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アフターストーリー
第五百話 ある新聞記者の決着
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フォルティシモは目の前で展開される兄妹喧嘩を冷静に見つめていた。家族同士の戦いとはこうも醜いものかと溜息が出る。祖父である近衛天翔王光との戦いも、端から見たら醜かったのかも知れない。
そして同時に、文屋一心の力を観察した。彼女の力には最強厨として興味を引かれる。
文屋一心が獲得しようとしている権能は【取材報道】と呼べば良いだろうか。
その権能は、それ自体が特別に強力なものではない。ただ“調べる”と“伝える”ことに特化した才能の発現だと思われる。フォルティシモの世界を魔王の如く支配する権能や、アーサーの伝説に語られる物語を周囲の環境ごと再現する権能に比べれば、余りにも弱い。
だが信仰心エネルギーを集める行為と、非常に相性が良かった。
神にとって信仰は重要だけれど、知って貰わなければ前提にも立てない。だから世界中の人間へ存在を報せる権能は、その対象を得た時に強力な力を発揮する。特に人口の多い現代リアルワールドにおいて、その力は顕著だ。
「おい、アーサー、あの天岩戸とか言うのを、今すぐ止めろ。そしたらサイを止められる」
「本当に気が狂っているようだね! あれは、僕らの怨敵、太陽だよ!」
「あれは俺の太陽だし、太陽神は、今だけは味方だ」
『GU、GA、GAGAGA! GYAAAaaaーーー!』
フォルティシモがどう説明したものかと迷うと、サイから悲鳴にも似た叫びがあがった。
「サイ!? どうしたんだい! くっ、もう止めるんだピュア! サイが苦しんでるだろう!」
「そのまま爆発でもしてくれたら話が早いんだが」
フォルティシモはサイを真っ二つか消し炭にしようとしていたので、苦しんでいるなどどうでも良かった。むしろさっさと死ねと言いたい。
『うるさいうるさいうるさいうるさい! アサ兄はいつもそう! 人の気持ちを考えない! みんながみんな、アサ兄と同じ価値観を持っている訳じゃない! アサ兄がこれで良いとか、美しいとか、それを他の人も同じだと思わないで! 家族でも、私でもそうなんだよ!』
続く兄妹の罵り合いを聞いていると、サイのドラゴンの身体が発光を止め、代わりに一回り大きくなったことに気が付いた。
「マリアステラ、これからどうなる?」
『これは、視ると面白くなくなりそうだなぁ』
「いいから見せろ」
『視せたら何か楽しいことしてくれる?』
「左の頬を差し出せ」
『キスしてくれるの?』
「拳でな」
『楽しみっ』
マリアステラが“視覚を繋いだ”のか、フォルティシモの脳内へ情報が流れて来る。まるでVRダイバーを使った時の感覚に似ていた。
それはきっとマリアステラが視ている景色。膨大な可能性の過去と未来。
あまりにも情報量が多すぎて、頭が痛くなってくる。マリアステラが常にこれ以上の情報を完璧に処理しているのだとしたら、その頭脳は世界最高のスーパーコンピューター以上だろう。
とにかく知りたい情報を選択する。
マリアステラの観測した未来で最も可能性の高いものは、このまま最果ての黄金竜の質量が極大まで高まって、地球を飲み込むブラックホールになる。
サイの召使い文屋一心は、【取材報道】によって地球上百億の人間にサイの存在を知らしめた。それによって膨大な信仰心エネルギーがサイへ集中した。
そこまでは良かったのだけれど、サイはその膨大な信仰心エネルギーに耐えられなくなっていた。
信仰心エネルギーは、やはりエネルギーなのだ。電気、熱、原子力、例を出すまでもなくエネルギーというものは、操作できる内は有用だが大きすぎれば害となる。
文屋一心が権能で集め続けている信仰心エネルギーは、すべてサイへ注がれ、現代リアルワールドに顕現したサイの質量増加に当てられていく。俗な言い方をすれば、太っている。
「僕の美しさが、僕の妹を狂わせてしまった。これは僕の罪か」
「あーくんのせいじゃないよ!」
「勝利の女神、ありがとうございます。ピュアは昔から、思い込みの激しいところがありました。よく間違いを起こしていたので、僕の美しさを信じろと言い聞かせて、治そうとしたのですが」
「小姑はあーくんの優しさを理解できなかったんだよ!」
この戦場の未来を視たフォルティシモは、何はともかく掻き回している二人を止めなければと判断した。
情報ウィンドウからアーサーを言葉で抑えられる唯一の従者へ連絡する。
言葉で、と限定した理由は他でも無い。これから止める文屋一心は、アーサーを神戯によって奪われたと思っている。実際はアーサーに裏切られたと知った今でも、彼女の目の前でアーサーをぶちのめしたら、文屋一心はアーサーを助けるだろう。これだけぶち切れていてもだ。
家族とは簡単ではない。フォルティシモも祖父や母たちとの関係があるから良く分かる。
「ラナリア、お前がアーサーに苦手意識を感じているのは分かっているが、頼む。こいつらはもう黙らせてくれ」
『フォルティシモ様に頼まれてしまえば、嫌とは申し上げられません』
アーサーと勝利の女神ヴィカヴィクトリアは、一度思い込んだら他人の言葉を一切受け付けないように思える。しかしただ一人だけ、この二人を制御した人間が居る。
『アーサー様、ラナリアです』
『ラナ!? どうしたんだい? 今、君を任せた僕のライバルを助けに来ているんだ。僕のライバルのためにも早めに要件を聞いて良いかい?』
フォルティシモから頼まれたラナリアがすぐにアーサーへ話し掛けた。アーサーのこととなると何かと口を挟む勝利の女神ヴィカヴィクトリアも、ラナリアには何も言わない。
『アーサー様がお忙しいことは理解いたしました。私がお慕いしているフォルティシモ様への救援、誠に感謝いたします。しかし、今の私はアーサー様の助けを必要としております』
『な、何があったんだい!? 僕はラムテイルに君を守ると約束した! なんでも言ってくれ!』
『………実は、偉大なる時の男神に、言い寄られておりまして、何とか断りたいのです。アーサー様とヴィカヴィクトリア様のご助力があれば、彼も引き下がると思います。どうか今すぐに来て頂けませんか?』
『え? あの、ちょっと待って。今の俺がフォルさんの嫁候補を口説くとか有り得ないでしょ?』
『クロノイグニス様はフォルティシモ様の旧友であるため、私もフォルティシモ様へ相談できずに困っているのです。このままでは、汚されてしまうかも知れません』
『クロノイグニス! ラナに何をするつもりだ!? 絶対に許さない!』
途中でトッキーが会話に参加していたようだが、気にしないことにする。
「くそっ、僕のライバル! 見損なったぞ! 何をやっているんだ!」
「そうか。俺からは、元々評価してなかったから、損なうものがないぞ」
アーサーはペガサスを反転させようとするが、文屋一心がそれを見逃さない。
『逃げるな、アサ兄いいいぃぃぃーーー!』
太ったサイから、黄金ブレスと火炎弾の中間のようなブレス弾が放たれた。太って上手く呼吸ができず、ゲップでも出したかに見える。
だが威力は本物で、サイを太らせている信仰心エネルギーをたっぷりと使い、強力な攻撃力を秘めていた。
「これはっ!?」
「究極・乃剣・突破」
フォルティシモはそのブレス弾がアーサーに着弾する前に、黒剣を振るって叩き切った。
「行けアーサー、ラナリアを助けてやってくれ」
「僕のライバルに言われるまでもない!」
そしてペガサスに乗っていたアーサーは、フォルティシモや最果ての黄金竜サイが浮かぶ都心上空の夜空から、唐突に現れて唐突に消えていった。
「なんだったんだ、あいつは」
『邪魔を、するな、魔王フォルティシモっ!』
文屋一心から睨み付けられるが、その程度で怯むフォルティシモではない。
「アーサーのことなら、後で捕らえて転がしてやる。その時に好きなだけ殴れ。経験則だが、他人にやらせるより、自分の手で殴った方が気が晴れるぞ。だから大人しくしてろ」
フォルティシモは心にもない言葉で、文屋一心から時間を稼ぐ。
何せ今のフォルティシモは、信仰心エネルギーが空っぽ。これから行う攻撃を無駄撃ちはできない。
フォルティシモは文屋一心の反応を待たず、サイへ注目する。サイの身体はもう太るというよりは風船のように膨張しているようで、口からは苦しそうな呻き声が漏れていた。
『GAa………』
「サイ、あとで文句を言うし、事情を聞いても納得できず苛ついて何度かリスキルするかも知れないが、今は救ってやる」
アーサーが居なくなったことで、最強の太陽が天岩戸から解き放たれる。
そしてフォルティシモは最強の太陽を創造した後にのみ使える、究極のスキル設定を起動した。
「最強・太陽・超新星爆発!」
最強の太陽の爆発。
最強の太陽は最後の耀きと共に、偉大なる竜の神を消滅させる。
◇
文屋一心はその一瞬の出来事に、何が起きたのかしばらく理解できなかった。ただ目の前で竜神サイが魔王フォルティシモに殺されたのだけは分かる。竜神サイが消えて、一心は弾け飛ぶ黄金の光の中で、都心へ落ちていった。
竜神サイに出会ってからというもの、短いながらも本当に激動だった。一心が願った行方不明事件の真実、天才記者として世界最大のニュースの報道、その両方が叶った。
このまま地面に激突しても悔いはない。本気でそう思った。
だって行方不明になった兄は、帰ってきたのに一心をまったく気にも掛けていなかった。その事実に怒りの感情が爆発して、何かが自分の中から湧き上がって来た。
それは一心が己を天才記者と言って憚らなかった直感を、更に濃く凝縮したもの。
竜神サイや魔王フォルティシモが使う“この世界にあってはならないもの”。
権能。神の力。
一心もそれが使えるようになったらしい。そして、この世にあってはならないから、竜神サイも魔王フォルティシモも、兄アーサーも、文屋一心も、この世から消えるべきなのだろう。
そうしなければ、この美しい世界が汚されてしまう。
「って、そんな訳あるか!? 助けて! 落ちる! 落ちる! 落ちるーーー! アサ兄、助けて! 誰か!」
我武者羅に伸ばした腕が掴まれた。
「あさ、兄っ!」
そのがっちりした腕を掴んだ一心は、兄アーサーが戻って来たのかと期待した。
「えっ!?」
銀髪で金と銀の虹彩異色症、まるで御伽噺の中から飛び出して来たような美麗な容姿を持つ男性。黄金の光を放つ竜神サイが消えたため、夜空の星々は再び耀きを取り戻し、一心からは天の川を背負った彦星にも見えてしまう。
魔王フォルティシモが、落ちる一心へ手を伸ばし、一心の手を掴んでいた。
「色々とやってくれたな、アーサー妹」
「ひ、ひいぃぃぃーーー!? 放して! 放せぇぇぇ!」
決して逃がすまいという意志が、その腕から感じられる。
魔王フォルティシモは捕らえた大勢の人間を奴隷にして、好き放題にしている。このままでは一心も異世界に攫われて奴隷にされてしまうだろう。
一心が必死に抗ったのは言うまでもない。
そして同時に、文屋一心の力を観察した。彼女の力には最強厨として興味を引かれる。
文屋一心が獲得しようとしている権能は【取材報道】と呼べば良いだろうか。
その権能は、それ自体が特別に強力なものではない。ただ“調べる”と“伝える”ことに特化した才能の発現だと思われる。フォルティシモの世界を魔王の如く支配する権能や、アーサーの伝説に語られる物語を周囲の環境ごと再現する権能に比べれば、余りにも弱い。
だが信仰心エネルギーを集める行為と、非常に相性が良かった。
神にとって信仰は重要だけれど、知って貰わなければ前提にも立てない。だから世界中の人間へ存在を報せる権能は、その対象を得た時に強力な力を発揮する。特に人口の多い現代リアルワールドにおいて、その力は顕著だ。
「おい、アーサー、あの天岩戸とか言うのを、今すぐ止めろ。そしたらサイを止められる」
「本当に気が狂っているようだね! あれは、僕らの怨敵、太陽だよ!」
「あれは俺の太陽だし、太陽神は、今だけは味方だ」
『GU、GA、GAGAGA! GYAAAaaaーーー!』
フォルティシモがどう説明したものかと迷うと、サイから悲鳴にも似た叫びがあがった。
「サイ!? どうしたんだい! くっ、もう止めるんだピュア! サイが苦しんでるだろう!」
「そのまま爆発でもしてくれたら話が早いんだが」
フォルティシモはサイを真っ二つか消し炭にしようとしていたので、苦しんでいるなどどうでも良かった。むしろさっさと死ねと言いたい。
『うるさいうるさいうるさいうるさい! アサ兄はいつもそう! 人の気持ちを考えない! みんながみんな、アサ兄と同じ価値観を持っている訳じゃない! アサ兄がこれで良いとか、美しいとか、それを他の人も同じだと思わないで! 家族でも、私でもそうなんだよ!』
続く兄妹の罵り合いを聞いていると、サイのドラゴンの身体が発光を止め、代わりに一回り大きくなったことに気が付いた。
「マリアステラ、これからどうなる?」
『これは、視ると面白くなくなりそうだなぁ』
「いいから見せろ」
『視せたら何か楽しいことしてくれる?』
「左の頬を差し出せ」
『キスしてくれるの?』
「拳でな」
『楽しみっ』
マリアステラが“視覚を繋いだ”のか、フォルティシモの脳内へ情報が流れて来る。まるでVRダイバーを使った時の感覚に似ていた。
それはきっとマリアステラが視ている景色。膨大な可能性の過去と未来。
あまりにも情報量が多すぎて、頭が痛くなってくる。マリアステラが常にこれ以上の情報を完璧に処理しているのだとしたら、その頭脳は世界最高のスーパーコンピューター以上だろう。
とにかく知りたい情報を選択する。
マリアステラの観測した未来で最も可能性の高いものは、このまま最果ての黄金竜の質量が極大まで高まって、地球を飲み込むブラックホールになる。
サイの召使い文屋一心は、【取材報道】によって地球上百億の人間にサイの存在を知らしめた。それによって膨大な信仰心エネルギーがサイへ集中した。
そこまでは良かったのだけれど、サイはその膨大な信仰心エネルギーに耐えられなくなっていた。
信仰心エネルギーは、やはりエネルギーなのだ。電気、熱、原子力、例を出すまでもなくエネルギーというものは、操作できる内は有用だが大きすぎれば害となる。
文屋一心が権能で集め続けている信仰心エネルギーは、すべてサイへ注がれ、現代リアルワールドに顕現したサイの質量増加に当てられていく。俗な言い方をすれば、太っている。
「僕の美しさが、僕の妹を狂わせてしまった。これは僕の罪か」
「あーくんのせいじゃないよ!」
「勝利の女神、ありがとうございます。ピュアは昔から、思い込みの激しいところがありました。よく間違いを起こしていたので、僕の美しさを信じろと言い聞かせて、治そうとしたのですが」
「小姑はあーくんの優しさを理解できなかったんだよ!」
この戦場の未来を視たフォルティシモは、何はともかく掻き回している二人を止めなければと判断した。
情報ウィンドウからアーサーを言葉で抑えられる唯一の従者へ連絡する。
言葉で、と限定した理由は他でも無い。これから止める文屋一心は、アーサーを神戯によって奪われたと思っている。実際はアーサーに裏切られたと知った今でも、彼女の目の前でアーサーをぶちのめしたら、文屋一心はアーサーを助けるだろう。これだけぶち切れていてもだ。
家族とは簡単ではない。フォルティシモも祖父や母たちとの関係があるから良く分かる。
「ラナリア、お前がアーサーに苦手意識を感じているのは分かっているが、頼む。こいつらはもう黙らせてくれ」
『フォルティシモ様に頼まれてしまえば、嫌とは申し上げられません』
アーサーと勝利の女神ヴィカヴィクトリアは、一度思い込んだら他人の言葉を一切受け付けないように思える。しかしただ一人だけ、この二人を制御した人間が居る。
『アーサー様、ラナリアです』
『ラナ!? どうしたんだい? 今、君を任せた僕のライバルを助けに来ているんだ。僕のライバルのためにも早めに要件を聞いて良いかい?』
フォルティシモから頼まれたラナリアがすぐにアーサーへ話し掛けた。アーサーのこととなると何かと口を挟む勝利の女神ヴィカヴィクトリアも、ラナリアには何も言わない。
『アーサー様がお忙しいことは理解いたしました。私がお慕いしているフォルティシモ様への救援、誠に感謝いたします。しかし、今の私はアーサー様の助けを必要としております』
『な、何があったんだい!? 僕はラムテイルに君を守ると約束した! なんでも言ってくれ!』
『………実は、偉大なる時の男神に、言い寄られておりまして、何とか断りたいのです。アーサー様とヴィカヴィクトリア様のご助力があれば、彼も引き下がると思います。どうか今すぐに来て頂けませんか?』
『え? あの、ちょっと待って。今の俺がフォルさんの嫁候補を口説くとか有り得ないでしょ?』
『クロノイグニス様はフォルティシモ様の旧友であるため、私もフォルティシモ様へ相談できずに困っているのです。このままでは、汚されてしまうかも知れません』
『クロノイグニス! ラナに何をするつもりだ!? 絶対に許さない!』
途中でトッキーが会話に参加していたようだが、気にしないことにする。
「くそっ、僕のライバル! 見損なったぞ! 何をやっているんだ!」
「そうか。俺からは、元々評価してなかったから、損なうものがないぞ」
アーサーはペガサスを反転させようとするが、文屋一心がそれを見逃さない。
『逃げるな、アサ兄いいいぃぃぃーーー!』
太ったサイから、黄金ブレスと火炎弾の中間のようなブレス弾が放たれた。太って上手く呼吸ができず、ゲップでも出したかに見える。
だが威力は本物で、サイを太らせている信仰心エネルギーをたっぷりと使い、強力な攻撃力を秘めていた。
「これはっ!?」
「究極・乃剣・突破」
フォルティシモはそのブレス弾がアーサーに着弾する前に、黒剣を振るって叩き切った。
「行けアーサー、ラナリアを助けてやってくれ」
「僕のライバルに言われるまでもない!」
そしてペガサスに乗っていたアーサーは、フォルティシモや最果ての黄金竜サイが浮かぶ都心上空の夜空から、唐突に現れて唐突に消えていった。
「なんだったんだ、あいつは」
『邪魔を、するな、魔王フォルティシモっ!』
文屋一心から睨み付けられるが、その程度で怯むフォルティシモではない。
「アーサーのことなら、後で捕らえて転がしてやる。その時に好きなだけ殴れ。経験則だが、他人にやらせるより、自分の手で殴った方が気が晴れるぞ。だから大人しくしてろ」
フォルティシモは心にもない言葉で、文屋一心から時間を稼ぐ。
何せ今のフォルティシモは、信仰心エネルギーが空っぽ。これから行う攻撃を無駄撃ちはできない。
フォルティシモは文屋一心の反応を待たず、サイへ注目する。サイの身体はもう太るというよりは風船のように膨張しているようで、口からは苦しそうな呻き声が漏れていた。
『GAa………』
「サイ、あとで文句を言うし、事情を聞いても納得できず苛ついて何度かリスキルするかも知れないが、今は救ってやる」
アーサーが居なくなったことで、最強の太陽が天岩戸から解き放たれる。
そしてフォルティシモは最強の太陽を創造した後にのみ使える、究極のスキル設定を起動した。
「最強・太陽・超新星爆発!」
最強の太陽の爆発。
最強の太陽は最後の耀きと共に、偉大なる竜の神を消滅させる。
◇
文屋一心はその一瞬の出来事に、何が起きたのかしばらく理解できなかった。ただ目の前で竜神サイが魔王フォルティシモに殺されたのだけは分かる。竜神サイが消えて、一心は弾け飛ぶ黄金の光の中で、都心へ落ちていった。
竜神サイに出会ってからというもの、短いながらも本当に激動だった。一心が願った行方不明事件の真実、天才記者として世界最大のニュースの報道、その両方が叶った。
このまま地面に激突しても悔いはない。本気でそう思った。
だって行方不明になった兄は、帰ってきたのに一心をまったく気にも掛けていなかった。その事実に怒りの感情が爆発して、何かが自分の中から湧き上がって来た。
それは一心が己を天才記者と言って憚らなかった直感を、更に濃く凝縮したもの。
竜神サイや魔王フォルティシモが使う“この世界にあってはならないもの”。
権能。神の力。
一心もそれが使えるようになったらしい。そして、この世にあってはならないから、竜神サイも魔王フォルティシモも、兄アーサーも、文屋一心も、この世から消えるべきなのだろう。
そうしなければ、この美しい世界が汚されてしまう。
「って、そんな訳あるか!? 助けて! 落ちる! 落ちる! 落ちるーーー! アサ兄、助けて! 誰か!」
我武者羅に伸ばした腕が掴まれた。
「あさ、兄っ!」
そのがっちりした腕を掴んだ一心は、兄アーサーが戻って来たのかと期待した。
「えっ!?」
銀髪で金と銀の虹彩異色症、まるで御伽噺の中から飛び出して来たような美麗な容姿を持つ男性。黄金の光を放つ竜神サイが消えたため、夜空の星々は再び耀きを取り戻し、一心からは天の川を背負った彦星にも見えてしまう。
魔王フォルティシモが、落ちる一心へ手を伸ばし、一心の手を掴んでいた。
「色々とやってくれたな、アーサー妹」
「ひ、ひいぃぃぃーーー!? 放して! 放せぇぇぇ!」
決して逃がすまいという意志が、その腕から感じられる。
魔王フォルティシモは捕らえた大勢の人間を奴隷にして、好き放題にしている。このままでは一心も異世界に攫われて奴隷にされてしまうだろう。
一心が必死に抗ったのは言うまでもない。
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