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キスしてあげようか?

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 雅哉が戻ってくる頃にはどうにか勃っていたモノを抑え込んだ。

 涼はさっさとトランプを片付けて、自分の部屋に行った。
 何をしているかは考えないに限る。
 あいつは綺麗な顔してなんであんなに性欲があるんだ……。

 母に着付けをしてもらいながら、涼の文句を心の中で呟く。

「あら? ここ、蚊に刺されたの? ちゃんと薬塗りなさいよ」

 そう言って母が指差したのは、鎖骨の辺り。
 雅哉と格闘した時に撫でられたのと同じ所だった。

 これ──涼のキスマークじゃねぇか! あいつ……!

 羞恥心で熱くなる。
 涼はやたらとキスマークを付けたがる。
 やめろって言ったのに……。
 まさか、雅哉は気付いたのか?
 でも、雅哉に何も変わりはなかったし、母みたいに蚊に刺されたと思ったのかもしれない。

 着付けが終わりリビングに戻れば、雅哉は嬉しそうに駆け寄ってきた。

「なんかいいな! 浴衣!」

 やっぱり普通だ。その事にホッとする。

「さぁて、行きますか!」

 楽しそうな雅哉に同意して、涼よりも先に家を出た。

 近くの神社でのお祭りは、屋台もいっぱい出て花火も上がる。
 そこそこ大きいお祭りだ。
 雅哉と行くようになったのは中学からだった。
 メンバーは、同級生の何人か。暇な奴らが集まるのでその度にメンバーは変わるけれど、俺と雅哉はいつも一緒だった。
 薄暗くなった空に、飾られた提灯が電気を灯す。
 神社に行くにつれて増える人々にワクワクする。
 待ち合わせ場所に行けば、同級生達は既に待っていたようだ。

「ハル! お前もこれたのか? 雅哉が今年はハルが来れないってがっかりしてたんだぞ」
「おい! そんな事ねぇから!」
「お前なぁ、寂しいなら寂しいって言えばいいだろう?」
「ばっかじゃねぇの!」

 同級生に揶揄われて恥ずかしがる雅哉に笑ってしまう。
 夏休みはもう少し遊んでやるかとこっそり思う。

「お前ら、浴衣かっこいいな!」
「「だろ?」」

 二人で得意げに胸を張って見せた。
 辺りがみんなの笑い声に包まれる。

「ハルなんて色気出てるじゃん」

 同級生の言葉で注目が集まる。
 なんて事を言うんだ。恥ずかしくなってしまった。

「ざっけんな! あんまり見るんじゃねぇよ!」

 色気なんてあってたまるか。

     ◆◇◆

 みんなで出店を見て回って歩く。
 夏の思い出になる楽しい時間。
 それは、薄暗かった空が夜の闇に包まれた頃だった。

「おい、見ろよ。大人って感じだな」

 なんだろうと見てみれば、一際目立つ集団が向こうから歩いてくる。
 浴衣だったり、センスの良いシャツを着ていたり、個性的だったり、かっこよかったり、綺麗だったり、可愛かったり。
 そんな人たちの男女の集団だ。
 同級生は、みんな憧れの目でそっちを見ていた。

 俺は、チラリと視線をやっただけで、さっき買ったかき氷に夢中だった。
 雅哉も俺と同じように自分のかき氷に夢中だ。
 いちご味かメロン味で迷ったかき氷はいちご味にした。けれど、雅哉が美味しそうにメロン味を食べるので、そっちにしておけばよかったかもしれないと思っていた。
 余程物欲しそうにしていたようで、雅哉がそれに気付いて笑った。

「なんだよ。食うか?」

 そう言って雅哉から差し出されたメロン味。

「いいのか⁉︎」
「ははっ! 子供みたいだな」
「なんとでも言え」

 スプーンストローの先っぽに少し乗せられたそれをパクリと頬張って、美味しいと思った時だった。

「ハル!」

 名前を呼ばれてそちらを見れば、みんなが注目していた集団の中から、浴衣姿の涼が出てきた。
 縦にストライプの入っただけの黒の品のいい浴衣は、漆黒の髪を持つ涼に良く似合っていた。
 色気がある人とは、こういう人を言うんだと思う。

「涼さん、浴衣似合ってますね!」
「ありがとう」

 俺達の前に来た涼は、雅哉の言葉にニッコリと笑顔だけれど、何か違和感が……少し怒っている?

「みんな同級生なんすか?」
「違うよ。同級生もいるけれど、後輩もいるよ。知らない人もいるし、色々混じってる」

 雅哉へ普通に受け応えをしているのを見て、気のせいかと思う。
 そんな話をしていれば、集団の面々に囲まれた。

「何? 誰?」
「高校生? 可愛い」

 大学生の集団に囲まれて少し気が引ける。

「僕の弟だよ」
「どうも」

 ペコリと頭を下げて挨拶すれば、挨拶を返されて、物珍しそうに見られる。

「あまり似てないね」
「よく言われます」

 それはそうだ。俺達に血の繋がりはない。
 そう言った所で雰囲気が微妙になるだけなので、こういう言葉はいつも受け流している。

「ハル、次は何食べる?」

 雅哉が俺の裾を引っ張って集団から引き離して聞いてきた。
 少しだけ重くなった心が雅哉のおかげで浮上した。
 雅哉はかき氷を食べ終わったようで、もう次の食べ物だなんて笑ってしまう。

「たこ焼きでも食べるか?」
「いいね!」

 いつものやり取りに微笑む。

「──僕はここで抜けようかな」

 涼の突然の言葉に大学生達から不満の声があがった。

「えぇー! どうしてぇ⁉︎」
「弟と一緒に帰るよ」

 涼の言葉に驚いたのは俺もだ。
 涼が帰るのはいいけれど、俺も帰るの?

「俺はまだ向こう側回ってない」
「それなら、僕も一緒に行こうかな」
「そんなの俺の友達だって困るだろ?」

 と、同級生を見れば、是非一緒に! なんて言い出している。
 いつの間にか大学生達に可愛がられていたようだ。
 俺を見る目が拒否するなと言っていた……。

 結果、合流して結構な大所帯になった。
 もう誰がどこにいるのかわからない。
 はぐれてもわからなそうだ。

 涼は、金魚すくいをする面々の端でしゃがみ込んで金魚を指差した。

「ハル。ほら見て。可愛いね」
「そうだな」

 嬉しそうに笑っている涼が、子供みたいに可愛く見えて微笑んだ。
 涼と一緒に夏祭りだなんて小学生ぶりか。
 中学になって俺が雅哉と行くようになったら、涼は夏祭り自体に行かなくなったはずだ。
 どうして今日は来たのだろう? どういう心境の変化だ? 

「ハル! ほら、たこ焼き! 食べよう!」
「ああ!」

 雅哉に呼ばれて集団から外れてそっちへ行く。
 差し出されたたこ焼きをバクリと頬張った。

「はふい!(あつい!)」

 舌を火傷しそうで、ハフハフとする。

「ばか! 一気に食べるなよ! 熱いに決まってるだろ! 何か飲み物買って来てやる!」

 頬張ったたこ焼きで大丈夫だとも言えず、雅哉を見送る。
 どうにかたこ焼きを飲み込んで、涙目で一息ついた。

 すると、グイッと誰かに引っ張られた。
 何事かと思ったら、涼が腕を掴んでズンズンと人混みを抜けていく。
 みんなはまだ金魚すくいに夢中だったようで、それに気付く人はいなかった。
 あっという間に人混みに紛れてみんなからはぐれてしまった。

「涼! おい! 待てって!」

 何度呼んでも足を止めることはなかったので、仕方なく腕を振り払った。
 ピタリと止まり、こちらを振り返った涼にため息をつく。

「どうしたんだよ?」
「ハル、帰ろう」
「なんで? 雅哉に何も言ってない。戻ろう」
「また雅哉……」

 最後の言葉はボソリと呟かれ、周りの音にかき消されてよく聞き取れなかった。
 涼は、ため息をついてスッと目を細めた。

「ハルはさ、僕のものって自覚がない」
「え?」
「今ここでキスしてあげようか?」

 涼は、妖艶に微笑んだ。
 ズイッと一歩距離を縮められると、胸に不安が広がってくる。

「ば、ばかなこと言うなよ……」
「それでハルが僕のものになるなら、僕は構わない」
「意味わかんねぇ……もう俺は涼のものだろ?」
「僕のものだけど違う。僕にこんな事をさせるのはハルだ」

 そう言ってまた一歩近付いて腕を掴まれた。
 段々と近づく距離に体を引いて慄く。
 緊張で心臓がドクドクと鳴った。
 こんな人混みで何を考えているのか。
 立ち止まる俺達に何事かとそっと覗き込む人もいた。

「わ、わかった! 帰る! 帰るから!」

 観念すれば、涼は嬉しそうに笑って手を離した。
 ホッとして、早鐘を打っていた胸を押さえる。

「行こう」

 そのまま歩き出した涼の後をため息をついてから追った。
 雅哉には【先に帰る。雅哉は楽しんでこい】とメッセージを送った。
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