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第四章

ロッシの報告 ラト視点

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 執務室に報告にやってきたロッシが、やけに機嫌が良くてニコニコしている。

「報告を──」

 椅子に座るレイジェルにロッシはビシッと敬礼して顔を引き締め、ミリアンナ様の一日を報告する。
 相変わらずお茶会の準備と仕立て屋の仕事で忙しくしているという事だった。

「それから、これは、口止めされているのですが──」

 マリエラとのやり取りの一部始終を聞けば、顔が引きつる。

「あの女……やらかしたな……」

 前から問題の多い人だった。所謂いわゆるわがまま娘だ。

 マリエラは、レイジェルの従妹にあたる。
 幼い頃から顔を合わせていて、自分がレイジェルに一番相応しいのだと思っている。
 レイジェルはマリエラの誘いをことごとく断っているのに、諦めない女だった。
 レイジェルも、そんなマリエラを怒鳴りつけるも許してきた。だから、自分は特別だと勘違いしている。

 さぞレイジェルも怒って──……。

 そう思ったのに、レイジェルの反応を見れば、少し嬉しそうだった。じとっと睨む。

「なんでニヤけてんですか?」
「あ、いや、ミリアンナは相変わらずだと思ってな」
「相変わらず?」

 更にクスクスと笑うレイジェルに拍子抜けだ。

「私に噛みついた時と同じだ。普段は波風立てたくないと端に寄って争いを避けるのに、いざとなると強い」
「あー……ドレスの時の事を思い出していたんですね」
「ああ。私を真っ直ぐ見て、いくら睨んでも目を逸らさなかった。あんな強烈な人はいない」

 あの時、人の話が聞けないほど余裕がなかったくせに、今は思い出して嬉しそうにする。

「それで、今回もマリエラを許すのですか?」

 俺の言葉にレイジェルは、眉間に皺を寄せる。

「どうするか……」

 ベルエリオ公爵──テレフベニアでの権力はレイジェルの次だ。揉めたら面倒そうだ。ベルエリオ公爵は、自分の娘達をレイジェルに嫁がせたがっていた。
 レイジェルが結婚しないと断固拒否した為、一度諦めたが、選ばれたミリアンナ様に納得せず『あれなら自分の娘の方が相応しい』と思っているのが聞こえてきそうだ。

「私が注意すれば、マリエラも大人しくなるかもしれないが……ミリアンナは喜ばない気がするんだ。本当に困ったら頼ってくれるはずだ。もう少し様子をみてやりたい」

 なんだよ……レイジェルも見守るなんて事が出来るのか。

「後で困った事になっても知りませんよ」
「きっと大丈夫」

 それだけミリアンナ様を信用しているのか。
 俺としては、文句の一つも言いたいが、レイジェルが言わないとなると黙るしかない。

「ロッシ、ご苦労だったな。顔は大丈夫なのか?」
「はい! 大丈夫です!」

 レイジェルの問いかけにロッシは嬉しそうに答えた。
 叩かれたらしいが、痕らしきものはない。
 レイジェルがニヤけるのはわかった。けれど、叩かれたロッシがまたニヤけそうになっている。

「ロッシ。そのだらしない顔はなんだ?」

 思わず聞いてしまった。

「え! 顔に出てましたか!?」

 こいつ……隠していたつもりなのか?

「なんでそんなニヤけているんだ?」
「えぇ~言っても怒りません?」
「怒らないから言ってみろ」

 ニヤけるどころか、デヘデヘと照れる。気に入らない。

「ミリアンナ様から、顔を冷やすのに使ってくれと刺繍の入ったハンカチを頂きました」
「「なんだと!?」」

 俺とレイジェルの声が被った。レイジェルは立ち上がって執務机の上に身を乗り出してしまった。

「贈り物……私もまだ貰った事ない……」

 レイジェルがボソリと呟いた。
 俺よりもレイジェルのダメージの方が大きかった。

「可愛いブドウの刺繍が入ってました」
「ロッシ!」

 余程嬉しかったのか、ロッシはレイジェルにお構いなしで喋ろうとする。
 これ以上は、レイジェルが立ち直れなくなる!

「ついでにカインの分もって、カインも貰ってましたよ」
「ロッシ! もう黙れ……!」

 ロッシを止めようと背後から口を塞ぐ。
 レイジェルから暗い雰囲気が漂っている。
 ロッシもさすがにこれには気付いたらしい。俺の方にどうしましょうという視線を向けられてもどうもできない。

「──次の稽古には二人とも絶対に顔を出せ」
「は、はい!」

 自業自得だけれど、ロッシもカインもボコボコにされるだろう。
 同情しながらロッシを部屋から避難させた。
 まだ暗いレイジェルに苦笑いだ。

「ほ、ほら、贈り物にハンカチなんて良くある事ですよ?」
「いいんだ……わかっている……」

 そのままドサリと椅子に座り込んでしまった。

「一人にしろ……」

 出た……いじけた時のレイジェル。
 昔から何かあると一人になりたがる。

「わかりましたよ」

 ここはそっとしておこうと部屋を出た。
 執務室のドアを見つめながらため息をついた。

     ◆◇◆

 次の日も、レイジェルはまだ落ち込んでいるようだったけれど、仕事に支障は出さずにいてさすがだった。
 時間が出来れば、いつも通りにミリアンナ様の部屋を訪ねた。
 ロッシがドアを開ける前にレイジェルに注意だ。

「いいですか? ロッシは口止めされてるんですからね。余計な事を言ったり、贈り物を強請ねだったりしてはいけませんよ」

 レイジェルがひるんだ。強請ろうと思ってたな……。

「俺たちは何も知らない事になっているんですよ。わかりましたか?」
「わかった……」

 レイジェルは、少し落ち込み気味で部屋の中に入って行った。ここまで引きずるのも珍しい。それだけミリアンナ様の存在は偉大という事だ。
 俺はロッシの隣に並んで部屋の外で待機だ。
 少しして、フロルさんが部屋から出てきた。フロルさんも部屋の外で待機する。
 三人並んでレイジェルが出てくるのを待つのはいつもの事だった。

「レイジェル様は、落ち込んでいらっしゃいますね。何かあったのですか?」

 おいおい……フロルさんにもバレてるじゃないか……。

「いや……ちょっと疲れてるだけだと思いますよ」

 俺がこんなフォローをする日が来るとは思っていなかった。少し笑える。

「そうなんですね。でも、出てくる頃にはご機嫌だと思いますよ」
「どうしてですか?」
「キスでもかませと言ったので、ミリアンナ様はすると思いますよ。単純ですから」

 俺もロッシも考えてもいなかったフロルさんの言葉にちょっと顔を赤くする。

「ミリアンナ様からのキスなんて初めてでしょうし、昼間から興奮しないといいですね」
「フロルさん……!」

 無表情で淡々とそんな事を言わないでほしい。俺たちの方が照れるわ。

 ミリアンナ様からのキス──落ち込んでいるレイジェルを気遣って、最初はそっとおでことかにするんだろうな。
 レイジェルは驚いて『ミオ……!』とか言って照れちゃって、たじたじしてるレイジェルに、ミリアンナ様がそっと──って俺は何を想像してんだ……。

 そんな事を考えているうちに部屋から出てきたレイジェルは、ほんのり顔を赤く染めて、背景に花が見えるぐらいご機嫌だった。

「また来る……」

 そう言ってミリアンナ様と見つめ合う。

「無理をなさらずに……」

 ミリアンナ様も照れていて、ここにいる三人が思ってる事は『ああ……キスしたんだな』で同じだろう。

「ほら、行きますよ」

 甘い空気に耐えられなくなってレイジェルを急かす。
 すると、ミリアンナ様は、俺に向かってニッコリ微笑んだ。あ、女神だ。

「ラト、これ、受け取ってくれないかしら?」

 少し照れながら俺に差し出されたのは、獅子の紋章が刺繍されたハンカチだった。

「これは……?」
「私は、ここにきてから、みんなに色々としてもらってばかりだったから、何かしたかったの。感謝の気持ちです」

 ハンカチを差し出した手は、手入れをしていると言っても少し荒れていた。仕立て屋の仕事の他に、これを作るのにも大変だっただろう。こういうミリアンナ様だから、俺たちは付いていこうと決めたんだ。

 心のこもった贈り物……ロッシが自慢したくなるわけだ。頑なにリボンを渡そうとしなかったフロルさんの気持ちもわかる。

「ありがとう……ございます──」

 感激して、少し震えてしまった声を誤魔化して、丁寧にハンカチを受け取った。

     ◆◇◆

 レイジェルは、執務室に戻る廊下を歩きながらやはりご機嫌だった。

「レイジェル様も貰えたんですね」
「ああ。これだ」

 そう言ってレイジェルが見せてくれたのは、俺と同じ獅子の紋章の周りに金や銀の刺繍が入った少し豪華なハンカチだった。レイジェルが使うならピッタリだろう。

「俺の分もあるなんて、ミリアンナ様はマメなお方だ」

 自然と声が弾む。

「ははっ。お前もわかりやすいな」

 浮かれてしまっていたのがバレたようだ。照れ隠しにレイジェルを揶揄う。

「レイジェル様に言われたくないですよ。レイジェル様は、俺らと違ってもっと特別な贈り物も貰ったんですよね?」

 レイジェルが頬を赤く染めた。
 俺の想像通りだったのかと思うと面白くて仕方ない。

「良かったですね──キス」
「お前……見てたんじゃないだろうな?」
「見せてくれるなら見ますけど?」
「ふざけるな!」

 真っ赤になりながら照れるレイジェルに笑ってしまった。

     ◆◇◆

 後日、コルテスのハンカチを見せてもらおうとしたが拒否された。

「笑わないと約束できるなら……」

 視線を逸らしながらそんな事を言う。
 何それ、もっと気になるじゃないか。

「俺のも見せてやるから見せろ」

 そうやって見せてもらったハンカチには、可愛いウサギが刺繍されていた。

「なんでウサギ?」
「……──です」
「え? 何?」
「──可愛いものが好きだからです!」

 俺にバレたくなかったのか、真っ赤になりながらそんな風に言うものだから、腹を抱えて笑ってやった。
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