、目が合えば手を振られたりした。
 私もそんなカラムに段々と懐いた自覚はある。
 お互いの国の知らない部分を語り合うのは楽しかった。敬語もなくなり親しくなった。

 そして、別れの時は寂しく感じた。
 もう一人の兄のような感覚だったのだと思う。

「アデル。私のことを忘れるなよ」
「忘れない。カラムはもう私の家族みたいなものなんだ」
「家族か──そうだな。私と家族になろう」

 この時も抱きしめられたが、全く抵抗がなかった。
 カラムも私を家族のように思っていて、私の兄になってくれたのだと思っていた。

 そのまま会えずに今に至った。
 あの時の家族になろうという言葉は、婚約を申し込む手紙に続いていたのかもしれない。
 今思い返すと、数々のカラムの行動は、少しでも私を知ろうとしてくれていたんだろう。
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