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アフターストーリー

第四百九十三話 ある新聞記者と驚天動地

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 文屋ふみや一心ピュアは魔王フォルティシモの魔の手から世界を救うため、ビジネスホテルで作業を続けていた。

 新聞各社や知り合いの専門家、各国の情報機関へのリーク、世界中のニュースサイトやSNS、VR空間への同時投稿の準備はできた。これでフォルティシモの悪行が世界に晒される。

 この世界の人々は、これを知らなければならない。

「異世界を、魔法を、神を、世界中の人が知れば、その対策ができる」

 憲法によって知る権利を保障しているのは、一人一人が充分な情報を得ることで適正な意見を形成させ、国や人を守るためだ。誰も知らない内に、異世界からやって来た魔王に支配されるなんてあってはならない。

「私は、その一歩を、世界中の人へ! そして私は、世界にそれを報せた伝説の記者として歴史に名前を残す!」

 一心は、これまで集めた兄と同じような行方不明者の情報、竜神サイから教えて貰った異世界の話、そして魔王フォルティシモの危険性を載せて世界へ発信した。

 情報公開を行った瞬間、いきなり世界が変わるということはない。それに一心が個人で発信したところで、すぐに信じて貰えないので、その情報を検証する時間が必要である。

 必要だったのは、情報の確度と、大勢を納得させられる証拠。一心はその両方をネットワーク上へバラ撒いた。一度拡散してしまえば完全に消し去るのは困難なので、時間が掛かっても事実が世界中に広がっていくだろう。

『ピュア!』

 達成感を覚える前にサポートAIネリーから名前を呼ばれ、彼女が表示した3Dホログラムディスプレイを見る。

「何、これ?」

> 個人番号XXXXXXXXXX VRIDXXXXXXXXXX 文屋一心様
> 『世界秘密に係るスパイ行為等の防止に関する法律』に基づき、あなたのアカウントが停止されました。ネットワークより切断されます。最寄りの警察署へ出頭してください。

『クラ………デー………入………―――』
「ネリー? ネリー!?」

 突如として、サポートAIネリーと会話ができなくなる。ずっと持ち歩いていたスマホを通じて話せていたはずだ。スマホの電池切れと一抹の希望を持って取り出したが、電源は入っている。

 しかし顔や指紋と言った生体認証が通らない。パスワードを入力しても、エラーになってしまう。VRダイバーへ接続しようとしても、こちらも脳波認証がエラーになりVR空間へダイブできなかった。

 規制が厳しい国だって、こんなに素早く対応しないはずだ。それに個人所有のスマホの認証まで瞬時に書き換えるなど有り得ない。

「そんな、神様みたいな、存在」

 一心はつい先日、『神様のようにデータを完璧に改ざんできる存在』について編集長へ豪語した。

 あれは単なる苦し紛れの言い訳に過ぎなかったけれど、まさにそれだ。竜神サイやゼノフォーブフィリアCEOのように、ネットワークやコンピュータを管理する神様が居るとしか思えない。

「そんな、なん、なの。ドラゴンの実在や、魔法の存在は、それほど隠すことなの………!? それでアサ兄や、他の人もいなくなって、その家族が、どうなったか。探すどころか、隠すの? 神様なのに!」
『どうした召使い?』

 一心は物心付いてからずっと側に居てくれたサポートAIネリーと話せなくなったことへ、思った以上の衝撃と不安を感じていた。すぐに竜神サイから声が掛からなければ、ビジネスホテルのVRダイバーを叩き壊してしまったかも知れない。

「………竜神サイ様、ネリーとの接続が切断されたみたいです。それから、身動きが取れなくなったかも知れません」

 現代社会ではネットワークに接続できなくなってしまえば、ほとんど何もできないと言って良い。

 移動のために電車にも乗れなければAIタクシーだって呼び止められないし、買い物もサポートAI任せだ。食事するのも現金対応の店を探さなければならないし、ネットも電話も繋がらないため知り合いへ連絡を取ることもできない。

『召使いは動いているではないか』
「身動きできないというのは、そういう意味ではなくですね」

 一心は竜神サイへ向かって、インターネットや現代社会について賢明に説明を試みた。一心がそれを使って、集合知による魔王フォルティシモ対策を行おうとしていたことも。

『つまり誇り高き最強の竜神たる我を信仰させようと言うのか』
「どこから聞いてなかったのか分からないですが、それで良いです」

 一心は諦めた一方、ふとずっと竜神サイが何度か口にした単語“信仰”が気になった。

 しかし信仰、とは何とも曖昧だ。特定の対象を絶対のものと信じて疑わない事、と言えば良いのだろうか。

『ならば誇り高き竜神に相応しい名案がある』
「さすが竜神サイ様でございます」

 一心は別のことを考えていたせいで、曖昧な返事で竜神サイの話に乗ってしまった

 ネリーを失ったせいか、ちょっと破れかぶれになったのは事実だ。今日一日、有り得ない光景ばかりに出会って疲れたのかも知れない。



 数分後。

『我は誇り高き最強の竜神サイだ!』

 それは本当に誇り高き竜神の姿だった。

 七夕の日、夜空を流れる天の川を黄金の光が染め上げる。

 世界でも有数のVR技術やAI技術が発達した極東の島国、その首都にあるビジネス街の夜空。

 太陽の代わりに黄金の光を放つ山のような物体が出現した。

 最果ての黄金竜。



「ひゃ、ひゃよぇあぁぇ!?」

 一心は気が付いたら巨大な黄金のドラゴンの頭に乗っていた。

 本物の質量と耀きを持った黄金竜が、世界へ降臨したのだ。この七夕の夜空を黄金色に染め上げるドラゴンが竜神でなかったら、古今東西の竜神伝説など眉唾も甚だしい。

 一心は混乱の極みにあった頭を落ち着けるため、まずは己の常識に照らし合わせて、現実との摺り合わせをしようと決めた。

「これ、空なのに苦しくないのは、どうしてですか!? 酸素とか気温とか!」
『我が【星の衣】は、星に生きる生命を守護するものだ!』
「浅学天才なる身である私には、よく分からなかったですけど、竜神様のお陰なのですね! ありがとうございます!」

 見ればこの巨大な竜神は星のような淡い光を纏っていて、光は頭に乗っている一心も優しく包み込んでいる。

 なお物理的に考えて、この巨体が六枚羽を使って浮力を得ているはずがないので、実際には六枚羽から噴射されている黄金の光によって飛んでいるのだろう。さすがファンタジーである。

 更に混乱した一心は自分の頬を両手でパンッと叩き、気合いを入れ直す。

『ええい、邪魔だ。なぜこの世界の人間は、住処を縦に伸ばすのだ!』
「りゅ、竜神サイ様! ビルを壊さないように気を付けてください!」

 一心が黄金竜の頭の上から都心を見下ろすと、そこはまだ群衆がパニックになっている状況ではなかった。

 群衆の反応はどちらかと言えば、呆然としていると言うべきだろう。

 この黄金竜は余りにも現実感がないし、何よりも街を壊したり人間を襲ったりしていない。だからだろうか、空へ向けてスマホを掲げて居る人々の姿がそこら中で目に付いた。

 一心は自分がそう思ったことに驚愕する。山のように巨大な竜神の頭の上から、夜の街の人々が何をしているのかなど見えるはずもない。

 それなのにまるで望遠カメラで覗いているように、夜の都会の隅から隅まで見えるような気がする。

 そして重大な事実に気が付いて頭を抱えた。

「あれ、この状況、もう、世界中に拡散されているんじゃあ………。私の、名前は? 私の未来は!? 私の天才記者としての栄光の道筋は!?」

 一心が記事を投稿するまでもなく、ドラゴンの実在が一目瞭然になってる。

 これだけ大勢に目撃された状況では、情報の発信元が誰かなど問題にならない。たしかにネットワーク上に神様のような存在が居たとしても止められないほどになっているけれど、一心が望んだ形とは違う。

『おい召使い、フォルティシモを止めるには、フォルティシモのことを人間共に伝えれば良いと言っていたな』
「あ、はい。でも、もう達成されそうだというか、何と言いますか」
『これを使って我のためにフォルティシモを止めるが良い!』

 一心の目の前で、虚空に穴が空く。巨大な黄金竜の時点で驚く感情が振り切っているため、どこか冷静に穴を見つめていた。

 そして穴から何かが出て来たかと思うと、メガホンの形をした物体がぽとりと一心の手元に落ちる。一心はしばらくメガホンをじっと見つめていた。

「まさか、ここから拡声器を使って呼び掛けろ、と言うんじゃないですよね?」
『分かっているではないか、召使い』
「私が大声コンテストの世界王者でも無理です」
『何を言っている? フォルティシモの【倉庫】に入っていたMAP全体に声を届けるアイテムだぞ』
「それって盗みじゃあ………いえ、MAP全体?」

 一心が首を傾げるのも仕方がないだろう。一心も子供の頃にゲームくらいはやったことがあるので、MAPがどういうものを指すのかは知っている。

 しかし現実は無限に続くオープンワールドであり、MAPなんて概念があるはずがない。

 そう思っても竜神サイを説得する気はなかったので、とりあえずメガホンのスイッチを入れて使ってみることにした。

「あーあー、本日は天の川が綺麗な七夕です。今、その綺麗な星の川を黄金の竜神様が泳いでおります。皆様どうぞご覧くださいませ」

 眼下に居る人々の騒ぎ方が、変わった。

 先ほどまでよりも大勢が足を止め、空を指差したり見たりしている。騒ぎに気が付いていなかったビルの中の人々が外へ出て来て塊になって首が折れそうなほどに空を見上げている。高層ビルの上階の窓硝子に張り付いて食い入るようにこちらを凝視している。

 一心は真顔でそれらを見回した。そして疑念を晴らすための言葉を続ける。

「私がどこに居るかと言いますと、黄金の竜神様の頭の上でございます。皆様から見づらいでしょうが、こちらからはよく見えていますよ」

 再び民衆の様子を窺う。

 一心の声が届いている。

「な、ななな、これって。………私の名前は文屋一心! 天才記者、文屋一心です! ネリー! 私のさっきの記事を編集長へ! 編集長! 記事をアップしてください! 世界の皆様! たった今、ルー・タイムズより発行される私の記事を読んでください! 世界の真実が書かれています! この黄金の竜神様の正体もそこに! 共に世界を守るために戦いましょう!」

 その瞬間、一心は竜神サイ教の教祖になっても良いと思った。



 一心はこのメガホンと黄金の竜神さえ居れば、できないことなどないような錯覚に陥る。それほどまでにこのメガホンは強力だった。

 そんな黄金の竜神へ向かってヘリコプターが飛んできている。それは報道ヘリと呼ばれるヘリコプターで、記者とカメラマンがこちらを向いて声を上げていた。

「これだから大手は!」

 弱小のルー・タイムズとは違い、航空部署が二十四時間ヘリコプターで待機しているような大手新聞社。

『鬱陶しい』

 竜神サイはその巨大な口の中を輝かせた。ドラゴンのぬいぐるみだった頃でも、人間大の物体を蒸発させる光のブレスを発射できたのだ。この山のような巨大な黄金竜から放たれるブレスは、どれほどの破壊をもたらすか分かったものではない。

「ま、まま、待ってください、竜神サイ様!」

 一心は紙の新聞を発行していない大手新聞社が嫌いだったし、今では別の意味で恨み言があるけれど、叩き落としたいとは夢にも思わない。

 一心が焦って止めると、光のブレスは止まってくれた。

 しかし止められたことが不満だったのだろう。竜神サイがバタバタと六枚羽を動かした。

 人間であれば無意識の行動も、それによって発生した突風がヘリコプターへ襲い掛かる。そしてそれはヘリコプターにとって最も苦手な種類の風だった。

 一瞬にしてヘリコプターが風に煽られて体勢を崩し、地面へ落ちていく。

 このままではヘリコプターに乗っている人は誰も助からない。それどころかヘリコプターが墜落した周囲の人々も無事では済まないかも知れない。黄金の竜神を見るために、大勢が外へ出て空を見上げている。

「サイ様! 助けて!」
『何をだ?』

 竜神サイは現代社会の人間とは異なった常識を持っているけれど、しっかりと話せば分かってくれる、と思う。しかしそれは、咄嗟の状況では現代の倫理や道徳を理解して貰えないという意味だ。

 竜神サイは墜落しそうなヘリコプターを助けられる力を持っている。けれど助けるという発想が出て来ない。よく話して納得して貰わなければ助けてくれない。

 救助を第一に考えてくれるのは、同じ現代社会で育ち、近い価値観を持つ人―――神だけ。

 その報道ヘリは、墜落することはなかった。

 何故なら、銀髪で金と銀の瞳、ゾッとするような美貌を持つ魔王が、空中でヘリコプターを支えていたからだ。

 人間が空中に立ち、片手でヘリコプターを支えられるはずがない。けれどその美青年は都内の夜空を浮かびヘリコプターを受け止めている。

「おい、サイ、てめぇ、何やってんだ?」

 黄金竜と一心の前に、異世界で神々を蹂躙した魔王フォルティシモが立ち塞がった。
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