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好きだからに決まってんだろ! *

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 雅哉は、数日後の昼下がりに浴衣を返しにきた。
 律儀にクリーニングを掛けられた浴衣を玄関で手渡される。

「あれ?美麗みれいさんは?」
「母さんは仕事」
「じゃあ、宗輔さんと……涼さんは?」
「父さんも仕事。涼は大学に用があるって出かけた」
「ふ~ん……そっか」
「何やってんだ? 早くあがれよ」
「あ……うん」

 部屋に先に行くように言って、浴衣をリビングの隣にある和室に置いて、飲み物を用意する。
 夏の暑い日に飲む氷入りの麦茶は美味い。

 部屋に行けば、雅哉はテーブルの前でいつものクッションを抱えていた。
 ビーズが入った抱き心地がいい丸いクッションは俺も気に入っている。
 テーブルに麦茶を置いて、雅哉の斜め隣に座った

「アイスも持ってきたんだ」

 バニラ味の棒付きアイスも雅哉の前に置いた。
 ご機嫌でそれを食べ始めて少しすると、黙っていた雅哉が俺をジッと見ている事に気付く。

「雅哉? どうしたんだ?」
「ハル……」
「なんだ?」
「キスマーク付いてる」
「え⁉︎」

 慌てて首回りの服を広げて確認する。
 この前のやつがまだ残っているのかもしれない。

「嘘だよ……」
「…………」

 動きがピタリと止まる。
 墓穴を掘ったってやつですか?
 
付いてない」

 うわぁ……気まずい。
 この前の鎖骨にあったのがキスマークだったと気付いていたようだ。
 誤魔化すように雅哉から視線を逸らしてアイスを食べ進める。

「ハル、元カノと別れたばっかじゃん。それなのに好きなやつができたのか?」
「あ……えっと……なんて言うか……別れた原因がそれって言うか……」
「付き合ってんの?」
「そう……なのかな……」
「そいつの事好きなの?」
「そう……かな……」
「何それ」

 ですよね。
 涼の事はうまく説明できない。
 美味しいはずのアイスの味がわからない。
 長い沈黙のせいでアイスを食べ終わってしまった……。
 食べ終えたアイスの棒を立ち上がって捨てられる雰囲気ではなく、テーブルの上に置いた。
 アイスを食べていたのに喉が渇いているような気さえする。

「ハル……そいつと……やってんの?」
「…………」

 誰か助けて。

「キスマーク付けてたもんな。がっつりやってんだな」
「やめてくれ」

 下を向いて顔を覆った。
 雅哉は何を考えているんだ。
 恥ずかしすぎて顔を見れない。

 ふと雅哉の近付く気配に顔を上げれば、目の前に雅哉がいた。
 肩を押されて、床に倒された。
 そのまま馬乗りになられたけれど、突然の出来事に頭が回らない。
 俺を見下ろす雅哉の感情が読めない。
 雅哉は、辛そうに顔を歪めて呟いた。

「なんで──?」
「俺が聞きたいんだけど……」
「なんで涼さんなんだよ!」

 今──涼って言った?

「女だったから──相手が女だったから諦めたんだ」
「え?」
「相手が涼さんなら──俺でもいいよな?」

 両腕を押さえ込まれて上から見下ろされる。
 まだこの状況が理解できない。

「ま、雅哉……? 冗談やめよう?」
「見たんだ……」
「な、何を?」
「ハルと涼さんがキスしてるの……」

 いつ? どこでだ?
 まさか雅哉に見られていただなんて信じられない。

「あの夏祭りの夜、ハルと花火を見ようと思ってここに来たんだ。そしたらさ、ハル、涼さんとキスしてんだもん。」

 嘲笑うように喋る雅哉に驚きしかない。
 あのキスを見られていたなんて。
 ドアは……開けっ放しだったっけ?
 あの時の事が蘇ってくると、羞恥心が湧いて顔が熱くなってしまい、雅哉から顔を逸らした。

「はっ。なんだよその顔」
「どんな顔だよ……」

 雅哉は、俺の首に顔を埋めてキスをすると舌を這わせてきた。

「雅哉⁉︎」

 雅哉がこんな事をするなんて信じられなくて、頭の中は否定している。

 これは、雅哉じゃない──。
 そう思うこの気持ちに覚えがある──。

 胸がドクンッと嫌な音を立てた。
 あの時と同じだ。
 そう思うと、胸の奥がズキズキと痛んで無性に泣きたくなる。
 バラバラになりそうな心を必死で繋ぎ止める。

「やめろよ……! 俺達は友達だろ⁉︎」
「友達? そう思いたかった……」

 肌を舐め上げてチュッと音を立てて吸われる。
 段々とゾクゾクとした感覚に震えてくる。
 まずいと思って腕に力を入れても、雅哉の力には敵わなかった。
 見下ろしてクスクスと笑われる。

「俺に勝てた事ないだろ?」
「雅哉……! やめろって!」
「あの時、涼さんは俺に気付いてたよ。俺を見て笑ったんだ。お前には、こんな事できないだろうって言われているみたいだった」

 雅哉は、自嘲するように笑って苦しそうだった。

「涼さんは、ハルは自分のものだって俺に見せつけてた。何回も、何回も──!」

 もしかして、雅哉は──。
 そう思うのに、友達でいたいと思う気持ちが雅哉の気持ちを否定する。

「ハル──冗談だったのに、キスマーク薄く残ってんだな。──あの人の痕なんか上書きしてやるよ」

 鎖骨の辺りを痛いぐらい吸われた。
 雅哉は、俺の肌に甘噛みして何度も口付けてくる。
 俺に触れるたびに雅哉が傷ついているように見えた。

「雅哉……やめよう? な?」
「俺さ……涼さんとキスしてるハルの顔を見て……勃ったんだ」

 雅哉は、また自嘲する。
 衝撃の告白は続く。
 
「初めて抜いたのもハルだ……。いつもハルで抜いてたんだ。知らなかっただろ?」

 驚愕で何も言えなかった。
 くしゃりと歪んだ顔は、とても辛そうで……。
 自分で自分を傷つけるような事を言うなよ……。

 その顔を見つめていたら、そのまま唇を塞がれた。雅哉の唇で──。

「んんっ──おい! 雅哉!」

 すぐに横を向いて顔を離せば、今度は口で服を捲し上げられた。
 雅哉の前に俺の腹と胸が晒される。

「俺があんな顔をさせてやりたい。ハルを俺の欲望でぐちゃぐちゃにしたら、どんな顔をするんだって思うと──たまらなく興奮するんだ……」

 そのまま覆い被さってきた雅哉は、俺の胸に吸い付いた。
 涼とは違う舌使いに翻弄される。
 乳首がピンッと勃ち上がったのを見て笑った。
  
「こんなんで感じるほどやってんだ?」
「──っ!」

 羞恥で肌が赤く染まる。

「こっちも感じる?」

 反対側も同じように舐められた。
 輪郭をなぞるよう舐めて、胸の尖りを甘噛みされて、舌で押してチュッと吸われる。
 何度も繰り返し刺激される。
 
「んっ──」

 我慢していた声がとうとう出てしまった。
 執拗に舐められれば、快楽で抵抗する力も抜けてしまう。
 それでも、友達で感じているって思われたくない。

「ハル……」

 いつもと違う熱を帯びた声音で名前を呼ばれた。
 雅哉にこんな風に呼ばれた事はない。
 欲情しているとわかる瞳が俺を見下ろす。

「可愛い声……もっと聞かせて……」

 雅哉の舌で、快楽に染まっていく。

「んっ……雅哉……やめてくれよ……はっ……お願いだから……」
「それって煽るだけなんだよ」

 やめろって言う以外にないじゃないか!
 必死に考えても、どうしたらいいのかわからなくて苦しい……。

「……ぁっ……ぅん……ふっ……」

 我慢しても時々こぼれてしまう声に、雅哉はクスクス笑うとそのまま下に移動して、腹に何度も口付けた。
 吸い付いてチュッとわざと音を立てて離れるのを繰り返す。
 脇腹を舐められたらゾクゾクする。

 雅哉と目が合えば、顔を寄せてキスしようとする。

「やめろって……」

 逃げるように顔を背ければ、傷付いた顔をした。
 雅哉を傷付けたくないのに俺が傷付けている。
 その事で自分も傷付く。
 こんなの悪循環だ。

「なんで? 涼さんとはあんなにしてたじゃないか……」
「雅哉は……友達だから……」
「じゃあ、涼さんは?」
「涼は……家族……」

 雅哉は、クスクスと俺を嘲笑った。

「家族は良くて友達はダメか? ははっ! 馬鹿にしてんのか? だったら俺は……友達をやめてやるよ」
「雅哉……」

 言われた事がショックだった。
 ずっと一緒にいた親友をこの先どんな風に見ろと言うのか……。

「さっきだって……はっきり涼さんを好きだと言えばいい!」

 その言葉を簡単に言えたなら、どんなに良かったか……。
 好きだという気持ちは確かにある。
 けれど、無理矢理奪われた俺には、それが愛情なのかすら確認できない。
 複雑なこの気持ちを簡単に口になんかできなかった。
 
「お前に──何がわかるんだ!」
「わかんねぇよ! 好きじゃないなら、どうして涼さんなんだ⁉︎」

 どうしてか?
 それしか選択がなかったからだ。
 異常なまでの愛情で、涼に囚われてしまった。
 涼の全てを受け入れるしかなかった。

「……大事で……突き放す事ができなかった!」
「それならハルは、俺の事も突き放せない!」

 その通りなんだろう。
 こんな状況になっても、雅哉のことも嫌いになんてなれなかった。
 どうしようもなく泣きたい気分だ。
 それなのに、やっぱり雅哉の方が泣き出しそうで──。
 ずるいだろ? なんでこういう事するくせに、俺よりも傷付いてんだ……。

「ハル……俺を拒否しないでくれ……」

 雅哉は、拘束していた両手を離すと背けていた俺の顔を両手で押さえ込んで、無理矢理唇を合わせてきた。
 雅哉の唇は、涼とは違う少し厚めの感触だった。
 解放された腕で雅哉を押したけれど、あまり力は入らなくてびくともしなかった。
 侵入してきた舌が、逃げる俺の舌を絡めとる。
 口内に溜まった二人の唾液が口の端からこぼれた。
 角度を変えながら、喉の奥まで舌を絡めて奪い尽くすようだった。
 ドンドンと雅哉の肩を叩いて抗議する。

「ふっ……んっ……んんっ……!」

 段々と頭がボーッとしてくる。
 舌の動きが巧みに快感を得るものに変わった。
 キスが上手い……気持ちいい。
 雅哉は、俺の抵抗する力がほとんどなくなってしまったのがわかったのか、少し唇を離して俺を見つめた。
 雅哉の瞳が欲情で赤く染まっているようだった。

「バニラの味がするな……ははっ……すげぇ……その顔……俺がさせてんだ……」

 たまらないというように覆い被さって、またキスされる。
 友達と……こんな淫らなキスをしちゃいけない……。
 そう思うのに、抵抗する力は出なくて、頰を押さえる雅哉の腕を弱々しく握ることしかできなかった。

「はっ……んんっ……ふっ……」
「んっ……ハル……」
「ぅんっ……まさゃ……んっ……ゃめて……」
「気持ちいいんだろ……? 蕩けた顔してるくせに……」

 もう口の中で触れていない場所なんてないというぐらい、雅哉の舌が口内を蹂躙する。

 俺はこのまま雅哉に奪われるんだろうか……涼と同じように……。

 ぼんやりとした頭でそんな風に考えていたその時、玄関の開く音が響いて二人でビクリと震えた。

「ただいま」

 涼が帰ってきたようだ。

「ハル? いないの?」

 挨拶を返さない俺を不思議に思ったのか、涼が声をかけてきた。
 さすがに雅哉も唇を離してくれた。

「お、おかえり! いるよ! 雅哉が遊びに来てるんだ!」
「あ、本当だ。靴がある」

 涼は、そのままリビングに向かったようだ。
 雅哉は、俺から離れると大きなため息をついた。
 お互いに口の周りがベタベタで、それを手で拭う。
 雅哉は、俺を見て苦笑いした。

「嫌なら俺の舌、噛みちぎれば良かったのに……」
「そんな事、できるわけないだろ……」
「突き放せないなんて甘いんだよ……」
「さっきの事は……忘れる」

 どうしても雅哉と友達に戻りたかった。
 けれど、雅哉はそれを許してはくれなかった。
 雅哉は、顔をくしゃりと歪めて立ち上がった。

「ふざけんな! 俺の気持ちをなかった事にするのか⁉︎ いい加減な気持ちじゃない! じゃなきゃ、男のお前にこんな事するか⁉︎」
「じゃあ、どうしろって言うんだ⁉︎ 俺は、雅哉だって大事なんだ!」
「だったら、涼さんみたいに受け入れろよ!」
「なんでそうなるんだ!」
「好きだからに決まってんだろ! ふざけた事言ってると犯すぞ!」

 雅哉は、そのままドタドタと部屋を出て帰ってしまった。
 やっぱり雅哉は俺が好きなのか──。
 そんなの聞きたくなかった。

「涼も雅哉も……なんで俺なんだ……」

 何もかもが嫌になりそうな気分だった。
 ふと気付けば、俺のモノは雅哉の愛撫で勃ち上がっていたらしい。
 自分自身に幻滅した。
 涼も雅哉も俺の気持ちなんてお構いなしで俺を掻き乱して奪う。

 どうして家族や友達のままじゃダメなんだ……。

 雅哉が食べなかったすっかり溶けたアイスを見て、盛大なため息をついた。
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