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アフターストーリー
第四百九十九話 ある新聞記者の再会
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「アサ………兄………?」
文屋一心が竜神サイと共に舞う夜空に現れたのは、行方不明になったはずの実兄佐藤騎士王その人だった。
兄アーサーは行方不明になる前と変わらず、もしくはそれ以上に元気な姿で、一心の前に居る。
ついでに爛々と輝くペガサスに跨がっていた。おそらく巨大な黄金竜に相対するには、生身ではインパクトが足りないとか考えて、ペガサスに騎乗して来たのだろう。
「どうしたんだい、僕のライバル? もしかして感動して声も出ないかい? そんなに追い詰められていたとは。でも安心して欲しい。ヒーローは遅れてやってくるものだからね!」
「L、O、V、E! あー、くん!」
さらに気になるのは、裁判所から接近禁止命令が下されているはずのストーカー女が、何故かアーサーと一緒にペガサスに乗っていた。
あのストーカー女は自分が“勝利の女神”であるなどと主張し、兄のために神の力を使っていると言い続けた危ない女だ。純粋な兄がそれを信じてしまい、同棲した上で、兄は稼ぎをストーカー女へ貢いでいた。だから家族総出で警察や公的権力を使いストーカー女を撃退したはずだった。
それなのにストーカー女は、兄の背中でサイリウムを振り回している。ストーカー女の姿は山のように大きな黄金の竜神や空飛ぶペガサスに比べれば常識的な存在のはずなのに、一人だけこの状況で浮いているような錯覚を覚えた。
事情はまったく分からない。ストーカー女への文句は山のようにある。
それでもアーサーがこうして無事に戻って来てくれたことは嬉しい。
だから一心は叫ぶように声を振り絞る。
「アサ兄! 私! 一心! 戻って来て、くれ、てっ………」
一心は行方不明になった兄を取り戻した。そんな万感の思いが言葉を詰まらせる。しかし、その思いをしっかりと掴みながらも、やるべき言葉が口に出た。
「お願い、アサ兄! 私たちを助けて! 一緒に魔王フォルティシモを倒そう!」
アーサーは一心の声に気が付いて、竜神サイの頭の上へ視線を動かした。そして驚いた表情を作る。
「おお、そこに居るのは、ピュアじゃないか!」
「あーくんの妹!?」
「アサ兄、だから―――」
兄と妹。魔王フォルティシモの奸計によって引き裂かれた家族の再会。今は魔王討伐の真っ最中だと言うのに、一心の瞳には思わず温かいものが溢れてきた。
そこから一心の信じていたものが覆るとは思いもしなかった。
「僕の活躍を見に来たのかい? いつもいつも仕方のない妹だ。チケットもないのに公演に来たり、楽屋に入ろうとしたり。けど、あまり兄の邪魔をしないように。美し過ぎる僕を追い掛けたい妹の気持ちを理解できるけどね」
「さすがあーくん! 格好良い! 小姑はさっさと帰れ! あーくんは私のあーくん! 誰にも渡さない! 例外はあるけど、お前じゃない!」
「え?」
アーサーは一心が知っているアーサーだった。
行方不明になった家族が、こうして再会できた。
その妹を「邪魔」と言うくらいには、本当に変わっていなかった。
「なるほど、そういうことかい。僕は一瞬で状況が分かったよ。僕の妹がサイを騙して操っているんだね? 僕のライバルを苦戦させたのは褒めてあげたいが、ラナを困らせたのは叱らなければならない。さぁ僕のライバル! 協力して、僕の妹が罪を犯すのを止めようじゃないか!」
一心は頭が真っ白になるのを感じる。
一心の大学卒業目前、兄アーサーは行方不明になった。それによって両親は喧嘩の末に離婚して、一心自身も兄の行方を捜すためにルー・タイムズという新聞社へ入った。
兄アーサーの情報は不自然なほどに消され、資産や人間関係が歪められていた。そのせいで一心たち一家がどれだけの誹謗中傷に晒されたか。
家族からあらゆる期待をされた天才アーサーの喪失が、どれほど家族にとって大きかったのか。
だと言うのに、当のアーサーはそんな妹を邪魔だと言い、ストーカー女とよろしくやっている。
「なに、それ?」
一心が状況を冷静に受け止めようと必死になっている間にも、周囲の時間は進んでいく。
兄妹で協力して討伐するはずの魔王フォルティシモが、アーサーへ話し掛ける。
「アーサー、そこのサイの召使い、お前の妹なのか? お前を探してたって言ってるぞ。いつでもリアルワールドへ戻れた癖に、家族に何も言ってなかったのか?」
そして驚いたことに、魔王フォルティシモはその場の誰よりもアーサーの言葉へ不快感を示した。
異世界で己が神になるため、大勢の奴隷を使い人権を踏みにじった魔王が、よりにも寄って只一人だけ一心に同情する。
「今、重要なのはそれなのかい? 敵を知り己を知ればというやつか。僕のライバルは慎重だな」
アーサーは魔王フォルティシモを指差した。人を指差すのは失礼なんて感覚があるはずもなく、むしろ親しみを込めた仕草と思っていそうである。
「僕が神戯へ参加したのは、妹が十八歳になってからだよ。ちゃんと成人するまで見届けた。兄としてね」
「そういう問題じゃないだろ」
「僕のライバルが、僕らの仲間であるサイを利用されて怒っているのは分かる」
「まるで分かってない」
「でも僕は君が死んだらラナたちが悲しむのを知っている。つまり、そういうことだよ」
一心でさえアーサーが何を言っているのか分からない。魔王フォルティシモも分からなかったようで、首を傾げていた。
「小姑の行動は小姑の選択の結果! あーくんは関係ない!」
「勝利の女神、今回の元凶、お前がアーサーを独占したいとか、そんな理由で目茶苦茶やったとかないよな?」
「………ひ、ひふへ? あ、あーくんはあーくんで、格好良くてあーくんだから!」
「お前、本当に強大な神なんだろうな? ただの厄介ファンじゃないだろうな?」
「わ、私のあーくんへの純愛を疑うの!?」
ストーカー女が喚いているのを聞いて、一心の身体が震えるのを感じる。
「じゃあ、なんで妹があんなにショックを受けてるんだよ」
「あーくんのせいじゃないよ! あの小姑が、あーくんのストーカーをしてるだけ!」
「落ち着くんだ、僕のライバル! 怒りで勝利の女神へ八つ当たりするのは良くない! まずは協力してピュアを止めよう!」
「あーくん、いつでも冷静で優しすぎ!」
魔王フォルティシモが頭を抑えるのが見える。
そこで一心はアーサー、ストーカー女、魔王フォルティシモ、それぞれの言い分の意味を理解できた。
文屋一心の兄、佐藤騎士王が行方不明になったのは、佐藤騎士王自身の意志。
ストーカー女はアーサーを全肯定しており、アーサーの行方不明のためにあらゆる行為を是とした。
それに苦言を呈しているのが魔王フォルティシモ。
自分が間違っていたことを、認めなければならなかった。
「あは、あははははははは! なにそれ? 言う通りじゃん。“ほんと巫山戯んなよ”! このクソ兄貴! 私たちが、私がどんな思いで、居たのか、何も知らないで!」
そしてブチ切れた。
「サイ様あああぁぁぁーーー!」
『GUAa!!』
一心の絶叫に呼応し、竜神サイの口元から黄金ブレスがアーサーの乗るペガサスへ向けて発射される。
エネルギーを溜める時間がなかったせいで、魔王フォルティシモを攻撃したブレスに比べたら弱々しいものだったけれど、人間大の質量を消滅させるには充分な威力がある。
「くっ、奇襲とは卑怯な!」
「小姑は姑息!」
アーサーは黄金ブレスに対して、焦ったように光の盾を産み出したものの、ブレスの威力を殺しきれずペガサスが悲鳴を上げた。
一心はアーサーを撃ち落とすように、竜神サイへ願い続ける。
竜神サイはそれに応え、黄金ブレス、火炎弾、爪、牙、翼でアーサーへの攻撃を繰り出していった。
『GURURURU!』
竜神サイの様子がどこかおかしい。一心はそれに気が付いていたけれど、切れた理性は止まることを許してくれなかった。
「もっと、もっとっ!」
みんなもっと知るべきだ。
被害者の心情を。失われた者の心を。
それに寄り添い、取材して、報道し、共感させ、世界を動かす。
「あーくん!? どうして反撃しないの!?」
「竜殺しの伝説を再現したら、サイを殺してしまう!」
「あーくんの優しさに付け入る小姑は陰湿! 恥を知れ!」
「僕のライバル! どうやってサイを助ける? 作戦はあるのかい!?」
「容赦なくキルする」
「正気を失っているのか!」
「俺が最も冷静だろ」
文屋一心が竜神サイと共に舞う夜空に現れたのは、行方不明になったはずの実兄佐藤騎士王その人だった。
兄アーサーは行方不明になる前と変わらず、もしくはそれ以上に元気な姿で、一心の前に居る。
ついでに爛々と輝くペガサスに跨がっていた。おそらく巨大な黄金竜に相対するには、生身ではインパクトが足りないとか考えて、ペガサスに騎乗して来たのだろう。
「どうしたんだい、僕のライバル? もしかして感動して声も出ないかい? そんなに追い詰められていたとは。でも安心して欲しい。ヒーローは遅れてやってくるものだからね!」
「L、O、V、E! あー、くん!」
さらに気になるのは、裁判所から接近禁止命令が下されているはずのストーカー女が、何故かアーサーと一緒にペガサスに乗っていた。
あのストーカー女は自分が“勝利の女神”であるなどと主張し、兄のために神の力を使っていると言い続けた危ない女だ。純粋な兄がそれを信じてしまい、同棲した上で、兄は稼ぎをストーカー女へ貢いでいた。だから家族総出で警察や公的権力を使いストーカー女を撃退したはずだった。
それなのにストーカー女は、兄の背中でサイリウムを振り回している。ストーカー女の姿は山のように大きな黄金の竜神や空飛ぶペガサスに比べれば常識的な存在のはずなのに、一人だけこの状況で浮いているような錯覚を覚えた。
事情はまったく分からない。ストーカー女への文句は山のようにある。
それでもアーサーがこうして無事に戻って来てくれたことは嬉しい。
だから一心は叫ぶように声を振り絞る。
「アサ兄! 私! 一心! 戻って来て、くれ、てっ………」
一心は行方不明になった兄を取り戻した。そんな万感の思いが言葉を詰まらせる。しかし、その思いをしっかりと掴みながらも、やるべき言葉が口に出た。
「お願い、アサ兄! 私たちを助けて! 一緒に魔王フォルティシモを倒そう!」
アーサーは一心の声に気が付いて、竜神サイの頭の上へ視線を動かした。そして驚いた表情を作る。
「おお、そこに居るのは、ピュアじゃないか!」
「あーくんの妹!?」
「アサ兄、だから―――」
兄と妹。魔王フォルティシモの奸計によって引き裂かれた家族の再会。今は魔王討伐の真っ最中だと言うのに、一心の瞳には思わず温かいものが溢れてきた。
そこから一心の信じていたものが覆るとは思いもしなかった。
「僕の活躍を見に来たのかい? いつもいつも仕方のない妹だ。チケットもないのに公演に来たり、楽屋に入ろうとしたり。けど、あまり兄の邪魔をしないように。美し過ぎる僕を追い掛けたい妹の気持ちを理解できるけどね」
「さすがあーくん! 格好良い! 小姑はさっさと帰れ! あーくんは私のあーくん! 誰にも渡さない! 例外はあるけど、お前じゃない!」
「え?」
アーサーは一心が知っているアーサーだった。
行方不明になった家族が、こうして再会できた。
その妹を「邪魔」と言うくらいには、本当に変わっていなかった。
「なるほど、そういうことかい。僕は一瞬で状況が分かったよ。僕の妹がサイを騙して操っているんだね? 僕のライバルを苦戦させたのは褒めてあげたいが、ラナを困らせたのは叱らなければならない。さぁ僕のライバル! 協力して、僕の妹が罪を犯すのを止めようじゃないか!」
一心は頭が真っ白になるのを感じる。
一心の大学卒業目前、兄アーサーは行方不明になった。それによって両親は喧嘩の末に離婚して、一心自身も兄の行方を捜すためにルー・タイムズという新聞社へ入った。
兄アーサーの情報は不自然なほどに消され、資産や人間関係が歪められていた。そのせいで一心たち一家がどれだけの誹謗中傷に晒されたか。
家族からあらゆる期待をされた天才アーサーの喪失が、どれほど家族にとって大きかったのか。
だと言うのに、当のアーサーはそんな妹を邪魔だと言い、ストーカー女とよろしくやっている。
「なに、それ?」
一心が状況を冷静に受け止めようと必死になっている間にも、周囲の時間は進んでいく。
兄妹で協力して討伐するはずの魔王フォルティシモが、アーサーへ話し掛ける。
「アーサー、そこのサイの召使い、お前の妹なのか? お前を探してたって言ってるぞ。いつでもリアルワールドへ戻れた癖に、家族に何も言ってなかったのか?」
そして驚いたことに、魔王フォルティシモはその場の誰よりもアーサーの言葉へ不快感を示した。
異世界で己が神になるため、大勢の奴隷を使い人権を踏みにじった魔王が、よりにも寄って只一人だけ一心に同情する。
「今、重要なのはそれなのかい? 敵を知り己を知ればというやつか。僕のライバルは慎重だな」
アーサーは魔王フォルティシモを指差した。人を指差すのは失礼なんて感覚があるはずもなく、むしろ親しみを込めた仕草と思っていそうである。
「僕が神戯へ参加したのは、妹が十八歳になってからだよ。ちゃんと成人するまで見届けた。兄としてね」
「そういう問題じゃないだろ」
「僕のライバルが、僕らの仲間であるサイを利用されて怒っているのは分かる」
「まるで分かってない」
「でも僕は君が死んだらラナたちが悲しむのを知っている。つまり、そういうことだよ」
一心でさえアーサーが何を言っているのか分からない。魔王フォルティシモも分からなかったようで、首を傾げていた。
「小姑の行動は小姑の選択の結果! あーくんは関係ない!」
「勝利の女神、今回の元凶、お前がアーサーを独占したいとか、そんな理由で目茶苦茶やったとかないよな?」
「………ひ、ひふへ? あ、あーくんはあーくんで、格好良くてあーくんだから!」
「お前、本当に強大な神なんだろうな? ただの厄介ファンじゃないだろうな?」
「わ、私のあーくんへの純愛を疑うの!?」
ストーカー女が喚いているのを聞いて、一心の身体が震えるのを感じる。
「じゃあ、なんで妹があんなにショックを受けてるんだよ」
「あーくんのせいじゃないよ! あの小姑が、あーくんのストーカーをしてるだけ!」
「落ち着くんだ、僕のライバル! 怒りで勝利の女神へ八つ当たりするのは良くない! まずは協力してピュアを止めよう!」
「あーくん、いつでも冷静で優しすぎ!」
魔王フォルティシモが頭を抑えるのが見える。
そこで一心はアーサー、ストーカー女、魔王フォルティシモ、それぞれの言い分の意味を理解できた。
文屋一心の兄、佐藤騎士王が行方不明になったのは、佐藤騎士王自身の意志。
ストーカー女はアーサーを全肯定しており、アーサーの行方不明のためにあらゆる行為を是とした。
それに苦言を呈しているのが魔王フォルティシモ。
自分が間違っていたことを、認めなければならなかった。
「あは、あははははははは! なにそれ? 言う通りじゃん。“ほんと巫山戯んなよ”! このクソ兄貴! 私たちが、私がどんな思いで、居たのか、何も知らないで!」
そしてブチ切れた。
「サイ様あああぁぁぁーーー!」
『GUAa!!』
一心の絶叫に呼応し、竜神サイの口元から黄金ブレスがアーサーの乗るペガサスへ向けて発射される。
エネルギーを溜める時間がなかったせいで、魔王フォルティシモを攻撃したブレスに比べたら弱々しいものだったけれど、人間大の質量を消滅させるには充分な威力がある。
「くっ、奇襲とは卑怯な!」
「小姑は姑息!」
アーサーは黄金ブレスに対して、焦ったように光の盾を産み出したものの、ブレスの威力を殺しきれずペガサスが悲鳴を上げた。
一心はアーサーを撃ち落とすように、竜神サイへ願い続ける。
竜神サイはそれに応え、黄金ブレス、火炎弾、爪、牙、翼でアーサーへの攻撃を繰り出していった。
『GURURURU!』
竜神サイの様子がどこかおかしい。一心はそれに気が付いていたけれど、切れた理性は止まることを許してくれなかった。
「もっと、もっとっ!」
みんなもっと知るべきだ。
被害者の心情を。失われた者の心を。
それに寄り添い、取材して、報道し、共感させ、世界を動かす。
「あーくん!? どうして反撃しないの!?」
「竜殺しの伝説を再現したら、サイを殺してしまう!」
「あーくんの優しさに付け入る小姑は陰湿! 恥を知れ!」
「僕のライバル! どうやってサイを助ける? 作戦はあるのかい!?」
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