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アフターストーリー

第四百九十一話 ある新聞記者とファンタジー

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 文屋ふみや一心ピュアは現代社会の闇の魔王フォルティシモの写真を手に入れた後、ルー・タイムズのオフィスのある都内雑居ビルへ戻って来た。

 そこでルー・タイムズの入り口を塞いでいたのは内閣情報調査室の黒スーツたちで、ジャーナリストの天敵である彼らは一心が連れているドラゴンのぬいぐるみを探しているのだと言う。

 一心がドラゴンのぬいぐるみへ、黒スーツたちをどうにかできないか、と冗談交じりに問いかけた瞬間、ドラゴンのぬいぐるみから発射された閃光が、内閣情報調査室の黒スーツたちを皆殺しにした。

 その結果を見届けた一心は、思わずドラゴンのぬいぐるみを抱えてエレベーターに乗り、雑居ビルを飛び出していた。

 それから念のため調べておいたルー・タイムズの入る雑居ビル周辺で監視カメラの死角となるルートを全力で走り、ひとけの無い裏路地まで駆け込み、ようやく一息をつく。

『どうした召使い? 召使いの仲間を害していた竜神共は、我のブレスで消滅させてやった。逃げる必要などない』

 ドラゴンのぬいぐるみはどこか誇らしそうに、一心の腕に抱かれている。そこに人殺しや建造物破壊の罪悪感は微塵も感じられない。

「何、あれ。何なの。人も、壁も、消えて」
『私には詳細な計測器が備わっていないから視覚情報カメラ聴覚情報マイクでしか判別できないけど、運動エネルギー爆弾でも、熱量兵器でも無かったわ』

 このドラゴンのぬいぐるみは、未知の超兵器によって人を殺した。まだ世界の戦争に投入されていない最新鋭の兵器は、大きなニュースになるだろう。まして人が抱えられる程度の大きさのぬいぐるみが、弾頭ミサイル並みの破壊を行えるとしたら、戦争の革命になるのかも知れない。

 しかし、そんな特ダネを考えられなくなる事実があった。

 この国の法律において、AIの行動はAIへ命じた者の責任とされている。そしてこのAI攻撃ドローンドラゴンのぬいぐるみへ内閣情報調査室の黒スーツたちを排除して欲しいと言ったのは一心自身なのだ。

 それは拳銃の引き金をひいたり、自動車を運転するのと同じ。今日、文屋一心は黒スーツたちを殺し、その家族たちの人生を目茶苦茶にした。

「わ、私、が、殺した………?」

 魔王フォルティシモによって兄である騎士王アーサーを拉致され、一心の両親は離婚した。家族を失うことが、どれだけ辛いことなのか分かっているからこそ、その事実に混乱する。

『ピュア、AIは犯罪をしろという命令は拒否できるわ。ドラちゃんはそれをしなかった』
「それは、兵器用に、生産されたAIだから」
『そうよ。だからピュアの責任じゃないわ』
「………そう、だね。そんな物を作ったフォルティシモが悪い。まあ、たとえ裁判になっても、執行猶予は勝ち取るし。活動家や弁護士に知り合いもいっぱいるし。駄目でも獄中から自伝を出版して見せる………! そのためにも、魔王フォルティシモを、追い詰めてやる!」
『その意気よ』

 一心は誰も居ない路地裏で、ドラゴンのぬいぐるみを掲げた。このドラゴンのぬいぐるみこそが、フォルティシモの犯罪の証拠であると信じて。

 掲げられたことが気に入らなかったのか、ドラゴンのぬいぐるみが一心の両手から逃れるように震えたので、パッと手を放した。解放されたドラゴンのぬいぐるみは一心を見下ろすように浮かぶ。

『フォルティシモはどうだったのだ?』

 ドラゴンのぬいぐるみの態度は変わらない。これは人の感情を理解する機能が搭載されていないAIなのだ。そうでなければ兵器に搭載されるAIとして不完全に違いない。

「フォルティシモ様のご動向ですが………………これからすぐにヘルメス・トリスメギストス社へ向かわれるそうです。今は、再度向かわれない方が良いかと具申いたします」

 一心の言葉はでまかせだった。一心は都内のコンサートホールで狐のコスプレ奴隷少女を連れたフォルティシモに出会った時、そこまで情報を引き出せる会話ができなかったからだ。

 この嘘は魔王フォルティシモを公表するまでの時間稼ぎである。

『そうか。ならば、しばし待つとするか』

 ドラゴンのぬいぐるみは意外にも、あっさりと信じた。少しの間、一緒に行動した一心のことを信じてくれたから、と思うのは楽観だろうか。

 しかし同時に、一心の天才記者としての直感が囁いていた。

 この特ダネは軍事技術なんかに留まらない。世界をひっくり返すような衝撃的なニュースであると。



 一心は隠れるように自宅まで戻って来た。一心が住んでいるのは築五十年のアパートの一室で、六畳一間に風呂なしシャワーのみという物件である。

 今時の若い女性が住む場所とは思えない住居だけれど、紙の新聞を発行するルー・タイムズの給与は最低賃金ギリギリというか、むしろ下回っているのだ。それに離婚した両親からの支援などあるはずもないので、単純に良い所に住むお金がなかった。

 万年床の布団の上へドラゴンのぬいぐるみを置き、一心自身は気合いを入れ直すために洗面所で顔を洗った後、そのままパソコン画面へ向かう。

 ルー・タイムズの記者たちはいつガサ入れ、もとい警察が来ても良いように、大切なデータを肌身離さず持ち出す癖が付いている。その精神は新人である一心にも受け継がれていた。

「準備はできてる。あとは、このフォルティシモの写真を」

 一心が作業している間、ドラゴンのぬいぐるみは不気味なほどに静かにしている。ルー・タイムズで作業している時もそうだったけれど、このドラゴンのぬいぐるみは「待ってくれ」と頼むと待ってくれるらしい。

『おい召使い』

 しばらくしてドラゴンのぬいぐるみから声が掛かったので振り返ってみると、彼はドアの方向をじっと見ていた。

『追ってきたか。愚竜め。フォルティシモの召使いを巻き込んだと言えば、後でうるさい。こっちへ寄れ」
「どういう意味ですか、竜神様? ―――ぶへっ!?」

 そして一心が振り返るのと同時に、アパートの扉を爆発させるように粉々に破壊し、黒スーツの男が部屋へ入り込んで来る。

「やってくれたな、混じり物が」
『あれで生きているとは、刻限の懐中時計か。あれだけ否定していた時の男神の力を使うとは、愚か!』

 黒スーツの男は間違いなく、つい先ほどルー・タイムズの前で裁判所の令状を読み上げていた男だった。

 あの黒スーツの男は一心たちの目の前でたしかに蒸発した。一心は危険なドラッグもやっていないし、遺伝的にアルコールに弱いので滅多に飲まない。だから記憶はたしかなはずだ。

 それなのに黒スーツの男の身体には焦げ目一つ付いていない。代わりにその男の背中には、人間のものではない大きな翼が生えている。

生きていたんですね特ダネ!!」



 再びドラゴンのぬいぐるみと黒スーツの翼男が同時に息を吸い、口を開く。男が口を開くと、先ほどドラゴンのぬいぐるみから発射されたのと似ている閃光が、ドラゴンのぬいぐるみへ向かって発射された。

 それぞれの口から二つの閃光が発射され、ぶつかり合った。一心は目が潰れそうな光の中、決して瞬きをするものかと心へ誓う。

 ドラゴンのぬいぐるみならば、ギリギリで新兵器だと納得できる。しかし言うまでもなく、人間の口から閃光が発射されることはない。

 閃光のぶつかり合いは、数秒は拮抗していたものの、すぐにドラゴンのぬいぐるみの放った光が、黒スーツの翼男のそれを飲み込む。

 ドラゴンのぬいぐるみの閃光はボロアパートの壁を突き破り、一心の借りている部屋へ言い訳不可能な破壊をもたらした。退去時の費用どころではない、今すぐ修繕費を請求されそうな光景が広がる。

 だが一心の手は止まらなかった。驚きの感情で頭が支配されていたとしても、記者としての反射神経が一眼レフカメラを手に取り、決定的瞬間を逃すまいとシャッターを切り続ける。

 大丈夫。修繕費を請求されたとしても、この写真とニュースで有名になればアパートごと建て替えだってできる。

 先ほどとは異なり、黒スーツの翼男は蒸発せずに原型を留めていた。それでも全身が焼けただれており、トレードマークの黒スーツも焼き崩れている。

 黒スーツの翼男は今すぐに救急車を呼ぶべき重傷だけれど、生気を失っていない視線でドラゴンのぬいぐるみを睨み付けた。

「馬鹿、な。混じり物が、我がブレスを弾き返しただと!?」
『先ほどの誇り高き最強の竜神である我の言葉を理解できなかったか? だから貴様らは愚竜なのだ』
「混じり物が竜の誇りを語るか!」
『<星>に敗北し、ゼノフォーブの元で人間として暮らす貴様らに誇りなど、笑わせる! 我が真の竜神の力を教えてくれる!』

 深い事情は分からないけれど、二人はブレス攻撃を放ち、ドラゴンのぬいぐるみが勝利した。そしてドラゴンのぬいぐるみにはまだ余裕がある。またあの閃光を発射するのだ。

 ドラゴンのぬいぐるみは今度こそ、黒スーツの翼男へトドメを刺そうとしている。

「なん、だ、これは? 貴様、混じり物、ではない? 誰だ? 誰だ、貴様は!?」
『我は誇り高き最強の竜神、サイだ』
「まさか、貴様は、混じり物の、デッドコピー!? 有り得ない! 有り得てなるものか! それが、これほど強大な神威を持ったと言うのか!?」
『我と最強神を繋いだ狐は、オリジナルを遙かに超える能力を発揮した。我もそうだというだけよ。滅びよ、哀れな竜神、せめて誇り高き最強の竜神である我の光で』

 この会話の中、一心は蚊帳の外であり、よく分からないのに邪魔をするべきではない。特ダネのための写真を撮影し、後でドラゴンのぬいぐるみから話を聞ければ充分だろう。

 だがそれは一心の目指すジャーナリズムではない。一心は誰かが死ぬ間際まで、カメラを向ける記者にはなりたくない。

 ジャーナリズムは好奇心や虚栄心を満たすためではなく、人の幸福のためにあると信じている。

「竜神様、危ない!」

 一心は台所用洗剤を“ドラゴンのぬいぐるみ”へ向かって投げつけた。ドラゴンのぬいぐるみは突然のことに驚いて、閃光を発射しようとした口を閉じて回避する。

『召使い! どこへ向けて投げている!? 人間の世界では、ノーコンと言うのだぞ!』

 そして一心は壁を蹴って助走の代わりとし、黒スーツの翼男へ向かい疾走。流れる動作は二秒と掛からない。

「なんだお前っ―――ぐぎゃっ!?」

 一心の回し蹴りが黒スーツの翼男の顎を直撃した。その勢いを失わず身体をもう半回転させ、首の骨を折る勢いの二撃目をお見舞いする。兄が馬鹿なことをした時に最速で押さえ込めるように、一心も格闘術を習得していた。

 あの天才の兄を気絶させるための格闘術は、ドラゴンのぬいぐるみへ集中していた黒スーツの翼男へクリーンヒットする。

 黒スーツの翼男はたしかな痛みを受けて、地面へ転がった。しかし人間を蒸発させるブレスに比べれば、一心の格闘術は貧弱だ。あくまでも人間大の質量を持つ何かを足止めするための時間稼ぎでしかない。

「竜神様!」

 それからドラゴンのぬいぐるみを片手で抱き締め、靴は手に持って壊れたドアから素足のまま走り出す。

 そんな一心の背中へ、地面に倒れ伏した黒スーツの翼男の声が掛かった。

「我を、助けたというのか、人間………?」
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