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アフターストーリー

第四百九十五話 最強は初志貫徹す?

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 時間は僅かに遡り、フォルティシモと最果ての黄金竜サイが都内上空の夜空で対峙する少し前。

 フォルティシモはVRMMOファーアースオンラインの『サンタ・エズレル神殿』で、マリアステラへ魔王剣を向けたまま、ゼノフォーブから最果ての黄金竜が現代リアルワールドに出現したと聞かされた。

 魔法や魔物を世界から排除しているゼノフォーブフィリアにとって、これほどの異常事態はないだろう。

「………まー」

 フォルティシモとマリアステラの間へ、黒髪紅目の少女ゼノフォーブが割り込んでくる。フォルティシモへ背を向けて、マリアステラと対峙する形のため、フォルティシモを制止してマリアステラと話したいのだと窺えた。

 それからゼノフォーブは悔しそうに言葉を絞り出す。

「神戯は、引き分けとしたい。代わりに、吾らがこの神戯開催のために用意したエネルギーで、浄化を頼む」
「もちろん良いよ、ぜー。私は親友の頼みを無碍にするような“人でなし”じゃないからね」
「引き分けにするだと?」

 フォルティシモは前回の拠点攻防戦も引き分けにしたものの、あれは引き分けこそが目標だった。対して今回は明確に勝利を目指していたので、意味がまるで違う。

「其方も不本意なのは分かる。吾は負けていた。其方の力で勝利できた。しかし、あの竜神は其方の落ち度だ。引き分けならば其方には何の不利益もないのだから、それで納得して引き下がれ」
「納得させたいなら、もっと詳しく話せ」
「つまりね、魔王様。最果ての黄金竜を見た者たちの認識、そしてバラまいている魔の力。それによる世界の歪み。私なら、それを修復できる」

 フォルティシモの疑問にはマリアステラが代わりに答える。

 最果ての黄金竜が出現した現代リアルワールドで、今から世界中にそれが嘘幻の出来事だったと認識させるなど不可能に思えた。

 だがそれこそ無敵の女神マリアステラの真骨頂である。どれだけ可能性が低かろうとも、ゼロでなければ実現することが可能だ。

「それならお前が負けた後にやれば良いだろ?」
「私が負けて意気消沈した後にやれって、酷すぎじゃない?」
「神戯で勝利者が決まれば、注ぎ込んだエネルギーが使われてしまう。加えて其方が言い出したことも問題になる」

 フォルティシモはこの神戯が始まる前、自分がマリアステラへ言った言葉を思い出す。

 ―――俺が勝ったら、最強のフォルティシモが居る限り、他の神や人へちょっかいを掛けるな

「ここで魔王様が勝ったら、私はぜーの世界を救えない」

 言葉の意味として『ちょっかい』とは余計な干渉であり、フォルティシモは『誰かに迷惑を掛けるな』という意味で使った。しかし余計な干渉や迷惑とは、どこまでがそうなるのだろうか。

「世界に黄金のドラゴンが実在したことを“無かった”ことにするのは、あらゆる人類にとって幸福な話? 魔法や魔力を習得する機会を奪われて嬉しい? 世界が変わった瞬間に居合わせた今は、無いほうが良い?」

 フォルティシモは応えられなかった。

 マリアステラが両手をポンと叩く。

「残念だけど魔王様、今回の神戯ゲームはここまでだね。本当に魔王様から“まー”って呼んで欲しかったのに。上手く行かなくて、もう、最高に最高で最高だよ。ああ、魔王様と戦うのは楽しいなぁ」

 フォルティシモは、この場でマリアステラを倒せば、現代リアルワールドは二度と元へ戻らないかも知れない状況を理解した。

 理解した上で、マリアステラの顔面へ向かって、思いっきり右ストレートを繰り出した。

「げふっ!?」



 フォルティシモの右ストレートが顔面に直撃したマリアステラは、『サンタ・エズレル神殿』の床に転がる。そしてマリアステラは地面に転がったまま、フォルティシモを見上げてきた。

「ちょ、ちょ、ええ!? 魔王様? 何してるの!? 神戯は引き分けでしょ?」
「だからどうした?」
「どうしたって、ここで私を倒しても、何も得るものはないんだけど?」
「お前は俺のファンを自称している癖に知らなかったか? 最強のフォルティシモは、気に入らない奴を何処までも追い掛けて、何の得もなくてもPKし続ける」

 初めてマリアステラの額から冷や汗が流れた気がする。

 最果ての黄金竜サイのことは、フォルティシモの責任になるのが納得はできないが理解はできる。だから神戯が引き分けとして中止されることも受け入れた。

 それはそれとして、マリアステラをぶん殴るという目標は達成する。

「わ、吾と共に世界を守るのだと言っていただろう!?」

 ここでマリアステラを倒されたら困るゼノフォーブがマリアステラを庇い始めた。マリアステラは床をカサカサと歩いて、ゼノフォーブの背中に隠れる。

「サイが大量虐殺してるなら別だが、今はまだ、ただ飛んでるだけだろ?」
「その時点で大問題だ。其方はまーと同じ、神は人を支配するべきという思想か?」
「そこまで先鋭化はしていない。ただ俺は、マリアステラの思うように事態が動いているのが気に入らない。サイよりも先に、こいつをぶちのめすべきだ」

 ゼノフォーブの背中に隠れたマリアステラが、ゼノフォーブを強く抱き締めた。

「ということで、ぜー、私を守って? 魔王様と戦うための戦力は準備してあるでしょ?」
「この事態を見越して、吾に最強の神と戦うことになったら救援してくれるように求め、準備をさせていたのか」
「なんだゼノフォーブフィリア、俺と戦う気だったか。神戯が終わったら俺を背中から撃つ気だったなら、なかなかしたたかだな」

 フォルティシモは思わずゼノフォーブフィリアを見直した。

 歴史上の同盟なんて後ろから刺すためにあるとまでは言わないが、新実装ダンジョンを協力して攻略して、最後の最後で他のプレイヤーを皆殺しにするのがフォルティシモのプレイスタイルである。

「違う! 其方の性格が、まーには完全に見抜かれているという話だ!」
「さあ、ぜー! 私のための軍勢を召喚して!」
「とっくに解散している。神戯ファーアースは終わっただろう」
「もう、こういう時のぜーは頼りにならないなぁ」
「吾もまーを殴りたくなって来たぞ」

 フォルティシモの目の前で、マリアステラとゼノフォーブフィリアが絡み合いつつ仲良さそうにしている。どこからどう見ても親友同士にしか見えない光景だ。

「仕方ない。対魔王様にしか使えない伝家の宝刀を抜く」
「まだあるのか」

 フォルティシモはマリアステラの伝家の宝刀と聞いて、警戒を強めた。

 マリアステラの人差し指がフォルティシモの眼前へ掲げられる。

「魔王様、本当に良いの?」
「何がだ?」
「もしリアルワールドがめちゃくちゃになったら、キュウがデートを楽しめなくなるよ?」

 そのマリアステラの指が、ゆっくりとキュウの方向を指し示した。

「………………………………………………」
「魔王様には知覚できないけど、私やキュウには分かる。ぜーのリアルワールドが、どれほど美しいか。魔王様は、キュウに楽しんで欲しくないの?」

 フォルティシモは沈黙のままキュウを見た。キュウは突然話題を向けられて、困ったように耳と尻尾を動かす。

「あ、あの、私はご主人様が望むことが私の望むことです」

 キュウの言葉を聞いて心が決まった。

「俺は最初から、キュウにこの世界を見せてやると約束していたぞ。サイにキュウとデートする予定の場所をこれ以上壊されてたまるか。マリアステラ、俺に協力しろ」
「一緒に頑張ろうね、魔王様!」



 フォルティシモたちがVRMMOファーアースオンラインからログアウトを行うと、現実の五感が戻って来て、周囲の光景が荘厳な神殿からコンピュータの腹の中のような部屋へと変化した。

 フォルティシモとキュウはヘルメス・トリスメギストス社の社長室で、フォルティシモが持ち込んだソファに寄り添うように座っている。

 目の前ではシステムチェアに膝を立てた黒髪紅眼の少女ゼノフォーブフィリアが、フォルティシモをじっと睨み付けていた。

「其方は」
「とにかく、サイの奴だ。グズグズするな、ゼノフォーブフィリアも情報を集めろ」

 それからキュウを伴って部屋を出ると、すぐにキュウが状況を教えてくれる。

「ご主人様、サイ様を中心にして、急速に魔力が浸透していくのを聞き取れます」
「俺には感じ取れないが、愉快な状況ではないらしいな」

 話している間にポケットに入ってるスマホからアラート音が鳴ったので、起動してメッセージを確認する。ゼノフォーブフィリアがネットワーク封鎖を解いたのか、フォルティシモの従者や知り合いから様々なメッセージが送られて来ていた。

「エン、チェックして、必要なのだけまとめて教えてくれ」
『了解だ』

 エンシェントは拠点攻防戦で防衛に回っていたため、ほとんど姿を見せなかった。ただし、実を言うと防衛に回っていたものの、専念していた訳ではない。フォルティシモはエンシェントにある行動を取らせていた。

「ダア、アル、こっちにマリアステラを連れて来い。マリアステラはキュウとゼノフォーブフィリアと協力しろ」
『私を前線じゃなくて支援で使おうとするのは、魔王様くらいだね』
「まずいな。マスコミが早々に近付いている」

 ゼノフォーブフィリアも社長室から出て来たようで、立ち姿の周囲にいくつもの3Dホログラムディスプレイを掲げている。

「ここはお前の領域で、お前はこの世界の神なんだろ。人の行動くらい操れないのか」
「私はそれがない世界を創造していると言っているだろう。ここ最近の例外は、すべてまーのせいだ」
「ご、ご主人様、サイ様に近付いている乗り物が、落ちます!」
『そしてその後、ヘリコプター乗員含め十名の死者と三十余名重軽傷者。群衆はパニックになるよ』

 フォルティシモがすぐに出陣しなかったのは、未来聴と未来視が味方だからだ。何かあっても事前に対応ができるというのは、これほど心強い。

「もう少し情報が欲しかったが、あとは頼む。自在リベルタ瞬間モメント移動ムダールセ

 フォルティシモの身体はヘルメス・トリスメギストス社の本社ビルから消え、世界有数の大都会の夜空へと移動した。

 そして夜空を黄金色に染め上げる巨大なドラゴンの姿を見る。VRMMOファーアースオンラインでは幾度となく、異世界ファーアースでは二度戦った最果ての黄金竜サイ。

 その羽ばたきに煽られてヘリコプターが墜落しようとしている。

光速ライオ飛翔ボラル

 フォルティシモはそのヘリコプターを片手で受け止めた。

「おい、サイ、てめぇ、何やってんだ?」
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