495 / 509
アフターストーリー
第四百九十四話 騎士王の帰還
しおりを挟む
その時のラナリアは国際会議もできる都内ホテルの廊下で、セフェールからの通話を受け取っていた。
リアルワールドへ残った元<時>の神々との会談の真っ最中であるものの、休憩時間と称して中座している。本当は休憩時間こそ相手の有力者と雑談に興じたいが、セフェールからの連絡は重要だった。
『エンさんから連絡がありましたよぉ。フォルさんがぁ、ゼノフォーブフィリアさんと協力してぇ、マリアステラさんと戦い始めたそうですぅ』
「ゼノフォーブフィリア様がフォルティシモ様を巻き込む可能性は考慮していましたが、これほど早く動くとは。それだけ急いでいたとも考えられますね」
『そうですねぇ。もしかしたらぁ、仕込みの一つVRMMOファーアースオンラインのアップデートを使うかも知れないのでぇ、私はそちらに係り切りになりますねぇ』
「分かりました。私のフォローはこれ以上は不要ですので、そちらへ集中してください。しかし、好都合ですね。私たちが<星>に勝てると証明するのに、最高のタイミングになります」
元<時>の神々は、<時>では<星>に勝てないと思って、死さえも受け入れた者たち。この会談中にフォルティシモがマリアステラに勝利しようものなら、ただでさえ優勢な話し合いは、もはや一方的なものになるだろう。
ラナリアが事態が動いたら連絡が欲しいと頼んで通話を切ると、タイミングを見計らったかのようにクロノイグニスが廊下の端から姿を現した。
「彼らの協力は得られそう? 俺は説得できなかったけど」
「彼らは<時>に対する絶望と後悔、後ろめたさがある一方、私たち<最強>には恐怖と敬意、そして希望があります。こちらが友好的に歩み寄る態度を見せれば、軟化するのは当然でしょう。こんなものは交渉ではなく、権威と暴力を後ろ盾にした脅しです」
「ふーん、ま、そうかもね。ところで、<最強>って言って恥ずかしくない? フォルさんじゃないんだから」
「いいえ、まったく。私の愛する方は最強ですが何か?」
クロノイグニスは神々の中でも、ラナリアやラナリアの故郷を燃料の薪程度にしか考えておらず、使い捨てようとした偉大なる男神である。
ラナリアからすれば神とさえ呼びたくない。ラナリアたちに祝福を与え続けていた星の女神や太陽神のが慈悲深い神に見える。
ましてフォルティシモと比べるなど、有り得ない。
ラナリアはその後も元<時>の神々と交流を続け、情報を得るだけでなく今後の話にまで繋げていった。<最強>は彼らの生活を脅かすことはないと理解してくれた後、具体的な協力体制の話まで詰めていく。
彼らは現代リアルワールドで、今の生活を失わず、時に忘れられて消えなくて済むかも知れないと、少し興奮気味にラナリアへ語ってくれた。
黄金の竜神が暴れ出すまでは。
◇
現代リアルワールドの刀匠を尋ねたマグナは、お互いの技術を見せ合いながら盛り上がっていた。
「決めたぞ! 俺の後継者はてめぇだ!」
「それは断る」
「断んじゃねぇ! 後生だ! 老い先短いジジイの頼みだぜ!? お前しかいねぇんだよ!」
「流派の技術だけは私が蓄えていってやるよ。そうだ。異世界ファーアースへ来るつもりはない? 歓迎するよ」
最初はお互いにすべては見せないようにしていたのだが、どちらかともなく相手の知らない技術を披露すると、自然と開示が始まり、すぐに遠慮がなくなった。
マグナはバレるとフォルティシモに怒られると言いながら、【ヘファイストスの炎】や現代リアルワールドには存在しない鉱石や魔法鎚などを取り出し、刀匠はそれらを初見で打ってみせる。
そんな盛り上がりに水を差したのは、刀匠の弟子だった。
「し、師匠! 大変だ!」
「ああん! 邪魔してんじゃねぇ! こっちは歴史が変わろうとしてんだぜ!」
「化け物が出たんだよ! こっからでも見えるような馬鹿デカイ化け物が!」
「昼間から酒飲んでんじゃねぇよ!」
「もう夜だよ! じゃなくて、いいから来てくれ、師匠! 避難の準備もしなくちゃならねぇ!」
マグナは刀匠とその弟子の遣り取りを聞きながら、時計を確認する。化け物云々は興味がなかったが、時間が夜になっているのは問題だった。
フォルティシモは「約束の時間の五分前に現れなければ苛立つ主義」と言うだけあり、時間にうるさい。従者たちはそれを知っているので、もうすぐラナリア辺りが迎えに来るに違いない。
「名残惜しいけど、私もそろそろだから」
「んだと!? 泊まってけよ! なっ!?」
「だから! そんなこと言ってる場合じゃないんだよ! 化け物が出たんだって!」
刀匠はマグナがお開きを宣言したため毒気が抜かれたのか、渋々と弟子に引かれて鍛冶場の外へ出た。マグナも現代リアルワールドには在ってはならない物だけを回収し付いていく。
マグナの目の前で、刀匠が彼方の空を見上げて足を止めた。
「なんだ、ありゃあ………?」
マグナも釣られて都心の方向の夜空を見る。
かなり遠くではあるものの、すぐに分かった。
巨大な体躯を持つ黄金のドラゴンが浮いている。それを見た瞬間、マグナは一瞬の迷いもなく<フォルテピアノ>のチームチャットへ疑問を投げ掛けた。
「フォルさん、誰でも良い、何が起きてる?」
◇
キャロルは現代リアルワールドへやって来てから、神戯で生き残ったプレイヤーたちから渡された手紙を配って回っていた。
手紙を配達する過程で、異世界召喚されたプレイヤーたちに残された者たちと出会うことになる。それは色々な意味で精神的に辛いものであり、そのせいで異世界の力をコンビニで使ってしまうトラブルもあった。
そのトラブルを報告して手紙配達を続け、キャロルの手に残った最後の手紙の送り主は、サトウアーサー。
キャロルの主人である主神フォルティシモをライバルと言い、協力しているのか邪魔しているのか分からない行動を取り続けるプレイヤーだ。
悪い予感をひしひしと覚えていると、AIタクシーが都内にあるタワーマンションで停止した。キャロルがアーサーからの手紙を送り届けるべき相手が住んでいるマンションである。
キャロルが手紙を届ける相手が住んでいる場所は、このタワーマンションの最上階の一室だった。
「誰が住んでやがるんですかね」
プレイヤーたちは家族や恋人への手紙をキャロルへ託していた。アーサーの様子を見るに恋人はないだろうから、家族である可能性は濃厚だ。
エレベーターを使い、目的の部屋の番号の前に立つと、部屋のドアが勝手に開いた。ドアの先には玄関と廊下があるだけで、人の姿はない。
『お待ちしておりました。私はアーサーのサポートAIマーリンです。あなたのお名前を教えて頂けますか?』
人の姿はないのに声がするのは、現代リアルワールドでは当たり前の光景なので驚くことではない。それでもアーサーが自分のサポートAIを異世界へ連れて行かなかった点は気になった。フォルティシモなんてサポートAIエンシェント以外にも、全員を連れ出している。
「名乗られたから名乗りますが、元ゲームAIで、今は何の因果か神になっちまったキャロルです」
『いつもアーサーがお世話になっております』
「迷惑掛けられてるんで、世話してるってのも間違ってねーです」
『申し訳ありません。私はアーサーのサポートをするために産み出されました。しかし、私の主人アーサーは、一般的に流通しているサポートAIの学習データとは掛け離れており、充分なサポートが行えませんでした』
「あー、そりゃー同情しちまいますね」
キャロルはアーサーのサポートAIマーリンに案内されるままにタワーマンション最上階の一室へ入る。
リビングルームに足を踏み入れた直後、キャロルの持っていた手紙が、光り出した。
そして手紙が意志を持っているかのようにキャロルの手から飛び出して、手紙を中心に青白く輝く光の渦を造り出した。
「【転移】のポータル。てめーらは、自分たちだけの力でリアルワールドへ帰還できやがるんですか」
リビングルームの中央で輝く光は、二メートルほどの直径まで至ったかと思うと、人の姿を吐き出す。
人影は赤い燕尾服を着た見目麗しい青年で、フローリングの床に着地したのと同時に光の渦を振り返る。青年が光の渦へ向かって手を差し出すと、光の渦から白い手が重ねられた。
次に光の渦から出て来たのは、キッチリとした身なりの青年とは正反対の、寝癖だらけの金髪に半纏を着た女性である。
「ありがとう、あーくん、転移で手を差し出してくれるなんて、優しくて超格好良い!」
「美しき勝利の女神のお気に召したのであれば幸いです」
燕尾服の青年と半纏の女性はお互いを褒め称え合った後、待ち構えていたキャロルに気が付いた。
「おお! 虎の君! 僕の手紙を運んでくれたんだね。御礼に今夜、僕の部屋に来ても構わないよ。最高の一夜を楽しませると約束しよう」
「全力で拒否するんで、二度と言わねーでください」
キャロルが嫌な顔をしながら断ると、アーサーは「恥ずかしいかい?」なんて言い出した。アルティマかリースロッテだったら、口よりも先に手が出ただろう。彼女たちが正しいかも知れない。
「それで、ヴィカヴィクトリアでいーんですか?」
キャロルはいそいそと別の部屋へ移動しようとしていた半纏の女性へ話し掛けた。半纏の女性、勝利の女神ヴィカヴィクトリアはびくりと身体を硬直させる。
「ぶ、無礼な、偉大なる最強の神の従属神よ。この勝利を司る女神に傅きもせず、許可なしに話し掛けるとは」
「そーいうのいーんで」
「はい………」
「何しに戻ってきやがったんですか?」
「あーくんが戻りたいって言ったから。それと、置いたままだったあーくんグッズを、そろそろ持ち帰ろうかなって」
「このゴミの山ですか?」
キャロルがリビングルームの床を指差す。
三人の立っているリビングルームは、円型お掃除ロボットが動けないほど所狭しに物がぶちまけられている。男物や女物の衣服は乱暴に床へ投げ捨てられているし、今時珍しい紙の本は開かれたまま、他にも団扇やペンライトなど様々な物があった。
「私のあーくんグッズがあああぁぁぁーーー!?」
「くっ、僕の美しさに嫉妬した強盗かっ!?」
半纏の女性は半泣きになりながら、本や団扇などを優先的に回収しようとする。燕尾服の青年は天を仰いでいる。
「いや、僕が異世界へ行ったことに絶望したファンかも知れない。どうして行ってしまったんだと、僕へ対する怒りの余り、こんな行為に。だとしたら、これは僕の美しさが招いた罪。僕は君を許そう」
「普通に住居不法侵入の罪じゃねーですか」
「げ、限定三枚のサイン色紙の端が、お、おれ、折れて、る? 許さない。絶対に許さない」
「目の前に本人が居るんで、またサインして貰ったらいーじゃねーですか」
荒らされた部屋に対して、燕尾服の青年と半纏の女性は半狂乱で騒いでいた。
『おかえりなさい、アーサー、ヴィカヴィクトリア。メッセージを受け取った時には驚きました。まさか帰還されるとは。こうして手紙を持つ者を招待した甲斐があります』
アーサーのサポートAIマーリンにとっては、己の主の帰還は喜ばしいだろう。
キャロルだって異世界ファーアースへ転移した後、フォルティシモが見つかって戻って来て、嬉しかったのだから。
『部屋を荒らしたのは、ピュアです』
「………ピュアな心から、ってことですか?」
『いいえ、キャロル様。佐藤一心、今は離婚されて母方の姓を名乗る文屋一心という女性です』
「妹がいやがったんですか」
その部屋には、ある天才少年とその妹が、まだ仲睦まじい頃の写真が飾られている。
「それで、そっちは何しに来やがったんですか?」
「僕のライバルを手伝いに来たのさ」
「どーやって追い返したらいーですかね」
リアルワールドへ残った元<時>の神々との会談の真っ最中であるものの、休憩時間と称して中座している。本当は休憩時間こそ相手の有力者と雑談に興じたいが、セフェールからの連絡は重要だった。
『エンさんから連絡がありましたよぉ。フォルさんがぁ、ゼノフォーブフィリアさんと協力してぇ、マリアステラさんと戦い始めたそうですぅ』
「ゼノフォーブフィリア様がフォルティシモ様を巻き込む可能性は考慮していましたが、これほど早く動くとは。それだけ急いでいたとも考えられますね」
『そうですねぇ。もしかしたらぁ、仕込みの一つVRMMOファーアースオンラインのアップデートを使うかも知れないのでぇ、私はそちらに係り切りになりますねぇ』
「分かりました。私のフォローはこれ以上は不要ですので、そちらへ集中してください。しかし、好都合ですね。私たちが<星>に勝てると証明するのに、最高のタイミングになります」
元<時>の神々は、<時>では<星>に勝てないと思って、死さえも受け入れた者たち。この会談中にフォルティシモがマリアステラに勝利しようものなら、ただでさえ優勢な話し合いは、もはや一方的なものになるだろう。
ラナリアが事態が動いたら連絡が欲しいと頼んで通話を切ると、タイミングを見計らったかのようにクロノイグニスが廊下の端から姿を現した。
「彼らの協力は得られそう? 俺は説得できなかったけど」
「彼らは<時>に対する絶望と後悔、後ろめたさがある一方、私たち<最強>には恐怖と敬意、そして希望があります。こちらが友好的に歩み寄る態度を見せれば、軟化するのは当然でしょう。こんなものは交渉ではなく、権威と暴力を後ろ盾にした脅しです」
「ふーん、ま、そうかもね。ところで、<最強>って言って恥ずかしくない? フォルさんじゃないんだから」
「いいえ、まったく。私の愛する方は最強ですが何か?」
クロノイグニスは神々の中でも、ラナリアやラナリアの故郷を燃料の薪程度にしか考えておらず、使い捨てようとした偉大なる男神である。
ラナリアからすれば神とさえ呼びたくない。ラナリアたちに祝福を与え続けていた星の女神や太陽神のが慈悲深い神に見える。
ましてフォルティシモと比べるなど、有り得ない。
ラナリアはその後も元<時>の神々と交流を続け、情報を得るだけでなく今後の話にまで繋げていった。<最強>は彼らの生活を脅かすことはないと理解してくれた後、具体的な協力体制の話まで詰めていく。
彼らは現代リアルワールドで、今の生活を失わず、時に忘れられて消えなくて済むかも知れないと、少し興奮気味にラナリアへ語ってくれた。
黄金の竜神が暴れ出すまでは。
◇
現代リアルワールドの刀匠を尋ねたマグナは、お互いの技術を見せ合いながら盛り上がっていた。
「決めたぞ! 俺の後継者はてめぇだ!」
「それは断る」
「断んじゃねぇ! 後生だ! 老い先短いジジイの頼みだぜ!? お前しかいねぇんだよ!」
「流派の技術だけは私が蓄えていってやるよ。そうだ。異世界ファーアースへ来るつもりはない? 歓迎するよ」
最初はお互いにすべては見せないようにしていたのだが、どちらかともなく相手の知らない技術を披露すると、自然と開示が始まり、すぐに遠慮がなくなった。
マグナはバレるとフォルティシモに怒られると言いながら、【ヘファイストスの炎】や現代リアルワールドには存在しない鉱石や魔法鎚などを取り出し、刀匠はそれらを初見で打ってみせる。
そんな盛り上がりに水を差したのは、刀匠の弟子だった。
「し、師匠! 大変だ!」
「ああん! 邪魔してんじゃねぇ! こっちは歴史が変わろうとしてんだぜ!」
「化け物が出たんだよ! こっからでも見えるような馬鹿デカイ化け物が!」
「昼間から酒飲んでんじゃねぇよ!」
「もう夜だよ! じゃなくて、いいから来てくれ、師匠! 避難の準備もしなくちゃならねぇ!」
マグナは刀匠とその弟子の遣り取りを聞きながら、時計を確認する。化け物云々は興味がなかったが、時間が夜になっているのは問題だった。
フォルティシモは「約束の時間の五分前に現れなければ苛立つ主義」と言うだけあり、時間にうるさい。従者たちはそれを知っているので、もうすぐラナリア辺りが迎えに来るに違いない。
「名残惜しいけど、私もそろそろだから」
「んだと!? 泊まってけよ! なっ!?」
「だから! そんなこと言ってる場合じゃないんだよ! 化け物が出たんだって!」
刀匠はマグナがお開きを宣言したため毒気が抜かれたのか、渋々と弟子に引かれて鍛冶場の外へ出た。マグナも現代リアルワールドには在ってはならない物だけを回収し付いていく。
マグナの目の前で、刀匠が彼方の空を見上げて足を止めた。
「なんだ、ありゃあ………?」
マグナも釣られて都心の方向の夜空を見る。
かなり遠くではあるものの、すぐに分かった。
巨大な体躯を持つ黄金のドラゴンが浮いている。それを見た瞬間、マグナは一瞬の迷いもなく<フォルテピアノ>のチームチャットへ疑問を投げ掛けた。
「フォルさん、誰でも良い、何が起きてる?」
◇
キャロルは現代リアルワールドへやって来てから、神戯で生き残ったプレイヤーたちから渡された手紙を配って回っていた。
手紙を配達する過程で、異世界召喚されたプレイヤーたちに残された者たちと出会うことになる。それは色々な意味で精神的に辛いものであり、そのせいで異世界の力をコンビニで使ってしまうトラブルもあった。
そのトラブルを報告して手紙配達を続け、キャロルの手に残った最後の手紙の送り主は、サトウアーサー。
キャロルの主人である主神フォルティシモをライバルと言い、協力しているのか邪魔しているのか分からない行動を取り続けるプレイヤーだ。
悪い予感をひしひしと覚えていると、AIタクシーが都内にあるタワーマンションで停止した。キャロルがアーサーからの手紙を送り届けるべき相手が住んでいるマンションである。
キャロルが手紙を届ける相手が住んでいる場所は、このタワーマンションの最上階の一室だった。
「誰が住んでやがるんですかね」
プレイヤーたちは家族や恋人への手紙をキャロルへ託していた。アーサーの様子を見るに恋人はないだろうから、家族である可能性は濃厚だ。
エレベーターを使い、目的の部屋の番号の前に立つと、部屋のドアが勝手に開いた。ドアの先には玄関と廊下があるだけで、人の姿はない。
『お待ちしておりました。私はアーサーのサポートAIマーリンです。あなたのお名前を教えて頂けますか?』
人の姿はないのに声がするのは、現代リアルワールドでは当たり前の光景なので驚くことではない。それでもアーサーが自分のサポートAIを異世界へ連れて行かなかった点は気になった。フォルティシモなんてサポートAIエンシェント以外にも、全員を連れ出している。
「名乗られたから名乗りますが、元ゲームAIで、今は何の因果か神になっちまったキャロルです」
『いつもアーサーがお世話になっております』
「迷惑掛けられてるんで、世話してるってのも間違ってねーです」
『申し訳ありません。私はアーサーのサポートをするために産み出されました。しかし、私の主人アーサーは、一般的に流通しているサポートAIの学習データとは掛け離れており、充分なサポートが行えませんでした』
「あー、そりゃー同情しちまいますね」
キャロルはアーサーのサポートAIマーリンに案内されるままにタワーマンション最上階の一室へ入る。
リビングルームに足を踏み入れた直後、キャロルの持っていた手紙が、光り出した。
そして手紙が意志を持っているかのようにキャロルの手から飛び出して、手紙を中心に青白く輝く光の渦を造り出した。
「【転移】のポータル。てめーらは、自分たちだけの力でリアルワールドへ帰還できやがるんですか」
リビングルームの中央で輝く光は、二メートルほどの直径まで至ったかと思うと、人の姿を吐き出す。
人影は赤い燕尾服を着た見目麗しい青年で、フローリングの床に着地したのと同時に光の渦を振り返る。青年が光の渦へ向かって手を差し出すと、光の渦から白い手が重ねられた。
次に光の渦から出て来たのは、キッチリとした身なりの青年とは正反対の、寝癖だらけの金髪に半纏を着た女性である。
「ありがとう、あーくん、転移で手を差し出してくれるなんて、優しくて超格好良い!」
「美しき勝利の女神のお気に召したのであれば幸いです」
燕尾服の青年と半纏の女性はお互いを褒め称え合った後、待ち構えていたキャロルに気が付いた。
「おお! 虎の君! 僕の手紙を運んでくれたんだね。御礼に今夜、僕の部屋に来ても構わないよ。最高の一夜を楽しませると約束しよう」
「全力で拒否するんで、二度と言わねーでください」
キャロルが嫌な顔をしながら断ると、アーサーは「恥ずかしいかい?」なんて言い出した。アルティマかリースロッテだったら、口よりも先に手が出ただろう。彼女たちが正しいかも知れない。
「それで、ヴィカヴィクトリアでいーんですか?」
キャロルはいそいそと別の部屋へ移動しようとしていた半纏の女性へ話し掛けた。半纏の女性、勝利の女神ヴィカヴィクトリアはびくりと身体を硬直させる。
「ぶ、無礼な、偉大なる最強の神の従属神よ。この勝利を司る女神に傅きもせず、許可なしに話し掛けるとは」
「そーいうのいーんで」
「はい………」
「何しに戻ってきやがったんですか?」
「あーくんが戻りたいって言ったから。それと、置いたままだったあーくんグッズを、そろそろ持ち帰ろうかなって」
「このゴミの山ですか?」
キャロルがリビングルームの床を指差す。
三人の立っているリビングルームは、円型お掃除ロボットが動けないほど所狭しに物がぶちまけられている。男物や女物の衣服は乱暴に床へ投げ捨てられているし、今時珍しい紙の本は開かれたまま、他にも団扇やペンライトなど様々な物があった。
「私のあーくんグッズがあああぁぁぁーーー!?」
「くっ、僕の美しさに嫉妬した強盗かっ!?」
半纏の女性は半泣きになりながら、本や団扇などを優先的に回収しようとする。燕尾服の青年は天を仰いでいる。
「いや、僕が異世界へ行ったことに絶望したファンかも知れない。どうして行ってしまったんだと、僕へ対する怒りの余り、こんな行為に。だとしたら、これは僕の美しさが招いた罪。僕は君を許そう」
「普通に住居不法侵入の罪じゃねーですか」
「げ、限定三枚のサイン色紙の端が、お、おれ、折れて、る? 許さない。絶対に許さない」
「目の前に本人が居るんで、またサインして貰ったらいーじゃねーですか」
荒らされた部屋に対して、燕尾服の青年と半纏の女性は半狂乱で騒いでいた。
『おかえりなさい、アーサー、ヴィカヴィクトリア。メッセージを受け取った時には驚きました。まさか帰還されるとは。こうして手紙を持つ者を招待した甲斐があります』
アーサーのサポートAIマーリンにとっては、己の主の帰還は喜ばしいだろう。
キャロルだって異世界ファーアースへ転移した後、フォルティシモが見つかって戻って来て、嬉しかったのだから。
『部屋を荒らしたのは、ピュアです』
「………ピュアな心から、ってことですか?」
『いいえ、キャロル様。佐藤一心、今は離婚されて母方の姓を名乗る文屋一心という女性です』
「妹がいやがったんですか」
その部屋には、ある天才少年とその妹が、まだ仲睦まじい頃の写真が飾られている。
「それで、そっちは何しに来やがったんですか?」
「僕のライバルを手伝いに来たのさ」
「どーやって追い返したらいーですかね」
0
お気に入りに追加
306
あなたにおすすめの小説
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
修行マニアの高校生 異世界で最強になったのでスローライフを志す
佐原
ファンタジー
毎日修行を勤しむ高校生西郷努は柔道、ボクシング、レスリング、剣道、など日本の武術以外にも海外の武術を極め、世界王者を陰ながらぶっ倒した。その後、しばらくの間目標がなくなるが、努は「次は神でも倒すか」と志すが、どうやって神に会うか考えた末に死ねば良いと考え、自殺し見事転生するこができた。その世界ではステータスや魔法などが存在するゲームのような世界で、努は次に魔法を極めた末に最高神をぶっ倒し、やることがなくなったので「だらだらしながら定住先を見つけよう」ついでに伴侶も見つかるといいなとか思いながらスローライフを目指す。
誤字脱字や話のおかしな点について何か有れば教えて下さい。また感想待ってます。返信できるかわかりませんが、極力返します。
また今まで感想を却下してしまった皆さんすいません。
僕は豆腐メンタルなのでマイナスのことの感想は控えて頂きたいです。
不定期投稿になります、週に一回は投稿したいと思います。お待たせして申し訳ございません。
他作品はストックもかなり有りますので、そちらで回したいと思います
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~
石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。
ありがとうございます
主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。
転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。
ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。
『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。
ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする
「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
ギルドから追放された実は究極の治癒魔法使い。それに気付いたギルドが崩壊仕掛かってるが、もう知らん。僕は美少女エルフと旅することにしたから。
yonechanish
ファンタジー
僕は治癒魔法使い。
子供の頃、僕は奴隷として売られていた。
そんな僕をギルドマスターが拾ってくれた。
だから、僕は自分に誓ったんだ。
ギルドのメンバーのために、生きるんだって。
でも、僕は皆の役に立てなかったみたい。
「クビ」
その言葉で、僕はギルドから追放された。
一人。
その日からギルドの崩壊が始まった。
僕の治癒魔法は地味だから、皆、僕がどれだけ役に立ったか知らなかったみたい。
だけど、もう遅いよ。
僕は僕なりの旅を始めたから。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる