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第二章

出発前に…… ラト視点

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 レイジェルのミリアンナ様への溺愛は、誰もが知る事実になりつつある。
 それだけ部屋に行っていたし、今まで笑ってもニヤリとか嘲笑うばかりだったのが、目に見えて笑顔が増えた。
 今まで冷めた瞳で達観しているかのような顔しか見れなかったのに、レイジェルの生き生きとした顔が見れて城内が明るい。

 それから少しして、レイジェルはアスラーゼに行くために、かなり仕事を詰めていた。
 街の視察に臣下との会合。書類仕事に他国との外交。
 今も夜中になっても執務室で働き詰めだ。倒れないか心配だが、レイジェルはなんて事ないと笑う。

「どうしてそこまでしてアスラーゼに行くんですか? 嫁さんの里帰りなんてよくある話じゃないですか?」
「私が一緒にいたいんだ」

 穏やかに笑うレイジェルが見れて嬉しく思う。

惚気のろけですか。まぁ、好きな人と一緒にいれるなら幸せですもんね。これなら、子供もすぐに見れそうですね」

 レイジェルとミリアンナ様の子供なんてとても楽しみだ。
 レイジェルは、少し考えてから俺に言った。

「ラト、この後、少し私に付き合ってくれ」

     ◆◇◆

 夜中にレイジェルと二人きりで訓練場に来ていた。騎士達は、もう寝静まっている頃で誰もいない。

「ラト。久しぶりに勝負しよう」
「えぇ? こんな夜中にですか?」
「お互い夜目はきく。いいだろう?」

 そう言って笑うレイジェルに何かあるんだろうと思いながら頷く。

「どうせなら、何か賭けよう」
「何がいいんですか?」

 お互いに準備運動をしながら話す。

「そうだな……私のわがままを許して欲しい」
大概たいがいのわがままは許してますけど?」
「許さないものもあるだろう?」
「いいですよ。それじゃあ、俺が勝ったら、そのわがまま許しませんけど、いいですか?」

 ニヤリと笑えばクスリと笑われた。

「わかった。地面に膝をついた方が負けだ。いいな?」
「はーい」

 自慢じゃないが、剣の腕はレイジェルより上だ。
 獅子団じゃ負け知らず。勝てない相手はアデニス陛下の騎士団にいる親父と兄貴達だけだ。

 お互いに剣を構えて踏み込む。
 ガキンッと剣の合わさる音が響く。相手の癖はわかっている。
 押して押されての繰り返しだった。

 さて……俺はどうするべきか……わざと負けて、レイジェルのわがままを許してやるべきか否か……。内容がわからない以上、簡単に負けてやる事は出来ない。

 ガキンッとまた剣を受け合う。

「そのわがままの内容って教えてもらえないんですか?」
「教えてもいい」

 お。それなら聞いてから判断しようか。

「その前に、大事な話がある。俺のわがままにも関係ある事だ。しっかり聞いて欲しい」

 レイジェルは相変わらず隙がない。

「なんですか?」

 また剣を合わせて見つめ合った。
 真剣な顔を見れば、ふざけてはいられなかった。

「ミリアンナは、私の初恋の相手だった──」

 ミリアンナ様が初恋の相手?
 それは確か……レイジェルを助けてくれた──男──……え? 男!?

「隙ありだ」

 ヤバイ!と思った時には思い切り剣をはじかれて、頬に拳を食らって尻餅をついた。

「私の勝ちだな」

 ニヤリと笑うレイジェルに呆然とした。
 殴られた頬が痛いがそんなのはどうでもいい。

「い、今、ミリアンナ様が初恋の相手だと言いましたか?」

 さすがの俺も驚きを隠せない。

「そうだ。ミリアンナは男だった──」

 嘘だ──まさか……あり得ない。

「な、何かの間違いじゃありませんか……?」
「間違いない」

 レイジェルは、それを承知で結婚しようってのか?
 ミリアンナ様は子供が産めない男だぞ!?
 思わず掴みかかりそうになって拳を握る。

「ラト──すまない」

 レイジェルが……辛そうな顔で俺に謝った……。
 今まで一度もこんな事はなかった。

「王太子としての義務は果たせない」

 ダメだ──そんなのは認められない。

「そ、それならっ! 愛妾あいしょうを作れ! ミリアンナ様と結婚するなとは言わない! でも、子供は作れ! お前はそうしなきゃいけないんだ!」

 必死に訴えた。
 これは、国の問題だ。レイジェルだけの話じゃない。子供を作れない王太子なんてあり得ない。あってはいけない。
 レイジェルは、それを知ってかしらずか首を横に振る。

「私は彼が男でも女でも好きになったんだ。愛した人がたまたま子供を産めなかっただけなんだ。だからって他の相手と子供を作る……それがどうしても受け入れられなかった。それでも、私は彼を選ぶ。私が王太子としてではなく、男として──たった一人を選ぶ事をラトに許して欲しい──」

 静かに告げられた言葉には、なんの揺るぎもなかった。

 ダメだ──レイジェルは、王太子だ。無責任な事を言うな。
 子供を作って跡継ぎを作る事が義務だ。
 ミリアンナ様を諦めて別の女を探せ──。

 臣下として、そう言わなければならない。

 それなのに──言えなかった。

「俺は……賭けに負けたんだ……許すしかないじゃないかっ……!」

 泣き出しそうになるのをくしゃっと前髪を掴む事で耐えた。

 どうしてレイジェルばかりが苦労をするんだ。
 レイジェルが好きになる相手が女だったら良かったのに……。
 ミリアンナ様が、女だったなら良かったのに……。
 レイジェルが王太子じゃなければ──そんな事を考えても意味はないとわかっていても考えずにはいられなかった。
 けれど、いくら考えた所で、人を好きになる気持ちを止める事はできない。事実を変える事もできない。

「それで……レイジェルは幸せなのか……?」
「ああ。とっても」

 穏やかな声に顔を上げた。
 月明かりに照らされたレイジェルの優しい笑みに言葉を失う。
 今までずっと王太子として生きてきた男が、初めて一人の男としてのわがままを言う。

「それにな、問題がミリアンナにあるのではなく、私自身にあったなら、どんな女を抱いても結局は子供はできない。悪いのは私なのだと、そう考える事はできないか?」

 そう考えてしまったら諦めるしかなくなる。そんなのは、レイジェルの得意な屁理屈だ……そう思うのに言葉は出てこなかった。

「何も考えてないわけじゃない……ちゃんと考えてみようと思う。私が子供を作らなくても、王家が絶える事がないように──」

 レイジェルも簡単に決めたわけじゃないんだろう。
 例えば、血が繋がっていても出来損ないの王子なら国は滅びる。逆もそうだ。血が繋がっていなくても賢王になる人物はいる。そう考えれば、レイジェルの子供にこだわる必要はないのかも知れない……。

「そうか……何か思いつくといいな……」

 それでも──……俺は……お前の子供につかえたかった──。
 お前の子供になら、無条件に命を懸けられたんだっ!

「ラト……すまない……」

 また謝られた。やるせ無い気持ちでいっぱいだ。

「謝んなっ! 王太子が俺なんかに……っ!」
「──お前だからだろ?」

 穏やかに言うレイジェルに、どうしようもなく泣きたくなった。

 ちくしょう──……世の中上手くいく事ばかりじゃない。

 レイジェルは、こうと決めたら言うことをきかない。
 若い頃は、王太子が危ない事をするなと何度も注意した。それで結局は上手く行くことは多い。俺は、そうやってレイジェルに付いてきたんだ。

 だから俺は、これからもずっとレイジェルを信じて付いていく──。

「俺は、ずっとお前に言いたかった事がある……」
「なんだ?」

 レイジェルに微笑み返した。

「一途に想うことは悪い事じゃない。だから……幸せになれ──」

 長年言えなかった言葉が言えた事で、なんだか気分が晴れ晴れとしている。

「ラト……ありがとう……」

 レイジェルの心からの笑顔を初めて見た。
 それを見たら、レイジェルの幸せを望んでもいいんじゃないかと思えた。

「ミリアンナとの結婚は問題が多い。アスラーゼに行くにあたり、お前達にも協力して欲しい。コルテスにも打ち明けた。これから執務室で会議だ」
「あいつはなんて?」
「ラトと同じ反応だった」

 レイジェルは、その時の事を思い出したのかクスクスと笑う。
 そうだろうな……けれど、最後は俺と同じように納得したんだろう。

 レイジェルが手を差し出してきた。
 俺は、その手を取って笑った。
 そこで、頬がズキンッと痛くなって眉間に皺を寄せる。

「っ……」
「手加減したんだけどな……」

 レイジェルは、あんな切り札を持っていて、勝てるとわかっていて賭けを持ち出した。
 そういうとこ、本当ずるいんだよなぁ。
 やられっぱなしはつまらない。

「陛下にはどうするんだ?」
「──……しばらくは黙っている……結婚してしまえばこっちのものだ……」

 さすがのレイジェルもアデニス陛下の事は怖いらしい。

「ボコボコにされちまえ」

 二人で笑い合う。

「そこまでして手に入れたいなら、逃げられないようにな。ミリアンナ様は、逃亡癖があるからな」
「その通りだな」

 そう言いつつも、レイジェルがどれだけしつこい男なのか知っている。
 ミリアンナ様はヘビみたいに絡みつかれて逃げられないだろう。
 長年レイジェルの心を占めているのはいつだってミリアンナ様だった。
 レイジェルがミリアンナ様以外いらないと言うのも妙に説得力があって笑える。
 俺がどうこう言っても意味はない。それだけ人を想えるレイジェルが少し羨ましい。

 それにしても、あんな素敵な人が男かぁ……そっちの方がショックでしばらく立ち直れそうにない。
 でも……ミリアンナ様ならいいか。人柄はとても好ましい。男だって女だって、ミリアンナ様は俺たちの女神に変わりはない。
 そう思えた自分に笑ってしまった。
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