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第三章

不意打ち

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 二人でキッチンに立つのは楽しい。
 俺は補助的な役割でジャガイモを持って待機だ。
 テアロは、トントンと小気味いい音を立てて野菜を刻みながら声をかけてきた。

「お前、よく考えてるのか?」
「何を?」
「レイの嫁って事はテレフベニアの王太子妃だ」

 考えてないわけじゃない……。

「王太子妃って俺には無理だと今でも思ってる」
「ならやめとけよ。今ならまだ間に合う」

 あっさりと言うテアロに思わず苦笑いする。

「これでも一応王子だったし、テレフベニアで審査を受けて最後まで残れた。それって少しは認めてもらえたんだと思ってる」

 少なくともレイジェル達は認めてくれているはずだ。

「そうかもしれないけど、テレフベニアの国王陛下に男でもいいと認めさせるのは苦労するぞ……」

 テアロの言いたい事もわかる。アデニス陛下は厳しそうだった。
 無理かもしれない……それでもレイジェルと一緒にいたい──。

「レイめ……テレフベニアの王太子なんて選び放題なのに、どうしてミオなんだ!」

 テアロが包丁を振り下ろせば、まな板の上にあったニンジンが真っ二つに……。
 包丁を置くと、仏頂面でこちらを向いて頬をつねられた。

「お前もだ! どうしてあんな面倒そうなやつに惹かれんだ!」
「いひゃい……」

 ため息と共に頬を解放される。

「それを言ったら……テアロだってどうして俺なんだって話になる──」
「…………」

 ちょっとした嫌味のつもりで言ったのにテアロは、俺をじっと見つめてくる。

「お前……俺が好きだって言った事、覚えてたんだな……」

 少し恥ずかしくて視線を逸らす。

「そりゃ……覚えてない訳ない……」
「お前の事だから、忘れててもおかしくないと思ってた。今だって二人きりでも、全然それらしくならないしな……」
「それらしくって?」
「こういう事……」

 テアロの指先が耳の下から鎖骨まで、そっとなぞった。
 ゾクッとした感覚が背中を駆け抜けた後に身体が熱くなった気がした。
 いつもでは考えられない雰囲気が二人の間に漂う。
 ジャガイモを落としそうになった。
 テアロの動きがピタリと止まる。

「へぇ……それなりの顔……すんじゃん……」

 いつもと違う少し低くて熱を含んだような声。テアロの視線に絡め取られて動けなくなった。
 手首を掴まれた。
 ジャガイモがゴトリと音を立てて床に落ちてしまったけれど、それどころじゃない。

「俺の隣はいつだってお前のものなんだ。俺はお前のものだ」
「俺はレイジェルを選んだ──気持ちに応えられない……」
「そんな事は関係ねぇんだよ。俺がお前を好きだって言ってるだけだ──」

 テアロの気持ちに戸惑うばかりだった。
 そこで、店のドアが叩かれて二人で驚く。
 振り解けなかったテアロの手が振り解けた。すぐにドアの方へ行った。
 テアロは、ハッと気づいて慌てて俺の後を追って来た。

「おい! 待て! 開けるな!」
「どちら様──」

 声をかけながら扉を開けて、立っていた人物に驚く。

「ミオ!」
「レイジェル……!?」

 中に入ってきて抱きつかれた。
 さっきまでの気持ちが吹き飛んで、一気にレイジェルの色に塗り替えられるような気がした。
 やっぱり好き……何度も再確認してしまう。
 数時間ぶりの感動の再会だ。

「レイジェル様、エプロン姿で出迎えなんて男のロマンですよ!」

 レイジェルの後から入ってきたラトが興奮気味に言ってくる。
 俺が着ているのは普通の首から下げるタイプのエプロンだ。テアロが作ったものでなぜか裾に少しフリルが付いていた。
 レイジェルが俺から離れてまじまじと見つめてくる。

「エプロンとは街の人が着ているやつだな……」
「奥さんにこんな風に出迎えてもらえたら俺は嬉しいです」
「可愛いな……」

 よくわからないけれど、お礼を言っておく。
 テアロが顔を引きつらせている。
 さっきまで変な雰囲気だったからすごく助かった。

「お前ら……どうやってここに来た……」
「お前が言ったんだぞ。王太子だと。そのおかげでみな親切に教えてくれた。今日は森の方へ行くだけだったから騎士服だったが、最初から騎士服を着ていれば良かった」

 レイジェルが店の中を見回す。

「まさかここが店だったとは思わなかったな……あの紫髪の店員は知り合いか?」
「うるせぇ」

 ちっと舌打ちしたテアロにレイジェルがクスクスと笑う。

「アスラーゼの街の人はパワフルですね……なかなか放してもらえませんでした」

 アスラーゼでは、マーリス以外は街に来ない。高貴な身分の人が来るなんて事はないからだ。俺の事も知らないぐらいだし……。
 すると、テアロが不機嫌そうにレイジェルを睨む。

「どうして二人にさせねぇんだよ」
「当たり前だ」
「俺と二人きりじゃミオに心変わりされないか心配だもんな」

 わざと煽るような事を言うテアロに、レイジェルが詰め寄る。

「私が一緒にいたいんだ! もう限界だ!」

 必死に力説した……嬉しいけど、恥ずかしい……。

「テアロでしたっけ? レイジェル様は離れているとおかしくなっちゃいそうでしたから、一緒にいさせてあげて下さいよ。俺からもお願いしますよ」

 ラトが面白そうに言えば、テアロはラトを鼻で笑う。

「俺にそんな義理はない。とっとと帰れ」

 今度はラトの眉間に皺が……。

「そういう態度は良くないと思いますよ」

 ラトがちょっとキレそうだ。

「残念だな。俺は元から愛想なんてねぇんだよ」
「俺が教えようか? まずはひざまずけよ」
「生まれてから今まで誰かに跪いた事なんかねぇよ」

 テアロとラトの雰囲気が悪くなってきた。
 どうしようかと思っていれば、レイジェルは二人を無視して俺にニコニコ笑顔を向けてきた。

「夕飯を作っていたんだろう?」
「あ。うん。そうだ。途中だった。こっち来て」

 レイジェルの手を引いて店の奥にあるダイニングに案内する。

「おい! ミオ! 勝手に連れてくな!」

 テアロを無視してダイニングの椅子にレイジェルを座らせた。
 テアロは、ちっと舌打ちしながらキッチンの方へ来る。

「できるまで待ってて」
「私も手伝おう」
「やった事ないでしょ?」
「ないな」

 真剣に言うレイジェルにクスクスと笑う。

「ラトもこっち座って待ってて」
「はい」

 ラトにも笑顔が戻る。
 テアロの横に立って笑顔を向ければ、ため息をつきながらも料理を再開する。
 チラリとレイジェルを見れば、ニコッと笑ってくれて、俺も笑い返す。

 不思議だ……。

 この店にレイジェルがいる。
 それだけで嬉しかった。

     ◆◇◆

 テアロがあっという間に作ってくれた夕飯は、とても美味しくて笑顔が溢れた。
 テアロは、見事な包丁さばきでリンゴをウサギにして切ってくれて感動した。

「お腹いっぱい」
「良かったな」

 テアロがフッと笑顔を見せてくれる。

「テアロは料理の腕がいいんだな」
「性格悪いのに不思議ですね」
「うるせぇ。お前らに食べさせるつもりはなかった」

 テアロは、ブツブツ言いながら後片付けまでしてくれた。

「お前ら、本当にここに泊まる気なのか?」
「城にはコルテスがいるからな。一日ぐらい帰らなくても問題ない」

 二人とも本気で泊まるみたいだ。
 テアロは、ため息をついて諦めたらしい。
 シャワーを交代で使って、寝ようと言う時に部屋割りで揉めた。

「俺とミオだ!」
「私とだ」

 譲らないテアロとレイジェルにラトと一緒に苦笑いしていた。

「俺は護衛なんで部屋の外で寝ますよ」

 寒いといけないのでラトには毛布を手渡した。

「ミオは私の婚約者だ。テアロと寝かせるわけにはいかない」

 そこで、テアロが少し考え込んだ。

「そこまで言うなら譲ってもいい。そのかわりこれから俺がする事に文句言うなよ」
「何をする気だ?」
「誓えないなら絶対譲らない」

 レイジェルが少し悩んでから「わかった」と言えば、テアロは俺の腕をグイッと引っ張った。
 素早く顎に手をかけて上向かせて、テアロの唇で俺の唇を塞いだ。

「「「!?」」」

 俺もレイジェルもラトもちょっと理解が追いつかない。
 すぐに離れたけれど、唇に確かに残る柔らかい感触に顔を熱くする。

「今、何を──」
「キス。わからなかったなら、もう一回してやるよ」
「だめだ!」

 今度はレイジェルの胸の中に庇うように閉じ込められた。
 テアロのキスは、触れるだけの優しいキスだった。それでも、俺にとっては不意打ちで強烈だった。

「やっぱり初めてだったな。ミオ自身をレイにやるんだ。ファーストキスだけは俺の記憶で残せたな」
「ふざけるなよ!」

 怒るレイジェルにテアロはクスクスと笑ってご機嫌だった。

「文句言わない約束だろ?」

 レイジェルは、悔しそうにグッと口ごもる。

「せいぜい揉めればいい。ミオ、泣かされたらすぐに俺の所に来いよ。それじゃ、俺は寝るからな。おやすみ」
「お、おやすみ……」

 テアロは、笑顔で手を振って自分の部屋に入って行った。
 残された俺たちに気まずい雰囲気が残る。

「ほ、ほら、お二人で部屋に入って下さい」

 ラトが気を使うなんて……カオス……。

「レイジェル……寝よっか……」
「ああ……」

 気まずい雰囲気のまま、部屋に入って二人きり……。
 心なしか距離が離れている気がする。
 今夜は簡単に寝れそうにない……。
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