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アフターストーリー

第五百一話 縁木求魚

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 サイを消滅させたフォルティシモは少々迷ったものの、文屋一心を自ら手を伸ばして助けることにした。助けるだけなら他に幾らでも方法があったのに敢えて近付いたのは、彼女と話してみたいと思ったからだ。

 文屋一心は神戯のせいで家族がバラバラになり、アーサーその主因は神戯に参加したのに平気で生きていて、かつ彼女自身も神戯へ参加できるほどの才能を秘めた人間である。

 ついでに言えば、自分のためなら手段を選ばず、大勢から恨まれたりしても決して諦めない精神性を持つ。

 そんな近衛翔と少なくない共通点を持つ文屋一心という女性へ、安い同情を覚えた訳ではない。でも何を考えているのか聞いてみたい衝動が、たしかにあった。

「奴隷にされて汚されるくらいなら舌を噛んで死んでやる!」
「少なくともお前にはそういう感情は抱かない」
「美女たちを侍らせてるってネタはあがってる!」
「自分を美女と思ってるのか。まあ、とにかく、アーサーを思い出すからお前に欲情することはない」

 ちなみにフォルティシモの周囲に美人女性が多いのは、フォルティシモの趣味である。ただそれは半分以上が自分で作成した従者なのだから、他人から文句を言われる筋合いはない。

「それに、サイ様を殺した!」
「サイは死んでも元の世界へ帰るだけだ」

 サイは今頃、異世界ファーアースでリスボーンしているだろう。サイは自分が悪いと思っていないので、逃げることもなく自宅でもある火山地帯で身体を休めているに違いない。あとで訪ねてボコボコにするつもりだ。

「い、生きてる? いや、そんなことで、あなたが巻き込んだ人が戻ってくる訳じゃない!」
「俺が巻き込んだ奴が一人でも居る時点で、言い訳はしない。だがアーサーみたいに、自分から望んで参加した奴も一人や二人じゃない。そいつらの責任まで取るつもりはないぞ」
「う、ぐっ」

 文屋一心が言葉に詰まった。

「お、大勢の奴隷を買って働かせてるって!」
「元々奴隷として売られてたから買って働かせた。それもピラミッド建設の奴隷と一緒だ。買う前に意志を確認させたし、衣食住を保障していたし、給金も出した。それに今は全員を解放している」

 まあフォルティシモの意思で奴隷から解放したのではなく、異世界ファーアースがファーアースオンライン・バージョン・フォルティシモになったせいで、全NPCが本物の人間プレイヤーと成ったから自動的に解放されたのだが。

「で、でも、サイ様は、魔王フォルティシモがこの世界の神様を殺しに来たって!」
「俺がゼノフォーブフィリアを殺しに来た? そいつに呼ばれたから来たんだ。ちゃんとアポイントを取った約束だ」

 たしかにフォルティシモは現代リアルワールドの神様をクソ野郎だと言い続けている。けれどそれは、ゲームの運営へ罵詈雑言を吐きかけるようなものだ。

「だ、だったら、どうして、こんなに強いのに、全員を救ってくれなかったんですか!?」

 文屋一心の口調が変わった。

「何言ってんだ? 救える訳ないだろ?」

 願えば、想えば、すべての幸福さえも叶えてくれる全知全能の神様なんて、どこにも居ない。

「か、神様、なのに」
「人間も神様も同じだ。救いたい奴だけ救い、自分のために戦う」

 フォルティシモはこの場で言えば文屋一心の誤解を招くと分かりながらも、敢えて信条の続きを伝える。

「そして最強神フォルティシモは、最強だから救う奴を選べる。俺は俺の好きな奴を救うし、気に入らない奴はどこまでも追い詰めて倒す」

 対する文屋一心の表情は、何とも言えない無表情に近いものになった。

「俺からも質問だ」
「なん、ですか?」
「兄が死んだと思って復讐のために動いていたのに、その兄が戻って来て、あの調子だったことへ、どう思った?」

 それは近衛翔と文屋一心が共有できる経験である。

「………私の気持ちなんて関係あるんですか?」
「この騒動はもう終わりだ。あと働くのはマリアステラクソ野郎だけだ。その間に話をする時間くらいはある」
「では、そのクソ野郎さんについて詳しく教えて頂けますか?」
「手を放すぞ」
「申し訳ありません、放さないでください」

 文屋一心は腕一本でフォルティシモに支えられている。つまりフォルティシモの機嫌一つで空から地面へ叩き付けられるのに、これほどの問答を繰り広げた彼女はやはり普通ではない。

 文屋一心は冗談めかして微笑した後に、大きく息を吸い込んだ。

「すっっっごく! ムカつきました! アサ兄は、本当に分かっているんですか!? 私や、お父さんとお母さんが、アサ兄が居なくなって、どうなったのか! お父さんはアサ兄が放り出した仕事の責任を負って、お母さんは今でもアサ兄を探し回っていて、私だって! それなのに、ネットワーク上の情報は、まるで私たちが悪者みたいに! それがあのストーカーと異世界へ行ってよろしくやっていた!? 巫山戯んな!」

 近衛翔の状況は文屋一心よりももう少し複雑だったけれど、近い彼女がこうして感情のままに暴れる姿を見ると客観視できるものがある。

 フォルティシモのその時の感情は、どう表現すれば良いだろうか。

 それは表情に表れていたのだろう。

「………これ、あれですね。アサ兄も、竜神サイ様も、魔王フォルティシモも、揃って、どうしようもない自分勝手なんですね」
「本当に突き落としてやろうか」
「でも」
「でも?」
「魔王フォルティシモが一番マシなのかも知れないですね………」
「あんな奴らと比べたら誰でもマシだ」

 それからフォルティシモは文屋一心を【転移】のポータルへ投げ込んで、ヘルメス・トリスメギストス社のロビーへ送る。アーサーたちと二度目の再会を果たしているだろう。



 そしてマリアステラへ向けて話し掛けるつもりで、天の川の架かった夜空を見上げた。

「マリアステラ、サイは排除したぞ。あとはお前の領分だ」
『あ、うん』
「どうした?」

 フォルティシモはマリアステラの気のない返答を訝しんでいたものの、彼女の心情まで慮る気はなかったので、そのまま待っていた。

「おい、マリアステラ、まだか」

 それも先ほど救助した報道ヘリが、フォルティシモへ向かって飛んでくるのを見て急ぐように促す。

 彼らは助けてくれたフォルティシモへ感謝を述べに来ているのではない。フォルティシモは報道ヘリを救助したから近付いても大丈夫だと判断され、できるだけ近くでその姿を撮影し、あわよくばインタビューしようと目論んでいる。

 フォルティシモが注目されるのは嫌いではないが、マスコミは近衛天翔王光や両親の事件のせいで嫌いだった。

『うーん、魔王様とぜーには、ちょっと言い辛いんだけど』
「お前に遠慮なんて言葉があったのか」

 マリアステラの返答に少しの嫌な予感を覚え、わざと茶化した言い方をする。しかし当のマリアステラは、約束には律儀だった。

『見つからない』
「何がだ?」
『この後に、リアルワールドこの世界が元に戻った可能性が、私には見つけられない。言い方を変えると、無理っぽい。あははは、ごめーん!』
「は?」

 マリアステラの告白に対して会話を聞いていた者たちも、フォルティシモと同様に愕然としているだろう。

 マリアステラは自分ならサイの出現によって現代リアルワールドにばらまかれた、魔法や神の概念の実在を有耶無耶にできるのだと言った。

 だからこそゼノフォーブフィリアはマリアステラを徹底的に庇い、フォルティシモもマリアステラと協力体制を取ったのだ。

『ま、まー! まー!? あれだけ豪語しておいて!』
『落ち着いて、ぜー。あの時とは状況が全然違うでしょ』

 マリアステラが元へ戻せると言った時は、最果ての黄金竜サイがこの国の首都上空に出現しただけだった。

 しかし今、その召使いが情報伝達の権能を使い、地球人類百億人から最果ての黄金竜サイへ信仰心エネルギーを集めた。さらに世界から注目される中、最強神フォルティシモがそれと戦い勝利した。状況はマリアステラが約束した時とはまるで違う。

 それでもマリアステラは真剣にやり、無理だと悟って謝った。かなり軽い調子だったものの、神々の最大派閥の一つ<星>の主神、始祖神の一柱にして母なる星の女神と呼ばれる、究極の神が全面的に非を認めて謝罪を口にしたのだ。

 全視を誇るマリアステラが失敗を謝罪するなど、神々の中では信じられない事態だろう。

『一億年くらい後でも良い? 地球はあと四億年くらいは人類が生きられる星だし』
「文明が何周もしそうな年月だな。まあとにかく、マリアステラが無理なら仕方ない。諦めるか」
『諦めるな! 其方は諦めない神なのではなかったのか!』

 代案を提示するマリアステラ、さっさと諦めたフォルティシモ、抵抗するゼノフォーブフィリア。

 フォルティシモはトライアンドエラー戦術が得意と言っているだけあり、諦めずに何度も挑戦し続ける精神性を持っている。

 ただしそれは最強に関係することだけで、それ以外のことは意外とすぐに諦めるのだ。

「最強のフォルティシモを知らしめるなら自信があるが、忘れさせるのとなると、まず何を考えたら良いのかさえ分からない」
『まー! 本当に、無理なのか? 吾の世界は、これで、終わりなのか?』

 別に現代リアルワールドが本当に終わる訳ではない。物理法則が絶対であり人間が営んできた世界が終わり、魔法や神が席巻するだけの話。

 既に自分の世界を持つフォルティシモには、関係のない話とも言える。キュウとのデートは心底惜しいけれど。

 惜しいけれど。

 惜しい。

「マリアステラ、本当に何か他に手段はないのか? お前は最強のフォルティシモには勝てないが、とてつもない力を持ってる神なんだろ。お前の知り合いの神でも良いぞ。敵対してる奴でも良い。神戯を挑んで最強のフォルティシモに屈服させてやる」
『それってどんな相手でも私と一緒に神戯を戦ってくれるって意味?』
「当てがあるのか?」
『………』
「なんだその沈黙は」

 不思議とマリアステラから喜楽の感情が伝わってくる気がする。

『まあ一応、可能性はあるよ。ただ、魔王様が怒るからさ』
「フォルティシモ以上の最強は自分だって言うのか?」
『それは言わないよ。私は魔王様の一番のファンなんだから』
「じゃあなんだ?」
『私とキュウが、また合体する。そうしたら、私の見つけられなかった最強神に到る魔王様を見つけたように、見つけられるかも知れない』

 異世界ファーアースでキュウとマリアステラは一つの存在になり、フォルティシモを最強神フォルティシモへ昇華させる道筋を創り出した。

 ただあれは、キュウとマリアステラが混ざってしまい、いつか元に戻らなくなったり、少しずつお互いに影響を与えて完全には分離していなさそうで怖い。

 キュウステラになった日から、キュウの能力が飛躍的に伸びただけでなく、異常なほどに自覚的になっている気がする。

「却下だ。お前とゼノフォーブフィリアが合体すれば良いだろ」
『意味ないしできない。ぜーとは法則が違うよ。仮に無理矢理合体しても神性が違い過ぎて、水と油みたいになる』

 フォルティシモは腕を組んで考える。周囲を見れば、いくつもの報道ヘリコプターに囲まれ始めていた。

 その姿がテレビ、いや世界中に流れる。時間が経てば経つほどに、現代リアルワールドという人の世界が魔法や神に侵食されていく。

 やはり諦めたくなって来た時、キュウが口を挟んだ。

『あの、ご主人様』
「どうした、キュウ?」
『ご主人様を信仰する声が、すごく、聞こえて来ます』
「キュウの声ならちゃんと聞こえてるぞ」
『い、いえ、そうではなく』

 その時、キュウが聞いた声は、フォルティシモにも聞こえて来た。

> あれ魔王様じゃね?

 それはVRMMOファーアースオンラインの掲示板の書き込みだった。
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