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第一章

行ってきます ③

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「気持ち良さそうに寝ていましたから、起こさなかっただけです。皆様にもそう説明しました」

 フロルは、そんな事を言いながら、朝の沐浴を手伝ってくれている。
 今はカツラをしていないので、肩ぐらいまで伸びた髪を綺麗に洗ってくれている。

「連日の付け焼き刃で睡眠不足だったんだよ……」

 教育係の厳しさを思い出して遠い目をする。

「大変でしたね」

 え……なんかフロルがちょっと優しい気がして怖い……。
 フロルも教育係の厳しさを知っているからか。

「お、おかげで超スッキリした。こんな気持ちのいい朝、久しぶりだよ」

 連日気を張っていたから、城から出られてむしろ伸び伸びとしている。
 数日後には【冷徹な若獅子】に会うというのに、他人事みたいに思えてきた。

 体を拭いてもらって着替えると、ドアをノックされる。
 許可を出せば、ラトが様子を見に来たらしい。
 今日も濃紺で肩に獅子の紋章が入っている騎士服が似合っている。
 テレフベニアには【冷徹な若獅子】が持っている騎士団があるらしいが、もしかしたら、この紋章はレイジェルの騎士団の証なのかもしれない。

「調子はどうですか? 今日はお顔の色も良さそうですね」

 うん。ゆっくり寝れたし、何より教育係からの解放感が半端ないからね。
 それと、馬車のお尻の痛さからも解放されてるし。

「朝食を食べたら出発になります」
「わかりました。よろしくお願い致します」

 声を掛けたら驚かれた。
 なぜだ……。

「ミリアンナ殿下に初めて声を掛けられました……」

 え……俺ってそんなに喋ってなかった?
 元々街以外で喋る方ではないけれど、これ……教育係の後遺症だよ……絶対。

「なんというか……とても素敵なお声です」

 なんでちょっと嬉しそうなんだよラトさん。
 どうせ俺は、声変わりもあまりしてなくて悪かったな! と言ってやりたい気分だ。

「お食事を持って参ります」

 ラトが笑顔でドアを閉めれば、フロルにぼやく。

「殿下の敬称で呼ばれるのは正式な場所だけでいいって伝えて。そう呼ばれるの嫌だし、王女って周りに教えてどうすんだよ。その辺の盗賊に攫われたくない……」
「お伝えしておきます」

 フロルは、真面目でありがたい。
 ついでに要望も伝える。

「馬車ってお尻が痛くなって嫌なんだよ。馬にできないかな?」
「王女が大股開いて馬に乗れるわけないでしょう」

 バッサリ斬られた……やっぱりフロルはフロルだった。

     ◆◇◆

 国境を超えて山道を進む。
 山を越え、川を渡り、気付いたのは、意外と自然が多い国という事だ。
 馬で走ったら絶対気持ちいい。
 そして、馬車じゃなければ、もっと早く着くだろうに……と思うばかりだ。

 一日走っていれば、どう考えても俺のお尻が無事じゃない。
 フロルを説得して、馬車の中でこっそり横になったりしいてたのは内緒だ。

 二日目の宿は、そこそこ大きい街にある宿だった。
 一日目の時と同じように普通の部屋で寛ぐ。

「ミリアンナ様、一日目も二日目もなぜ良いお部屋でないのでしょうか? テレフベニアはお金をたんまり持っているはずですよね? 遠回しにミリアンナ様に割くお金は無いと言っているんですかね?」
「え? そうなの? そんな事全然気にならないよ」

 むしろ、庶民の宿って好き。
 フロルにはぁとため息を吐かれた。

「お城にいた時は全く喋りませんでしたけど、言葉を交わしてあなたの事が段々とわかってきました」
「そう?」
「はい。思った以上に──いえ、結構です」
「言いかけてやめるなよ……気になるじゃんか……」

 顔が引きつる。
 どうせ良くない事だ……。
 コホンと咳払いされた。

「真面目な話、護衛も数人ですし、馬車もそれほど大きいものではありませんよね? 迎えに来ると言ったのは向こうなのに、あまりにもミリアンナ様への扱いが雑じゃありませんか?」

 そんな事言われてもな……弱小国の王女だから問題ないんじゃないか?
 他の王女のお迎えもあるだろうし、優劣があってもおかしくなはい。
 今まで俺はいなくてもいい存在だったし、それを思うと充分丁寧に扱ってくれているような気がする。

「あまり気にしなくていいよ。迎えに来ただけでも良しとしようよ。それに、外で野宿より断然マシだ」
「ミリアンナ様……」

 テレフベニア側が何を考えているのかはわからないけれど、俺は俺の役目を務めるまでだ。

「それよりさ、もっといっぱい食べたいんだけど、食事の量って増やしてもらえない?」
「却下です。どこにたくさん食べる王女がおりますか」
「ケチ!」

 結局、今日の食事もお腹いっぱい食べる事はできなかった……。
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