花を挿す猫

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番外編(先生と扇子)

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今年の梅雨入りは早かった。まだ5月なのに連日雨が降っていて、髪はまとまらないし蒸し暑いしで最悪だ。今日も例に漏れず雨が降っている。お稽古の日なのに残業が発生してしまって遅刻しそうだ。足元が悪い中、転ばないように気をつけながら小走りで教室へ駆け込んだ。

「そない慌てんでも大丈夫ですよ」

髪はボサボサ、腕からは暑くて脱いだカーディガンが垂れ下がるように床へと伸びていて、みっともない姿をしているのは自分が一番よくわかっている。そんな中、いつものように涼しげな様子の先生に声をかけられ、他の生徒さんも私の方に目を向けてきて、益々恥ずかしくなった。
そそくさといつも座っている席へ行くと、隣の席の同期がホッとしたような顔で私を見た。

「よく間に合ったね。もう無理かと思ってたよ」
「仲のいい後輩が仕事引き取ってくれてさぁ……ほんといい子だよ……」

肩からバッグをおろして、カーディガンを畳む。私が最後だったみたいで、私の準備ができたらすぐにお稽古が始まった。
駆け込んできたときは暑いと感じていたこの教室も、少しすると丁度いいと感じるようになった。冷房はついているようだけど、きっと弱くしているのだろう。夏場の強い冷房が苦手な私にはありがたい。
各自目の前の課題に取り掛かる中、先生が一人一人の様子を見て回っている。黒い扇子を手にゆっくりと歩く姿には気品を感じた。あんな綺麗な人に汗だくで髪も乱れている姿を見られるのが恥ずかしくて縮こまるようにしながら手櫛で髪を整えていると、不意に先生と目が合う。先生は口元に扇子を当てて、ふっと笑っていた。



最早恒例となっている居残り稽古の時間は、他の生徒さんがいないせいか先生もリラックスしているようだ。パタパタと扇子で扇ぎながら、少し暑そうに着物の襟元に指を入れていた。

「先生、暑いんですか?」

私がそう言うと、先生は少し面食らった顔をした後、嬉しそうに笑った。

「僕のことよぉ見てくれてるんやなぁ。確かに、少し暑いわ。でもうちの教室、生徒さんみんな女性やろ?せやから冷房は弱くしてるんよ」

そう言って少し困ったように笑いながら扇子で涼む様子を見ていると、いつも別世界の人のように感じていた先生も私たちと変わらないように思えた。

「先生も暑さとか感じるんですね」
「え?当たり前やん?どういうこと?」

いつも静かで優雅な姿しか見たことがなかったからそう思っただけなのだが、それをぽろっと口にしてしまうのが私の悪いところだ。
先生に今の発言はどういう意味なのか追求されて、その日の居残り稽古はいつもよりも長引いた。
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